トロツキー『ロシア革命史』:同時代の人にだけ向けて書かれたアジ

ロシア革命史 全5冊セット (岩波文庫)

ロシア革命史 全5冊セット (岩波文庫)

トロツキー』訳すときに参考書として引用チェックなどに使うので買ったけれど、通読したことはなかったので、通読しようとしてみました。難行苦行。

訳者が前書きだのあとがきだので、ロシア革命についてこれ以上はないほどの記録であり、当事者だけどすべての話には裏付けがあって客観的で、と書いているので、もっときちんとした歴史書だと思っていたら、ぜんぜんちがう。とにかくトロツキーにとっては、ロシア革命ボリシェヴィキの勝利も、すべて歴史的必然であるわけね。だからそれ以外の連中は、ニコライ皇帝はもとより、エスエルもメンシェヴィキ(この本ではメニシェヴィキという表記になっているけど)、当然最初っからまちがってて、ダメダメで、歴史的必然が見えていないあんぽんたんどもだ。

だから、この「革命史」は、そういう岡目八目の勝者としての上から目線で、単線的に話が進むだけ。ぼくたちは、ふつう歴史を見るときには、事態がいろいろ展開して、あのときこういう可能性もあった、ああいう可能性もあった、でもその中から何かの偶然で、あるいはほんのちょっとした差のせいで、方向性が変わり、という見方をする。でも本書にはそれがない。最後にソヴィエトができて完全勝利——それでおしまい。状況にあわせた試行錯誤もないし、途中で新しい発見もない。もちろんレーニンは無謬の天才でしかも常に公正かつ立派な人格者で、自分は(本人は客観性を保つためというんだけど、むしろ自分で自分をヨイショしやすくするため、「私は」と言わず「トロツキーは」という書き方をする)さりげなく英雄で赤軍のすばらしいリーダーで、自分で書いてて恥ずかしくないかと思うほどだけど、恥ずかしくないんだよねー。

そしてもう一つ本書を非常に読みにくくしているのは、トロツキーがこの本を本当に同時代の人だけを対象に書いていること。

これは自伝でもそうだったんだけど、どこぞの教授の書いた批判がいかにトンチンカンでブルジョワ的誤謬に満ちてるか、とかいう批判が出てきたりするんだけど、いまのぼくたちは、そのどこぞの教授の何たるか、その批判に何が書いてあったのか、知りませんがな。でもトロツキーは、みんなそれを知ってるものとして、平気で説明なしであれこれ罵倒を書き連ねる。

あるいはロマノフ王朝の話でも、それぞれの人物についての説明一切なし。途中でいきなり「ラスプーチンは云々」と出てくるけど、ラスプーチンが何者でどういう意義を持っているのかについて何一つ前置きなし。カーメネフが云々だけど、カーメネフの何たるかも説明なし。当時そのあたりにいて知っていた人はわかるだろう。でもそうでないと、わけわからん。

冒頭は第一次大戦関連の混乱とか、その後のパリ講和会議だ。でもトロツキーは、パリ講和会議といった具体的な名前を一切あげない。「1914年7月、ヨーロッパを磔にするために用意された十字架に外交官たちが最後の釘を打ち込んでいた頃」(第一巻p.101) と書く。戦争があって、アメリカの仲介で停戦があって講和会議が開かれたけど、ぐだぐだでした、という説明をどっかに一段落ほど入れておけばすむ話なんだけど、トロツキーはみんな、そこらへんは読者が熟知しているという想定で、引用したみたいなもってまわった文学的表現に終始する。だからとにかく見通しが悪い。当時の人なら、これを読むだけでピンときただろう。でも今の人にそんなの期待できない。

扱っている期間も、二月革命から十月革命の、1917年の一年にも満たない期間。それを全五巻に引き延ばしているので、細かいんだけど説明不足で、そこに歴史的必然のお説教とレーニン万歳の記述と、カデットやエスエルやメンシェヴィキやだれ将軍やかれ先生がどうしたこうした。研究者なら読んで得られる部分はあるんだろうが、一般人がロシア革命の概略を知りたいと思って読んでもちんぷんかんぷんで、しかもその革命にいたるレーニンの話もその後の展開(書かれたのは1930年頃なんだけど)も一切なし。普通の人は読む価値ないです。サーヴィスのロシア革命史とかのほうがずっと明解で論理的で理解しやすいので、まずこっちを読んで流れをつかんでから、まあ暇なら全五巻を読んで見てくれ、という感じ。

ロシア革命1900-1927 (ヨーロッパ史入門)

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