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笠井『新版テロルの現象学』:本論はどうなったんでしょうか。

新版 テロルの現象学――観念批判論序説

新版 テロルの現象学――観念批判論序説

テロルの現象学はむかーし大学生の頃に読んだけれど、集合観念(みんなが熱狂してオージーしたり集団ヒステリー起こして殺し合ったりらりったり革命の学生運動とかでハイになっちゃったりする状態)でみんな集団自殺するのはいいけど、共同観念だとみんな社会奉仕させられるのでよくない、みたいな話でその主張の根拠がよくわからず、すごいんだと思い込もうとしたけれどやっぱり納得しきれなかったように思う。その後は、矢吹駆シリーズで何となくこの本の主張がわかったような気になったけど、結局どんな推理でも「現象学的直感です」で終わってしまって、何が現象学的直感なのかどうやってわかるんだよ! と思っているうちに、本もやたらに分厚くいいわけがましくなってきてそっちのシリーズも読まなくなってしまった。*1


今にして思うと、結局この集合観念がよくて共同観念がダメ、各種の革命思想や運動が、集合観念から共同観念に転落していくのがよくないのだ、という本書の主張はつまり、いつも宴会してハイになってたい、そのために日々仕事をしたり家の掃除をしたりとか普通に社会や生活を維持することなんかしたくない(少なくともサヨク革命思想にはそれはできない)、要するに就職なんかしたくねー、気楽な学生のままでいてー、と言ってるに等しい話でしょ。甘い妄想だよね。いま就職難の学生ならせせら笑うだろう。するとこういう思想家は「日常性批判」とか書いて悦に入るんだけれど。


で、新版かあ。この本は「観念批判論序説」という副題がついていて、あとがきで「この序説というのはありがちな逃げをうつための序説じゃなくて、このあとちゃんと本論を書くんだぞ!」と大見得を切っていたので、いつそれが出るか楽しみにしていたんだけど、結局出ずに序説の焼き直しか。まずその時点でちょっとがっかり。

そして彼のツイッターとかがどこかに転載されているのを見たら、反原発デモがなにやらかつてのサヨク活動の復活だと思って浮かれていたのだけれど、本書の加筆部分というのがそういう浮ついた話でないことを祈りたい。が、たぶんこの祈りはかなえられないだろうな……

ということで、そのうち実際に読んでコメントつけるかもしれない。大学時代のぼくが見落としていたもの、理解できていなかったものも当然あるはずなので、ひょっとしたらまったくちがった評価が出るかもしれないし。ただこういうのが出るという時点で少し不安とちょっとした失望をおぼえてしまったので、まずはそれを書いておく。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.

*1:ちなみに、この現象学的直感というやつが知りたくて、その後フッサールとかもいろいろ読んだんだけれど、この現象学の親玉からして現象学的直感のなんたるかは何も書かず、とにかく他の連中は現象学的直感でないからダメダメ、と言い立てるばかりでいい加減頭にきたところで、加藤尚武の「現象学批判」を読んで自分の感じていたのが別にぼくの無知や無理解のせいではないようだとわかって、安心して無視することにしたのだった。