Neuwirth Stealth of Nations: 事例はおもしろいが、政策提言は……

Stealth of Nations: The Global Rise of the Informal Economy

Stealth of Nations: The Global Rise of the Informal Economy

しばらく前に(2011年12月)依頼された査読書。事例はおもしろいんだが、非合法経済を経済にとりこめと政府に言っても、政府も困るよな。どっかに治外法権を作ってそこでは何でもありにするとか……でも、大目に見る、お目こぼしする、というのと「発展を助ける」というのはまた話がちがうし。正規の事業として認めるといっても、絶対正規化できそうにない商売もかなりあるし。レッシグがコードで言っていたように、規制はあっても実質的にそれが(テクノロジーの制約で)適用されない場所が必要、という話ではあるし、その通り。が、それを政府という公式の機関に頼むのは…… コミケとかを例に、そういう仕組みの検討というのはやってもいいんだろうが、でもむずかしそう。

政府が意図的にやるとしたら「うちはもう著作権とか考えませんから」とかそういう形にせざるを得ないと思う。そこまで腹のすわった政府があるかどうか。

本としては、事例紹介としてはいいと思うんだ。ぼくはあちこちでおもしろがってこういうのを見にいくことが多いので、「ああ、あれね」みたいな感じになってしまうけれど、そうでなければ興味を持つ人たちもいるかもしれない。あと、表の企業が非合法市場にさりげなく商品を流すやりかたとか、それ向けの商品開発とかは、BOPのブーム (といってもかけ声ばかりでどこまで大きいのか、個人的にはちょっと疑問) とも相まって感心を持つ層もあるのかもしれない。でも、この部分はちょっとぼくから見ると通りいっぺんだったのだ。

なお、ぼくは草稿段階で査読しているけれど、実際の本はその後加筆拡充などがあるかもしれないので、ここに書かれている通りとは限らないことにご注意

0. Executive Summary

 世界各地にある、非公式経済の現状を示し、その成長ぶりや商売の実態を描きつつ、それが今後世界経済の重要な部分としてさらに発展するための方策について考えた本。非公式経済といっても、麻薬や売春などではなく、違法コピー商品や屋台、リサイクルといった、事業所登録していない商売、という程度の話。
 こうした非公式経済が、アメリカ経済につぐ巨大な規模になっているという指摘は重要。また個別の事例の紹介はそれなりにおもしろく、広州で商品を仕入れるアフリカ人の話など、具体的なエピソードは魅力的。ただしそれぞれの業者の活動も、決してまったく予想外のものではない。時にあまりに些末な話になってしまい、全体に散漫な様子は否めない。
 また、政策提言の部分でも、確かに非公式業者はいろいろ課題に直面しているが、放っておけば自分でどうにかしそうな気もするので、著者が主張するような政策的対応が必要かどうかは必ずしもよくわからない。テーマとしてはおもしろいが、全体に半分くらいに刈り込めば、ずっとおもしろい本になると思われる。

1. 各章要約

第一章 世界的たたき売り 世界中で、海賊商品や違法コピー、にせブランド品などが大量に売買されて、一大経済を構築している。ブラジルの市場では、

  • 見事に組織されたCDやDVDの大量違法コピーとその卸売り
  • 中国産のコピー商品の流入と卸
  • ゴミ収集とそのリサイクル
  • そうした商品の違法露天販売
  • 一般合法商店の商売

といったサイクルが朝から展開されて、違法取引の部分(システムD)は経済の相当部分を占めるに至っている。

第二章 システムDの実態
非公式取引は、かつては小さかったがいまや巨大。そしてそれは、各種のイノベーションをもたらし、また大きな雇用の源となっていて、OECDによれば世界の三分の二の労働者がこのシステムに属することとなる。商業の規模としては世界で10兆ドル近くなる。ちなみにアメリカのGDPは14兆ドル。
そして多くの露天商店主は、自分たちが「非公式」とは思っていない。ふつうの商売の一種だと思っている。単に政府に登録していないだけで、別に普通の商店だが、それが統計上は非公式経済とされてしまう。中には露天商とそれを仕切るやくざのような関係もあるが、別にそれが極度にひどいわけではない。

第三章 DIY都市
ナイジェリアのラゴスでは、ほとんどのものが非公式経済で動いている。車を買うのも、隣国のベニンで中古車を買ってナイジェリアに密輸させる。労働者の8割は非公式経済であり、経済活動の7割は非公式経済。
かつてはロンドンもそんな都市だったし、それは世界の他の都市でも同様。それが「公式」経済化されてきたのはここ1世紀ほどのことでしかない。
またそれはラゴスにおいて、人々の生活向上の手段でもある。ゴミあさり業者がすみついていて、リサイクルできるものはすべてリサイクルしてしまう。そしてそこからの儲けをもとに、貧困から抜け出した人もいる。あるいは水売り、あるいはバイクタクシーなどは、すべてそうした成功へのあしがかりとなっているし、DIYパソコン組み立て業は秋葉原のような一大エレクトロニクス集積地を構成しており、それが西アフリカのエレクトロニクス首都にまで育っている。

第四章 世界の裏市場
ナイジェリアのある人物は中国製のディーゼル発電機を買って、電気をスラム住民に売って儲けている。独力で中国にでかけ、自動車パーツの売買から始めて今の商売に達した。こうした非公式経済こそが商業のグローバル化の急先鋒となっている。広州には、そうした買い付け人の集まる専門地区までできている。中国との非公式な取引から、かなり大規模な工場にまで発展しつつ、正式には登記もせず税金も払わない業者がたくさんいる。

