ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』:組織内で苦しんだ人なら身につまされる、いろんな意味で絶望の名著。

 読んだふりをしていた本をこっそりきちんと読み直すキャンペーンの一環で、ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』を読んだ。大学生の頃に一度ぱらぱら見たんだけど、「ふふん、白人優位主義の無知で偏狭でプライドばかり高い米帝軍国主義の手先どもが、己の愚かさ故と歴史的必然故に自滅する話ね」と思ってあまりまじめに読まなかったし、いろいろこまごました人間の出自だの学歴だの職歴だのがひたすら並んでいて、いささかうんざりしたこともある。そして大学生だと「こいつらが自分の力関係だの地位だのばかり心配せずに、現場の情報をきちんと聞いて、己の信念にしたがって正義の発言をすればベトナム戦争なんか起きなかったんだろ」と本気で思っていた。だから、あれこれ書かれていることも言い訳がましいばかりで、ちっとも感心しなかった。

 でもいま読んでみると、全然ちがうふうに読める。自分の所属する組織が、明らかに(自分から見て)変な方向に進んでいくときの力学も、いまではずっとよくわかるし、その中で少数派の意見を堅持するむずかしさもわかる。そしてそれにしがみつくことで発言力を失うのと、「戦略的撤退」をして変節のそしりを受けつつも発言力は維持し、自分の意見を少しでも通す機会をうかがうのとどっちがいいか、という選択の苦しさもわかる。歴史は結果しかみない。スティーブ・ジョブスは、いま死んだからこそ「信念と理想を貫き云々」と言ってもらえる。でも製品の調子が悪いときだったら「己の思い込みにこだわりすぎて柔軟性を失い云々」と罵倒されたことだろう。

 むろんだからといって、ここに描かれた人たちがきわめて優秀でありながら(いやそのために)とてつもなく愚かだったということを否定するものではない。そしておそらく、本書の記述を信じる限りでは軍のタカ派将軍数名とその手下の事なかれ主義イエスマンたちは、ベトナム戦争突入と深刻化の甲級戦犯なんだが、それ以外の政府がなぜそれを止められなかったのか……そして本書は、「もしXXだったら」というのをなかなか許してくれない。あそこでマクナマラがこうだったら、こっちでラスクがああすれば――でも、そこで出自や経歴をたんねんに追う本書の手法が効いてくる。かれらがそういう地位にそもそもたどりつけたのは、かれらが「こう」ではなかったからで「ああ」しない人物だったから、なのだ。

 すると逃げ道はなかったのか? アメリカはどこかの時点で、ベトナム戦争に突入する以外の選択肢はなくなっていたのか? そんなはずはないんだが……でもどこで何が起こればよかったのかを見極めるのはむずかしい。そして本書の教訓がきちんと学ばれているかというと、もちろん最近のアフガンやイラクを見る限り、その答えはかなりノーに近い。ホント、登場する人々はすべて、こんな人材が一人でもいまの日本政府中枢にいれば、とうらやましくなるような人物なんだが、それですらダメとなると、いったいどんな組織編成にすればよいのか。ハルバースタムがこれを書いた当時は「繰り返しません、過ちは」みたいな感じだったんだろうが、たぶん今本書を読むと、当時よりさらに絶望感は増すだろう。

 ところで本書は、サイマルから朝日文庫を経て(ぼくが持ってるのは朝日文庫)、いまは二玄社なんてとこから出てるのか。どういう経緯かは知らないけれど(二玄社って、車の雑誌出してるところ? でも会社のページを見ても刊行書籍に見あたらないが……あった。なんで書道関連の本の中に入れられてるんだ?)でもこれを絶版にせず出し続けているのはえらいなあ。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo YamagataCreative Commons 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。