マーティン『北朝鮮「偉大な愛」の幻』(上):長いがおもしれー。しかし後半はどうなるのやら。

北朝鮮「偉大な愛」の幻 上巻

北朝鮮「偉大な愛」の幻 上巻

北朝鮮建国から、金日成の生涯をかけぬけて、ジョンイルくんの半生のところまでやってまいりました。上下巻のすごい長い本で、上巻を読み終えたばかりだけれど、たいへんにおもしろい。前半は高密で、最初の150ページほどで朝鮮戦争が終わってしまったときには、この後ネタが残っているかかなり心配になったんだけれど。

もちろん、北朝鮮の建国神話では金日成がとにかくありとあらゆることで英雄的な活躍をして、白馬にまたがりゲリラを指揮し、という荒唐無稽な話になっているのはご承知の通り。本書はそれをざっと見直して、いまの捏造ぶりはあまりにひどすぎることは指摘しつつも、金日成がそれなりに才覚を持っていて評価された人物であり、権謀術策にもたけていたことを指摘する。変な神格化しなくても、ふつうに有能な指導者として売り出しても十分に支持得られたんじゃないかな。もちろん、彼が基本的には中国共産党の下とソ連の指揮下で活動していて、独立朝鮮ゲリラなんて存在ではなかったことはちゃんと書きはするけれど。

そして今のぼくたちは、北朝鮮といえばもう縄文時代みたいなことになっているのを描くけれど、第二次大戦後には独裁中央集権経済がそれなりに成果を挙げ、1970 年代頃までは少なくとも韓国よりは経済水準が高かった(むろん多少は割り引くべきだろうけど)ことも描く。ふーん、そうなんだ。これは当時のソ連についての評価と同じで、まあ消費財のような細やかなものは苦手とはいえ、経済全体はそれなりによかったというわけね。だから、帰国事業とかも今にして思えばひどい話だけれど、当時はまだ少し正当化の余地はあったかも。とはいえ、それでうっかり帰国してしまったパチンコ屋さんが労改にぶちこまれたひどい話もちゃんと出てくる。

そしてその頃から始まるジョンイルくんの活躍。とっぽい格好の腹の出た、ビデオ好きとかマスゲーム好きとかお笑い的なイメージをなんとなく抱いているけれど、でもかれも父親にとりいる数々の権謀術策を弄して後継者の地位にのしあがった、それなりに能力(だが何の?)と知恵のある策士だということが描かれるし、ライバルを倒す中でジョンイルが実は弟を殺していたかもしれない話とか、いろいろ剣呑な話も満載。その後の話は、テリー伊藤の名著「お笑い北朝鮮」や、一部方面からの恫喝で消されてしまった、にらけらの名作ネットマンガ「ジョンイル君」の世界そのものになり、著者もかなりお笑いを交えつつ書くので、その気になれば結構ささっと流し読みできる。一方で、それが北朝鮮内の粛清や文化大革命的な動きといかにからんでいるかも細かく述べられるので、細かく読んでも読み甲斐はある。

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著者は、機械とかもそれなりにわかる記者で、産業に関するなにげない記述とか、結構勉強になる。かつてエチオピアで、北朝鮮製の工作機械を見かけて不思議に思っていたんだけれど(上の写真参照)、北朝鮮は工作機械に力を入れていて、結構輸出もしていたんだそうな。なるほどね。でも、上巻でここまで書いちゃうと、下巻に書くことが残ってるのかな、と心配。いや、大韓航空機撃墜とかいろいろあるか。が、それは見てのお楽しみ



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