哲学談義まみれで将来展望を何一つ出せずに終わる本。

空間のために 遍在化するスラム的世界のなかで

空間のために 遍在化するスラム的世界のなかで

現代においてスラム化が進行している、というそもそも正しいかどうか不明なテーゼを検討なしに持ち出し、くだらない妄想を書き連ねた本。一方では貧困によるスラムの増大、一方では各種の理由によるコミュニティの弱体化などをいっしょくたにして、世の中悪くなる一方ですという昔からの年寄りのお題目を繰り返すばかり。で、それについてどうすればいいのかといえば:

「荒廃をただ悪しきことだといって目をそらすのではなく、そこに含み込まれた混沌に、再生と復活の原基形態を見いだし、そこで今後の生活世界のありかたを展望しようとしなくてはならない」


というのが結論。ほう、どんなものが「原基形態」なんですか? 何も答えなし。「今後の生活世界のありかた」って何です? 何のヒントもなし。そして「展望しようとしなくてはならない」という表現のまわりくどさ。展望しなきゃいけない、じゃないんだよ。まず原基形態とやらを見つけ、それを元に展望しようという努力をまずして、そこから展望を実際にして、そこから生活世界のあり方を考えて――いやはや先は長いですな。

でも著者はすでに展望したんじゃないの? 何が見えたの? 原基形態って何? それを考えたはずのあなたでさえヒントすら提示できないなら、このテツガクシャ用語をちりばめた本に何の意味があるの? 何もない。

それにしてもこの書きぶり、どっかで見たと思ったら、あの情けない建築学会の『建築雑誌』スラム特集で賢しらなことを書いていた人か。ぼくは、スラムなんて世界的に今世紀中になくせると思うし、泣き言を言うより、それをどうなくすか考えるのが重要だと思うのだ。ボツ。こんな賢しらなだけで将来への展望をまったく欠いた本、書評どころか読むにも値しない。



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山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.