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Amazon救済 2004年分 3: イラク人質事件関連など

郡山他『人質』: まとも。少なくとも読んで新しい情報は得られます。, 2004/10/10

人質―イラク人質事件の嘘と実

人質―イラク人質事件の嘘と実

イラクで誘拐された人質たちが相次いで本を出しましたが、その中で群をぬいてまとも。何が起きたかという話も詳細に書いてあるし、例のビデオについても、実は2バージョンあったとか、その前後のやりとりを含めて細かく述べられている。パレスチナに行くつもりが急にイラク行きにした事情についても、まあ納得とはいわないがそれなりの説明もある。変なヒロイズムに酔いしれているだけの他の二人に比べ、自分の立場の弱さや判断の誤り(とその原因)についても多少は自覚的。またその後の取り調べの事情についても、かなり率直に書かれています。最後のほうのジャーナリストとして自覚みたいな話は、まあお題目っぽい話ではあるけれど、それは読み飛ばせばよい話。対談形式はちょっとうっとうしい気もするけれど、これは本人の作文能力とのかねあいもあるので何ともいえない。

 あの事件について知りたい人は、他のは一切読まなくていいので、これだけでも読みましょう。あの3人についてどう評価するかはさておき、現場にいた人間として他では伝えられないことを伝える、という役割を果たしている点ではこの一冊は評価できる。問題は、あの事件について今さら何か知る必要があるか、ということではあるのですが。

今井『ぼくがイラクへ……』: 「自己責任」より素直だが、しょせん高校生の「自伝」ですから……, 2004/9/27

ぼくがイラクへ行った理由

ぼくがイラクへ行った理由

 この人物の売りは、人質になったということしかないので、本書は当然ながらその話が中心となりますが、そのせいで山場は一か月後に出た「自己責任」とまったく同じ(冒頭部の、韓国人人質が殺されたときの感想の話もいっしょです)。まったく同じじゃカッコがつかないと思ったのか、こちらは紹介にも上がっている通り「語られないイラク戦争の実状、深刻な劣化ウラン弾問題等を語る」という具合に、イラクに行く前の自伝みたいな話がたくさん出ています。が、かれは実際に劣化ウランの現場を見たわけでもなく、もちろんイラク戦争の実情なども自分では知りません。ですから書かれたことはすべて受け売りの孫引き。自分でやったことといえば、何やらメルマガを出しました、というだけ。そんな人の自伝がおもしろいわけもない。

 ただ、本書はつまらないとはいえ、一応本人がなんとか書いているようではあります。「自己責任」のほうは語り口が「私」のだ/である調で、中身が未熟なくせにレトリックのごまかしが妙に達者、本人が書いたかどうかあやしい気がしますが、こちらは一人称は「ぼく」で、まだ身の丈にあっている。が、その分、文章だけで自立できずに、えらい人との「対談」を入れてなんとか体裁を整えた、という本になってしまっているのは、まあご当人の責任ではあります。本人がストレートに出ている点で「自己責任」より一つ多い星ですが、とはいえ読んで何が得られるわけではありません。

バーン他『マキャベリ的知性』: 知性は権謀術策のために発達した?!, 2004/9/19

マキャベリ的知性と心の理論の進化論―ヒトはなぜ賢くなったか

マキャベリ的知性と心の理論の進化論―ヒトはなぜ賢くなったか

  • 作者: リチャードバーン,アンドリューホワイトゥン,Andrew Whiten,Richard Byrne,藤田和生,山下博志,友永雅己
  • 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
  • 発売日: 2004/06
  • メディア: 単行本
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バナナを台にのぼって取るとか、イモを洗うとかいうのがサルの知性の証拠とされることが多いけれど、実はそんなのは偶然の結果を真似すればすむので大した知性はいらない。ヒトや一部のサルは、その程度で要求される知性をはるかに上回るほと賢い。なぜか? 編者たちは、それを集団行動からくる社会生活と、そこにおける権謀術策——ばかしあいや顔色うかがい——のせいではないかとする。

