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Wasik Keynes's Way to Wealth : ケインズの具体的投資法はおもしろいが画期的ではない

書評 査読 ケインズ


2013/11/19
山形浩生

Executive Summary

世界金融危機の後で再びいちやく注目を浴びているジョン・メイナード・ケインズは、大経済学者としての顔とともに、投資家、投機家としての顔も持っていた。だが主著『一般理論』などでの株式市場に対する否定的な見解などから、そうした面はあまり知られていない。
しかし彼が投資家として資産運用を行ったキングズカレッジの資料などを見ると、かれは非常に積極的な投資家で、それが終生続いたことがわかる。また、投資の方針と理論的な展開も無関係なわけではない。本書はケインズの生涯をたどりつつ、その理論と投資方針の変貌を並べることで双方の影響を述べる。
前半はケインズの理論と投資の関連が多少はうまくかみ合っている。ただし後半になるとケインズの投資スタイルも理論もあまり進展がなく、新しいネタがない。全体に論点が薄く、アニマルスピリットの話などがあまりにしつこく繰り返される。そして目新しい投資指針が得られるわけではなく、博打をするな、長期で保有等々、ごく常識的な主張にとどまってしまう。
投資家としてのケインズという着眼点はよいが、尻すぼみの観は否めない。描き方も必ずしもまとまりがあるわけではなく、羅列に終わっている。
 

1. 概要

はじめに

ケインズは、金融危機によりいちやく注目を集め、クルーグマンなどもその知恵を大いに賞賛している。かれは株式市場が博打になっていると批判し、まさに金融市場批判の急先鋒に思える。だが、一方では投機家としての側面もあった。そして投機とケインズ理論とは関係している。

序章

ケインズの経済学者以前の生涯のおさらい。ケインズはキングスカレッジの資産管理人を死ぬまで務めて、その財務状況を大幅に改善させてきた。またイギリス政府の顧問補佐だったときも、大量の投資売買を行っている。

第1章 投機家の誕生

ケインズは官僚を経てキングスカレッジで教鞭を執るようになった。そして20世紀最初の十年頃に投資や投機に手を染めるようになる。その発端となったのは、おそらく「確率論」に述べられた確率の考え方などがある。
初期の投資は、決まった株を安値で買って、ある程度上がったら売り、配当が出て値段が下がったところでまた買う、というのを繰り返す手法。その後、通貨の投機に手を出している。そしてやがて、勤め先のキングスカレッジが大量の現金を持っているのを見て、それを投機で増やそうと申し出る。
また第一次大戦でイギリスはフランスに戦費を貸したりしており、そのための人材としてケインズも狩り出されている。その後、ベルサイユ条約でのドイツに対する多額の賠償金に反対して、「平和の経済的帰結」を書いた。

第2章 経済的帰結

「経済的帰結」が大売れしてケインズはお金ができたし、名声も高まって各種の要職の声もかかるようになった。ケインズは、その頃に登場した変動為替相場での投機をはじめた。自分が投機に必要な「優れた知識」があると思ったから。ドイツマルクとイタリアリラは、戦後インフレで価値が下落すると思ったので空売りし、インドルピーとノルウェーデンマーククローネ、ドルはロングした。
ところがそこで、ドイツの将来見通しがいきなり改善してドイツマルクが大きく上がり、それまでのもうけがふっとんでしまった。ケインズの父親ネヴィル・ケインズがお金を出して尻ぬぐいしてくれた。だがケインズは懲りずに、商品市場に手を出すようになる。
このあたりの体験は、ケインズのインフレ/デフレに対する考え方に影響をしている。そしてかれの金本位制否定もここらへんにルーツがありそうだ。
また商品市場では、市場の気分によって価格が大きく変わるというアニマルスピリットや行動経済学的な知見も得たようだ。ちなみに著作集12巻は、ほとんどが彼の見ていた商品の価格データというとんでもないもの。また、今日ならインサイダー取引とされるような内容も多い。2010年にイタリア政府はケインズ商品先物取引を調べている。結局、一時的にはかなり儲けたものの、ウォール街大暴落の前から商品価格が下がり始めてもうけの八割は消えた。そして暴落後には、かなりのマイナスになっていた。

