金持ち、貧乏人、ブルガリア:やっぱりお金で幸せは買えます

(The rich, the poor and Bulgaria: Money really can buy you happiness)

from: The Economist 2010/12/10, 翻訳 山形浩生

お金で幸せは買えないという発想は人気がある。特に、成長重視の自由市場経済がまちがっていると思うヨーロッパ人の間ではその気が強い。そういう人は、南カリフォルニア大学の経済学教授リチャード・イースタリンの研究を見て満足する。イースタリンは1970年代にデータをあれこれいじり、お金と幸福の間には弱い相関しかないことを指摘した。それぞれの国の中では、所得と満足度は密接に相関しているけれど、時系列的に、あるいは国同士で見ると、相関はほとんどないように見える。これは「イースタリンのパラドックス」として有名になった。イースタリン氏によれば、幸福は絶対所得ではなく相対所得に依存するという。人々が惨めに感じるのは、貧乏だからじゃない。その人が所属する所得の山の中で、自分が底辺にいるからなのだ、というわけだ。

でももっと最近の研究――特にペンシルバニア大のベッツィ・スティーブンソンとジャスティン・ウォルファーズのもの―――によれば、所得と幸福の相関を時系列で見ると弱いけれど、国同士で見るとその相関はかなり強いという。ウォルファーズ氏によると、過去にこの相関がはっきりしなかったのは、データがあまりなかったからだ。なんでも「ある主張についての証拠がないというのを、その主張がまちがっているということと混同する」傾向があるとか。

いまや所得が幸福に与える影響に関するデータは世界中ほぼどこにでもある。一部の国(たとえば南アフリカやロシア)は、他の国(日本やイギリス)に比べて相関が強いものの、それでもどこでも成立している。

人生満足度は国ごとにすさまじくちがう(図参照)。トップの諸国(ほとんどが先進国)は満足度が十点満点の8点をたたき出す。底辺の諸国(ほとんどはアフリカ諸国だが、ハイチとイラクも悲しいながら納得の登場)はたった3点となっている。

金持ち諸国は明らかに幸せだが、相関は完璧ではない。これは他の、おそらくは文化的な要因も作用していることを示唆するものだ。西欧や北米諸国はかなり近い位置にまとまっているけれど、いくつかアノマリーはあって、ポルトガルは驚くほど陰鬱だ。アジア人は、所得が示唆するよりはちょっと幸福度が低いようだし、スカンジナビア人は所得相応よりもちょっと幸せだ。たとえば香港とデンマークは、一人当たりPPP所得は似たようなものだけれど、香港の平均人生満足度は10点満点の5.5、デンマークは8だ。南米諸国はえらく陽気だし、旧ソ連諸国はとんでもなく惨めだ。そして一人当たり所得から見て地上で幸福度最低なのは、ブルガリアだ。



訳者コメント:

  • それぞれの国の中では、昔から所得と満足度は密接に相関している
  • 国ごとに見ても、所得と人生満足度の相関は高い

というわけで、「豊かさより幸福を追求」とか言ってる人は、自分がヒジョーに不利な立場にいることは理解しましょう。そして「GDPを追求しても幸せになれない」とぬかす人に対しては、本稿を見せて「あなたの主張の証拠はあるんですか」と要求すべきだろう。むろんこれは、あなたが清貧な幸福を感じることを否定するものではないけれど、社会全体をどうすべきか論じるにあたっては、無視できないことじゃないかな。

ちなみに、ここで採りあげられた論文では、ブータンのデータはない。残念。

ただ。「お金で幸せは買えない」とか「GDPが増えても幸せにならない」という議論をする人は、暗黙にいろんな意味をこめているので注意。たとえば、所得が増えると同じだけの幸せ増を実現するのにずっとたくさんのお金がいる、という意味だったりする。貧乏人は1万円もらえれば天にも昇る気分だが、お金持ちは大して嬉しくない、というわけ。あと、ツイッターでのいろんなツイートや研究紹介によると、「幸せ」「幸福」「人生の満足度」「福祉」という似たようなことばの定義次第や訊き方次第で、結果はかなり左右されるらしい。だからこの話をするときには、何の話をしているかを確認し、どういう根拠をもとにしているかきちんと調べてものを言わないと、すれちがいの水掛論に終わりそう。

あとワタクシ、ジャスティン・ウォルファーズってあんまし学者として好きじゃないんだよね。死刑と再犯率との相関を調べた調査、やっぱ死刑にしたほうが犯罪減る、という結果を出した研究者に対してなんくせつけまくり、あげくのはてに「掲載された雑誌のレベルが低いから相手にすべきじゃない」とか言い出して(もちろんウォルファーズは死刑反対論者)かなりがっかりしたことがある。とはいえ、優秀で注目の学者なのは事実で、レヴィットの次の逸材みたいな扱いではある。「その数学が戦略をつくる」にも登場。

文中で言及されているのは、Subjective Well-Being, Income, Economic Development and Growth、and/or Economic Growth and Subjective Well-Being: Reassessing the Easterlin Paradox*1. 文中のグラフで引用されているのは前者で、それにはもう一人、ダニエル・サックスが著者として名を連ねている。

*1:後者を教えてくれた @hnmakhr 殿に感謝