読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Amazon救済 2008年分 3

原著から第三部を完全改竄した不誠実な本。, 2008/11/26

国家の崩壊―新リベラル帝国主義と世界秩序

国家の崩壊―新リベラル帝国主義と世界秩序

 本書の日本版は不誠実な本である。そしてそれは、第三部を全面的に差し替えた著者の不誠実さである。

 そもそも本書は、プレ近代、近代、ポスト近代という枠組みありきで議論が展開し、何がその変化をもたらすかという原因の考察がないか、あっても倒錯している。たとえば植民地主義や領土拡張は国内の人口成長圧力が大きな要因。だから先進国で国境政治の意義が薄れてポスト近代化する原因の一つは人口減少だ。ところが本書は何と因果関係を倒錯させ、人口減少が政治的変化の結果だとする変な議論を持ち出す。その他、経済的要因に対する考察がきわめて浅く、根本の議論の説得力も一部は疑問。ソ連崩壊が、経済要因ではなく外交圧力によるものとでもいいたげな記述はひどいと思うし。そして最終的には「もっと相互理解を」「もっと話し合おう」という結論で外交官の我田引水的な印象も大いにある。

 だが最大の問題は第三部。原著では、EUもちゃんと軍事力があるというのが主張となっている。だから必要な時には戦争すべきであり、アメリカだけが意味ある軍事力を持つとするネオコン的な発想に対して、EUだって軍事力を行使できるし、アメリカの守護に甘んじずに積極的にそうすべきだ、という主張。原著の最終章の結論は、EUは通貨統合に続いて安全保障の統合と軍事統合を行うべきだ、というもの。そしてそれがあるからこそ本書は本国で、タカ派ハト派の橋渡し、としてほめられている。

 それがこの日本版は、その部分を全面差し替えし、アメリカ一極ではそろそろたちゆかないという理念の記述だけに終始。アジアの軍事バランスの話題に向かうのを避けたかったんだろうが、改竄としてあまりに不誠実。そして訳者も、それについて後書きで言及するだけの誠意があってもよかったのでは?

え、プラナリアの実験もちがうの?!!, 2008/11/14

オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険

オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険

 他のレビューにもあるとおり、心理学の世界でしつこくはびこるインチキな伝説や実験をまとめて反駁してみせた、たいへんにおもしろい本。どれもみんな漠然と聞いたことはあったけれど、あたらめてその成立事情や流布の状況を説明され、そのおかしい部分を解説されると読み物として実に楽しい(すぐに増刷されているのもうなずける)。いくつかは、ウソだということさえ知らなかった(プラナリアの学習実験は本当だと思っていた! とはいえこれはウソというより解釈の問題のようだが)

最終章で、「心理学は新しい学問だから」という(百年前の本の孫引きによる)弁明をやめようという著者の心意気は立派。もうそろそろ成熟した分野として、ゴミは切り捨てて、後ろ暗さのない学問になろうぜ、という主張には感心するし、本書はそれに十分貢献していると思う。

ただし……8章にスキナーが娘を箱に入れて条件付けして育てたという話が出てくるけれど(p.201)、実はこれも心理学の都市伝説だという強い説がある。ちなみに、そうした冷たい機械的な条件付けを受けた娘さんは精神異常になって自殺した、というバージョンまで流布して行動主義批判に持ち出されたりしているが、実はまったくのウソらしい(図8.5に出ているのは実はただのベビーサークルもどきらしい。商業化されるときにスキナーの名前が利用された可能性はあるが)。娘さんはふつうに暮らしているし、別に条件付けをされたわけでもないとのこと(父親の思想が変に歪められて喧伝されているのに心を痛めていたそうな)。このようにまだまだこの分野の都市伝説はたくさん残っているので、こうした話も真偽を確認して、是非とも続編を書いてほしい。期待してます。

(付記:増刷分ではスキナーの話はきちんと訂正されている。えらい!)

貧乏なつもりのお金持ちによるオリエンタリズム充満載のイタい旅行記。, 2008/11/10

マルーシの巨像 (ヘンリー・ミラー・コレクション)

マルーシの巨像 (ヘンリー・ミラー・コレクション)

 ロレンス・ダレルの招きで、ヘンリー・ミラーギリシャ旅行をしたときの旅行記。アメリカの繁栄と物質主義のおかげで仕事もせずにギリシャ旅行ができる優雅なご身分のミラーが、貧しいギリシャの村人に対してアメリカはダメだ、物質文明は堕落している、貧しいほうがいい、オレは貧乏だと得意げに吹聴して回り、それがいかに滑稽で馬脚むき出しかを自覚せずに自分の発言に酔いしれている様は、哀れみを催すしかない。その一方で小銭でギリシャ人どもをこき使えるのを自慢してみせるのは、ひたすらイタい。

