モーム『パーラーの紳士』:せっかく全訳あるので

The Gentleman In The Parlour

The Gentleman In The Parlour

サマセット・モームは、決して好きな作家ではない。大学一年生の英語(およびその前の受験英語)でいろいろ無理に読まされたが、気取っていてもったいぶって古くさいと思ったし、イギリスの文壇スノッブのいちばんいやなところが出ていると思って、二度と読まないと思ったわ。

本書も、頼まれたから訳したので、たぶん自分から読むことはなかっただろう……と言いつつ、実はカンボジアの常宿の一つであるラッフルズ・ル・ロワイヤルで、毎晩カンボジアをネタにした旅行記の断片をベッドの上に置いておくというサービスをやっているんだけれど、そこにときどきこの本の抜粋が出ていて、だからカンボジアのあたりはちょろちょろ読んではいたんだな、と訳しながら気がついた。イギリスのスノッブ旅行ではあるし、いまからすればものすごい御大尽旅行で、お付きの者たちを 20 人くらい同行させたことになるのかな? でも、これが 20 世紀にかなり入った時代の旅行記だというのは、ちょっと驚かされるものがある。なんだか前世紀の印象があったもので。第二次大戦前ではあるんだが、実はそこそこ最近。本の刊行は 1930 年だけれど、実際の旅行は 20 年代前半らしい。

そしてモームの書きぶり(特に冒頭のあたりは訳を引き受けたのを後悔したほど)だけれど、その後現地の旅行記に入ってくると、がぜんおもしろくなる。著者が訪れている多くの場所をぼくも訪ねているというのもあるんだろう。その変わりぶりには、ちょっと目がくらむ思いだ。そして御大尽だろうとなんだろうと、当時そこにモームがわざわざ足を運んだというのも、少し驚きだ。スノッブなアームチェア作家だと思っていたもので、そういう蛮勇なんか鼻でせせら笑ったりしそうではないの。

ちなみに、その旅行にまつわるいろんな裏話を、セローの前書き(これも書き殴り感はある)があれこればらしていて大変におもしろいところ。

そのモームも、実は1965年まで生きていたというのに、ぼくはちょっと驚いた。一時は、ものすごい大作家扱いされていたけれど、最近はどうだろう、ぼくはあまり読まれていないように思う。なぜか、というのを調べるためにわざわざ好きでもないモームを読む気にもならないのだけれど、おそらくそれと密接に関連した内容についてウィリアム・バロウズモームについて面白い文章を書いている。

バロウズによれば、モームはあるとき、悪魔と取引をしたのだという。モームは悪魔に、魂と引き替えに世界的な大作家にしてくれ、と頼んだのだそうだ。悪魔は承知して、モームの『人間の絆』とか『月と6ペンス』とか『ラムベスのライザ』とかやたらに有名になって、モームは天下の大作家になった。

でも……もちろん悪魔はそこにひねりを入れた。有名にはしてあげた。でも、優れた小説が書けるようにはしてあげなかった。だからモームは、二流の小説しか書けず、しかもそれで(不当に)有名になってしまうという悲劇に襲われたわけだ。そしてモーム自身はそれがわかっていた。だから何とか一流の作品を書こうとしてあれこれ頑張るんだけれど、でもそれが果たせず、そのため辛辣でスノッブで嫌みになってしまい、やがては失意に捕らわれて、そのまま死んだ。そして、地獄で自分の作品がどんどん見捨てられてゆくのを見守らされて、それこそがモームの地獄だったのだ、と。(最後の部分はぼくの創作かも)

バロウズとしてはもちろん、作家たるもの有名かどうかなんてのはどうでもよくて、よい作品を書くことこそが本意なのである、と言いたいわけで、それを読んで「お前がどの口で言うか」と思ってしまう人もたぶんたくさんいることだろうが、それはさておき。

でもバロウズのこの説というのは、ぼくは結構当たっているんじゃないかと思うのだ。モーム(あと高校から大学にかけて読まされて二度と読むもんかと誓った、一部でだけ評判の高い『チボー家の人々』の人、マルタン・デュガールだっけ? 調べるのもいや)とか、見事にそのパターンにはまっている気がする――ぼくがモームなんかほとんど読んでいないことが前提だけれど。

そして、それを踏まえれば、本書を何か立派なおブンガクとかではなく、もっと気楽な紀行文もどき(その「もどき」の所以についてはセローの解説を参照)として読むのであれば、ぼくは本書はそんなに悪くないな、とは思うのだ。たぶんそのお気楽さのために、本書はこれまで一回しか邦訳されず、ずーっと絶版のままだったんだろうとは思う。それと、多くの日本人は本書に描かれた場所についてまったくイメージがなく、イメージがあってもただの低開発の僻地としか思わなかったがために、あまり関心も抱かなかったんだろう。でも、いまや時代は変わった。このぼくを含め、本書で採りあげられた東南アジア各地を実際にまわっている人は多い。本書に描かれたものと比べて見て、20世紀の世界の大変化を実感してみるのも悪くないんじゃないか。

それとたぶん、どっかの大学では新学期の英語の課題に本書が使われたりしてるんじゃないかとは思う。英文科のジジイ講師たちはホントにみんなモームが好きだったから。学生どもよ、アンチョコにどうぞ。でもこれをそのまま使うと高度すぎてすぐバレるぞ。

サマセット・モーム『パーラーの紳士』 (pdf 370kb)

ちなみに旧訳はこちら:

なんかうまく表示されないけれど、モーム『旅の本:東洋旅行記』(1956, 荒地出版社)だよ。まったく見ていないので、翻訳のできはわからない。



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