ロシア未来派とコスミズム

モスクワのレーニン廟には、レーニンのミイラというか防腐死体があるのはもちろん有名な話だ。通常、それはソ連(およびその他)の社会主義が個人崇拝に堕した明白な印として嘲笑されることが多い(ベトナムホーチミン廟と同じで)。そして、それ自体はまちがいないことだ。

でもその一方で、そこにはもっとずっとおっかない発想があったというのを今日初めて知った。レーニンの遺体保存を主張した葬儀委員レオニード・クラーシンは、ソヴィエト科学がいずれ死者を復活させられると本気で信じていて、そのために死体保存をすべきだと主張していたんだと。そしてレーニン廟は、それを実現するためにアレクセイ・シューセフが設計したもの。シューセフはロシア未来派の一人だったんだけれど、死者復活に備えてかれは、レーニン廟をタイムマシンとして設計したんだと。

その設計の基本的なアイデアの根底にあったのは、かのロシア未来派のマレヴィッチの思想。マレヴィッチは、正方形や立方体が大好きだったんだけれど、その理由は、彼が神智学やウスペンスキーにかぶれて、幾何学形態が高次の現実をあらわしていると思っていたから。特に立方体は四次元の、時間を超越した場をあらわし、人々を死から逃れられるようにすると思っていた。だからレーニン廟は、基本は立方体にすべきだというのがマレヴィッチの考えで、シューセフはそれをもとに、三位一体の思想とくっつけて(なんせその思想によれば2000年ほど前に死から蘇った方がいらっしゃいましたし)レーニン廟を設計したんだそうな。

もちろん死者の復活というのは、伊藤計画を読んだ人ならご存じの通りロシアコスミズムの親分フョードロフの思想なんで、ボグダーノフなんかに影響してるのは知っていたが、それが未来派やらボリシェヴィキ中枢部にここまで入り込んでいたとは知らなかった! レーニン廟がそんなオカルト建築だったおは!

でもって、そのフョードロフ思想がスターリンの大粛清をいかに正当化したかとか(そのうち生き返らせるからいいじゃん、というわけ)なにやらめちゃくちゃな話がいろいろ次の本に出ているらしいので、是非読まねば!

The Russian Cosmists: The Esoteric Futurism of Nikolai Fedorov and His Followers

The Russian Cosmists: The Esoteric Futurism of Nikolai Fedorov and His Followers

こういう話を知ったのは、Fortean Times #365のおかげ。この号では他に

  • ガーナの首都アクラに、ついこないだまで10年続いた偽のアメリカ大使館があった

  • トリュフはいまはブタを使って探したりしない(ブタは確かに見つける能力はあるが、見つけたら自分で喰ってしまうので役にたたない!)

などいろいろおもしろいネタ満載。

ロシアコスミズムのネタは前にもした。

cruel.hatenablog.com

だけどこんな主流にまで入り込んでいたとは予想外。


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岩田規久男副総裁は黒田の尻を蹴飛ばしてリフレを十倍増させるべきだったと思う。

 本稿の主張は、表題通り。岩田規久男は副総裁として、リフレの理論にもっともっと忠実に動き、黒田総裁を蹴飛ばしても締め上げても何をしてもいいので金融緩和をますます激化させてほしかったし、それができなかったのは不甲斐ないということだ。リフレ派の理論を十分に実践できなくて、あと一歩のところだけに情けないよ、ということ。おしまい。

 で、その理由を簡単に説明しようか。

 岩田規久男が、3月で日銀副総裁を退任した。お疲れ様でした……と言う気持ちはある一方で、正直いって岩田規久男が日銀で何をやっていたのか、ぼくにはよくわからない。日銀の政策は基本的に総裁がすべて決めるのであって、副総裁は総裁の方針には反対できないんだよ、と教えてくれた人々もいた。そうなのかもしれない。でも、そうなんですか? 本当にそんなお飾りの、総裁のオウム役でしかないんですか? ぼくにはそれが解せないところだし、不満なところでもある。

