Thomas Pynchon Against the Day あらすじ 17

Against the Day

Against the Day


読み始めてから三年。みなさんついてきてますか?(まさかね)。こちらは読み終えたんだけど、ツングースカ大爆発ですごいことが起こると思っていたらあっさりスルーされてがっくりきたので、続きを書く気にならなかったのですよ。が、better late than never, と申します。人生後悔のないように、そろそろやりかけのことを片付けましょう。この小説も、1000ページを超えてあとは消化試合状態の感じもしますが、でも最後のどんでんがえしがある! ……かな???


第5章 Rue du Depart

パリでは、ダリアが義理の父との不思議な交信に呆然としつつ、モンパルナスから郊外に帰るところ。彼女は女優稼業をここで続けているらしい。回想する彼女の脳裏に浮かぶのはキット・トラヴァースのことで、かれとは結婚したがうまくいかなかったらしい。キットは、イタリアの爆撃機に乗ってあちこち飛び回っていて、しかも戦争がきちんと終わったのかもよくわからず、かれの消息もしれず、そこへかつて自分をハーレムに売り飛ばしたクライブ・クラウチマスが登場し、少し火遊びをしたのがキットにばれてちょっと気まずくなったり。二人でトリノに行っても口論ばかりで、キットはイタリア人の友人とものすごい勢いでおしゃべりするうちに、未来へ入り込む、というか未来派になってしまうような。オーストリアのイタリア侵攻に対する抵抗運動にキットが参加したのも、それに拍車をかける。

ある日、二人のところへ、リーフとヤシュミンが戦争難民として訪ねてくる。が、キットとダリアはクラウチマンとの一件を巡って大げんか、ダリアはついにトリノを離れてパリに向かったのだった。

リーフとヤシュミンとリュビカは、イタリア移民のふりをしてアメリカに戻ろうと画策。なんだかんだで国に戻り、かれらはデンバーの兄フランクとその家族のもとに戻り、そこにずっと落ち着くことになる、ような。ヤシュミンは、二人目の子を妊娠。

さて、話はまたパリのダリアの回想へ。キットはダリアに捨てられ、リーフとヤシュミンがアメリカに発った後も戦闘に従事していたんだが、あるときウクライナの首都ルウォウに、エルンスト・ツェルメロの選択公理をもとに変な世界観を展開しているキチガイ数学者集団がいることを知ってそこに赴く。豆ほどの大きさの球を切り刻んで、それで太陽くらいの大きさの球を再構築することができるのを証明できるので*1、そこからこの世界の組み替えによりあらゆる世界を再構築できるのだという結論になり、したがってこの世界にはあらゆる可能世界が実は内包されている! ゲッチンゲン時代にキットが知っていたツェルメロは、だれも北極点や南極点に到達できないという理論でも有名で、なぜなら緯度が高くなると必要とされるウィスキーの量は緯度のタンジェントに比例するからで、\tan(90^\circ) を考えるとそれが不可能なのが証明できるというのを酒場でわめきたててたとか*2。でも、その選択公理の含意は、現実世界を好きなように再構築できるという意味なのだ、とカフェで声高に述べているのがヴァンデルジュース博士 (Inconvenience 号のエンジンを設計した方でしたねえ)。かれは、スカースデール・ヴァイブを殺そうとして突然絞首台にいる自分に気がついたところで、Inconvenience 号に救われたのだとか。「かれらに言えば好きなところに連れて行ってくれる」と言われて、キットは自分がどこにいたいかを初めて真剣に考え始めた。

ヴァンデルジュース博士はある日突然姿を消した。キットは、ますますロシアの奥地へとさまよう。が、ついに自分がどこにいるのかもわからなくなったとき、かれはふと、パリのホテルの一室にいる自分に気がついたのだった。そのホテルの主は、オーバーランチ卿。自分はどうやってここにきたのか、と戸惑うキットをかれは軽くあしらう。「ああ、最近はよくあることですよ。(中略)今夜、わが親しいアメリカ人の友人、ライドアウト嬢*3にお目にかかるのでつきあっていただけませんかな。何やら旦那さんらしき人も同席するとかですし」とかれはキットに目くばせする。

かれらのためにヴェクトルを想像しようではありませんか、不可視なもの、『想像上のもの』の中を通り抜ける想像しがたきものがかれらを安全に戦後パリに運び、そこでは神話的なマルネの歴戦の勇士たるタクシーが、いまや恋人たちや楽しげな飲んだくれだけを運び、バーや音楽ホールでは絶えることのない踊り手たちのために、行進などできない音楽が一晩中途切れることなく続き、夜はそれを横ぎるあらゆる視線を妨げぬほどの闇となって地獄の放つ光に破られることもなく、かれらの見いだす問題は、あまりに多い、またはあまりに少ないドアの開閉ほども邪悪を生み出さないのです。夜を抜けて歩道がホースで洗われた朝に向かうヴェクトル、鳥の声が至るところで聞こえるのに姿は見えず、パン屋の匂い、フィルター付き青信号、中庭はいまだ影に包まれ……

(つづく)




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山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.

*1:バナッハ=タルスキーのパラドックスと呼ばれるものです。

*2:Wikipedia にはそんなこと書いてありませんが。

*3:ダリアのフルネームは、ダリア・ライドアウトだったのを覚えている方はいますか?