橘木『21世紀の資本主義を読み解く』:便乗本の中では視野が広いが、第4章は誠実さを疑う

21世紀の資本主義を読み解く

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これまで紹介した竹信や池田の本とはちがい、単純なピケティあんちょこ本ではない。だから、『21世紀の資本』と抱き合わせ販売されていない書店も多い。でも現時点では、ピケティの本をもっと広い視野の中におさめて解説したという意味では(その意味に限っては)、最も有益な本じゃないかと思う。

絶賛ではない。特に帯に「ゼロ成長を肯定することこそ日本経済を潤す唯一の方法だ!」と書いてあるので、ぼくはかなりの間、手に取る価値もない駄本だと思っていたし、また実際に手に取ってみても、これを論じた部分 (pp.145-160、さらには第4章すべて) というのは、くだらない有害な部分だと思う。これがあるので、手放しで奨めたくはない。

でも、それ以外の部分は結構いい。

まず第1章は、これまでの経済学のおさらい。産業革命からアダム・スミスを経てケインズからそれ以降に至るまでの経済学の流れを非常に簡単ながら要領よく説明。タイトルは「産業革命からマルクス主義へ」になってるけど、マルクス主義はあんまり流れに関係はない。

で、第2章はピケティの解説。きわめて大ざっぱではあって、その意味では竹信本や池田本よりも簡単で短いかもしれないけれど、この二冊が単にまとめなおした、という程度なのに比べれば、咀嚼した上での解説になっている。そして日本への適用についての注意もきちんとまとめられている。

第3章が、格差と教育の話。ピケティから離れて、格差の要因としての教育とその改革やてこ入れの方策についてまとめている。ついでに、賃金を上げるべきという話も挙げている。日本の格差研究者としての見識を反映した、よいまとめだと思う。

第4章。ここが問題ではある。経済は成長できない、資源が環境がと述べ、経済成長しても幸福にならないという話の蒸し返し。成長が以前よりは下がるというのと、ゼロ成長になる、定常状態になるというのは話として全然ちがうんですけど。そして相変わらず、ブータンは貧しいけど幸せという最近どんどん疑問視されている主張を引っ張り出す。そして日本人は、税金あげても勤労意欲が下がらないんだって。だから消費税をあげろ、軽減税率、という財務省の提灯持ち。消費税率アップして景気が明らかに悪化したという事実を前にしてもこんな主張ができるというのは、ちょっと信じがたいところ。勤労意欲、下がってますねえ。というか、消費が低下するので、勤労意欲がどうなっても、それを受け止める需要がなくなってしまうのが問題なのです。その場合、勤労意欲が下がらないのは需給ギャップを拡大させるだけなので、かえって有害になっちゃうんですけど……それがケインズ(だけじゃないけど)の大きな論点なんですけど。

ということで、3章まではお奨めできる。4章は買うな、と言いたいところだけど、部分買いができないのは本の悲しいところ。4章を読み飛ばすだけのリテラシーのある人にしかすすめられない。が、そういうリテラシーがあれば、役にたつ部分は多いと思う。

(が、そういうリテラシーがあるような人はこのレベルの本はそもそも必要ないかもしれない、という見方もできる……)




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