 そういうところをなるべく見ないようにしつつ(といってもそれが半分以上なのでなかなかむずかしいが)読み進めると、漫然とした語りや自動書記じみた脱線の中に、かれがギリシャに感じた精神的な高ぶりがうかがえて楽しめるのだが、一方でそれは単にミラーが自分の妄想を勝手に投影しただけのオリエンタリズムの一種でもある。訳者解説は、いっしょうけんめい現代思想を引き合いに出す割には、そうした面にはまったく目が向いていないのか、あるいは営業上の配慮でそれを書かなかっただけなのか。ダレルのイスロマニア系の諸作に比べて、筆致の華麗さにも欠け、また短期の旅行記なので視点も浅く、刺激には欠けるが、ミラーの他の作品よりも大仰な自分語りは抑えがちなので読みやすい部分もある。

本書でぼくが好きなエピソード。アメリカで、ミラーが乞食に小銭をせがまれて、黙って断ればいいものを自分がいかに貧しくてあげられる小銭もないかを弁解したところ、その乞食にせせら笑われて、だれだって人にやれる小銭くらいあるのだと言われ、逆に10セントめぐんでもらったとか。ミラーはそれが何やらいい話だと思っているのだが、自分のケチさ加減とそれについての弁明の空疎な嘘さ加減とが乞食にも見透かされているのがわからないのが、ミラーのだめなところ。でも、それがかれの他の作品における持ち味にもつながっているのがむずかしいところではある。

「読む」という行為が脳に与える影響を描き、文明変革まで見通す希有な名著!, 2008/11/10

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

 へんてこな題名の本書は一言でいえば「読む」という行為に関する本だ。読書論は、自足しきったジジイの夜郎自大な書斎談義になったり、「最近の若者は本を読まない」的な文化人の愚痴でしかなかったりする。でも本書はそんなのとはまったく異なる、本がいかに人間を変えたかを縦横に描き出した、コンパクトながら実に壮大な本だ。

 大人はごく自然に物を読む。だから読書というのを、単に透明な情報獲得手段として考えてしまいがちだ。だが実際には、それは多大な苦労を経て習得された技能だ。その過程で脳は歴史的にも大きな変化を強いられ、比喩ではなく「読書脳」となる。その読書脳が多くの人に共有されたことで、逆に人間の文化と文明も大きく規定されたのだ。

 本書はその有様を進化学、脳科学言語学、文学、教育学などを自由自在に使って説明する。物を読むときの脳の働きは分析が進んでいる。英語と日本語での脳の働きの差や、古代人の脳や子供の言語習得の解説はきわめて刺激的。読むことで脳は他の視点と時間の中で深く思考できるようになる!

 そうした読む喜びを描き出す一方で、本書は読む悲しみをも示す。その例が失読症の人々だ。エジソンピカソなど多くの失読症者は、別の才能を高度に発達させていることが多い。人々は、読む能力と引き替えにそうした才能を失ってしまったのだ。

 そしていま、ネットで人々の情報環境は変わりつつある。ネット等は、従来の読む行為を破壊する可能性もある。その不安を著者は率直に述べる。だがそれをさらに深める可能性も持っているのだ。本書はこの両方の可能性をわかりやすく描き出す。そして最後には、人類が文章を超越する可能性にまで思いをはせる……

 すごい。読むうちに本書は様々に様相を変え、あなたは予想外のことに思いを馳せているはずだ。そしてそれでいいのだ、と本書は語る。「読書の目標は、(中略)最終的には書かれた文章と無関係な思考に到達するところにあるのだ」から。本書で是非ともそれを体験されんことを! それは今後のあなたの読書そのものに、一段と深みを与えるだろう。

地球の重要問題と解決策に、専門家の合議で優先順位をつける希有で重要な試み, 2008/11/7

五〇〇億ドルでできること

五〇〇億ドルでできること

 ロンボルグによるコペンハーゲン・コンセンサスの要約版。要約でも、世界の各種問題についてその道の第一人者が費用便益分析を行ったもとの論文とそれについてのコメント、それをもとに経済学者がつけた、世界が取り組むべき解決策のランキングが簡潔にまとまっている。