第五章 コピー文化
海賊商品や違法コピーは大きな商売となっている。広州の大沙头二手城は、携帯電話についてのコピー商品首都中核のようなところで、客はほとんどアフリカや中東系。明らかなインチキから、本物と見分けがつかないものまで様々。また、買い付けてもアフリカでは税関でつかまったりしない。ただし、中国もコスト上昇でかつてほどの安い商品が作れなくなりつつある。今後どうするかが課題。
欧米でも、コピー商品は経済発展の原動力だった。その取り締まりは18世紀頃には大きな問題で、そこから著作権商標権などが生まれてきた。そしてその取り締まりが、一部では行き過ぎを見せるまでになっている。

第六章 橋までの道を教えて
パラグアイでパソコン屋を営む店は脱税し放題。扱っている商品はすべて本物だが、国境越しに密輸して販売することで、申告利益を抑えている。パラグアイとブラジルを行き来するバスが、密輸のルートとなる。それも国境を越える家族に免税分の商品を持たせることで、合法的な密輸を行っている。
これはパラグアイだけでなく、香港とシンセンなどでも行われている。

第七章 裏稼業の長所

 多くの大メーカーも、こうした非公式市場を無視できなくなっており、かれらにどういうふうに商品を流すかが課題となっている。P&Gもそれをやっている。正規の卸に売って、その卸が裏ルートに流すのが通常のやり方。
 そして、裏ルートが重要となってくると、それを念頭においた商品開発も行われる。たとえば水不足のスラム向けに、リンス回数が少なくてすむ洗剤を開発など。ユニリーバもそれを行っているし、また携帯電話キャリアMTNも、低所得者向け商品開発に注力している。
 ある意味で、ZARAのビジネスモデル――最先端ファッション風のものを安く作って一気に売り切る――も、この非公式市場のやり方をまねたモノと言えなくもない。

第八章 かつて西側では
 西側諸国でも、非公式のビジネスで暮らす人は多い。自作の絵を売ったりパンを売ったりして、でも事業登記はせず税金も払わない。昔は、非公式の副業を持つことは別に何も恥じることではなかったし、普通のことだった。それがいまは変わってしまっている。そしてやがて屋台が規制されたりすることで、いまの西側ではなかなか見られなくなっている。そして、特にそれを移民がやったりすると、移民排斥の口実として屋台や非公式事業の排除をやったりする。


第九章 反効率性
広州には、段ボールや発泡スチロール回収業者がたくさんいて縄張りをもっている。非効率だが、でも機能する。また途上国各地の市場では、まったく同じ品ぞろいの店舗が無数に軒を連ねていて、非効率だがこれでも機能している。
 こうした問題はアダム・スミスプルードンやクズネッツも考えたこと。非効率であっても、人の熱意で成立してしまうものがある。
 ではそれを改善する方法があるのか、というとわからない。下手にいじると非公式市場全体がなくなりかねない。

第十章 正直な詐欺師
 ラゴスの非合法市場は、新しい市長の締め付けで激変してしまった。規制は非合法経済を嫌う。課税できないから。だが、これが新規事業や雇用を生んでいるのは事実。そして雇用のために減税や免税で企業誘致する例は山ほどある。非合法経済にもそれを適用していいのでは? また、こうした事業が成長しないという指摘もあるが、一方で企業自体は成長しなくても数が増えて全体としては拡大しているし、大企業ばかりがえらいわけではない。下手に非合法市場を破壊して地元経済がめちゃくちゃになった例もある。非合法市場側も政治力をつけていかないと、先行きはくらい。

第十一章 非公式経済を公式化しては?
重要な役割を担っているし、雇用も創出しているし、破壊するよりも非公式経済をだんだん公式化する方策を考えた方がいいのでは? パラグアイのコンピュータ密輸業者は、関税が引き下げられて密輸品の魅力が下がったので、正規の業者になった。また、税率を下げれば、違法業者も税金を払う気になる。また、規制や手続きを簡単にして事業登記をしやすくするのも手だ。これはヘルンナンド・デ・ソトが主張したことで、あちこちで成功している。また違法占拠者に土地所有権を与えることで、事業をしやすくする手も考えられた。だが、こうした手は成功したり失敗したりさまざま。でも、いまの非公式経済の活力を残すような方法を考えたい。

第十二章 取引の自由

 ナイジェリアは電力不足に直面していて、ディーゼル発電機取引が重要な電源となっている。また、非公式経済も組織化したりして、立場を強めることができるが、その力は必ずしも十分ではない。非公式経済も将来に向けた新しい活動と組織が必要。築地のマグロ取引裁定の制度などは、そうした自発的な非公式システムとして注目。
 また、中国は世界中のゴミを買いあさるリサイクル引き受け所になっていたが、買いすぎて市場が枯渇したり、需要が止まったりと不安定。闇のクスリとかに対する規制も課題だし、問題は多い。だが、政府や銀行もこうした非公式経済をもっと重要なものとして扱ってその発展を助けるべき。いまは非公式取引も、力がないし保護も受けられずにつらい。でも、かれらは独自の創意工夫で、世界を少しずつよくしているのだ。

追記 (2013/4/5)

その後、邦訳が出た。

「見えない」巨大経済圏―システムDが世界を動かす

「見えない」巨大経済圏―システムDが世界を動かす



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山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.