第3章 マクロVSミクロ:貨幣論

ケインズは男の恋人と別れてロシアのバレリーナのリディアと結婚し、いきなり落ち着いた。そして『貨幣論』を出版したがあまり注目はされなかった。でも、貨幣論やその前の貨幣改革論で述べた信用サイクルの考え方は、きわめて重要なものとなる。また、アニマルスピリットにつながる心理的な要因についてもまとめられる。そしてケインズは、この考え方に基づいて投資を行い、さらに大損する。そこからやっとケインズは長期のトレーダーへと転身をはかる。そして、大恐慌の中で、売り急がずにいつか景気が回復するのを待てと顧問先の保険会社などにアドバイスするようになる。

第4章 相反するリスクでポートフォリオ構築

大恐慌での失業などで、景気回復についてのケインズの知見が求められるようになってきた。またいろいろな面でも有名人になった。そして公共事業や通貨供給が増えて景気がいずれ回復すると思ったケインズは、また商品先物に手を出すようになる。だが景気が思ったほど回復せずに苦境に陥ることになった。唯一、ケインズが完全に文無しにならなかったのは、ポートフォリオに各種のちがった(ときに相反する)リスクを持つ商品を抱えていたため。だが恐慌後には、株も債券も商品もすべて同じ動き(下落)を見せるようになり、この分散化投資戦略も効き目が薄かった。
この頃、ケインズは勤め先キングズカレッジの管財人とあって投資を行っている。まあまあの成績を上げている(ポートフォリオ投資より少しいいこともあるが、低いこともあった)その後、個別株への投資を行うようになる。

第5章 価値の誕生

1930年代には、ケインズは有名でそこそこ金持ちになり、イギリスは金本位制から脱却していたが、世界経済はまだ悪化しており、アメリカでは銀行の連鎖倒産でひどい状況になっていた。

だがそこで登場したのが『一般理論』だった。

『一般理論』のなかみは難しいので深入りしないが、投資家にとって重要なのは、経済が独りでにリセットしたりしないこと(失業はずっと続くかもしれないこと)、需要不足が失業を生み出すこと、マネーサプライが常に効くとは限らないこと、雇用が増えれば信頼の乗数効果が出ること、人々が信頼を抱けないと貯金すること、経済には不合理な側面があること、貯蓄のパラドックス(みんなが倹約してお金を貯めるわけにはいかないということ)が不景気の原因だということ。特に12章は役立つ
だが刊行直後に、ケインズは心臓疾患で倒れる。

第6章 アニマルスピリット

ケインズは倒れつつも病床から投資の指示を出していたが、株価下落が続く中で手持ち株を売らないという方針の投資となっていた。ケインズは、経済の中の信用とそれに伴う大衆心理を読めるつもりになっていたが、実際にはそんなことはできなかった。だがかれのこうした心理についての洞察は、アニマルスピリットへの関心や、行動心理学などへの関心となって現在も続いている。

第7章 ケインズのペット銘柄

ケインズはやがて、昔ほど強気の投資はしなくなる。かれの投資は、大成功とはいわないがそこそこの成績をあげたのは事実だ。下落基調のときに株を売らないというのは、最終的にはよい結果となった。だが、損切りをしないことで同僚たちにはいい顔はされなかった。そして1936−38年の大暴落では、損切りをしないことで顧問を務めていた銀行に激しく糾弾される。またキングズカレッジでも責められることになるが、毎回自分の正しさを主張し、市場の流れに任せるのは危険だと論じる。
そしてかれは、個別株を見て、経営陣やその方針が気に入ったところの株を少しずつ買うという戦略を採っている。かつてのマクロ動向に基づくトップダウン投資から、個別銘柄を重視するボトムアップ投資になっている。
いまの投資家に得られる教訓としては、ちゃんと投資の目標を明確にすること、価値の高い株はこだわって持ち続けること、市場とのタイミング勝負は避けること、ポートフォリオの分散を図ること、付和雷同で流されないこと、などがある。

