アマゾン救済 2008年分 1

ジェイコブズの晩節を汚す信じがたい駄本, 2008/6/27

壊れゆくアメリカ

壊れゆくアメリカ

ジェイコブスは『アメリカ大都市の死と生』で従来のトップダウン都市計画を批判し、活気ある都市や地域のあり方を考え続けてきた、学者でもビジネスマンでもない市井の偉人。だが晩年に行くにしたがって、かつては新鮮さの源泉だった、既存学問の枠にとらわれない発想が、単なる素人の無知と印象批評に堕していくようになった。最晩年のこの一冊は、それが最もひどい形で出た代物。

本書で彼女は、アメリカ文化の崩壊を警告する。その論点は家族やコミュニティ崩壊、教育のお免状化、科学技術の軽視、専門家の自浄能力低下など。でもそのいずれもまともな理屈になっていない。家族やコミュニティ崩壊は、車がいけないんだと。科学技術の軽視は、自分の知っているいくつかの研究が業界や政治的圧力で歪曲されたかもしれないというだけ。専門化の矜持というのは、インサイダー取引が多いとか、自分の好きな公共支出が削られたという愚痴のみ。公共支出を維持するには税収がいるので、ビジネス重視の施策が重要なんだけれど、でも彼女は大学とかがビジネス重視になるには反対。支離滅裂。

しかも公共支出も犯罪も、ほとんどの情報源(データすら!)は「トロントスター」紙の記事だけで、元データ等にあたっていないのが注を見るとわかって唖然。

そして文明の崩壊は文化崩壊にあらわれると言いつつ、でもアメリカはロックとかラップとかいろんな音楽が出てきてるからまだまだ大丈夫、と本書のこれまでの議論を丸ごと否定するようなことを言い出す。じゃあ何を騒いでいたのか。だいたいラップやヒップホップの相当部分は、ジェイコブズの批判するコミュニティ崩壊のスラムが生み出したものなんですけど。そして訳者は、この議論が日本にもあてはまるというんだけれど、ジェイコブス当人は本書で、日本は大丈夫だと断言していて、なぜかというとニンゲンコクホーというすばらしい制度があって自文化の保全に十分に配慮しているから! いやはやもうちょっと実態を調べてほしいなあ。そしてジェイコブズが騒いでいたのは、その程度のことで解決できるものだったの?

なまじ有名になったために、ここまで無内容な本でも出せてもらえたのは、ジェイコブズにとって大いなる不幸だった。彼女のためにも、なかったことにしたい一冊。皆様も、手に取らないであげてください。

非常識なのはこの本であって社会学ではないと思う。, 2008/6/25

禁断の思考―社会学という非常識な世界

禁断の思考―社会学という非常識な世界

変な本。著者は最近、地球温暖化論に対する懐疑論であちこち顔を見る人だが、社会学者。そして本書は、その人が社会学とはなんぞやを論じる本……だと思って読む進むと、途中からマルクス経済学の完全な受け売りによる変な資本主義論が始まって、そしてメディアにより人間の欲望がコントロールされている等々のボードリヤール話が展開され、温暖化問題も産業とメディアの結託による産業的要請からくる人心操作なのだ、という陰謀論につながる。

 なんですの、これ? マル経的な資本主義理解だけが正しいわけじゃないでしょうに。冒頭では社会学がいかにフェアで価値を排除した分析をして云々と言いつつ、出てくる分析がここまで一方的なのは目が白黒。内容や主張は 2008 年に出た「はだかの王様」の経済学ときわめて似ていて、たまたま同時期に読んだのでえらく既視感を感じた。温暖化議論の産業陰謀説だって、通常は温暖化に反対するほうが産業界の陰謀なのだというのが通説なんだけど、それについてもコメントなし。冒頭で言うようなきちんとしたフェアな検討がされているようには見えない。

 そんなこんなで、強引で目配りを欠いた議論だらけの書物。副題は「社会学という非常識な世界」だけれど、非常識なのはこの本だけで、社会学ではないと思う。

マニアでなければ手を出す必要なし。, 2008/6/23

Super 8 Years [DVD] [Import]