 サルの各種の社会行動——秘密、共謀、ごまかし——もおもしろいけれど、それがサルの持つ、「他人」という概念や「Aが知っているということをBは知らない」といった複雑な関係の精神モデルの反映だ、ということを各種の論文はうまく描き出す。下等なメガネザル等では、こうした高度な処理ができないことを示し、知性との関係もうまく提示。また、道具を使うから知性が発達した、という説がはっきり否定されているのも驚きだし、さらには「結局サルが何考えてるかはわからないんだから、こんな憶測は単なる擬人化かもしれない」という根本的な疑念を述べた論文まで収録してある公平さには感激。この考え方の全体像をきれいに伝え、しかも独善的にならない見事な論文集にならず、さらに論文寄せ集めに終わらず、編者たちの解説がきちんと文脈付けをしている好著。

 なお、p.185 の余計な訳注はまちがっている。どっちに食べ物を入れたか見てないと、「必ず食べ物の入っていない容器を叩」くなんてことができるわけないでしょ。こういうところでまちがえられると、ちょっと訳に不安を感じるけれど、でも全体に読みやすく仕上がっている。

Sassen『Global Cities』: 時代に翻弄されたかわいそうな本, 2004/9/19

The Global City: New York, London, Tokyo (Princeton Paperbacks)

The Global City: New York, London, Tokyo (Princeton Paperbacks)

本書の初版は 1991 年に出た。書かれたのは日本バブルの頂点。東京、ロンドン、ニューヨークがグローバルシティとしてなぜ台頭したか?

 サッセンは、従来は従属的な機能だとされていた、コンサルとか弁護士とかその他知的サービス業こそ新しい「生産」なのであると論じて、こうしたグローバルな都市こそが新たな生産拠点なのである、と論じた。デジタル化とネットは、工場と本社機能の分離は可能にするけれど、知的サービスを必要とする本社機能は集中するんだ、と。さらに、彼女は金融業に注目し、それが新しいデリバティブ商品なんかを産みだしていることを指摘し、この新しい「生産」というものの姿を描いた……つもりになっていた。そしてそれはほぼ完全に自律的なサイクルに入り、グローバル経済はこうした大都市への機能の永遠の集中、その他の部分は工場だけ持たされて貧乏のままでさらなる後退という二極分化に位置づけられるはずだった。

 が、皮肉なことに本書の初版が出ると同時に日本のバブルが崩壊。東京の地位停滞、さらに金融商品方面が大不祥事を連発して一時の元気をなくし、同時に従来型の生産機能を軸にしたアジアの急上昇、中国の台頭、バンガロール等の変な集積が次々に登場。本書の当初の分析は、ほぼ完全に崩れた。生産拠点が移行すれば、当然ながら管理機能も移転するという当然の理屈を無視した本書のダメさは、当時も明らかだったはず。2001 年に出たこの第二版では、それをなんとか取り繕うとあれこれしているものの、結局はあとづけのへりくつに終始。議論そのもののだめさ加減が次々にあらわになってしまった、いわば時代に翻弄されたかわいそうな本。いや、力作ではあるんだけれど。

Krugman『Great Unraveling』: 一年経って、すべてクルーグマンの言うとおりでした。 2004/9/15

The Great Unraveling: Losing Our Way in the New Century

The Great Unraveling: Losing Our Way in the New Century

 本書のハードカバー版が出てから一年後、ペーパーバック版が出ました。この一年で書かれた追加のコラムが 30 本と、新しい序文つきで 100 ページ近い増補が行われ、非常にお買い得になっています。これから買う人は是非ペーパーバックを。

 ハードカバー版が出てきたときには、あまりに攻撃的すぎるとか一方的だとか言われていましたが、一年経ってみると内容的にも論調的にもまちがっているところはまったくなく、当時はあまりに過激に思えた口調もいまや当然至極に思えるほど。大量破壊兵器は結局なかった、と2004年9月にアメリカ政府は認め、イラクの泥沼化も予想通り。景気も停滞したままで、その他の面でもめちゃくちゃ。そしてその表現も明快。軽やかな文と同時に、p.465 のようなグラフ一発の表現力は経済学者の面目躍如です。ワシントンの内輪におらず、コネによる情報のおこぼれに頼った執筆ではなく公式発表データをもとにした単純ながら的確な分析の力に、改めて驚かされるとともに、それを一介の理論経済学者がやらねばならなかったアメリカのジャーナリズムの現状(さらにはそれすら登場しない日本の現状)について絶望まじりに考え込まされる一冊となっています。

