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お願い? およびSNS革命など雑感

(※上の本は記事とは関係ありません。)

お願い、なの?

ツイッターエゴサーチをしたら、こんなツイートがあった。

これのトラックバック山形浩生氏の「書評」に送ったのですが表示されません。表示して下さいとお願いするコメントも投稿したのですが、認可してくれません。きっとお忙しいのでしょう。

これ、しばらく前に酷評したウォール街占拠本の訳者からのものだ。お願いされていたとは知らず、見に行ったらその「お願い」とはこんなものでした。

何かの手違いだったら失礼するが、せっかくあなたにも読んでもらおうと思った記事のトラックバックが、表示されません。「反論権」及び「対抗言論」の行使として、このコメントを書くとともに、下記の記事のトラックバックを表示するように設定を変更なさることを要求します。


これが「お願い」ねえ。プロトコルがちがうのかもしれないけれど、「要求する!」というのはぼくの世界では(そしておそらく一般人の世界では)お願いとは呼ばないのだよ。ちなみに本人は「若いので左翼ジャーゴン知らない」と言ってたが、知らないで「われわれわぁぁぁ! ようきゅうするぅぅぅ!」という古い過激派左翼定番の物言いが出てくるとは、本当に左翼DNAというのがあるのかもしれないと思ってしまったよ。

しかも最初のツイートの「これ」というのはこの人のブログのエントリなんだが、書かれたのは 10/25 夜7時近く。この冒頭のツイートは、10/26 朝 7時近く。(コメントの正確な時間は不明だが、25日夜中かな?)半日(それも夜をはさんで)未満で、表示されないの認可してくれないのとは、何とも気忙しい。別に忙しくはなかったけれど、いちいち見てなかっただけ。

そしてさらに、これが出たその日26日の夜8時にはこんなツイート。

山形浩生氏がトラックバックを拒否しているようなので、追記した。それなりにRT希望。

一日反応がなかっただけで「拒否」とは、なんとも夜郎自大なことで。あのねえ、普通の人は日々コメントだのトラックバックだのを気にして、平日に一日中ネットにかじりついてるほど哀れで暇な生活も送ってないの! Get a life! Puh-leeze! ブログの使い方だって様々なのだ。ぼくは一時スパムがきてうるさかったので、その手の通知がいちいちこない設定になっている。そういう人は他にいくらもいる。だからコメントやトラックバックが一週間やそこら認識されずに放置されることはざらにあるのだ。昼間はおろか夜遅くまで仕事というものがある人だっているらしいぞ。ああそうそう、それ以外にも、家族づきあいとか地域コミュニティ活動なんてのもあったりするらしいぜ。どうもネット以外の活動がいろいろあるらしいんだ。いやそれどころか、「99%」ってそういう人がほとんどらしいよ。そんなことも思い浮かばないような人物が、OWSとか99%の味方とか口走ることがどんなに滑稽だかわかる? そんな人に、その99%の何がわかるの? これを書いた人は、世間の人が自分と同じようなコメント乞食だと思ってる。99%が自分と同じようにネットにかじりついてると思い込んでる。自分が書いたものに人はすぐ反応すべきだと勝手に思ってる。そしてツイッターで何か言えば、それが一瞬で世界のあらゆる人に共有されると勝手に思い込んでいる。

でもツイッターもブログも、世の中も「99%」も、そんなものじゃないから。そしてあなたは自分で思ってるほど大した存在じゃないから。

それにつけてもSNS革命なるものについて思うこと

こういう人を見ていると、ジャスミン動乱でアラブの春とか、イランでの反政府デモとかでよく見かけたSNS革命なる議論を思い出す。そこでSNSがいろいろ活用された。それは事実だ。そしてそれを見て、SNS民主化と革命を推進した、なんて主張する人がたくさん出てきた。ぼくはそれがウソだと思っているけれど、言葉のあやとしてはありだと思う。

ただ……確かにツイッターSNSを活用して選挙運動をはじめ各種成功させましたという事例はある。でも似たようなことをやろうとして失敗した事例は無数にある。成功したところは他と何がちがったのか? いろんな本は、成功例ばかりを取りざたするけれど、失敗例との比較と要因抽出をきちんとやった文献は、ぼくはあまり見たことがない(まじめに探してはいないけれど)。成功例を挙げた本を読むと、たいてい「SNSの利用により共感の醸成に成功した」とか書いてある。でもよく考えると、これは実は説明になっていない。もともとの主張なり運動なりに共感される要素があったために、それがSNSで広まったということなの? それとも、もとの主張には大して共感される要素がなかったのに、SNSを使うことで付和雷同的な共感が捏造されましたということなの?

