日銀黒田くんの東大講演雑感 (12/7@東大)

日銀ボスの黒田くんが、こないだ東大で講演をしたのでありますよ。

これを主催しているGraSPPとやらは、なんかGRIPSに対抗して東大が作っている大学院なのかな? で、当日行ってみると、なにやら緊張感のない坊ちゃん嬢ちゃんどもが世界中から集まったようなところらしいというのはわかりました。なんか半分くらいの人はその後の宴会が楽しみできてるみたいで、引率ツアーみたいなことになっていましたよ。ぼくは寄付とかもしているので、覗きにいけたのです。寄付はいろいろいいことがあるので、みんなやりましょう。

ちなみに、GrasPPって、これじゃないよねえ:http://graspp.info/

さて、講演自体は……期待したほどおもしろくなかった。まず、司会やってた伊藤隆敏がちょっとしゃべりすぎ。黒田くんとのなれそめバナシとか、あまりいらないよう。さらに、黒田総裁本人の講演も黒田日銀の金融緩和策のおさらいで、まあこのぼくが知らないようなことはない(というか、新聞読んでれば――そもそもこんな講演会に来ようと思う人なら――知ってることばかり)。仕方ないわな。まったくどこでも話さなかったようなことをホイホイ言える立場ではありませんわな。とはいえ少しは変わった視点もあるかとは期待していたんだが

唯一知らなかったのは、黒田総裁は自分のやっている「異次元緩和」というのを、これまでの量的緩和であるQE (Quantitative Easing) と区別するために QQE (Quantitative and Qualitative Easing) と呼んでいる、ということ。量的質的緩和、ですか。ちょっと言いにくいなあ。でもまだ QQE という呼び名を使った論文が少ないと嘆いていたので、応援する意味でも研究者の方たちは、QQE を積極的に使ってあげてくださいな。


で、質疑応答になったんだが、これも前のほうに座っている「関係者」なる人々――そのGraSPPの先生とか――しか質問させてもらえないのでちょっと不満。そしてそれに対して伊藤隆敏がやたらに答えてしまい、黒田くん自身があまり話さなかったのも不満。まあ、「おまえ今のユーロ圏をどう思う、ECBになんか言ってやれ」という(きわめて正当な)質問に対して、正直に「ドラギ、おまえもっと根性見せやがれ」と言えないのは仕方ないし、伊藤隆敏がそれを補って少しは情報をくれるのは、無意味ではなかったと思うんだが、それでもなあ。

ついでに、その少数の黒田総裁の返事も不満ではあった。GraSPP の親分さんだかだれかが「アメリカで出口戦略で騒いでいるが、おまえの出口戦略はどうするんだ」という質問をして、それに対しての正しい答は「いまは全然考えてない、目標達成できたら考えるよ」という一言であるべきなんだけど、えらく悩んでくれて、ぼくは大変不安になりました。


さてもし質問できたらぼくの聞きたかったこと:

  • 消費増税のマイナス効果って甘く見過ぎてませんか?
  • 日銀の審議委員って、みんな定見皆無な低級な風見鶏ばかりで、委員としての存在意義がまったくない連中ばっかで、特にあの白井とかいうおばさんはさっさとクビにしたほうがいいんじゃないですか?

だがいま考えて見ると、こんな質問をされて黒田くんが「その通り!」なーんて言えるわけがないので、まあ質問できなかったのは大きな実害はないかな。そして伊藤隆敏によれば、黒田総裁は消費税引き上げについてはことのほか強気だったとのこと。うーん。本当ですか。困ったなあ。

というのも、もう一つぼくの尋ねたかったことがある。

講演の中で、黒田くんは消費税率引き上げの影響について語っていた。そして消費税率引き上げでも目標は達成できる、と力強く述べていた。そのときに提示されていた(おそらくは日銀の何かモデルによる)数値によれば、消費税引き上げ後に、2年後(2015年4月)の物価上昇率は、3.3%で、消費税による価格上昇を除くと1.9% となっていた。

黒田くんはこの数字をもとに「消費税あげても大丈夫です!」と力強く述べていたんだが……

見ていたぼくはちょっと青くなったよ。2年後に2パーセント上げる、というのが公約じゃん! 1.9%だと達してないじゃんんんんんんんっ!

もちろんモデルの予測なんて厳密な数字ではないかもしれない。でも民間のぼくの感覚からすれば、2%約束して見通しが1.9%なら、それは目標未達で怒られるということだ。だからいまのうちに少し手を打っておいて、少し余裕を見て2.3%くらいのインフレ率がモデルで出るような手を講じるのが当然なんだけど、そういうこと考えないの? 2%未達なら岩田規久男は辞任するとか口走っていたし、そういう揚げ足取りに使われるような材料はなくしておいたほうがいいんじゃないの?

