EC『ユーロ/EMUの完成に向けて』:EU 上層部ってなんかクスリでもやってるのか?

2015年6月22日。ギリシャはデフォルト寸前。2010年、2012年に続いてまたもや(いやこれまで以上の)大規模な救済は何らかの形で不可欠で、あとはそれがどういう形で起こるかというだけの話(ドイツ政府はそれすら理解していない様子だが)。これまでトロイカに言われるままに改革と緊縮を進めてきたけれど、それは何一つ成果を挙げず、GDPは下がり、失業は増える一方。それでもさらに改革と緊縮やれ、とトロイカは言うけど、その改革で何が実現されるのかだれも知らない——いや、これまで以上に何も実現されないだろうというのをみんな知っている、というのが正しいところ。

この危機の原因については各種論争がある。でも:

  • ユーロの構造がその原因の(少なくとも)一つであること
  • 原因かどうかにかかわらず、現在のユーロの仕組みも制度もこの問題を解決できていないこと
  • 話はギリシャだけではないので、場当たり的な対応やXX人が怠け者とかいう責任逃れだけでは先がないこと

これはまちがいないこと。だからユーロの運営変えようとか、こういう危機は予想してなかったので再発防止のための仕組みを考えますとか、なんかそういうのが出てこないとユーロ圏まずいんじゃないの、というのはいまやどんなユーロ支持派も認めざるを得ないところだと思う。

という具合の6月22日。ギリシャは態度を硬化させ、国民投票するとか言ってるし、いい材料何もないんだけど……というところに出てきたのが、ユーロやEMUの未来についてロードマップを述べた、こんな報告書だった。(6/22という日付は、PDFのプロパティから類推。見つけてきてくれた同僚の木ノ下に感謝!)

Jean-Claude Juncker, Completing Europe's Economic and Monetary Union, 2015年6月22日
http://ec.europa.eu/priorities/economic-monetary-union/docs/5-presidents-report_en.pdf

すごいね。幾重の意味でもすごい。

まずこの報告書、ギリシャのギの字も出てこない。まあ具体的な国名は一つもないので、ギリシャだけが特別というわけでもない。でもいまの危機の評価とかそれへの対応とか、一切何一つ出てこない。それを解決しないで、ユーロやEMUの未来ってあり得るんでしょうか……

そして分裂や離脱、規模縮小も十分に視野に入ってきている(どころか、一部の人はそれが確実だと言う)段階で、この報告書はユーロ拡大、EUの権限拡大をひたすらうたいあげる。まずまっ先に出てくるのは、世界金融危機はあったけど、ECBが非伝統的手法も使ってがんばったから問題は解決した(か、か、解決しましたですか!!)、今後はそういういかがわしい手法を正常化するのが大事ね、との話。外野のぼくからすると、問題は解決にはほど遠いどころか炎上ボーボーだから、当分そういういかがわしい量的緩和とか続けないとダメだと思うんだけど……

そして将来に向けてのあれやこれやはたくさんあるんだが、すごいわ。

  • 財政規律が大事。だから財政規律を監視し、必要なら実力行使で介入する機関の設立(どうやって介入するんだろう)
  • 各国の競争力が高まるように監視し、そのための政策をやらせる機関の設立
  • でも危機になったら各国が自分の裁量(財政政策)でそれを解決するよう求める

ご承知の通り、いまのユーロ圏諸国には金融政策はない。上の方向性だと、次には財政政策も奪われるようにしか見えないんだけど。そしてその次の「競争力を高める」話にEUが介入するってことは、産業政策も奪われるってことね。ついでにEUに入った時点で、各種規制政策はほぼEU任せになってる。つまり、各国とも経済政策ほぼすべて奪われるというふうにしか読めない。EUが全部決めて、各国がそれにしたがって自国の予算を決めるというわけ。下図 (P.22) を参照。

ここまでEUが決めちまうんなら、最後に「各国で予算を決める」というのは何をするわけ? 国の予算は国ごとの政策的な優先度の表現でもあるはずなんだが、それを上からガチガチに決められるんなら、最後の国ごとの予算決定というのは形式的な手続き以上のものではあり得ないのでは? そのくせ、最後のやつ。経済政策はほとんど持てないけれど、なんかトラブル起きたらオメーら自分でがんばれ、と。あ、そうか。ここで失敗の責任を各国に転嫁するために、「いや予算は各国が自主性をもって各国の責任で決めました、危機がおきてもEUの責任ではありません」と主張するために各国が予算を決めた形式にするわけか。でも問題解決のために財政出動とかすると、EUが乗り込んできて介入するんでしょ。

実はよく読むといまのギリシャ問題について、触れているような部分はないわけじゃない。ユーロができてしばらくたって、各国間にダイバージェンスが生じたのが問題なんだって(婉曲表現がうまいなあ)。このダイバージェンスを解消し新たなコンバージェンスに向かわねばならない、しかしその一方で各国の独自性は維持し云々とのこと。でも、そういうお題目の一方で、そのための手段はどんどん召し上げるわけか。

ピケティは『21世紀の資本』第四部でEUとユーロの話をして、ユーロが成立するにはEUがもっと財政統合までしないとダメだ、とは述べていた。それは、各国の財政赤字や累積債務をプールし、それをヨーロッパ全体として負担するという仕組みのことだった。でもここでの財政統合ってそういうものじゃなくて、とにかく財政規律監視のシバキ状態強化ということだ。少なくとも、この短い一般向けの報告書はそういうふうに読めるんだけど。

ごめん、いまのこの状態でこんな「ロードマップ」をまじめに発表できるということ自体、EU首脳部が現状のヤバさを全然わかってないんじゃないかという危惧を抱かせるに十分だとぼくは思う。むろん、これは一般向けの概要版で、たぶん内部ではそれなりに問題意識もあり、現状への対応も考えているんだろうと思いたい。この手のお真面目な人々にありがちな、問題を認めること自体が弱気なメッセージと受け取らて人々の不安を招くから、とにかくポジティブなメッセージを胸張って言い続ければ、みんなバカだから安心するだろうという手口なんだろうと思いたい。けど、みーんなそこまでバカじゃないよー。

この歌にもある通り、その手の虚勢というのは通常、だれよりも自分自身をだますために行われるもんなんだし。ここまで完全に目を閉ざして、バラ色のお花畑像を提出されると、EU首脳部はなんかクスリでもやってんのか、と思ってしまうのは人情だと思う。

そしてぼくがブタ諸国なら、これを見たら逃げる算段を始めるなあ。