日置/中牧編『会社神話の経営人類学』:企業アイデンティティ形成過程を分析した面白い本。

会社神話の経営人類学

会社神話の経営人類学

最近ではスティーブ・ジョブスとアップルの話に顕著だけれど、会社は発展成長の過程でいろんな神話を紡ぎ出して(時には捏造して)、それをアイデンティティ構築に使いブランディングや企業のまとまりを生み出す。本書は、いろんな日本企業(または外資日本法人)についてそうした神話がいかに造り上げられたかを、神話学、民族学的に分析検討したもの。

とってもおもしろい。多くの人は、ジョブスの伝記とかを思いっきり真に受けて本気で感動するくらいバカで、そこに書かれている「製品哲学」が目の前の製品と露骨にちがっていることにすら気がつかない。(たとえば、ジョブスがジョナサンアイブと、一件かっこよさげな製品を見つけて喜んだが、それがネジ止めではなく糊付けされているのを見て許せんと怒った、とかいう話が伝記には書かれているが、ipodをはじめ最近のアップル製品の醜悪な糊付けぶりを知ってる人なら失笑するはず)。また、ぼくの勤め先を含め、ビジネス系のコンサルや雑誌はそんなフィクションを「企業DNA」とか聞いた風なことを言ってみせてもっともらしげなことを言ったりする。でも実際には、それはいろいろな意図や思惑で造り上げられたものだ。本書はそれを三笠会館、近江兄弟社サントリーなど具体的な会社、あるいは日紡バレー部(東洋の魔女)とかの分析を通じて示し、神話形成として神話学的な見地から分析する。

そして、フィクションだから悪い、というわけではない。ときに優れたフィクションは本当に人々をまとめあげ、本当の意味での神話として機能する。しかも既存の宗教とちがい、企業の神話はその形成過程までちゃんとわかる。本書をまとめたのは国立民族博物館の人々で、ふだんは人類学的に神話分析をしたりしているけれど、そうした知見が企業分析にも役立つことを示せたという点でとってもおもしろい。何がどう役立つかなんてわかりませんな。既存の経営学とかの分析は往々にして、出来合いの神話やフィクションをだらしなくなぞるばかりだったりして、また研究対象に変な遠慮をしてヨイショするばかりだったりするけれど、これはそういうのがなくて、距離を置いたよい分析になっていて見事。他との兼ね合いでとりあげる余裕はないけれど、試みとしてもおもしろくて、成功していると思う。どんどん続けてバカなビジネス書の鼻を明かし続けることを期待したいところ。



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