 これの特徴は、これが問題の深刻さを順位づけるものではなく、解決策として取り組むべき順位をつけたものだということ。どんなに問題が深刻でも、まともな解決策がなければそれは低い順位になる。その結果でいちばんの話題になったのは、排出削減による地球温暖化対策のランキングが最下位になったことだった。排出削減推進派は、これは結果が歪んでいるとか、意図的に過少な見積もりをしているのではとか、根拠レスなかんぐりをいろいろして批判をしたのだが、本書を読むと、排出削減による費用便益分析をしたクライン(炭素削減論大支持派)は、過少評価どころか過大推計をしているようだ。将来の費用便益を現在価値に直すときに、割引率をゼロにして、かわりに消費との比率で限界価値が決まる変わった割引を使っている(p.30)。この論文に対する批判もそこに集中している。そして、それだけ過大に評価しても、排出削減は最下位でしかなかったのがよくわかる。エイズマラリア対策や栄養失調対策や貿易自由化といった地道なことがやっぱいちばん重要なのだ。

 翻訳は、きちんとしているし問題なし。ただ温暖化が低い順位になったことについて、訳者は将来価値を割り引くからだ、という解説をしているが(p.223)、上に述べた通り本書では必ずしもそれはあてはまらない。掲載論文ではそれを考慮して別の考え方を使っている(批判は受けているが)。自分で訳してるんだから、そういうところはまちがえないでほしいなあ。でも、それが訳文を歪めたりはしていないのが救い。

 拙訳『地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す』でもたくさん引用されているので、議論の中身を確認したい人は是非どうぞ。絶望だ破滅だと騒ぎ立てて、役にたたないものに金を使うより、本当に有効なことに少ないお金を使いたいと思う人は必読。

アメリカの工学系の理系必携のなんでも載ってるポケットバイブル!, 2008/11/4

Pocket Ref

Pocket Ref

これってアメリカのDIY系工具屋でしか売ってないものだと思っていたので、アマゾンで買えるとは気がつかなかった! 周期律表から天気図から回路記号から、石の硬度や木の強度、楕円の面積の公式や三角関数表、割引率表、米軍の階級章、のこぎりの刃の規格、金属パンチのバリ、金属パイプの規格、ロープやチェーンの耐加重、アーク溶接の電圧、ボルトの太さとそのための穴の径、緊急医療や薬のイロハ、車の燃費やスパークプラグの規格、単位系換算や電話の地域コードまで、とにかく何でも出ているすごい本。それが文庫本より小さいポケットサイズで、768ページにつめこまれている。工作系の人間なら持っていないとモグリと言われる、真のバイブル。ディスカバリーチャンネルの名番組 Mythbusters でも、主役たちは何かを作るときにしょっちゅうこれを参照している。日本で言えば理科年表みたいなものだけれど、理科年表みたいなオベンキョーのための本ではなく、ひたすら実用性重視。安いし手軽だし、一家に一冊是非どうぞ。英語版だけど、基本は表ばかりなのであまり関係なし。

気軽に読める楽しい本。ただしアリの話は70本ほどの一つでしかないのでご注意。, 2008/11/4

働きアリの2割はサボっている―身近な生き物たちのサイエンス

働きアリの2割はサボっている―身近な生き物たちのサイエンス

見開き2ページずつで、いろんな生き物についての小ネタをまとめた気軽なエッセイ集。もともと新聞のコラムなので、特にむずかしい話はなく、楽しくふうがわりな生物たち(特に昆虫、両生類、植物)のおもしろい習性などを紹介しています。ぱらぱら流し読みにむいた、疲れないえっせいで、小中学生でもそんなに苦労せずに楽しめるよい本。

ただし、タイトルになっている「働きアリの2割はさぼっている」という話ですが、一説によるとこれは都市伝説で、実際にはそんなことはないという人もいます。そこらへんどうなのか、本書のタイトルを見て何か説明があるのではと思って買ったのですが、残念ながらそういうのはなし。詳しいつっこみや検証が期待できる本ではないし、そもそもアリだけの本ではないので、そのへんはご注意を。

幅広く扱っているのだが焦点がなく散漫なのが残念。, 2008/10/31

乱れる (テクノライフ選書)

乱れる (テクノライフ選書)

この書名で検索すると、エッチな本がたくさん挙がってくるけれど、本書は全然そういうことはなく、自然科学における各種の「乱れ」を解説した本。乱流、カオス理論、ランダムウォーク流体力学、そして各種の短歌に詠われた乱れと、扱う対象は幅広いし、どれも読みやすくわかりやすいのだけれど、それぞれのテーマを一通りざっと解説するだけにとどまり、読者は「それで?」と取り残される。全体として何か主張があるとかストーリー的な流れがあるわけでもなく、散漫なままにとどまっていて訴求力に欠ける。

