山本作兵衛『筑豊炭坑絵巻』:驚愕の記録。ユネスコもたまには立派。

筑豊炭坑絵巻 新装改訂版

筑豊炭坑絵巻 新装改訂版

朝日新聞向けの今年の三冊を選ぶので、見落とした本はないかと丸善をうろつくうちに発見。一見して驚愕。すごい。明治大正からずっと筑豊炭田で坑夫を勤めてきた著者が、そのすべてを絵と文で描きだしたものすごい記録。実際の採掘方法、そのツールや手法の変遷、日常生活、米騒動など時事的な事件、内輪のリンチの様子など、無言であんぐりしつつページをめくる。はっと我にかえり、即購入。リアル本屋も捨てたもんじゃないねえ。

全体が絵を中心にかなり詳しい文を添えた瓦版的な構成。絵の描き込みもすごいし、変な価値判断やイデオロギーの入らない淡々とした記述、そしてあちこちに入る戯れ歌、すべて驚異的。明治の炭坑は、夫婦で入って採掘したとか、全然知らなかった。一方、イデオロギー的に使いたい人は、その絵がどの時代のものかをよく見てからにしたほうがいいと思う。いろんな時代のものが入っていて、いまの価値観であれこれ言っていいものか要検討なものも多いので。

今年ユネスコが、世界記憶遺産とやらにこれを選んでくれたので有名になって本書も再刊されたとのこと。記憶遺産って、グーテンベルグ聖書やマグナカルタとか立派なものもあるが、結構しょぼいものも多いし、タイや韓国のものがやたらにあって途上国の国威発揚のためのアレになってる面もあり、玉石混交。その中でもこれは玉のほうだと思うが、ラインアップの中では圧倒的に異色。ユネスコもたまにはいい仕事をする。

高いと思う人には、もっと安い次の本もある。

新装版 画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録

新装版 画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録

収録作品はかぶっているものの、こっちは判型が小さいうえに、一ページに絵を二枚ずつ入れたりして、描き込まれた字は読めない。どーんと「絵巻」にお年玉を張り込んで、絵と文一体の総合的な味わいを享受するのが正しいと思う。

もちろん速攻で今年の三冊に入れる。再刊直後に気がつかず、本書評に出せなかったのが残念(再刊でも、数十年ぶりだし認められたと思うんだよね)。ちなみに「画文集 炭鉱に生きる」のほうは朝日で書評が出ていたのを見落としていた。



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