 リフレ派の多くの人々は、岩田規久男と直接のつきあいがあるし、それもあってあまり岩田規久男に対して批判的なことを言おうとはしない。最初の頃は、「岩田先生は副総裁になってからすっかり影がうすくなったねー、あはは」的なことは言っていたけれど、その後はそれすら言わなくなった。いまはやりの「そんたく」ってやつ? ちなみにぼくはこの言葉が大嫌いで、聞く度に何か、博多どんたくしながら洗濯するような(というのがどんなものか自分でもよくわかんないんだけど)ものが頭に浮かんでしまって、すごく変な感じがする……というのはどうでもいいか。

 で、黒田総裁&岩田副総裁就任直後は、2%のインフレを2年以内のなるべくはやい時期に、という話をさんざんしていた。そして、岩田規久男はそれについて、それが確実にできることだし、金融政策だけでやりきれることだし、それができなければ自分は辞任する(しなければならない)と大見得を切ったのは事実だ。当時は、フリードマンの「インフレはいつでもどこでも、貨幣的な現象である」という発言がしきりに引用されて、だから金融政策でデフレ脱出できる、という話が随所で見られた。岩田自身、その変種を語っていたし、金融政策でやりきれるというのは2014年の講演会でも言っていたし、また他のところでも断言していた。

cruel.hatenablog.com

そしてそれに対して、ぼくも含めリフレ派はかっさいした。白川日銀が、いろいろ言い訳をして何もしなかったのに対し、やる気を見せてくれてすばらしいと思ったから。2%できなければ辞任というのは、国会で言ったんだっけ?

 で……実際にはもちろん、それは達成できなかった。一つには、消費税率引き上げの影響はあまりに大きかったということがある。でも、それに対して黒田総裁@日本銀行は、事前も事後も「想定内、想定内」と言い続けて何も対応をしなかった。そして岩田規久男も、確かに最後の公式講演で消費税については苦言を呈したし、財政政策についても注文を出した。でもやはりそれは、日銀の方針には影響しなかったのは事実。インフレは貨幣的な現象であるのは事実なので、日銀が金融政策をもっとドカーンとがんばれば消費税の影響を相殺できたのかもしれない。でも少なくとも日銀はそこまでやらなかった。

 もちろん、黒田&岩田の手綱の下で日銀がやった各種の方針が、景気(特に雇用)にいい影響を与えたのは確かだ。でも、やっぱり当初の主張から見れば未達だし、目標おおむね達成なんて言えるものでないのは事実。

 そしてそれに対して、リフレ派の人々が、いや2%なんてどうでもいいとか、それを達成するなんて言ってないとかいうのは……ぼくは見苦しいと思う。

 インフレ2%が、そんなあらゆることを完璧にやった場合にだけ到達できる、オール満点の目標だという認識は、ぼくにはなかった。もちろん、ぼくはリフレ派の中では学者じゃないし、だからお前の勉強不足だと言われればそれまでだ。でも……でも岩田規久男を筆頭にリフレ派は、インフレ2%が絶対確実にまちがいなく達成できる、少なくともその近くにはいく、という認識は明確に出していた。「やりきる」というのは、2%に達しないようなら、黒田バズーカごときでは止めず、黒田地対空ミサイルから黒田ICBMから黒田拡散波動法から黒田デススターまでなんでもやる、という意味だとぼくは解釈していた。

 それができなかったというのは――それも、2%はいかなかったけど誤差範囲ってことで大目てくださいよ、というレベルではないよね――やっぱり、己の不明を認めるか、日銀の不甲斐なさを責める必要はあると思う。そして岩田規久男にとっては、この二つは同じことだ。

今年1月末の最後の記者会見での3ページ目に、それについての言い訳はある。でもぼくはこれは、言い訳以上のものにはみえない。これはぼくは、かつての講演での論調と同じものだとは思わない。やるだけのことはやるけど他の条件もあったからダメでも許してね、みたいな逃げ口上は、昔は打っていなかったぞ。「やりきる」というのはそういうことじゃないと思うぞ。

そしてこの言い訳が「デフレはいつでもどこでも貨幣現象だ」の適切な読み替えだともぼくは思わない。それは岩田規久男擁護にしても、あまりに稚拙だと思う。リフレは理屈は正しいけれど、でも日銀はその理論通りの動きをきちんと見せず、黒田日銀はかなり漂白されていった。

