サトウ『学融とモード論の心理学』:業界内部向けの本らしいが、あちこちで疑問符いっぱい。

学融とモード論の心理学―人文社会科学における学問融合をめざして

学融とモード論の心理学―人文社会科学における学問融合をめざして

学問には、学者がお互い同士だけの評価に頼るモード1の学問と、その外に出ていって社会と関わりながらやるモード2とのやつがあって、モード2のほうもがんばらないといけない、とのこと。はあ、さようですか。それって心理学では目新しい話なんですか?

で、モード2は、社会の問題中心に進んでいろんな学問が解決に向けて協力していく方式なんだそうな。だから従来の学際とはちがう、学融というのを提案しているとのこと。

でも、出ている例はたとえばシンナーをやめさせるのに心理学的知見を使ったとか、取り調べの尋問に心理学の知見を使ったとかいう話。それが法学と心理学の学融だというんだけれど、別に法学のほうは学問ではなく、単に家裁や警察の人がそういう知見を使ったというだけで、学問が融合したわけじゃないでしょうに。
そして、実際の社会においては、製品開発でも問題解決でも、結構現場の人はいろんな知見を活用しようとしてあれこれやってると思うんだが。ゲーム機開発でも、インターフェース設計に心理学や生理学の知見を使い、ゲーム開発に脳科学のお知恵を拝借し、回路設計に工学的な知見を使い、そこに関わる法的な問題をクリアし、価格づけに経済学的見地を使い、それぞれ使うだけでなく逆にその学問への課題をフィードバックし……世間に見られる新しいもののほとんどは、まさにそういうのの集積なんだけれど。著者のいう「学融」は、著者の目の前で日々実践されていると思う。それを何か目新しいことのように言われるのは、特に学問外の立場からは解せない。

で、心理学におけるおもしろい研究の基準(私案)とは

  • 常識と異なっている
  • 事実に基づいている
  • 体系的説明が可能

だそうな。この一番目は危険ですよー。これ強調しすぎると奇矯なものをありがたがる世界に入りますから。三番も、説明できない現象を引っ張ってくるのもおもしろい研究だと思うんですけど(ぼくはフォーティアンもどきですので)。でも、こんなのが私案でしかないんですか? おおむね他の学問でもこんなもんだと思うんですが。

また、フィールドではデータの捏造や恣意的解釈の可能性がある、というのも、ぼくは当然だと思うし、みんなもそれを知ってるから、通常は追試可能性とかそういうのが重視される。でも著者は、そういう批判をやむを得ないことだといって甘受してはいけないという。なぜだろう、と思って読み進めると、「以下のことを声を大にして言っておかねばならない。それは、心理学における最大の捏造(これはまた科学における最大のねつ造の一つでもある)は、イギリスの心理学者、バート (Burt C.) による知能の実験的研究だったということである」(p.51) とのこと。

でも、バートの知能実験結果ねつ造が、なぜフィールドでのデータねつ造可能性に対する批判を甘受すべきでない理由になるのかはまったく書かれていないんだよね(ちなみにこのバートって、科学最大級のねつ造なの? ぼくは寡聞にして聴いたことなかった。結構ねつ造ネタって好きなつもりなんだけど……)*1。だからねつ造は実験ではなく人に属する、と著者は語り、それで何かが言えたつもりのようなんだが、心理学(いやそれ以外のものでも)では人は別に悪意でまちがえるわけでもなく、自分ではフェアなつもりでもバイアスが入ってるというのが大きな知見じゃなかったでしたっけ。だから二重盲検するんでしょ。これってまさに、ねつ造可能性の批判を甘受して、学問の世界として追試をちゃんとやりましょうね、と主張すべき部分だと思うんだけど。それともなんですの、批判を甘受しないってことは、心理学ではフィールドのデータや実験結果は絶対無謬でまったくバイアスは入り込まないと断言しろとでもおっしゃいますの?

で、最後のあたりはもちろん(もちろん!)震災と原発の話。人々がリスクゼロを求めたがるのを嘆いた文章を批判して、リスクゼロなんて思ってない、政府が情報を出さないのが悪いという。むろん情報はもっと出すべき。でもその一方で、現在変なリスクゼロ信仰が厳然としてあるし、それが悪いほうに働いているのは事実だと思うので、それを嘆いて見せるのは(特にそれで無茶を言われているのを見ている人としては)当然だと思う。そしてそのリスクゼロ志向を変えるための手法の面で心理学者の出番もあると思うんだけど、そこではとにかく政府が情報出せですか。学融を唱えつつ、それができそうな場面では蹴っぽっちゃうのでは、言うだけ番長に終わってしまうんじゃないの?

学融はそれ自体としては結構なんだけど、学問の世界の外にいる人間としては、そういうこと言ってる間になんかやれよ(ついでにテレビでくだらんこと吹いてるインチキ同業者どもをなんとかしてよ)と思うだけ。また、

現在,筆者は文化心理学を中心にしながら,「法と心理学」ならびに「厚生心理学」を展開している。また,「経済心理学」や「政策の心理学」にも歩みを進めようとしている。(出版社ページ

だそうな。今から経済心理学ねえ。カーネマン先生、サトウくんがこんなこと言ってます! あまり勉強してないのが丸わかり。ついでに歴史心理学もやってくれるといいですね、ハリ・セルダン先生! 内部の人には意味がある本なのかもしれないけれど、上にあげたような疑問符もいっぱい出てくるし、一般向けの書評で扱うべきものではないと判断。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.

*1:その後判明、シリル・バートの話ね。知能には遺伝の影響もある、という実験結果を発表して、死語にそれがねつ造だと批判された話。でも実際にそれがねつ造だと確認されたわけじゃない。そしてその結果については、実はかなり正しいんじゃないかという説もある。本当に「科学における最大のねつ造」なの? 専門家ならフォローしといてほしいな。それに、これってそもそも心理学の話だっけ?