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『トマ・ピケティの新・資本論』:時事コラムで仏欧のローカルネタが中心。入門にはつらいんじゃない?

ピケティ

トマ・ピケティの新・資本論

トマ・ピケティの新・資本論

ある意味で便乗本と言えるけど、ピケティ自身の手になるという意味では他から一歩抜きん出た本。

ただ帯に「ピケティによるピケティ入門」とあるけれど、それはきついんじゃないだろうか。ピケティの新聞時事コラムの選集となっているので、ほとんどすべてのコラムはフランス(二割くらい欧州全体、たまにアメリカその他)のローカルなネタをめぐるものとなっている。たとえば、フランスの議員の政務調査費が領収書いらないとか、フランスの相続税が変わったとか、フランスの小学校が水曜休みなのはけしからんとか、EUの総会が財政統一に乗り気でないとか。そのローカルなネタのほとんどについて、本書の読者はほぼ知らないと思う。そして知っても他国の細かい法制や古い時事ネタだ。したがって、それ自体に興味を持つのはなかなかむずかしい。

たぶん本書を手に取る半分くらいの人は、廉価版『21世紀の資本』を期待してるんじゃないか。残念ながら、そういう役にはたたない。r>gは一回しか出てこない(だから帯にそれをでかく書くのは、ちょっとミスリーディングだと思う)。格差の話も、すごく前面に出てくるわけじゃない。もちろん、税制や教育制度を批判する根拠として格差の話は出て来る。リリアンヌ・ベタンクール@ロレアルは、何度も金持ちの悪役にされている。でも格差の話を前面に出しているコラム、というわけではない。格差の正面切った分析はなし。『21世紀の資本』を読んでいれば「あ、このネタか」と思い当たる部分はたくさんある。累進資本税の話も、このあたりが発端だったのねー、と思えるコラムはある。が、それがピケティの思考に対するすごい示唆を与えてくれるわけではない。

ネタそのものが関心を持ちにくいもので、『21世紀の資本』解説でもない、ということで、本書に対する興味や見所としては、そうした時事ネタに対するピケティの主張の背後にある考え方、ということになるだろう。もしピケティという人物にすでに興味があり、その『21世紀の資本』での主張を知っているなら、本書のコラムからそうした部分を抽出することはできる。そして、そういう下地があれば興味深く読める部分も多い。

でも、予備知識がまったくない人が本書を読んでどうなるのか、というと、ちょっとつらい面もある。ピケティ入門というよりは、ピケティをある程度読んで理解した人のための本で、玄人のための気軽なピケティという感じのほうが強い。

さて、アマゾンのレビューを見ると、例によって本書が反アベノミクスだという書評が乱舞していて、ちょっと驚かされる。その面については、本書はきわめて明解で、アベノミクス(の黒田日銀金融緩和)的な政策について、明確に絶賛の意を示しているんだから。

たとえばpp.217-220の「43. 中央銀行の役割は」を読んで欲しい。現在のECBに対して、中央銀行の大量国債買い入れが主張され、それがインフレを加熱させる恐れなんか全然ないと明確に述べている。「ECBは、インフレ率が5%を超えたら国債金利を見直すという条件で、景気後退後に発行された国債を低金利で引き受けることが可能なはずだ」。インフレ5%だよ? 他のところでも、EUは債務削減のために4-5%のインフレを我慢しろと明確に主張している。

あ、あと pp.230-233 の「46 FRBを非難すべきか」も見てね。FRBの2010年の行動計画(つまりはかなりの金融緩和)について、各種の非難を一蹴し、ハイパーインフレなんか起きない、数パーセントのインフレになるのはむしろ歓迎、デフレの下で景気低迷を長引かせてはいけない、ECBも見習えと明言している。

これだけここでは明確に述べているのに、なんで日本に対してはあんなに歯切れが悪かったのか、というのはちょっと謎。察するに、黒田日銀の政策について、まだきちんと見てなかったんじゃないかな。だからはっきり良否を断言したくなくて、両論併記の穏健な物言いにしておこうと思ってあんな具合になったんじゃないだろうか。あと、ピケティとしては例の累進資本税を推したいので、金融政策だけで終わると思われるといやだから予防線を張るよね。

でも、本書を見ればピケティがアベノミクスの、少なくとも金融緩和の部分には反対しようがないことくらいはわかるんじゃないかな。その意味では有益な本だと思う。