Super 8 Years [DVD] [Import]

Tuxedo Moonの何たるかを知らない人は手を出しても意味がない。全アルバムを持っているくらいでないと。サンフランシスコでの結成地、初レコーディングをしたスタジオ、初ライブをしたコーヒーショップを、創始者の一人がレポーター風に報告してまわる形式で、ツアー風景やレコーディング風景などが粒子の粗い8ミリ映像で展開される。マニアであれば大感動ものかもしれない。それ以外の人は、見ていてもあまりピンとこないと思う。

オルガスムスにとどまらないセックスのあれこれ, 2008/4/28

オルガスムスのウソ (文春文庫)

オルガスムスのウソ (文春文庫)

同じ著者の前の本と同じく、非常に冷静な筆致でとても勉強になるよい本。話はオルガスムスだけでなく、セックス全般にわたる。オルガスムスの進化論的な位置づけ、そのメカニズム、男の早漏Gスポット理論やヴァギナオルガスムスのウソ(そしてなぜフロイトがそんなものを称揚したか)、オルガスムスやセックスと幸せの関係など、各種のテーマについてきちんとした研究をもとにまとめている。セックスの八割は人口の2割の人間がやっているという世のセックス格差の話など、淡々と書かれているだけに爆笑できるネタも多いのでおすすめ。ananにだまされてるみなさん、セックスできれいになったりはしませんので(でも精液飲むと歯にいい、かもしれないとか)

またバイアグラシアリスなどの効き具合についての誤解を解いたり(飲んでも勃ちっぱなしになるわけではない)、それが女性にも効くのかなど、みんな思っているけど聞きにくい話もたくさん出てくる。扇情的に走る部分もなく、エロチックななものを期待すると拍子抜けだけれど、とにかくセックスしまくれと勧めるような世のセックスカウンセラーにはない客観性と信頼性がある一方、学者の書く「性の解説書」みたいな、基礎ばかりで知りたいことが書いていないもどかしさもなく、単刀直入冷静沈着ですばらしい。大学生くらいで読んでおくと、あとあとよいのでは〜。 コメント コメント | 固定リンク

メーカー&利用者インタビューによる不思議な世界の解明, 2008/4/24

南極1号伝説 ダッチワイフからラブドールまで-特殊用途愛玩人形の戦後史

南極1号伝説 ダッチワイフからラブドールまで-特殊用途愛玩人形の戦後史

 名作! かつての空気を入れる「空気嫁」の時代から、現在のシリコン製の本物そっくりのダッチワイフ/ラブドールまでの歴史をたどり、ほとんどコスト度外視の情熱を傾けてリアルさを追求するメーカーたちに詳細なインタビューを敢行。一方でその買い手にも話をきいて、その魅力の源泉を探る。しょせんは代用品のはずなのに、それが実物をも越える奇妙な魅力を漂わせはじめる変な世界をきっちり描き出す。興味本位で終わらず、人の情熱や性について読む者にふと考えさせる、よい一冊。ただし公然と読むのはちょっとはばかられるが……

すでにもととなった研究が否定されてしまった悲しい一冊。, 2008/4/24

有効な援助―ファンジビリティと援助政策

有効な援助―ファンジビリティと援助政策

本書は、各種開発援助が役に立っていないのでは、という批判に応えて世界銀行がまとめた、援助が実際に役にたつにはどういう条件が要るのか、という分析の書。ちゃんとしたガバナンスが相手国にあること、貿易振興とか財政改善とか物価安定とかの政策がちゃんと実施されていること、といった条件が整えば、援助は役に立つことを実証し、批判を受けることの多い世界の援助関係者のよすがとなっていた。

が、その後世銀の内部監査が行われ、本書のもとになった研究が検査された。その結果、新しいデータを数年分追加しただけで、多くの相関は統計的な有意性がボロボロに崩れ、本書で述べられていたような結論がまったく得られないことが判明。それについてはこちらに監査報告があがっているので参照: http://tinyurl.com/yck7wc

