岩田規久男副総裁は黒田の尻を蹴飛ばしてリフレを十倍増させるべきだったと思う。

 本稿の主張は、表題通り。岩田規久男は副総裁として、リフレの理論にもっともっと忠実に動き、黒田総裁を蹴飛ばしても締め上げても何をしてもいいので金融緩和をますます激化させてほしかったし、それができなかったのは不甲斐ないということだ。リフレ派の理論を十分に実践できなくて、あと一歩のところだけに情けないよ、ということ。おしまい。

 で、その理由を簡単に説明しようか。

 岩田規久男が、3月で日銀副総裁を退任した。お疲れ様でした……と言う気持ちはある一方で、正直いって岩田規久男が日銀で何をやっていたのか、ぼくにはよくわからない。日銀の政策は基本的に総裁がすべて決めるのであって、副総裁は総裁の方針には反対できないんだよ、と教えてくれた人々もいた。そうなのかもしれない。でも、そうなんですか? 本当にそんなお飾りの、総裁のオウム役でしかないんですか? ぼくにはそれが解せないところだし、不満なところでもある。

 リフレ派の多くの人々は、岩田規久男と直接のつきあいがあるし、それもあってあまり岩田規久男に対して批判的なことを言おうとはしない。最初の頃は、「岩田先生は副総裁になってからすっかり影がうすくなったねー、あはは」的なことは言っていたけれど、その後はそれすら言わなくなった。いまはやりの「そんたく」ってやつ? ちなみにぼくはこの言葉が大嫌いで、聞く度に何か、博多どんたくしながら洗濯するような(というのがどんなものか自分でもよくわかんないんだけど)ものが頭に浮かんでしまって、すごく変な感じがする……というのはどうでもいいか。

 で、黒田総裁&岩田副総裁就任直後は、2%のインフレを2年以内のなるべくはやい時期に、という話をさんざんしていた。そして、岩田規久男はそれについて、それが確実にできることだし、金融政策だけでやりきれることだし、それができなければ自分は辞任する(しなければならない)と大見得を切ったのは事実だ。当時は、フリードマンの「インフレはいつでもどこでも、貨幣的な現象である」という発言がしきりに引用されて、だから金融政策でデフレ脱出できる、という話が随所で見られた。岩田自身、その変種を語っていたし、金融政策でやりきれるというのは2014年の講演会でも言っていたし、また他のところでも断言していた。

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そしてそれに対して、ぼくも含めリフレ派はかっさいした。白川日銀が、いろいろ言い訳をして何もしなかったのに対し、やる気を見せてくれてすばらしいと思ったから。2%できなければ辞任というのは、国会で言ったんだっけ?

 で……実際にはもちろん、それは達成できなかった。一つには、消費税率引き上げの影響はあまりに大きかったということがある。でも、それに対して黒田総裁@日本銀行は、事前も事後も「想定内、想定内」と言い続けて何も対応をしなかった。そして岩田規久男も、確かに最後の公式講演で消費税については苦言を呈したし、財政政策についても注文を出した。でもやはりそれは、日銀の方針には影響しなかったのは事実。インフレは貨幣的な現象であるのは事実なので、日銀が金融政策をもっとドカーンとがんばれば消費税の影響を相殺できたのかもしれない。でも少なくとも日銀はそこまでやらなかった。

 もちろん、黒田&岩田の手綱の下で日銀がやった各種の方針が、景気(特に雇用)にいい影響を与えたのは確かだ。でも、やっぱり当初の主張から見れば未達だし、目標おおむね達成なんて言えるものでないのは事実。

 そしてそれに対して、リフレ派の人々が、いや2%なんてどうでもいいとか、それを達成するなんて言ってないとかいうのは……ぼくは見苦しいと思う。

 インフレ2%が、そんなあらゆることを完璧にやった場合にだけ到達できる、オール満点の目標だという認識は、ぼくにはなかった。もちろん、ぼくはリフレ派の中では学者じゃないし、だからお前の勉強不足だと言われればそれまでだ。でも……でも岩田規久男を筆頭にリフレ派は、インフレ2%が絶対確実にまちがいなく達成できる、少なくともその近くにはいく、という認識は明確に出していた。「やりきる」というのは、2%に達しないようなら、黒田バズーカごときでは止めず、黒田地対空ミサイルから黒田ICBMから黒田拡散波動法から黒田デススターまでなんでもやる、という意味だとぼくは解釈していた。

 それができなかったというのは――それも、2%はいかなかったけど誤差範囲ってことで大目てくださいよ、というレベルではないよね――やっぱり、己の不明を認めるか、日銀の不甲斐なさを責める必要はあると思う。そして岩田規久男にとっては、この二つは同じことだ。

今年1月末の最後の記者会見での3ページ目に、それについての言い訳はある。でもぼくはこれは、言い訳以上のものにはみえない。これはぼくは、かつての講演での論調と同じものだとは思わない。やるだけのことはやるけど他の条件もあったからダメでも許してね、みたいな逃げ口上は、昔は打っていなかったぞ。「やりきる」というのはそういうことじゃないと思うぞ。

