実現するか、強制ボランティア


 なんだかんだでいつの間にか安倍政権になってしまったけれど、その直前であの『美しい国』というあまりおもしろくない本が出たあたりで話題になったネタがある。例の強制ボランティアの話だ。大学に入るやつ全員に、半年ばかり何か強制ボランティアをさせよう、そしたらもうちょっと社会性のある人間になって、ニートだの引きこもりだのにならなくなるんじゃないか、というわけだ。

 個人的には、そういうのもありかとは思う。会社に入ってしばらくして、同期の連中と遊びに出かけたときに、たまたま東京芸大の学園祭の前を通りかかって、まあちょっと見物しようと入ってみたことがある。十年一日の模擬店に、やっつけ仕事の各種展示を見て、ぼくたちは「ああ、こいつら遊び方がぬるいなあ、いや考えてみればおれたちの大学時代もぬるかったなあ、いまのおれたちならもっとガツンと遊べたのになあ」と嘆いたものだ。結果を出してお客さんに納得してもらわないとダメ、という立場に追い込まれると、つまらないプライドも多少はなくなるし、自分の資料や論文がわかんないやつはダメだとふんぞりかえってるわけにもいかない。働かせると、確かにある程度の社会性は身につくし、自分は何のために勉強するのか、という目的意識も明確になる場合が往々にしてある。ついでに言うなら、ぼくは前からガキを働かせるのは大いに賛成だし、その意味で最近オープンしたキッザニアもとても評価しているのだ。

 が、それはあくまで、そいつらがちゃんと身を入れて働けば、の話だ。いまの日本の大学進学者数は、年に60万人とかいうレベルだ。そいつらが全員身を入れて働くとは……思えない。大学に入るというエサをぶら下げたとしても、だ。どうせ半年すればおしまいだし、働きが悪くてもおとがめがあるわけじゃな(たぶん)。適当に手を抜こうぜ、と思うのが人情だろう。ちゃんとしたインセンティブがないと人は努力しないというのは経済学、いや社会の鉄則だもの。

 そしてその一方では、ボランティアといえども仕事だ。そいつらがまがりなりにも働くだけの環境を整えなきゃいけない。それにはコストもかかる。富士山麓で樹海の死体処理をその強制ボランティアでさせることにしたら、樹海までの交通費だっているし、軍手やマスクだっている。マニュアルだって作らなきゃいけないし、縄から死体をおろすだけでもそれなりの研修はいるだろう。昼飯だっている。さてだれがそのコストを負担するの? まさか民間企業じゃないよね。すると公共? ついでながら、軍政ミャンマー文革時代の下放じゃないんだから、強制で労働させるんならバイト料くらいは出るんだよね。時給1000円だと、60万人で年間だいたい6千億円くらいかかる計算になるんだけど……

 ましてそいつらを農業の手伝いさせるとか言い始めたら、ムシが怖いの土がばっちいだの言う連中続出でどうすんのかと思うけど。そんなのが来たら、かえって迷惑だ。

 だいたいいまの失業者数が250万人くらいだ。日本はこの人たちに仕事を提供できていない。その中にはもちろん、ぜいたくを言ってるだけの連中もいるけれど、そうでない人もたくさんいる。仕事を作るのは(日銀がちゃんと景気を回復させるだけの働きをしない限り)実にむずかしい。これは、部下をもったり、あるいは会社で短期の派遣さんを雇ったりした人ならわかるだろう。やる気も能力もない連中60万人に半年も職をあてがえるなら、いまの日本の労働事情はずっとよくなっていたはずなのだ。

 というわけで、やる側もやられる側も、どっちも迷惑なだけの実現性のない思いつきだとしか思えないんだが、安部政権はこれを本気で打ち出すだろうか?

 ただ……やり方次第では、こいつで儲けられる可能性はある。いまの仕事におさめようとするから苦労する。新規事業としてなかなかのビジネスチャンスができるじゃないか。この強制ボランティア引き受けのダミー会社でもつくろう。そしてどっかのでかい体育館や、使い道のない地方の体育館やホールでも借りて、やってきた強制ボランティアどもを全員そこにおしこめておくのだ。もうゲームでもなんでもしてろ、マンガでも読んでろ、という手もあるし、ナチスの拷問式に、ネットもケータイも取り上げて、ひたすら新聞を書き写すとか無意味な作業をさせるのもおもしろい。半年たったら出してやる。あまりに退屈でなんでもいいからやりたいというやつが出てきたら、少しは扱いを考えてもいいが、原則面倒くさいからほうっておく。国や地方から、強制ボランティア対策支援金が出るだろうから、それだけガメて、ボランティアどもには何もさせない。いい商売だと思うよ。つーか、必ずその筋の方がこういうことやると思わない?

 そしてそれだってひょっとしたら、強制ボランティアをさせられる側にとってもいいことになるかもしれない。いまだと、受験が終わってすぐにいきなり大学で開放感にひたっちゃうから、完全にたががはずれて勉強はさぼりだすし、五月病とかになるわけだ。何もするなといって閉じ込めておいたら、みんなあまりのむなしさに、やっぱり勉強したいとか、自分は何のために大学にいくのか、とか考え直したりするかもしれない。それはそれで結構な話じゃないか。とはいえ、一方でひたすらドヨーンと何もしない怠惰さにはまる連中も20万人くらい出てくるかもしれないけれど。さて、安倍政権は、これをマジでやってくれるだろうか? みんな楽しみにしておりますよ。



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