だいたいこのインフレ目標だって、2年ちょうどで2%じゃなくて、2年までのなるべくはやい時点で2%でしょ。それで、2年後で1.9%で安心してるってどういうこと? もう一歩がんばろうぜ! と思うんだが。まあそうちょろちょろ方針変えると腰がすわってないと思われるので、1年たってから消費増税にあわせてなんかやる、というのも発想としてはありだとは思うけど、やってくれるかなあ。頼みますよー。拝みますよー。



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ニコニコ学会ベータでの失望 (12/21)

ニコニコ学会ベータというのがあって、いろいろ学問チックなことをニコニコ動画的な形でみんなでつっこみ入れながら紹介したり討議したりしましょうという代物。それの第五回シンポジウムがあって、お呼ばれしたのででかけてまいりました。お呼ばれといっても、妻の分はちゃんと払ったので無料ではなかったんだけど。

http://niconicogakkai.jp/nng5/

さてぼくはこの日の朝にミャンマーから帰ってきたばかりなので、体力的に少しきつかったのではあるけれど、ちょっとはおもしろい話もきけるかと思って六本木まで出かけたわけです。ニコファーレは、入り口がわからなくて大変苦労して、結局通用口から入ることになりましたよ。

前半は渋谷慶一郎インタビュー:でもみんな賢しらな顔をしたいだけね


一応お目当ては最初にあった、堀江貴文ことホリエモンが出るという座談会。着いてみると、すでに座談会は始まっていたんだけれど、でも前半は初音ミクのオペラを作った渋谷慶一郎を囲む会で、ホリエモンはまだ出てなかったので、とりあえず安心。だが……

聞くのが苦痛だった。壇上の人々が何を言っているのかぼくはさっぱりわからなかったし、わかりたいという気にもならなかった。個別の単語はわかるんだけど、それが論理的にまったくつながっておらず、そしてそれを各人の発言も論理的にまったくかみ合わず、単にその単語の表面的なつながりだけであちこちふらふらするだけなんだもん。

でも、何を言いたいかはわからなくても、何をやりたいのかはよーくわかった。登壇者みんな、(渋谷慶一郎は例外として)、自分が賢そうな顔をしてみたいだけなのだ。おそらく登壇者も、自分が何を言っているかわかっていないはず。でも、みんなそれを「わからない」というのがこわくてなにやらわかったような顔をし続ける。ちなみに、ニコ生でついていたコメントも、半分くらいの連中はちょっとした言葉尻で知ったかぶりをしたい連中が半分、わからないことがなにやら深遠だと思っているバカが半分、あとの半分は正直にわかんないと言える連中だった。

たとえば渋谷慶一郎は、音楽において「縦の時間」と「横の時間」があって、横の時間より縦の時間を重視して云々、と言っていた。縦の時間ってなんですか〜。それでも渋谷慶一郎は、何か言いたいことがあって、それを表現する手段としてこういうへんちくりんなことを言い出したんだろう。そして、聞いているうちに、縦の時間というのはなんだか音の厚みみたいなことを言いたいんじゃないか、というのはうすぼんやりと伝わってくる。

でも、壇上の人々がそれを頭からわかっていたはずはない。でも、「それって何ですか」と質問する人まったくなし。みんなふんふんうなずいてる。わかったような顔をしたいだけね。この時点でぼくはかなーり失望していた。その他の部分でも、渋谷慶一郎が、要領を得ない質問をされて苦し紛れに変なことを言い出すのは、それなりにおもしろい部分も多少はあったんだが……


が、前半で渋谷慶一郎は退席。そして本当の衝撃は、後半にあった。

後半:学歴差別のむきだし


後半はホリエモンがやっと登場。

ホリエモンは、ステージ慣れしているので適当にニコ生のコメントに絡んだりして、今一つ愛想のなかった前半に比べてかなりステージは賑やかな感じ。でもそこで池上高志が(この人は座長としているはずなのに自分ばっかりしゃべって、まずその時点でダメ)、いきなり何の脈絡もなしに、ホリエモンの大学についての見解にかみつきはじめた。

堀江キブンはどっかで、いまの大学なんかダメで、何の役にたつかもわからんことばっかやってるような仕組みを、公的なお金で養うというのはもう成立しないだろう、という話をしているそうな。だからもっと自分のやってることを宣伝し、商売していかないとダメだ、と。

それに対して、池上高志は、いや大学は重要だ、とわめきたてるんだが……なぜ大事なの? 池上は自分から噛みついたくせに、それに対する回答をまったく持ち合わせていないのだ。大学は変なやつ、商売のことなんか考えてないやつがいるからいいんだ、とがなりたてるんだけど、もちろんそれはホリエモンに対して何の答にもなっていない。確かに、大学で既得権を持ってるあんたはいいよ。でも納税者に対して、その変なやつどもを養えと言えるのか、ということだ。ホリエモンはまさにそう反論していた。

ちなみにこの座長だった池上高志は、まさに何の役にもたっていない研究者のようだけれど、なぜか東大のなんか研究所の所長さんをやっているそうで、いいご身分です。この人が変なやつなのはよくわかった。だから、変なやつを養うのが大学の意義というのは、この人にとっては我田引水、オレを養え、ということなんだ。そして、納税者としては、こんなやつを養うのにオレの税金が使われているのか、と思ってしまうのは人情ですわな。ぼくはこいつががなりたてるのを見て、東大に寄付をしたのを後悔したほど。ホリエモンの論点を際立たせる身を張っての名演技……ではたぶんない。単なるXXXX。

