Amazon救済 2010年分 3: 虹色のトロツキー

満州トロツキーがいたら…, 2010/7/20

 ソ連革命関連の本を読んでいて、トロツキーの伝記マンガかと思って手にとったら全然ちがった。  トロツキーはメキシコに亡命する前に、スターリンに左遷されて現カザフスタンのアルマタイにいたことがあった。そのとき、国境を越えて関東軍支配の満州に入り込み、日本軍と接触したのではないかというアイデアを発端として構想されたストーリーとなっている。その後も実はトロツキーはロシアにとどまったのではないか?

 全体のストーリーは、Wikipedia を参照するとよい(とてもよくまとまっている)。一巻は、家族を虐殺されて記憶を失い、かすかにトロツキーらしき人物のおもかげだけを覚えている日蒙混血の少年が、満州石原莞爾肝いりでできた建国大学に編入するところから。石原は建国大学の講師としてトロツキーを招くことも検討しているというのだが…

 マンガとしては、史実をかなり忠実になぞりつつ、そこに各種の策謀うずまく組織を往き来する主人公の活躍と成長を織り交ぜて非常によくできたものとなっている。

 文庫や愛蔵版など他の版もあるようだが、このオリジナルのシリーズは、当時の写真資料と解説(というより巻末エッセイ)が優れている。一巻は、実在の建国大学の写真と、巻末エッセイは山口昌男(ただしこれはあまりできがよくない)。

付記:各巻の解説は文庫版などにも収録されているらしい。

建国大学を捨てて、また戻るまでの葛藤記。越沢明の解説が秀逸。, 2010/7/20

虹色のトロツキー (第1集) (希望コミックス (218))から続く。

石原が日本に帰ってしまい、各種の思惑に利用されるのを潔しとしない主人公、いったん実家に帰るものの、そこでガサ入れに巻き込まれ、あれこれ迷ったあげくに建国大学に戻ることにする。

本書は、新京(いまの長春)の写真資料に加え、解説をなんと日本の植民地時代の都市計画にかけては右に出る人のいない越沢明が書いている。おそらく町並みを描く際の資料として越沢の本をたくさん使った縁で依頼したのだろうが、見事な人選だし、簡潔でとてもよい本当の意味での解説。

ハルビンで拉致、そして馬賊へ, 2010/7/20

虹色のトロツキー (第2集) (希望コミックス (239))より続く。

ユダヤ人社会との関係構築を狙う辻政信に伴われてハルビンにやってきた主人公は、コミンテルンのスパイにつかまる。

トロツキー日帝と野合していたと証言させて、トロツキー失墜を狙うスターリンの思惑。だがそこを脱出し、東北抗日軍に参加することになる。

写真はハルビン、そして解説は志賀勝による東北抗日軍の解説。満州の歴史の中における簡潔な位置づけが説明されており、これまたたいへん勉強になる。

オールスターキャストにしようとして少し苦しい巻, 2010/7/20

虹色のトロツキー (第4集) (希望コミックス (249))

虹色のトロツキー (第4集) (希望コミックス (249))

東北抗日軍に加わって、さらにその主要人物たる謝文東に会い、その片腕となる。その活躍と崩壊が描かれる巻で、金日成の名前も出てくる巻。一応、オールスターキャストにすべく川島芳子を出してはきたが、この出し方は強引だし、ちょっと必然性が感じられないので、弱い巻ではある。

写真は、実在の登場人物の写真。川島芳子って、麗人というからもっと美人かと思ったらそうでもないが、たまたまこの写真が悪いのだろうか。また解説は、満州の当時の映画作家に日本軍の監視がついていたという話だが、あまり内容と関係なく、それがどうしたという低調なものになっている。

トロツキーの話がまた少し進展する。, 2010/7/20

特務の関係者安江仙弘が、ユダヤ人保護を通じた国際社会への満州アピールについて構想を述べ、 そこでトロツキーを使うことの愚をとき、主人公に上海にでかけてトロツキー関係者の情報を探る よう依頼する。主人公はそれを引き受けると同時に、蒙古人による軍隊である興安軍に志願する。 そしてまずは興安軍学校に講師として赴くが、やがて実戦配備となり……

しばらく登場しなかったトロツキーに関する話が再び少し進展する。もはやトロツキーはユー ラシアにはおらず、メキシコにいることがほぼ確定しているが、一方でトロツキーをメキシコから 呼んで一旗あげさせようという陰謀が展開。

写真は大連、解説は興安軍学校についての話。藤原作弥父親は、当時そこで教官をしていたとの こと。後半は少し思い出話に偏りすぎてはいるが、ちょっとおもしろい。

トロツキー、上海に登場??!, 2010/7/20

特務機関の安江仙弘の指示で、実質スパイとして上海に赴いた主人公、トロツキーの偽物を自称する人物の正体を確かめようとするが、かれもまた一筋縄ではいかない複雑怪奇な背景を持つ人物であることがわかる。

トロツキーに一番近い存在がきっちり登場する、初めての(そして最後の)巻。有名人総出演の原則で、川島芳子が再登場、ついでに李香蘭も出てくるが… あまり大きな役割は果たしていない。連載時には、アクセントをつけるために出しておくほうがよかったのかもしれない。

写真はむろん、当時の上海。解説を書いているのは、なんと安江仙弘の息子。リトアニアで杉原領事が無数のユダヤ人にビザを出して命を助けたという美談の裏に、実は本書で描かれた安江仙弘のユダヤ人救済構想があったという、実に興味深い話。身内なのでむろん父親を美化している面はあるのだろうが、一読に値する。

ノモンハン/ハルハ河会戦への道のり, 2010/7/20

虹色のトロツキー (第7集) (希望コミックス (280))

虹色のトロツキー (第7集) (希望コミックス (280))

もはやストーリーは、ノモンハン事件/ハルハ河会戦に向けて一直線。興安軍官学校も、前線にかり出されることとなって… 石原がトロツキーを引っ張り出そうとした意義についてもある程度わかる。スターリンに対抗して新しい社会主義勢力をうちたてることでソ連を牽制し…

 写真はノモンハン事件関連写真。そして解説は、石原莞爾の世界最終戦争論についての説明。かれがソ連を非常に重視していたことも述べられ、これまでの全体の背景も理解しやすくなる。惜しむらくは、これが第一巻にあればもっとよかったんだが…

ノモンハン/ハルハ河会戦、そして現代, 2010/7/20

この巻は…ノモンハン/ハルハ河会戦を細かく描く。

 とにかく物量でも装備でも勝るソ連軍にボコボコにされた戦いで、変なハッピーエンドにしてはそのほうがおかしかろうとぼくは思う。どうしようもなく歴史が動いていく中、石原も、そしてコミンテルンのスパイだった尾崎秀実も、それぞれの登場人物が各種の思惑で暗躍はしてみるものの、大局は動かない。そして一人、辻政信だけがまったく状況を読めないのか、何一つ変わらず突っ走る…

 写真は、当時のモンゴル人、そして解説というか後書きは安彦良和。入念なリサーチのもとに描かれた漫画であることがよくわかる。中国共産党が全然出てこないのが不思議だったが、それも意図的だとのこと、派手さに走らずストイックに構想されていることもわかる。トロツキーがらみのネタをもう少し仕込んでほしかったようにも思うが、あれが限界かもしれない。全体に名作だし、この単行本も非常にていねいに作られていてすばらしい。

 でもなぜ虹色なんだろう…