 ついでに言えば、消費税率の最初の引き上げが、ある意味でリフレ派のオウンゴールみたいなところがあるのはまちがいない。黒田バズーカは最初、あまりにうまく行きすぎた。始まる前からすさまじい成功を見せ……それが「景気、なんとかなりそうじゃん」という雰囲気をつくって増税オッケー議論にはからずも貢献した/利用されたのは、これまた事実だと思う。リフレ派の大半が(というのもぼくも全員フォローしてるわけじゃないから)「消費税ウェーイ」と旗を振ったことはなくて、どっちかといえば反対していたのは事実。悪い影響を懸念していたのも事実。でもその後の10%案に反対したときほどの必死感は、その頃はなかった。その頃あった様々な論調については、2013年末に書いたこの論説に書いた。死んでも反対オールスターズではなかったのはまちがいない。

cruel.hatenablog.com

いまにしてこの論説(の中のCPIグラフ)を見ると、2013年末の時点で、インフレ1%すでに超えていたんだねえ。消費税、あと一年待っていれば2%なんか楽々達成できてたのかもねえ(遠い目)。

 もちろんバーナンキクルーグマンも、アメリカでインフレ目標がなかなか達成できなかったことについて、やっぱ思ったよりむずかしい、という話をしている。そして金融だけでなく、財政出動も含めた手を打って、もっとがんばらないとダメだよね、という話をしている。日本でもその通りではあるんだろう。それは当初の認識が甘かったということではある。少なくともぼくはそうだ。もちろん、リフレ派の中には「いや自分は当初から財政の重要性を強く主張してきて日銀の不甲斐なさを常日頃から言ってきた」という人もいるだろう。でもそう主張しそうな人も、岩田規久男には優しいなあ。とっても優しい。

 たぶん、みんなぼくの知らないことを知っているんだろうとは思う。岩田規久男が日銀内部で、いかに獅子奮迅の働きをしてきて、いまの日銀の方針ですら、その活躍があればこその精一杯のものなんだ、というような事情があるのかもしれない。でもぼくは、その事情を知らないので、やはり岩田規久男はふがいなかった、と思うしかない。

 そしてもしそうなら、若田部昌澄がこんどの副総裁になっても、どこまで期待できるのかな、という気はしなくもない。いや、若田部昌澄とはときどき顔もあわせてウナギの絶滅に貢献したりしたし、もちろん期待はしている。ニーソン『海賊の経済学』は若田部さんから紹介がきて訳したものだし、以下の記事の通りだと思う。

tanakahidetomi.hatenablog.com

でも、若田部がいかにすごくて立派な学者であっても、副総裁がそんなに無力で、岩田規久男すら何もできない程度のお飾りの地位でしかないなら、副総裁人事なんかどうだっていいじゃないか、という気もかなりしてしまう。岩田規久男にはできなかったことが、若田部昌澄にはできるの? 本当に?

 期待としては、今回の森友書き換え問題で財務省が守勢に追い込まれて、消費税の追加引き上げはとりやめになることで、できればもっと財政出動どんどんしてくれるようになって、それとあわせて若田部昌澄の(そして片岡剛士委員らの)活躍で日銀がついにもっと拡張スタンスを出す、ということではある。その期待は捨ててはいない。

 でもそのためにも、岩田規久男にはやはり、日銀時代のご自身の不甲斐なさについて、これから正直に述べて欲しいとは思う。27日になんか番組出演するとかで、そこでいろいろぶちまけて欲しいな、と思う。

ザ・ボイス そこまで言うか! | 毎週月~木曜日16:00~ | ラジオFM93+AM1242 ニッポン放送

 これを読んで、リフレ派の敗北宣言とか言う人もいるだろうけど、そういうわけじゃない。ある程度の成果は挙げている。でも、それが不十分だった。もっとリフレをしなくうてはいけない。いままでの政策だと、当初の大見得は実現できていないし、それを実現するための方策を今後もっと強くだしていかないと、逆戻りする可能性すらあるのはまちがいない。そこらへん、岩田規久男自身も、そして他のリフレ派も、もっと強く主張してかないといけないだろう。このぼくも含め。ということで、まず岩田規久男自身に、己の不甲斐なさを認めるところからはじめてもらえないかなー、とは思うわけだ。

