ウォールセン『バイオパンク』:新ジャンルに取り組むアマチュアたちの挑戦とその障害をまとめた、わくわくする本。

 遺伝子組み換え、と聞いただけで怖じ気づく人は多いが、その恐ろしい遺伝子組み換えを、いまやそこらのホビイストが平気で始めている。本書はその動きや遺伝子組み換えホビイストたちの実像を描き出すとともに、それに伴う懸念や規制の動きを述べつつも、最後には希望を描く、先駆的な本だ。

 そもそも生命の核心たる遺伝子にマッドサイエンティストじみた科学心を刺激される人は多い。そして高価だった遺伝子組み換え用機器は、安くなって中古品も増えた。各種の遺伝子配列情報も容易に入手できる。すでに技術的、価格的には個人でも十分に手が届くのだ。

 それがバイオ技術の突破口になるのでは? 金と時間に縛られる商用バイオ技術(期待ほどの成果はない)に対し、制約のないホビイストは、意外な性質や用途を見つけるかもしれない。かつての無線や車やパソコンのように!

 誰かが殺人ウィルスを作成するのでは、という懸念もある。悪用の懸念から、アメリカではすでに警察の情報収集が始まっているそうだ。でも多くの人々がそうした技術に手を染めることで、かえって社会全体として安全性は高まる。また遺伝子組み換え作物による穀物メジャーの独占を恐れる人々は、それをひっくり返したインドの草の根バイオ技術の活動を是非読もう。知識と技術が人々の手に渡るとき、それは確実にいい方向に働く。そして、それを阻害するような遺伝子特許や無用な秘密主義こそを恐れるべきだ、と本書は述べる。

 多くの人は本書を読んで、マイコンやウェブの草創期を思い出すだろう。おもしろさだけで動くホビイストたちが新しい世界を開拓し、それが世界を変えた。いま、それが再び起きようとしているようだ。その魅力、懸念、不安、すべてがここにある。科学少年の心を持つ人は、その興奮を是非本書で味わってほしい。

(掲載2012年4月15日、朝日新聞サイト)

付記

 これは面白い本で、実際のやり方が書いていないのだけが残念。でもすでにホビイストの集まりができて、そこに(かつて2600のHOPEにFBIがきていたように)警察も顔を出しているというアメリカの事情はすごいなあ。

 昔なら、あと一、二年で雑誌ができる。昔だと、ニューヨークやボストンのタワーレコードなんかの雑誌の棚に、変なマイナージャンルの雑誌が山ほどあって、WWWの雑誌とかバーチャルリアリティの雑誌とか、常温核融合の雑誌とか、いろいろあったけれど、最近は雑誌なしでウェブでやっちゃうのかな。こんど様子を見に行こう。



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