たぶん欧米の科学啓蒙書なら、まずつかみとなる歴史上のエピソード(それこそ「乱れる」エッチな話とか)をどーんと持ってきて、その後の話をどれもそのテーマにつなげて、最後に乱れを排除しようとする現代文明の危うさみたいな話で問題提起をしつつ締めるような構成にしただろう。最後に短歌の話をもってきたのは、そういうのをちょっと意図したところもあるんだろうが、でもそれが必ずしもうまく他と関連していないのは、日本の啓蒙書にありがちではあるんだけれど、残念。悪い本ではないんだけれど。

一瞬の流行だが、歌詞カードにも使い捨て感覚充満, 2008/10/27

ザ・グレイテスト

ザ・グレイテスト

中古CD屋で見かけてなつかしくて買ったが、デビュー曲 Bouffant Headbutt の歌詞カードを見ても曲が全然聞き取れてなくて、「You ain’t so sweet」と言っているのを「Your eyes are sweet」にまちがえるなど、まるっきり反対のニュアンスにしてしまって平気で、この子たちの売り出しコンセプトすら踏みにじって平気で、落ち穂拾いのベスト盤にいたるまでそれをなおしてあげる手間すらだれもかけていないあたり、その場限りの使い捨てアイドルでまったく大事にされてなかったのがよくわかる。とはいえ、日本の歌詞カードなんて大半がそんなものだといえばそれまでだが。そしてTatuとかこの手の女の子バンドの宿命だといえばそれまでだが。

 とはいえ、嫌いじゃないんだよね。中古CD屋で300円くらいなら出していいくらい。

力作だがいまさらリアリーについて知ってどうする? 無駄な労作。, 2008/10/23

Timothy Leary: A Biography

Timothy Leary: A Biography

基本的な論調としては、リアリーは父親によるDVでかなり精神的に変だった、という話になります。そしてその父から受け継いだアル中の気が強く、不安定で身勝手なナルシストだった、という話です。奔放な魅力はあったもののわがままで権力志向が強く、このため家庭は次々に崩壊、また人の話をきかないために所属した/率いた組織も次々に崩れ去り、あらゆる失敗の責任をとらずに何でも他人(または政府や警察)のせいにして人生すべて焼き畑農業、LSDの研究もかなりお粗末な代物でしかなかったという、まあそうだろうなあという内容になっています。

後半生は、自分がかつての有名な存在から過去の人へと転落して生計すらたてられない状態になっていて、アル中ぶりがさらに悪化。そういう自分の状態をなんとか改めようとしては失敗を繰り返していた、という状態がずっと描かれます。まあその通りではありました。

巻末に著者が言われたこととして「リアリーを好きな人はこの伝記を毛嫌いするだろうし、リアリーが嫌いな人はそもそもこんな本を読まないだろう」というのが書いてあって、その通りの本です。リアリーの新しい面が出ているといえば出てはいますが、一方でかなり予想通りでもあります。各種周辺の関係者の行動も、そーんなに意外なものではありません。労作ではあるんですが……大山鳴動して鼠一匹というか、そんな感じです。

リアリーが反体制のヒーローで、権力につぶされた悲劇の偉人だと思っている人は、読んで益があるかもしれませんが、自伝や著作を読んで夜郎自大ぶりに辟易したことのある人なら「やっぱりね」というところ。そしてそれ以前に、いまさらリアリーについて何か知ったところで、何一つ役にたたないというのが正直なところ。力作ですが、無駄な労作でしかありません。

保守派は進化不足の劣等生物、らしいぞ。, 2008/7/4

The Political Mind: Why You Can't Understand 21st Century American Politics With an 18th Century Brain

The Political Mind: Why You Can't Understand 21st Century American Politics With an 18th Century Brain

我が国でも澤口某などで見られたように、脳科学がしばしばその学者の卑近な価値観と結びついて濫用されがちだという典型。

革新=民主的 =共感ベース=博愛的=先進的=正しい=新しい脳の派 保守=反民主的=私利ベース=利己的=後進的=ダメダメ=古い脳の一派

というとんでもない図式を作り上げて、保守が強いのは脳の古い部分、人間の動物的な部分に訴える脅しとか利己的根性とかにうまく働きかけているからなんだとか。人間の新しい脳の働きである博愛や協調やすべてとの結びつきといった感覚をうまく援用すれば政治的にも勝てる、とかいう……

利己的なエージェントでも協力が生み出されることは言うまでもないし、新しい脳の人々だって、状況次第でいくらでも利己的にもなるでしょうに。もちろん革新な人たちだって、脅しは使うし身勝手なやつもいくらだっている。保守派が保守的なのは脳が進化していないからだといわんばかりの議論はもう絶望的。そしてこれがホントならどうする? 脳の古いヤツを皆殺しにするわけにもいかないでしょ。共感と博愛に満ちた新しい脳の人たちにはそんなことできませんよねえ……でもこの論調だと本当にそんな議論が出てきそうで怖い。