そしてこの言い訳が「デフレはいつでもどこでも貨幣現象だ」の適切な読み替えだともぼくは思わない。それは岩田規久男擁護にしても、あまりに稚拙だと思う。リフレは理屈は正しいけれど、でも日銀はその理論通りの動きをきちんと見せず、黒田日銀はかなり漂白されていった。

 ついでに言えば、消費税率の最初の引き上げが、ある意味でリフレ派のオウンゴールみたいなところがあるのはまちがいない。黒田バズーカは最初、あまりにうまく行きすぎた。始まる前からすさまじい成功を見せ……それが「景気、なんとかなりそうじゃん」という雰囲気をつくって増税オッケー議論にはからずも貢献した/利用されたのは、これまた事実だと思う。リフレ派の大半が(というのもぼくも全員フォローしてるわけじゃないから)「消費税ウェーイ」と旗を振ったことはなくて、どっちかといえば反対していたのは事実。悪い影響を懸念していたのも事実。でもその後の10%案に反対したときほどの必死感は、その頃はなかった。その頃あった様々な論調については、2013年末に書いたこの論説に書いた。死んでも反対オールスターズではなかったのはまちがいない。

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いまにしてこの論説(の中のCPIグラフ)を見ると、2013年末の時点で、インフレ1%すでに超えていたんだねえ。消費税、あと一年待っていれば2%なんか楽々達成できてたのかもねえ(遠い目)。

 もちろんバーナンキクルーグマンも、アメリカでインフレ目標がなかなか達成できなかったことについて、やっぱ思ったよりむずかしい、という話をしている。そして金融だけでなく、財政出動も含めた手を打って、もっとがんばらないとダメだよね、という話をしている。日本でもその通りではあるんだろう。それは当初の認識が甘かったということではある。少なくともぼくはそうだ。もちろん、リフレ派の中には「いや自分は当初から財政の重要性を強く主張してきて日銀の不甲斐なさを常日頃から言ってきた」という人もいるだろう。でもそう主張しそうな人も、岩田規久男には優しいなあ。とっても優しい。

 たぶん、みんなぼくの知らないことを知っているんだろうとは思う。岩田規久男が日銀内部で、いかに獅子奮迅の働きをしてきて、いまの日銀の方針ですら、その活躍があればこその精一杯のものなんだ、というような事情があるのかもしれない。でもぼくは、その事情を知らないので、やはり岩田規久男はふがいなかった、と思うしかない。

 そしてもしそうなら、若田部昌澄がこんどの副総裁になっても、どこまで期待できるのかな、という気はしなくもない。いや、若田部昌澄とはときどき顔もあわせてウナギの絶滅に貢献したりしたし、もちろん期待はしている。ニーソン『海賊の経済学』は若田部さんから紹介がきて訳したものだし、以下の記事の通りだと思う。

tanakahidetomi.hatenablog.com

でも、若田部がいかにすごくて立派な学者であっても、副総裁がそんなに無力で、岩田規久男すら何もできない程度のお飾りの地位でしかないなら、副総裁人事なんかどうだっていいじゃないか、という気もかなりしてしまう。岩田規久男にはできなかったことが、若田部昌澄にはできるの? 本当に?

 期待としては、今回の森友書き換え問題で財務省が守勢に追い込まれて、消費税の追加引き上げはとりやめになることで、できればもっと財政出動どんどんしてくれるようになって、それとあわせて若田部昌澄の(そして片岡剛士委員らの)活躍で日銀がついにもっと拡張スタンスを出す、ということではある。その期待は捨ててはいない。

 でもそのためにも、岩田規久男にはやはり、日銀時代のご自身の不甲斐なさについて、これから正直に述べて欲しいとは思う。27日になんか番組出演するとかで、そこでいろいろぶちまけて欲しいな、と思う。

ザ・ボイス そこまで言うか! | 毎週月~木曜日16:00~ | ラジオFM93+AM1242 ニッポン放送

 これを読んで、リフレ派の敗北宣言とか言う人もいるだろうけど、そういうわけじゃない。ある程度の成果は挙げている。でも、それが不十分だった。もっとリフレをしなくうてはいけない。いままでの政策だと、当初の大見得は実現できていないし、それを実現するための方策を今後もっと強くだしていかないと、逆戻りする可能性すらあるのはまちがいない。そこらへん、岩田規久男自身も、そして他のリフレ派も、もっと強く主張してかないといけないだろう。このぼくも含め。ということで、まず岩田規久男自身に、己の不甲斐なさを認めるところからはじめてもらえないかなー、とは思うわけだ。

追記

書いた直後にこれが出た。

www.nikkei.com

そうそう、副総裁も審議委員も、もっと`外に出て言いたい放題言わなきゃ。そうでないといる意味ないよ。日銀の対外的なコミュニケーションが、あの公式発表の微妙な表現をあれこれ深読みするつまらない伝統芸能みたいなのになってるのも、どうにかならんのか。で、もっと目標についてはギチギチ責任持たせないと。


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