追記

書いた直後にこれが出た。

www.nikkei.com

そうそう、副総裁も審議委員も、もっと`外に出て言いたい放題言わなきゃ。そうでないといる意味ないよ。日銀の対外的なコミュニケーションが、あの公式発表の微妙な表現をあれこれ深読みするつまらない伝統芸能みたいなのになってるのも、どうにかならんのか。で、もっと目標についてはギチギチ責任持たせないと。


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経済学でも男女で意見の相違があります

エコノミスト』で、経済学者でも男女で意見に差が見られるという研究を紹介し、こういう意見の相違が研究にも影響するかもね、という記事を載せたところ、経済学関係者の出入りするフォーラム、Economic Job Market Rumors で関連スレッドが、まさにここで紹介された経済学セクシズムホイホイと化しているそうです。

で、問題の記事とはどんなものか?お楽しみあれ(ここは一つ、ディアドラ・マクロスキーのご意見がほしいところ)

経済学でも男女で意見の相違があります

Men and women in economics have different opinions

The Economist, 2018/2/15

男は火星から、女は金星からやってきたという。でも経済学者は当然ながら惑星地球に暮らし、それを感情に左右されずに調査しているはず、ですよね? 残念ながら、新しい論文によると、この陰鬱な科学者たちですら、男女の性別で指向が分かれるという。ネブラスカ大学リンカーン校アン・マリー・メイとILOのメアリー・マクガーヴェイは、ヨーロッパ18カ国の経済学者を調査して、人口全体で見られる男女差は、経済学教育を受けても生き残ることを示した。男性経済学者たちは、女性に比べて政府介入より市場による解決を好み、環境保護について懐疑的で、再分配には(ほんの少し)後ろ向きだ(図を参照)。

経済学者の意見の男女差

メイらによるアメリカの経済学者を対象とした類似調査でも、男性は政府規制に懐疑的で、アラスカ国立野生保護区での石油採掘にも平気だし、最低賃金引き上げは失業を引き起こすと考える傾向があると示されてている。女性は、ウォルマートが純便益を生み出すという見解に対する合意比率が14ポイント低く、アメリカの貿易自由化は、外国での労働基準引き上げを条件にすべきだという意見に合意する率が30ポイント高い。

こんな男女差は、別に問題ではないのかもしれない。結局のところ良い経済学は、理論とデータを使って偏見を抑えることなのだから。でも一部の証拠を見ると、イデオロギーは経済学者の研究にも忍び込むのだと示唆される。シカゴ大のズービン・ジェルヴェ、コロンビア大のスレシュ・ナイドゥ、コロンビア・ビジネススクールのブルース・コガットは経済学論文で使われている用語を整理して、著者の指向を算出し、それが政治的な署名活動での参加と一致していることを示した。右派経済学者たちは、市場への介入に反対する推計を生み出しがちだという。ナイドゥの計算した他のデータを見ると、女性は男性よりも左がかった用語をつかいがちだ。

この意見の相違は、経済学分野が圧倒的に男性の多い分野だということを考えると、懸念材料になる。メイらは、標本内の男性たちは、女性にくらべて教授の率が二倍だったという。経済学者のえらさが男性側に歪んでいるなら、この学問の成果もまた、その男性たちの気に入る方向に歪みかねない。

メイらの明らかにした最後のちがいを見ると、なぜ経済学者たちが性差を問題視したがらないかも示唆される。男性経済学者は、どちらかといえば男性と女性が一般に同じ職業機会を持つと考えがちであり、報酬水準の差もおおむね技能や選択で説明できると考えがちだ。これに対して女性は、一般的にも学問の世界でも、女性は機会が不平等だと見ることが多い。

女性が男性とちがう見方をするなら、その女性たちは経済学のもっとえらい門番たちと対立しかねない。そして男性が、市場は女性を最高の職業へと押しやるのだと考えがちなら、性の不平等が解決すべき問題だという発想に対しても抵抗しがちになるかもしれない。男性はまた、研究チームでの男女比の均等化が経済的な知識を改善するという考え方についても懐疑的だ。