『日本テクニカル分析大全』: トンデモの魑魅魍魎。お笑いに是非どうぞ。 2004/9/10

テクニカル分析というのは、株価の動きだけを見てそこから今後の株価の上下を予測するという手法。株価は波がある。その波のパターンを読めれば将来も予測できる、というわけ。で、その波がフィボナッチ数列に従うとか、グラフにしたときの傾きが規則性を持つとか言ったパターンを発見したと思いこんだ人が、それを投資「理論」に仕立てるというわけ。それらをまとめたのが本書。

 大全というだけあって、その「理論」だの「手法」だのは多様。でもすごいのは、一つとして「なぜそうなるのか」という説明がないこと。それぞれなにやら例が出てくるけれど、これだけ株があってそれを任意の機関で選べば、どんな「パターン」でもどこかには見つかるでしょ。あげくの果てに「陰陽五行と株価」だの「四柱推命による予測」だの気絶しそうな代物が大まじめに載っていて爆笑もの。そして最後のテクニカル分析の将来に関する文では、テクニカル分析によるメジャーな成功例がない、というのが普及の障害となる悩みのタネとして挙がってる。成功しないなら、あきらめればいいのに。こんなトンデモで本気で投資をやってる人がいるとは! 星はお笑いバリュー分。

今井『自己責任』: ネタのつかいまわしは……, 2004/9/10

自己責任 いま明かす「イラク拘束」と「ニッポン」

自己責任 いま明かす「イラク拘束」と「ニッポン」

この人物は同じネタで「ぼくがイラクに行った理由」という本を一月ほど前に出している。向こうは前後の事情で、こっちはまあその誘拐されていた期間の話がメインではあるのだけれど。でも重複する部分があまりに多い。ほかにネタがないのはわかるけどねえ。

さらに、例のビデオ撮影のところの説明にしても、実際に出回ったあのビデオの状況と話がちがいすぎる。同時期に出た高遠氏の本の記述とも整合していないし(高遠本の記述も、ビデオとは整合していないが、記憶がとんだことにしてごまかしている)。口裏をあわせるくらいの手間はかければいいのに。

あとは、まあ日本に帰っていじめられてこわかったよエーン、という泣き言の垂れ流しで、まとまった議論を書こうとしてみた部分も、著者の論理構成能力が低く、文章としてまとめあげる能力も低いために(たとえば最後の「自己責任」の話、反論するならきちんと反論してみればいいのに「わからない」だそうな。本の題名にするくらいの中心的なテーマじゃないの?)結局何が言いたいのか意味不明。「週刊現代」が尻を叩いて書かせたようだけど、ゴーストをつけるなり、もう少してこ入れしてやればいいのに。結局事件について新しい情報もなければ、かれの考え方も明確にならない。なーんだ、意味ないじゃん。

高遠『戦争と平和』: 新しい情報皆無。, 2004/9/10

戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない

戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない

邦人人質事件の当事者が書くんだったら、例のビデオ前後の状況とか、もっと詳細な記述があるかと思ったら、記憶が飛んでいるそうで何もない。例のビデオで、彼女が音声の入らないところで口の前で指をパクパクしてみせていたのは何なのか? とか、いろんな人が疑問に思ったことにはまったく説明なし。書かれていることは全部、自分に都合のいいところだけ。かっこよく反論してみせたとかなんとか。郡山氏がパレスチナ行きをその場の思いつきで変更したあたりの話も、何も新情報なし。

さらに拘束記の部分は全体の2割もあるかどうか。その後は解放後の身辺雑記がもう2割、あとは彼女の自己満足に満ちた昔のウェブ日記の再録——イラクでボランティアしたい、という人物に対して、イラクにきたがるのは自己陶酔であり家のまわりの雪かきなど身近な奉仕が重要、と「おまえが言うかっ!」という説教をしてみせるなど、失笑部分まみれ——と、自己陶酔の「愛」とやらを連発したへたくそなポエムみたいなものが山ほどつめこまれた無内容な本です。何も新しい情報や発見はありません。

