ピンチョン『LAヴァ椅子』:散漫。猥雑にならずに散漫。ぼくにはあんまり。

LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)

LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)

ピンチョン全集、これを扱わないと一度も採りあげずに終わるので、入れようと思って考えてはみたんだが、つらい。

いつもながら、あれやこれやと枝葉が多い。その枝葉については、訳者たちが解説でいろいろ説明をつけているが、それが話としての豊穣さにつながっているかというと、ぼくはむしろ散漫に堕していると思う。重力の虹のバナナフラッペとかヴァインランドのゴジラとか忘れがたいディテールというのが本書だと希薄。ピンチョン自身がある種のノスタルジーに耽溺しているのはわかるんだが、それを見ている読者はしらけるしかないと思う。ついでにそこに、変なインターネットへの目配せが入るのも、どうよ。

ピンチョンの紹介のむずかしさというのは、知ってる人はだいたい知っているので、いまさら紹介の必要もなく、また知らない人に対して「こういうところがおもしろいから読んでみろ」と言ってみてもおもしろさはわからんだろう、というのがある。読者を選ぶ小説である一方で、選ばれた読者はすでに選ばれ終えている。ヴァインランドはまったくのデタラメを書いて人に読ませても、ちょっとはおもしろい部分があると思った。この三倍くらいのわけのわからんデタラメを書いて人を引き込むこともできなくはない。が、それでその人たちに何か与えられるか、というとそんな気もしない。『逆光』ならまだ、いろいろ紹介しようがあるように思う。『M&D』も、とにかくこんなの訳しちゃったのがすごいぜ、と言える。でもこいつはコロンとまとまっているが故に、とっかかりがかえってない。

たとえば具体的に、サーフィン音楽がどうしたと言われても、ごめん、オレあんまり知らないし、趣味じゃないよ。訳者の解説を読んでも、実際にその音楽が鳴っている環境にならないんだよね。その環境を共有できていない人に、この小説の意味があるのか? サーフィン音楽だけでなく、その他の細部全般についてそれが言える。

オープニングは、自分でちょろっと訳すくらいに期待したんだけどうーん、ちょっと新聞で紹介しようという気にはならなかった。ホントは、もっと何度も読んだら変わるのかもしれないんだけどね。



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