ペインター『白人の歴史』:黒人は白人のねつ造である、という話だがあまり説得力なし。

白人の歴史

白人の歴史

白人がこれまでどんなふうに人種差別をしてきたか、黒人とか人種という概念があいまいであること、この二つを延々と書いた本。すげー分厚い本だしもちろんぼくの知らなかったことも書いてあるが、でもこれ以上の重要な話は皆無。ある意味で、これはサイード「オリエンタリズム」的な話で、黒人というのは白人が自分たちを定義するためにねつ造した概念だ、というような主張。でも黒人と言っても薄いの濃いのいろいろいるから線引きできず概念的に無効だというのは、ぼくには典型的なヒゲの不在論法だと思う(毛が一本はえているからといってヒゲだとはいえない、どのくらいあればヒゲというのは定義できないから、ヒゲという概念は無効だ、というような議論)。アフリカにいくと、同じ黒人の中で「あいつのほうが黒い」「あたしのほうが白い」というような差別がある。そのとき、この手の議論がどこまで意味をもつことか。そして、白人がこだわるのと同じくらい、黒人も黒人アイデンティティにこだわる。ペインターにかかると、マルコムXは白人たちの思惑通りに破綻した「黒人」概念を強化固定させてしまった白人の手先(!!)ということになるんだけど、それってどうよ?

長くて羅列だけに終わりしかもかなり独善的な視点と主張だと思うので、とりあげません。それと訳者オチ道夫は、なんか気取って「マルカムX」とか「アングロサクスン」とか書くんだけど、それで何か独自性が出せたと思うのはやめてほしいところ。

付記 (10/24)

この本は、白人がずっと根拠レスな黒人概念を使って黒人差別をしてきた、という話で、だんだん白人の人口が減ってくると、こんどは白人どもは黒人概念のあいまいさを利用して、いままで白人扱いしてなかったヒスパニックなんかも白人に勘定して黒人差別を続けているんだ、というような話をする。

でも、本書はそこでアメリカの黒人の自縄自縛状態についてはまったく触れない。レヴィットやゲイツが指摘するように、黒人は「勉強するやつは白人の手下になりたがってる裏切り者」と相互監視して勉強させないようにするから黒人は成績が上がらないし、また医療でも、黒人は「オレの臓器が黒人にいくなら提供するが白人にいく可能性があるなら提供しない」と言うので、黒人の臓器提供率はずいぶん低い。そして先日の The Economist の記事に載っていたんだけれど、いまや黒人女性はものすごく結婚率が下がっていて、なぜかというと、適齢期の黒人男性の多くは牢屋にいるし、そして黒人以外と結婚しようとすると、「裏切り者」と呼ばれて村八分になるんだって。ゲイツ(ビルじゃないよ。黒人の経済学者で見えない差別と一貫して闘ってきた人)が、黒人女性はもっと黒人以外とも結婚して生活安定させないと、地位向上の基盤もできないよと本で主張したら、黒人たちからものすごいバッシングにあっているんだそうな。

そこらへんに敢えて触れないペインターの戦略もわからなくはないけれど、ぼくは支持を得にくいやり方だと思う。黒人概念はねつ造だと言い、マルコムXを批判しつつ、反白人という黒人にしか支持されにくい立場の本を書くという首尾一貫性欠如は、この本の価値を大きく下げていると思うのだ。黒人概念はあいまいで政治的に利用されるから、もう白人とか黒人とかにこだわるのはやめようという主張ならわかるし、ペインター自身はそれを実践しつつも、でもそれを主張するのに黒人アイデンティティによりかからざるを得ないというのが、本当につらいところだと思う。



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