もちろん、意見の相違があってもそれが必ずしも女性に好意的とは限らない。かれらの理由付けは「魂胆を持った理由付け」になっているのかもしれない。つまり自分たちが昇進できないのは、自分たちの欠点のせいではなくシステムのせいだと思ったり、経済学に自分たちの同類がたくさんいれば経済学にとってもよいと思い込んだりしているだけかもしれないい。

でも別の可能性として、女性は個人的な体験から、男性の持っていない情報を得ているのかもしれない。男性だって「魂胆を持つ理由付け」に影響されやすいことは十分に考えられる。自分の成功について、それが不公平な特権のおかげだと思うよりは、自分が頑張ったおかげだと考えるほうが容易だ。

最高の経済学者ですら、自分の偏見には気がつきにくい。1960年に、ノーベル経済学賞受賞者で筋金入りの実証主義者だった故ジョージ・スティーグラーは、経済学者の政治的な願望が理論に与える「有毒な」影響について嘆いたけれど、全体としては実証科学としての経済学は、倫理的にも政治的にも中立なのだと主張した。でも当のスティーグラー自身の見解ですら、一部はこの理想を実現できていない。かれの元大学院生で、いまや独立した経済学者であるスーザン・ブランドウェインによれば、スティーグラーはシカゴ大学経済学部が教授陣に女性を雇った日には辞職すると語っていたそうだ。

久々の中華外れアイテム:キーボードが! それ以外はまったくOKなのに!

中華タブレットとかパソコンとか携帯電話とか、最近まではかなりひどい代物も多くて、作りが雑でチャチい、すぐ壊れる、基本パチもん、そこらの余りもの寄せ集め等々というのが日常茶飯ではあった。でも一方で、それが急速に品質をあげてきたのも事実で、それこそ携帯電話/スマホはもう本当にどうしようもないパチものはどんどん消え(深圳のシャンザイメーカーも激減している)、製造プロセスもマーケティングも改善され、品質もめきめきと改善されてきた。かつて、Made in Japan は欧米で、安っちい品質の悪い量産品の代名詞だったのが(ぼくがガキの頃はその時代の本当に最後の頃だった)、急激に品質を上げて、まったくちがうコノテーションを持つようになった。それと同じことが Made in China でも起こりはじめている。

それを確認するためにも(そして単にガジェット好きだから)ときどき中華タブレットとかPCとか買ってるけど、昔のほとんど使い捨てレベルから、すでにもう外れはほぼない時代に入ってきていたんだが…… 久々に失敗したのがこれ。

これはスペック的にはすばらしいのだ。メモリもSSDも十分。USB-Cだし、指紋センサーつき。何よりスクリーンが3000x2000という高精細で、ぼくが好きでない最近の横長ではないアスペクト比。おおおお。いろんなレビューサイトでも絶賛。アマゾンのこれは高いので、Gearbest で買ってみました。

が。

ブツはとってもよくて、スペック通りで文句なし。液晶も美しい。でも、一つ決定的な欠陥がキーボード!

ほとんどのキーが、押すと文字が二文字ずつ入力される! TThhiis iis aa ppeen という具合。

うーん、これではつかいものにならん!

見てみると、YouTubeでも同じ症状を訴えている人がいる。


Quick'n'Dirty: Cube Thinker i35 Type C Charging and Keyboard Issues

ぼくはこの人みたいにキーボードが取れる状態ではないけど(というか、そこまで使える状態ではない)、この人もチャッタリングみたいなのには悩まされている。他にもキーボードの不満は出ている。うーん。

どうしようか。なんかサーバにでも使うか。でもこの液晶画面をサーバに押し込めるのももったいないし、どうしたもんか。まずは会社に治るか訊いてみるが、一方でたかが5万円のPCにそんなに手間をかけるのもアレだし。まあとりあえず、同社からの返事待ち!それにしても、久々のはずれでちょっとがっかり……

Cube Tablet PC - Cube Android Tablet - ALLDOCUBE Tablet PC Website

(ここは販社でアフターサービスするけどこのサイトから買った場合だけ、みたいな書き方してるからどうかなー)


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ミアシャイマー『なぜリーダーはウソを?』:うーん、あたりまえすぎて……

うーん。なぜミアシャイマーなんか読む気になったかはよく覚えていないんだけど、読んで見てとてもつまらない分類学に堕しているようにしか思えなかった。なぜ対外的なウソをつくかといえば、意図を隠したりとか、はったりかませたりとか、時間稼ぎとか、有利な条件を得るためとか、自分たちのヘマを強弁で隠蔽したい場合とかだ、という。うん。そりゃそうだろうね。それで?