さて……ぼくはこの話に少し興味がある。そして、これに対する標準的な答えも知っている。それは、何が役にたつかなんてわからない、というものだ。すぐに役に立つ知識なら、商業的に企業がR&Dの中でやることもできる。でも基礎研究は、少し遠い。ネットで活用される暗号研究に役立った素数研究だって、一般相対性理論だって、研究している当初は何の応用もなかった。でも、それが半世紀たてば少しは応用もできる。だからこそ、すぐに商売には結びつかないものを公的にやろうという理屈もあるわけだ。

もちろん、この主張に対して反論もできるはず。もちろん。でも、一応この問題は昔からずっと取りざたされてきた話だ。ぼくもそれに興味があるからこそこんなものを訳したりしている。

フレクスナー『役立たずな知識の有用性』 (1939) pdf, 54kB

だが……ここで池上が何を言い出したかというと、「大学は無意識を鍛える場だ、無意識が鍛えられることでその人物が変わるのが重要なんだ」と。役に立つ知識なんて専門学校と同じだ、でも専門学校卒の連中なんか無意識が鍛えられてないからだめだ、30年たったときにその無意識で差が出るんだ、と。

無意識が、鍛えられてない……??!!??!

ぼくは、この壇上の人物が何を言っているのかさっぱりわからなかった。そしてホリエモンもそれに対し、一体お前らが何を言っているのかわからない、と何度も繰り返した。無意識を鍛えるって何のことだ、と。30年してどんな差が出るというんだ、大卒と専門学校卒とが根本的にちがうって何のことだ、と。オレはそんなこと思ったことない、と。

その通りだと思う。ぼくもそんなこと思ったことない。

が、常識人だと思っていた江渡浩一郎が、それに同調しはじめたのにはさらに驚いた。「いやあ、大学卒と専門学校卒の人は全然ちがいますよ。絶対ちがいますよ」

……唖然。

ホリエモンはそれを受けてさらに、いや一体お前らが何を言っているのかわからない、と何度も繰り返した。

ぼくも、かれらが何を言いたいのかはわからなかった。でも、彼らが本当に思っていることはわかったと思う。大学行ったくらいで人間が根本的に変わる、学士様がえらいと思ってる人たちなんだね。

いやあ、このニコニコ学会という試み自体、まさにそういう、大学だけがえらいという変な特権ヒエラルキーを廃してもっと開かれた場を作ろうというものじゃなかったのぉ?? まさにホリエモンの問題意識を反映した、新しい学問なり研究なりの場を作ろうという試みじゃなかったのぉ??? 低学歴ニートの無責任なニコ動コメントでも意味があるんだというのが発想の根底にあるんじゃないの? それが、大学行ったやつは人間のできがちがうとかいう話であるなら、いったいここに何の意味があるのやら。そして、そうした差別的な話を平然と口にできるということ自体に、ぼくは恐怖と嫌悪をおぼえたよ。

ぼくはその時点で、もうこの放談会が聞くに堪えないと思って、あと20分くらい残っていたけれど席をたった。一家で一万円も支払ったのに、もったいないといえばもったいない。が、気分は以下のThey Might Be Giants の名曲通り。

たぶんシンポジウムのその後で、あの二人もさすがにまずいと思ったんじゃないかとは思う。そんなつもりじゃないとか、あれは別の意味で云々とか、政治家の失言じみた言い逃れもあったんじゃないかな。でも、そんなものをチェックする手間もかけようとは思わない。ぼくはあれが彼ら二人の本音なんだと思う。2チャンネルでよく見かける学歴厨の一種なんだ。このニコニコ学会も、学問や研究を民主化し、もっと開かれたものにするものかと思っていたけれど、なんか根底にある発想はちがうみたいね。とっさの時には人は本音が出るものだけれど、そういう本音が聞けたという意味ではよかったのかもしれないが、正直言って知りたくなかった本音だった。

ホント、ホリエモンがいろいろめちゃくちゃ言って、残りの人がそれを抑えつつ生産的に話をつなげるのかと思ったら、ホリエモンだけがまともな常識人で、残りの人々の異常性が際立つとは。驚いた。本当に驚いたよ。

付記

念のため書いておくと、これは「ニコニコ学会ベータでの失望」であって、「ニコニコ学会ベータへの失望」ではない。この1.5時間だけきいて、ニコニコ学会すべてがこのような差別的で無内容な代物だと主張しているのではまったくないので。これまでのやつについて少し噂も聞いていて、かなりおもしろそうだと思ったからこそ、今回もわざわざ足を運んでみようと思ったんだし、今回もその後のセッションはおもしろかったらしいね。今後のご発展を(本当に嫌みなしで)お祈りするものではある。その一方で、ニコニコ学会の主要人物の一人である江渡浩一郎がああいう発言を壇上でするのを見てしまうと、そのイベント自体への見方もそれに影響されてしまうのは人情でしょう。



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