ウォーラースティン『ユートピスティクス』: ウォーラーステインを捨て去るための一冊。, 2004/8/21

ユートピスティクス―21世紀の歴史的選択

ユートピスティクス―21世紀の歴史的選択

かれの議論というのは、資本主義というのは富の無限蓄積をめざす一つの大きなシステムなんだ、ということ。そのシステムがだんだん拡大して、今世紀はじめあたりで全世界を覆う世界システムとなった。でもそろそろ、世界的に収奪先がなくなって行き詰まってる、とかれは主張する。そしてこの『ユートピスティクス』では社会/共産主義や市場礼賛みたいなユートピア像ではない、現実的で望ましい将来像を考えるという。

 すばらしい。で、それはいったいどういうものだろうか。

 それが……なにもないのだ。

 なんか新しい仕組みが出てくる。でもその中身はわからない。だけど、それまでなるべく自由とか平等とか人権とか平和とかを推進するように努力すると、その新しいシステムもそういう良心的なものになるでしょう。これだけ。

 そしてそのための「努力」の中身ときたら。かれの提案がすごい。くじびき、だ。能力試験とかは権力者が権力を温存するための手段で、差別を延命させるからダメ、という。くじびきにすれば差別は減って、世の中よくなる、だって。アホか。さらに科学も権力者がねじまげるから無視していい、といわんばかり。

 善意を積み重ねた結果が最悪の状況を招く、というのは現実によくある事態なのに。さんざん歴史分析を重ねた結果出てくる話がこの程度なら、結局かれのやってきた学問ってまったく現実的意味がないんじゃないか。そう思わせられる残念な一冊。

Mandelbrot『Misbehaviour of markets』: ランダムウォーク仮説をひっくり返す。 2004/8/17

The Misbehavior of Markets: A Fractal View of Financial Turbulence

The Misbehavior of Markets: A Fractal View of Financial Turbulence

ベノワ「フラクタルマンデルブロが、自分が構築に大きく寄与した効率的市場仮説を自らひっくり返したに等しい本。いや、ひっくり返してはいないんだけれど、そのいまの形式の前提になっている、ランダムウォーク仮説をひっくり返す。株価の変動はランダムウォークではなく、フラクタルに従うのだ、という。そしてこれにより変動はランダムウォークから得られるものより大きくなる。というか、平均値に近い部分が増える代わりに、裾野が広がる。だからこれまで思われていたよりも市場は安定しているけれど、でもこれまで思われていたより派手にふれることがある、という話。ただ、なぜそうなるか、という理屈は説明できていない。それが弱点かな。とはいえランダムウォークだって、なぜそうなるかは特に明快な理論もないわけだし。これが発展すれば、いまのファイナンス理論はかなり修正を余儀なくされるかも。

地球の歩き方:上海他』: 主要なバー、クラブ街にまったく言及がないとは絶句。, 2004/8/16

上海はまあ急変しつつあるので、閉まった店が多いとかそういうのは見逃そう。だが重要な地区を丸ごと一つ見逃しているとなると、ちょっとガイドブックとしての技能を疑う。数年前から、上海のバーやクラブの集まる通りとして茂名南路 (Maoming Nan Lu) が、まあ日本における六本木(というほどでもないが)のような外国人ファランの集まる地域として名前を挙げている。ところがこの「地球の歩き方」にはそれがまったく触れられていない。信じられない。上海というのは言われるほどはおもしろいところではない。あの醜悪なチンポコタワーなんかを誇りにしている時点で、センスのなさはおして知るべしで、この茂名南路もそんなにすごいものではないとはいえ、相対的には言及を避けられない場所でしょう。それを数年にわたりまったく無視というのは、よほど情報収集力がないか、よほど年寄りばかりが書いてるか、それとも何か方針でもあるのだろうか。かわりに最先端のクラブとして紹介されているところは、なんと小室哲哉プロデュース! いやあ、なういですねえ。上海若者系の風俗に興味ある人は、本書は使わないように。