伊東光晴「ケインズ」(講談社学術文庫)

ケインズ (講談社学術文庫)

ケインズ (講談社学術文庫)

まずさあ、これって伊東の単著じゃないのね。400ページのうち、150ページ分くらいは他の人が書いてる。それを単著と称して出すことの道徳性というのは批判されるべきだと思う。ケインズ経済学はモラルサイエンスだと言ってる人のモラルがこの程度とは。

で、本書は上の岩波新書二つの間くらいに書かれた本。1962年の「ケインズ」、2001年の「現代に生きるケインズ」に対し、これは原著が1983年、文庫収録が1993年。味わいも、両者の中間くらい。一応、生涯の解説(これは別の人が執筆)、一般理論の詳しい説明(かなり細かい)があり、それがその後どう展開したか(これもほとんど別の人が書いてる)が説明されている。

が、一般理論解説は、その後の解釈や批判に対するあれこれ予防線が多いため、うだうだしくてかえってわかりにくい感あり。特に古典派の理論をあれこれ微分方程式を並べ立てて説明しているのは、正直いって中身とあまり関係ない。それ以外のものも、ケインズの書いたことをそのまま流しているだけのところが多く、あまり説明になっていない。同時に、その生涯における関心事との関連づけが薄く(別々の人が書いているのでしょうがないが)、本の各部分どうしがまとまらずに散漫な印象となる。

また、別の人が書いているその後の理論的展開の部分は、本当に視野が狭い。フリードマンから合理的期待形成、ニュークラシカルはほんとになぞるだけ。その後はケインズっぽい話だけに的をしぼっていて、ミンスキーくらいで話が止まる。好き嫌いはあるだろうけれど、80年代半ばとはいえ文庫になった時点でニューケインジアンについて一言も加筆しないポストケインズ解説ってあまりに偏狭では(文庫化にあたり加筆する余裕もあったのに原著刊行時点の80年代半ばでは、まだ仕方なかったとのこと)。

さらに、その後伊東自身がケインズ批判に対する答の中で、サプライサイド派や合理的期待形成にも少し触れているんだが、ラッファー曲線を長々批判する一方で、合理的期待形成は一ページほど。バランスの悪さは否めない。それをまったく無視した「現代に生きるケインズ」よりちょっとはマシだが。その他の批判も、世の中がケインズ様のおおせの通りになっていないというグチに終始している。

ケインズだけにしか関心のない人なら読んでいいかもしれない。でも、いまの世界にケインズがどう関連しているか、というのが知りたい人は、手を出す必要はない。



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