第8章 ケインズの後継者たち

ケインズは第二次大戦の初期には戦費捻出に奔走。一方アメリカはニューディール政策で、ケインズが一躍時代の寵児となっていた。
投資家としても、ケインズウォーレン・バフェットに影響を与えている。これはという株に集中的に投資を行うやり方などだ。またイェールの財産管理をしているデヴィッド・スウェンセンもケインズをよく引き合いに出す。その他高名な投資家たちも、ケインズをしばしば引用している。

第9章 ケインズの富への鍵

戦後すぐに、IMFや世銀の基礎を作ってケインズは他界した。ケインズが投資家に残した教訓はといえば

  • 長期では債券より株が高収益
  • 投機は危険
  • 確率と不確実性はちがう
  • 相関のない/逆相関のものを入れるとポートフォリオはよくなる
  • 価値指数を重視
  • 配当を重視
  • 烏合の衆になるな
  • 投資は長期で考えろ
  • 受動的な投資を
  • シャンペンをもっと飲もう!

ケインズの成功は、市場の暴落後のリバウンドにうまく乗った場合が多い。またケインズは、こういう投機をしつつも、それが格差につながったりするのを嘆き、もっと平等な社会を待望してそのために政策を作っていた。

エピローグ:ケインズの過去と未来

クルーグマンが最近よく言うように、現状では財政規律はあまり意味はない。だがそれがいまやすごい論争になっている。また格差の是正も必要。そのための課題は

  • 上流階級が社会にとって生産的な投資を行うよう促す国はどこか?
  • 投資や持続可能な成長をもたらす政策とは?
  • 借金を控えさせて投資を増やす政策とは?
  • 国や企業は持続可能な社会資本主義をどう作るか?

ケインズもこういうことを考えていたし、今後の投資家もこういった話を考える必要がある。

2. 評価

世界金融危機の後で再びいちやく注目を浴びているジョン・メイナード・ケインズは、大経済学者としての顔とともに、投資家、投機家としての顔も持っていた。だが主著『一般理論』などでの株式市場に対する否定的な見解などから、そうした面はあまり知られていない。
しかし彼が投資家として資産運用を行ったキングズカレッジの資料などを見ると、かれは非常に積極的な投資家で、それが終生続いたことがわかる。また、投資の方針と理論的な展開も無関係なわけではない。本書はケインズの生涯をたどりつつ、その理論と投資方針の変貌を並べることで双方の影響を述べる。
初期の貨幣改革論と、官僚や政策アドバイザーとしての地位から優位な情報を持っていると思っていたケインズは、マクロ指標に基づく投機的な投資を行ってきたが大損している。そしてその後、株に手を出したが市場の不合理性の裏をかこうとしたりして失敗。だんだん、長期保有や経営方針をきちんと見た個別株投資、受動的な投資といった成熟した投資方針に移行していることが指摘される。その中で、市場の不合理性についての経験はアニマルスピリット理論に影響し、付和雷同的な投資の危険性はマクロ経済理論などに影響を与えるなどの変化も生じているとのこと。近年の著名投資家も実はケインズに影響を受けている。今後の投資家は、ケインズが気に掛けていたよい社会の構築にも気配りした投資を目指すべきではないか、と主張して終わる。

前半はそこそこおもしろく、ケインズの理論と投資の関連が多少はうまくかみ合っている。ただし投資の銘柄などは古いモノばかりで、必ずしも見ていてピンとくるものでないため、投資の中身についてもなかなか直感的にわからないのがつらいところ。また後半になるとケインズの投資スタイルは受動的な保有投資になり、あまり積極的な売買がない。また特に一般理論以降、ケインズも理論的に新しい展開はない。このため、後半に入ると新しいネタがない。全体に論点が薄く、アニマルスピリットの話などがあまりにしつこく繰り返される。そして目新しい投資指針が得られるわけではなく、博打をするな、長期で保有等々、ごく常識的な主張にとどまってしまう。後継者という話でも投資家数名がケインズを引用しているというだけで、あまりに話として弱い。
投資家としてのケインズという着眼点はよいが、尻すぼみの観は否めない。描き方も必ずしもまとまりがあるわけではなく、羅列に終わっている。題名のように、ケインズから投資のセオリーを学べるというものではない。




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