国民に対してのウソは、自分の望む方向に国民を煽動したいとか(よくも悪しくも――良い場合というのは、ナチスをつぶすためにウソをまじえて国民の世論を参戦すべしに持っていくような場合だそうな)、その裏返しだけれど国民に過剰な反応をしてほしくないとか(キューバ危機で、トルコからのミサイル撤去を国民に内緒にしておくとか)。あとはもちろんヘマのごまかし。

まあ、それもそうだろうねえ。それで?

で、特にアメリカは地理的に他から隔絶されているので、そのままだと比較的安全でモンロー主義に陥りかねないから、各種参戦とか軍事行動とかをどうしてみしたい場合には、アメリカ政府は「このままだと恐ろしいことに」と国民の恐怖をウソであおるしかないし、それは今後も続くよ、とのこと。でもウソばっかついてると、バレたらやばいしリーダー層に対する信頼も下がるから諸刃の剣というか、あまり多用しないほうがいいんだけど、困ったものですね、とのこと。うん、その通りでしょう。それで?

どれも、そもそもウソってのはそういうもんでしょう、という話に終始するので、読み終わって何か新しいことがわかったという感じはない。対外的なウソは、みんなが思ってるよりは少ないとか、ちょっと意外な話もあるけれど、あまり多くはない。その意味で、ちょっとがっかり。短いから、そんなに腹も立たないけれど。

訳者解説は、結構充実していて、日本での同様の事例をまとめてくれているのはありがたい感じ。鳩山の「トラスト・ミー」が、本書に挙げられているような、わかってやってるウソですらなく、自分自身ですらルーピーに思い込んでいただけという、国際、国内へのウソにおさまらない、自分自身をもあざむいた、まぬけなウソというべきか、無内容な「真実(本人的には)」というべきかもわからん変なしろものだ、という指摘は、ちょっと笑えてなかなかいいと思うし、本書の難点指摘(分類に終始しすぎ)というのもその通り。オレがオレがの自己顕示的な部分がもう少し少なければいいな、とは思うけれど(メールアドレス、こっぱずかしくないんですか?)、それを考慮してもよい解説だと思う。


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AI ハリー・ポッターの衝撃

『ハリー・ポッターと巨大な灰の山らしきものの肖像』原著カバー
ハリー・ポッターと巨大な灰の山らしきものの肖像』

AIにハリポタ全巻喰わせて、新作を生成させたそうな。まあご覧あれ。

Botnik Studios

こいつを見て、あまりに感動してしまいました。この支離滅裂、異常な構想力、唐突な破綻ぶり。デスイーターたちが何だか知らないけど無意味にやおいらしきものを始めるところ。人工知能には創造性がないとかいっている連中がいるけれど、これでも、あるいはアルファゼロの囲碁でもそうだけれど、むしろ人工知能が明らかにしているのは、ぼくたち人間の知能や創造性と称するものがいかに制約されていて、型にはまっているかということだと思う。ウィリアム・バロウズが人間の矮小な構成力とキャパシティでほんの片鱗だけやってみせたことを、人工知能は鼻くそほじりながら(比喩的に)一瞬でやってのけている。

追記:このプロセスについてもう少し詳しく見た人がいる。これは本当にほぼカットアップの粒度を細かくしたバロウズもどき、だなあ。(1/17)

感動しすぎたので公開部分だけ全訳。

ハリー・ポッターと巨大な灰の山らしきものの肖像』

第13章 ハンサムなやつ

  城の地面は魔法で拡大された風の波でせせら笑いました。外の空は黒い天井で、血で満ちています。ハグリッドの小屋から漂う唯一の音は、かれ自身の家具による侮蔑に満ちた軋り音だけでした。魔法:それはハリー・ポッターがとてもよいと思った何かだったのです。

 ハリーの幽霊が城に向かう地面を歩くと、皮のような驟雨が打ちつけます。ロンがそこに立って、何か狂乱するようなタップダンスをしていました。かれはハリーを見ると、即座にハーマイオニーの家族を食べ始めました。

