鈴木『なめらかな社会とその敵』&ヒース『ルールに従う』:社会の背後にある細かい仕組みや前提を明らかにする野心的な試み…… but you ain't see nuthin' yet.

なめらかな社会とその敵

なめらかな社会とその敵

ルールに従う―社会科学の規範理論序説 (叢書《制度を考える》)

ルールに従う―社会科学の規範理論序説 (叢書《制度を考える》)

なめらかな社会とその敵』の想定読者は三百年後の未来人。だが古代人の評者にも、その意気込みはわかる。まったく新しい通貨システム! しかもお金の意味すら変え、社会自体の変革まで射程に入れる遠大さだ。
著者は、題名通りのなめらかな社会を夢見る。人々の有機的なつながりを保ち、様々な関係性の途切れない世界。現代の金銭取引はそれを荒っぽく分断する。投票も白か黒かの粗雑な選択を迫る。だがインターネットはまったくちがうお金や投票を実現する。個々の取引は投資として影響を持ち続ける。一票を多くに分割して重み付けができる。本書はそうした仕組みを実際に構築して実証する。おかげでそれがもたらす壁なき世界も説得力を持つ。
だが本書の問題点もその世界像だ。なめらかな関係性は、裏返せば全体主義的なしがらみだ。本書は息苦しい村社会を再構築する反動的な試みでもある。いまの金銭取引や投票制度は粗雑だ。だがその粗雑さは、実は自由や平等などの根拠でもある。本書の新通貨システムで算出される社会貢献度は、人々の等級付けに直結しかねない。また新投票制度は、個人が政治的決断から逃げる無責任社会につながる。評者はそうした乱暴な社会像にたじろぐ。
だが、本書の魅力もまさにその乱暴さにある。その乱暴さのおかげで、本書はネットの希望と恐ろしさの両面を示す。それは新しい可能性を見せつつ、既存制度の長所をもあらわにする。いずれの場合にも読者は社会の仕組みについて、予想外の方向から見直しを迫られるのだ。
そうした社会の細やかな仕組みを、別の形で示すのが『ルールに従う』だ。人のずばぬけた合理性は進化だけでは説明できないし、人間の個別行動もそんなに合理的ではない。実は人間は文化や道徳構築の中で、合理性に近づくためのルールを開発してきたのだ。道徳こそ合理性を可能にし、そのために言語のような複雑性を持つ、と本書は主張する。哲学や進化生物学、経済学や脳科学まで動員した繊細な議論は実に刺激的。ただし実に難解で、巻末の詳細な訳者解説と要約には大感謝だ。
この二冊を並べて読むと、社会の様々な可能性が浮かび上がる。『ルール』は単純な理念からの大なたをたしなめたものとして、『なめらか』と対立関係にあるとすべきか、それとも逆に、制度改変を通じた社会のルール改訂という観点から共闘関係にあると見るべきか。この両者をどう対決/協力させ、発展させるかは、三百年先ならぬ今の読者の大きな宿題でもあり、また楽しみでもある。(2013/3/24 掲載、朝日新聞サイト)

コメント

どっちも単独で1100字書いてよいくらいで、それをいっしょに押し込めるのはかなりの荒技。それに、ぼくがこの程度ですましてあげると思った? You ain't see nuthin' yet. まあクビ洗って待ってなさい。特にツイッターでなめ敵とか言ってはしゃいでる連中! というわけで、次をごらん。この書評を書くときにまず書いた、1万字ほどの文でございます。上の書評は、これを思いっきり刈り込んだもの。



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