悪いことは言っていないし、たぶん貿易や財政などの改善が害をなすことはないのだが、内容を鵜呑みにしてはいけないし、すでに相当部分が否定されていることは知って読む必要あり。

クリエイティブクラスって、エンジニアとプログラマなのね。, 2008/4/24

クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭

クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭

 クリエイティブクラスなるものがいま出現しつつあって、かれらが集まる地域が発展するのだ、というお話。いままでの産業は、資本や労働の投下量で決まったけれど、これからはこういうクリエイティブな人々をいかに集めて活用するかが課題だ、という。

 でもまず、これまでの経済だって資本や労働の投下量なんかで決まってるのではなく、技術革新が大きいのだということはロバート・ソローやグリリカスたちがとっくに示していること。そして、クリエイティブクラスというと、ミュージシャンやデザイナーやアーティストのことかと思うでしょう。ところが実は、これはエンジニアやプログラマ、建築家を含む一大分類。すでにアメリカの全就業者の3割を占めているんだそうな。通常の意味での「クリエイティブ」な業種は、1割もいないんじゃないだろうか。そりゃプログラマが増えたところは、IT産業が集まってきたところだから栄えたでしょうよ。

 本書はアメリカで売れたけれど、それはおそらくこのミスリーディングなネーミングによるイメージ戦術のおかげ。かれが提案する、都市として総合性があって寛容度の高いところが望ましいというのは、理念としては事実かもしれないけれどアメリカでのゲーテッドコミュニティの人気を見るとホントかなと思うし。いろんな大風呂敷を取っ払ってみると、議論の内実はかなり貧相にしか思えない。こんな話があるのか、と流し読みしておけば十分すぎるくらいでしょう。

素人談義の無惨な大爆発, 2008/4/3

BRUTUS (ブルータス) 2008年 4/15号 [雑誌]

BRUTUS (ブルータス) 2008年 4/15号 [雑誌]

経済全体の話をする場合、個人レベルの話とはまったく話がちがってくるどころか、予想と正反対の結果が起きかねないことを理解する必要があります。たとえば個人(または一つの企業)でなら、コスト削減して支出を抑えるのは利益を増やして企業が栄えるための手段として有効ですが、経済全体ですべての人や企業が支出削減すると、経済全体が停滞してしまい、あらゆる企業が栄えなくなります。ですから、一企業や一個人の「街場の」感覚や実感だけで経済について語ってはいけないんです。

が、本書の特集はそればかり。さらにこの人選も、ピーチジョン野田社長等はまあ経済の現場に身を置いているといえるかもしれないし、経済談義とは別に企業経営的な興味で話をきく意義もあるでしょう。でも橋本治や特に内田樹はそういうのすらない。他の分野での議論には多少敬意もいだいてはいますが、こと経済に関しては「街場」ですらないただの素人であり、本特集で「お断り」とされている評論家そのものじゃないんですか? まして丸川珠代などが経済について何を知っていると期待したのか、謎もいいところ。実際問題として中身のある話は一切なし。無惨なもんです。

そこそこおもしろいが応用のしようがないような……, 2008/3/15

最新・経済地理学

最新・経済地理学

シリコンバレーとルート128の比較で、知識の囲い込みに頼ったルート128に対して、人材の極度な流動性による知識囲い込み不可能なシリコンバレーが圧倒的な優位を見せたことを示して名をあげたサクセニアンの新作。

今回も、主張はきわめて単純。いま、インドや中国、台湾などが新しい経済の寵児となっているけれど、それはかつて先進国に「流出」していった人材が母国に戻って活躍しはじめたからこそ実現されたのだ、というのがその議論。本書はそれを豊富な事例でそれなりに例証してみせて、大変におもしろい。かつてそうした国は、人材流出を大変に心配した。頭のいいやつはみんな欧米に行ってそのまま帰ってこなくなり、地元にはバxばかりが残って停滞するのでは? その対策として人材流出規制まで考えたりしたところもあったけれど、結局それは杞憂だったというわけ。