 ロンのロンシャツはロン自身に負けないほどひどいものでした。

「あなたたちふたりが楽しくちゃかぽこできないなら、あたしは攻撃的になりますからね」と理性的なハーマイオニーは告白しました。


「ロン魔術はどう?」とロンが提案しました。ハリーから見れば、ロンは声高でグズで臆病な鳥でした。ハリーは鳥のことを考えるのは嫌いでした。

「デスイーターたちが城のてっぺんにいる!」ロンは身震いしながら貧相にうめきました。ロンは蜘蛛になるところでした。とにかくそうなのです。自分でもそれを得意には思っていませんでしたが、けっきょくのところ全身蜘蛛まみれにならないのはむずかしそうでした。

  ハーマイオニーは言いました。「だからぁ、明らかに城には山ほどデスイーターたちがいるのよ。やつらの会合を盗み聞きしましょう」

  三人の完全な友人たちは城の屋根へのドアの外にある踊り場にザップしました。三人はほとんどそれを脚りかけましたが、魔女たちは登りません。ロンはドアノブを見て、それから焦げ付くような苦痛とともにハーマイオニーを見ました。

「閉まっているみたい」とかれは気がつきました。

鍵がかかっているのだ」と貧相なローブを着た幽霊の階段氏が言いました。かれらはドアを見つめ、それがどれほど閉まっているかについて叫びあい、それを小さな球体と交換するよう頼んでいました。パスワードは「牛肉女」とハーマイオニーが叫びました。

  ハリー、ロン、ハーマイオニーは静かに悪そうなデスイーターたちの輪の背後に立ちました。

「わたしを好きになってくれてもいいと思うよ」とデスイーターの一人が言いました。

「ありがとうございます」ともう一人が答えました。最初のデスイーターは堂々と身を乗り出してかれの頬に接吻を行いました。

「おお!よくやった」と二人目は、友人がまた身を引くと言いました。他のデスイーターたちはみんな、礼儀正しく拍手をしました。そしてそれからみんな数分かけて、ハリーの魔法を始末する計画をおさらいしたのです。


 ハリーはヴォルデモートが真後ろに立っているのがわかりました。かれはかなりの過剰反応を感じたのです、ハリーは自分の頭から両目玉を引きむしると、それを森に投げ込みました。ヴォルデモートはハリーに向かって眉を挙げてみせましたが、ハリーはいまや何も見ることができませんでした。

「ヴォルデモート、おまえはとっても悪くて意地悪な魔法使いだな」とハリーは荒々しく言いました。ハーマイオニーもそれを促すようにうなずきました。背の高いデスイーターは「ハーマイオニーは踊り方を忘れた」と書いたシャツを着ていたので、ハーマイオニーはそいつの顔を泥に押し込んでやりました。

  ロンはヴォルデモートに魔法の杖を投げ、みんなが拍手しました。ロンはにっこりしました。ロンはゆっくりと自分の魔法の杖に手を伸ばしました。

「ロンこそがハンサムなやつだ」とハリーはつぶやきつつ、不承不承ながら自分の魔法の杖に手を伸ばしました。二人は呪文を一つ二つかけ、緑の閃光がデスイーターたちの頭から飛び出したのです。ロンは顔をしかめました。

「もうそんなにハンサムじゃなくなったな」とハリーは、ハーマイオニーを辛いソースにひたしながら思いました。デスイーターたちはいまや死んでしまい、ハリーはいまだかつてないほどお腹がすいていました。

           * * * *

 大広間はとんでもないうめくシャンデリアと、流しをれんが積みについての本で飾った巨大司書でいっぱいでした。ネズミの山が爆発しました。長いカボチャがいくつかマクゴナガルからこぼれ落ちました。ダンブルドアが学校に到着するにつれ、ダンブルドアの髪がハーマイオニーの隣を駆けていました。

  ハッフルパフのブタは巨大な食用ガエルのようにチカチカしました。ダンブルドアはそいつに微笑み駆けると、その頭に手を乗せました。「いまやおまえがハグリッドだ」


「重要なのはぼくたちだけなんだ。あいつがぼくたちを始末することは決してない」ハリー、ハーマイオニー、ロンは声を合わせて言ったのでした。

 城の床は巨大な魔法の山のように思えました。ダーズリー一家は城に行ったことがないし、『ハリー・ポッターと巨大な灰の山らしきものの肖像』でこれからそこに行く予定もありません。ハリーはあたりを見回して、それから夏の残りの間ずっと螺旋階段を落ち続けたのでした。

