漢字の成り立ち: 『説文解字』から最先端の研究まで (筑摩選書)
- 作者: 落合淳思
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2014/04/14
- メディア: 単行本
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わかりやすーい。漢字の歴史を概観し、これまでの字源の研究を批判的に振り返ったあとで、最新の成果をさっくり解説。非常に明解です。
特に、白川静の字源研究についてきちんと評価をしてくれているのは、ぼくにはとてもありがたかった。漢字というと、白川静信者がやたらにいて、『字訓』『字統』とかを聖書のごとくあがめる人がいっぱい沸いてくるんだけれど、ぼくは前からいま一つ信用できなかったのだ。それについては、こんなところに書いたことがある。「都」というのは、日が人の頭で、それを切り落として城壁に埋めたという、かつての呪術的な信仰のあらわれだ、というのはお話としてはおもしろい。でもそれが漢字の本質かというと、ちがうと思うんだよね。そしてそこにもリンクしてあるマヤ文字解読の歴史を見ると、そういうのにこだわるのは、かえって文字の理解を遅らせるものでもあった。
本書はそれをちゃんと指摘する。白川は、甲骨文や金文から字形を見て文字の発達を考えていったのはすごい、と評価すべきことは評価。でも、かれは研究をはじめた1960年代以降の発見をすべて無視している、という。実は甲骨文から漢字、という流れだけではなく、甲骨文以前からある漢字もあって、したがって白川の基本的な立場自体が成り立たっていない部分が多々あるとのこと。あと、かれの呪術を過度に重視するスタンスも、解釈を歪ませることになっているんだって。おお、やっぱぼくが思った通り、呪術的な理解って足枷なんだね! オレってすげー。
ちなみに上の「都」にも出てくる、日が斬首された人頭なんだという解釈も、そうした用例が他にないし、非常に根拠に乏しい話なんだって (p.214)。そういう、実際あったという裏付けのまったくない呪術や儀式を勝手に想定してしまったり、あと字形面でも、曲線があるとなんでもかんでも龍だと解釈してしまったり、思いこみが大変激しい。後継者がいないのも、あまりに独自世界になっちゃってるからとのこと。
そして白川が藤堂明保についてさんざん罵倒している文が『文字逍遥』かなんかに出ていたけれど、この両者の立場のちがいについても、非常にわかりやすい。藤堂は、当時の音を推定して、それをもとに字源をたどるという手法で、白川は字形だけで見る手法なんだそうな。なるほどなるほど。
- 作者: 白川静
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 1994/04
- メディア: 文庫
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最後の、最新の成果を見る部分は、これまでのいろいろな字源解説書をいまの最新成果とくらべて採点する、というものになっている。で、まちがいがあるので見直して修正せよ、という話。いま著者はそれをしやすいようデータベースを作っているとのこと。うーん、ちょっとこれは尻すぼみ。いや、漢字をネタに白川静みたいに一大文明論を広げる必要はないけれど、漢字辞典を更新しましょうという以上の提言は出せると思うんだけどなー。そこにとどまってしまったのは、少し不満。でも、いまのアプローチの説明は明解。地味な印象は否めないけれど、実際の研究はこうした地味なものの集まりなんだろうね。
あまり大風呂敷にならない、きちんとした明解な漢字研究を知りたければ是非。そして、大風呂敷になった漢字研究にはまっている人も、解毒剤として是非どうぞ。
その一方で、本書に対しても批判が加えられている。戦国時代の竹簡がいっぱいでてきて、それが新しい研究では重要になっているのに、そこに触れられていない、とのこと。ふーん。なるほど。勉強になります。この10年ほどでパラダイムさかだちとのことなので、ここらへんが説明してある概説書ってあるのかな。教えて!
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