ぼくは前者だと思う。でもSNSを必要以上に翼賛したがる人は、かなり勝手に後者の意味にしたがる。一部の(悪質な賢い)人は意識的に、一部の(善意のバカな)人は無意識に。そしてそのおかげで、自分たちの一般性のない話でも、なんかしらツイッターで騒いでいればいつのまにか社会変革に発展するんじゃないか、という卑しい期待を持つ人がいろいろ出てきてしまった。

そしてまた、ジャズミン動乱などでSNSが使われたのは事実。でもそれで、「SNS革命」とかいう報道が山ほど出たせいで、ツイッターでくだらないことを書き散らすだけで、社会変革に貢献した気分になる安易なお手軽ツイッターあくちびすとが大量に生み出されてしまった。これほどお手軽な代物もないのに、そうした人たちは自分がツイッターやってますというだけで、なんだか妙に得意げで威張っている。そういう人々を見分ける方法は簡単で、彼らはすぐに「RT希望」とかものほしげなものをツイートとかにくっつけたがる。重要なメッセージなら、だまっていても人はそれを判断して他人に伝え、自動的に拡散するはずだし、またそれが自主的に起こり、自然に情報選別が行われる、というのがSNSに対する一般の(妄想じみた)考え方と期待であるはずだ。それなのに、なぜわざわざそんなのをくっつける必要があるんだろうか? それはその人々が内心は自分のメッセージ自体の力を信じられず、それを他人が判断する能力も信じられず、そのくせ自分が「RT希望」といえば人が言うことを聞くという変な上から目線を抱いているからだ。*1

ちなみに特に地震周辺で(いやそれ以前から)、「RT希望」とか「拡散希望」とかいう代物は、ほぼ例外なくデマか流言飛語の類だった。だからぼくのまわりでは、そういうのがついているだけで、そのツイートは怪しげで通常は有害無益だから無視するというのが知恵だ。それでもいまだにこの手の人々の周辺では、そういう共有知は発達していないらしい。なぜだろう。彼らの周辺でだけ、なぜかそうしたデマが流通しなかったということなのか、あるいはこの人々がデマに騙され続けていてそれに気がついていないのか? あるいは考えたくないことだけれど、彼らこそそのデマを広める側だったのか……

対処方針

さて、当初の「お願い/要求」だけど、どうしたもんか。ぼくはこれまでの他のエントリを見てもらえばわかるけど、自分を批判する記事に対するリンクでもトラックバックでもコメントでも、平気で認めるし、たまには返事もする。お願いされればたいがいのことは、はいはいと承知してる。でもこう居丈高に要求されちゃうと、考えちゃうよな。反論権とか言ってるけど、大新聞や雑誌であれば批判された側が同じだけの到達力を持つことは困難だから、そういうのに意味もあるだろう。でも個人のブログにそんな権利は適用されんの? ネット上にあればだれでもアクセスできる点では同じだから、発信力に優劣はないし、「対抗言論」だってそっちがブログでリンク張ってご託書けばおしまいじゃないの? そもそも新聞雑誌ですら、反論権というのは本当にだれかが決めた「権利」なの? 単なる慣行じゃないの? 等々いろいろ即答できかねる事項もありますので、持ち帰って内部で諮らせていただきまして、いずれ十分に検討を経てまた改めまして。その間に、もう少しまともな「お願い」をするなら、それはそれで検討しないでもありませんが、一回目があの調子では、次のやつはかなり下手に出ないとなかなか通らないと思うぞ。ではがんばるように。それと……もう少し気は長く持とうな。それと、またあれやこれや自分の思い通りにならなかったとグチを垂れる前に、こうは言いつつもこれだけ書いておけば本当に関心ある人は検索なりなんなりして、おそらくはそちらの文章を読もうとするだろうってことで、当初の「お願い」とやらの狙いの相当部分は間接的に実現されるよう配慮してやってることくらいは、まあ理解しようとしてみてくれよな。まったく、普通にお願いしてくれば(あるいは数日ほどだまって待ってれば)こっちもクリック一発ですんだのに、余計な手間かけさせやがってまったく。

追記:2012/11/06

ほれ、トラックバックもコメントも載せてやったから感謝するように。

追記:2013/7/3

またコメント掲載しないのはけしからんとか騒いでいるよ。まったく同じパターンで、学習効果皆無なのがよくわかる。6/30にコメントつけて、1日にうだうだ。しかもそのコメントというのが

BeneVerba
山形浩生さん、そのうちきっちりあなたに反論するから、これでも見て待っててね。
(youtubeのなんか動画)

というだけ。半年以上たってこんな`茶々入れしかできないのか。sigh.これが「不都合」とか言っているところを見ると、なにやら効果的な主張のつもりらしい。もう相手にしないから、自分のブログでもウェブページでも好き勝手に造ってやってくださいな。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.

*1:付記:ちなみにそういう人に限って、自分も他人の「RT希望」とかを機械的に嬉々としてRTするリピーターbotと化している。相互の判断力に対する信頼より、判断力不信を前提とするRTのreciprocityを通じたもたれあい関係で成立しているコミュニティがあるように見えるんだが。