人材の流動性こそ発展の源泉だという主張は、前著と同じ。ただそう言われても、どうしましょう、というところはある。だから頭脳流出は心配するな、といえるかどうか。当然ながら時間は圧倒的にかかるので、前作のような簡単な(だが安易な)政策的な応用にはつながりにくい。留学させたらポルポトになって帰ってくる連中もいるわけだし、そういうマイナスの部分はきちんと見ていないように思うし。ただ、もし彼女が正しければ、国別の留学生数とか留学生比率を見れば国の経済発展の先行指標になっているはずなので、検証できるかもしれない。その意味ではおもしろい仮説。

定見のないダラダラした原著を邦訳の削除がさらに悪化, 2008/3/11

ドラッグ・カルチャー―アメリカ文化の光と影 1945‐2000年

ドラッグ・カルチャー―アメリカ文化の光と影 1945‐2000年

アメリカの各時代のサブカルチャーが特定のドラッグと結びついていたのは事実。ジャズ文化やビート文化の阿片類、サイケ文化のLSD、ヤッピー文化のコカイン、レイブ文化のMDMA。本書はその生き残りの証言をもとに、ドラッグのいい面悪い面を公平に描こうとする……んだが、本書の場合「公平に」というのは定見がなくなんでも入れる、というだけの意味に堕している。そのため、あれこれつめこんでふくれあがりはしたが、結局読んでも「それで?」というだけ。60年代の文化芸能人はみんなドラッグやって死んだ人もいた——いまさらそんな話をされましても。結局、だらだら長いだけで印象の薄い本となっている。また晩年のティモシーリアリーがコンピュータ云々と大風呂敷を広げていたのを真に受けてあれこれ書いているが、かれは重度のアルツハイマーで完全にぼけていただけ。その程度のことも取材できていない調査能力では、大したことは期待できないし、実際にできていない。

ただし原著は、それに対して国の規制やリハビリ施設、ゲイ文化、クラックとギャングスタ文化の関係なども入れ、一応網羅的にはなっている。が、日本版はおそろしいことに、そうした部分を全部カット。原作の唯一よい部分すらぶち殺している。結果として、日本版は60年代のドラッグ文化やヒッピー文化やその残党をまつりあげるだけのおめでたい本になってしまい、一切の価値を失っている。

おもしろいが、ちがうんじゃないかというネタ多し。, 2008/¾

日常の疑問を経済学で考える (日経ビジネス人文庫)

日常の疑問を経済学で考える (日経ビジネス人文庫)

題名通り、日常生活の経済学とは関係なさそうなトピックを、経済学的な概念で説明する本。なぜ雨の日にはタクシーがつかまりにくいか? なぜ男と女で服が左前だったり右前だったりするのか? 結構目からうろこのネタも多いし、全体に小話集なので気軽に読めて楽しい。

が——経済学的に説明すべきでないことまで無理にこじつけているものも多い。またほとんどは学生のレポートを書き直したもので、フランク自身がきちんと調べてはいない。結果として、かなりの項目は明らかにまちがっている。

たとえば、なぜコーラやビールは丸い缶に入ってて、牛乳は四角いカートンに入ってるの? 本書の答は、牛乳は冷やすから、丸いと容器の間に隙間ができて、冷蔵コストがかさむ、というもの。ちげーよ。炭酸類は中が高圧になるので、それが均等にならない角のある容器は破裂しやすいの! 全体に工学的な理由が完全に無視されているのは非常に痛い。あるいは日本の結婚式はなぜアメリカより金をかけるか、という問題に対しては、日本のほうが人間関係を重視する社会なので宴会に人を多数招かざるを得ないから、というのが答。うーん、人数的にそんなにちがうのかね。むしろ日本人は結婚式に招待客がご祝儀積むので、それだけお金が出せるから、ではないの?

まあ正解を出すことが目的ではなく、経済学的な考え方が重要だ、とは著者も言っている。だから中には答のないやつもある。なぜ茶色の卵は高いか、など。鵜呑みにせず、自分でも考えてツッコミを入れつつ読むのが正しい読み方。