 ハリーは怒鳴りはじめました。「ぼくはハリー・ポッターだ。闇の魔術は心配したほうがいいぞ、やれやれ!」

うーん、翻訳ではあの狂気をうまく出せないが、その一部でも感じ取ってもらえれば……

最後のジェダイ:こう、いろいろキャラや話の育成に手を抜きすぎでは?

最後のジェダイ見てきて……

最後のジェダイ
最後のジェダイ見てきた〜

事前の評判だとローズ氏ねとかその手の話をいろいろ聞いていた一方で、全体に好評ということだし、しょせん(というとアレだが、しょせんはしょせん)スター・ウォーズだからそんな深いものは期待していなかった。

そして結果として、期待していない通りのものだった、とでも言おうか。はいはい、とっても楽しゅうございました。ピュンピュン、どばーん、ぶぉんぶぉん。いいんじゃないですか? でもぉ……

見ながらとっても脱力する部分がたくさんあったのは否めないと思う。特にフォース関連。前作でハン・ソロが「That's not how the force works!!」と、ご都合主義的なフォースの発現に期待するフィンくんに呆れ果てたように言っていたけど、まさにその、そうではないはずの形で、ご都合主義にフォースが発現しちまうのはどうよ。

それが最初にピークに達するのが、あのレイア将軍が何の説明もなくフワフワ戻ってきやがるところ。なんやー、てめぇ!!That's not how the force works!!

そしてもちろん、レイがいきなり何でもできすぎる、というのは前作でもかなり難点だったんだけれど、今回はその難点がさらに悪化する! 前回、初めて持つライトセーバーで互角にやりあったカイロ・レンは、お父さん殺したあとで心が乱れていたから調子悪かったのかもしれんけど、こんどはいきなり親衛隊をまとめてなぎ倒し〜、果ては最後にあれかよ! ヨーダが帝国の逆襲でXウィングを引き上げたのに匹敵することをいきなりかよ!That's not how the force works!!


"That's Not How The Force Works" Han Solo Scene [HD] - Star Wars The Force Awakens

こう、だれでもどこでもフォースはある、というお題目はわかるけどさ、一方でそうそう安易にご都合主義で使えるものでもないはずだし、それなりの訓練とか努力とかそういうのがないとさ、結局はベンくんとかレイちゃんとか、生まれつきの才能だけですべて決まっちまうという話になっちゃうでしょうに。サンスティーンも書いているけど、葛藤もないし。少しはあの島で、ルークに多少は教えを受けるような部分がないとー。ジェダイの教えすべてわかってるとかヨーダに言われてもさ、モーフィアスくんも言っていたように「道を知っているのと、それを実際に歩くのとはちがうのだよ、ネオ」。

そういうプロセスのなさは、あのローズの最後のせりふもそうで、あれをやるならさあ、それまでにもっと好意の盛り上がりプロセスとか、そういうの見せろよなー。ちなみに、ローズはぼくはそんなに悪いとは思わなかった。むしろ最大の役立たずはポー・ダメロンというのは衆目一致するところで、頭の悪い暴走で軍規違反どころか反乱軍の全滅につながりかねない一大反逆をやっておいて、なんでお咎めまったくなんだよ。即座に銃殺か営巣おくりだろう! それどころか「嫌いじゃないわよウフフフ」って何だよ! ローズを出したのだって、そういう「ただしイケメンに限るかわいいは正義」的な理不尽を打破するためじゃなかったのかよ!

スノークくんもねえ。もう少し背景がほしいし、ベンくんとのつながりもほしいよなあ……

まあこれで、旧シリーズの関係者はほぼ一掃(でも次回作で、なんかジェダイたちがみんなお化けになって出てきて同窓会始めたらいやだなあ)だけど、あと一作でまったく新しく話を起こしてオチをつけられるんだろうか?

とはいえ、わーっと見て楽しむにはとてもいい映画です。


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