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トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた』:よい子は真似しないように……いやしたほうがいいかな?

書評

ゼロからトースターを作ってみた

ゼロからトースターを作ってみた

タイトル通りの代物。ゼロからトースターを作る。それだけ聞くと、簡単そうだ。ニクロム線買ってきて、平たい耐熱絶縁体に巻いて、トランスかませてコンセントにつなげばいいんじゃない?

でもこの本はそれをはるかに超えることをやっている。市販のパーツを組み立てるだけじゃない。そのパーツそのものも作ろうとする。金属部分は実際に鉄鉱石を掘り起こして精錬するところからやる(やろうとする)。絶縁体の雲母を実際に掘り起こす! プラスチックを作ろうとして原油入手に奔走! それも古い手動のトースターでなく、ポップアップ式のトースターが作りたいとのことで、相談する先々で呆れられ……

結局のところ、彼はすべてに成功したわけじゃない。原油は手に入らなかったし、あれやこれやでこれもできずあれもできず。でも曲がりなりにもトースターらしきものは作りあげてしまった。そして、その過程でたかがトースターに注ぎ込まれた人間社会の相互依存性と技能の結集について改めて学んだという話。

バカバカしいプロジェクトで、アート専攻の学生でもなければやらないだろう(こいつはアート専攻の学生だ)。そしてできた代物はかなりひどい。本の表紙にある、この溶けかけたような代物が完成品だ。その意味で、本書はMake 系のプロジェクトとはちょっとちがう……かなあ。工学的な目的意識がないんだよなあ。ネットで見た別の書評も「やってることは凄いのに、なんか適当というか中途半端というか。エンジニア気質ではなく、アーティスト気質なんだろう。」と書いているけれど、その通りで、それが工学部くずれとしてはもどかしい。この人は、原理的なところに固執する。そして機能の再現ではなく、いまあるサイバード製のトースターというモノを再現しようとする。だけど、そのプロセスでいろいろおもしろいこともわかる。電子レンジで精錬! そんなことができるのか!

無謀な楽しさ満載で、特にエンジニア系の人は読みながらニヤニヤ爆笑うけあい。でもよい子は自宅でまねしないように。電子レンジでの精錬は危険だし、あと頼むからAC電源につなぐ線は絶縁体で覆ってくれ。ゴムが手に入らなかったというんだけど、ゴムでなくても木でもいいから!

そう、このAC電源の部分で思ったんだけれど*1、この処理がまさに、エンジニアとアーティストの発想のちがいなのね。エンジニアリング的な発想というのは、古代の何も文明の恩恵がないのに、たまたまなぜかAC電源と銅線のある世界に現代人(マクガイバーくんとか)がやってきたとき、その古代世界において人は絶縁体として何を使おうと考えるか、ということだと思う。絶縁されたACコンセント、というものを古代世界でどう作ろうか、という問題設定をすると思う。結果/目的があって、そのための手段を考える。ところがこの人の発想は、いまあるトースターは被覆にゴム(ゴムじゃなくてビニールなんだけどさ、それはまあいいか)を使っているので、とにかく被覆用のゴムを調達しよう、調達できなければむきだしのままほっとく、という具合に目的よりは形式を重視する。これがアーティスト的な発想だ。

とはいえ、そういう発想の差は、違和感の源である一方で興味深いアプローチを生み出している。エンジニアなら、本書の問題設定(「トースターを作ろう!」)があったとき、そもそもこんな方向には頭が向かない。パンを自動的に焼く装置を工業製品を使わずに作ろう、と考え、たぶん木炭ストーブがバネで回転するようなものを作りたがると思うんだ。絶対に鉄鉱石を取ってこようなんて発想にはいかない。でも著者はそれをやる。それがおもしろいところ。そしてよいこのみんなも、これに近いことをいろいろやってみて、モノの成り立ちを理解するのはとってもよいことなので、紙を作るとか、あと本書にもあるジャガイモ製プラスチックを作るとか、あるいは布を作るとか、是非やってみてほしいな。機械系の組み立てはハードル低いけれど、こういう素材系の自作はなかなか機会がない。すっごく大変だし手間暇かかるし熱いし臭いし危険だし、よくよく注意しないとダメだし、「できた!」という爽快感が低いのであれだけど。やっぱ素材系や化学系でいちばんやりやすい Make チックなプロジェクトって、料理か農業になっちゃうんだろうなあ。

で、この著者のプロジェクト、最後にどうなったかは読んでのお楽しみ。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.

*1:あとこのmats3003氏の指摘や上で引用した書評もヒント