マラテール『生命起源論の科学哲学』:すばらしい。創発批判本!

生命起源論の科学哲学―― 創発か、還元的説明か

生命起源論の科学哲学―― 創発か、還元的説明か

生命の起源をめぐる各種議論についての本。ここしばらく、科学哲学というのは基本的にアホダラ経であって読む価値がない、という思いをだんだん強くしていたんだけれど、この本で多少は見直した。

生命ってどうやってできたの、というのは基本的に生物学の根底にある大きな謎の一つ。で、本書はまず、生命って何、という議論を紹介し、その中で最近出てきた創発的説明について分析を加える。で、最終的には、創発的な説明って実は説明になってないんじゃないか、という指摘をして、いずれ還元的な説明が行われるだろう、と述べる。

おっしゃる通りだと思う。創発的現象、といっただけでなんか説明になったような気になってる創発論者が多すぎる。創発って「なんだかしらないけど勝手に生まれてきちゃいました」という以上の話ではないんだよね。インターネットのつながりを見ると、サイトごとのリンクの数はべき乗則にしたがいます! おおすごい、だれも管理しないのにこうした規則性が自然にあらわれます、創発だぁっ! だれも人種分離を支持していないコミュニティであっても「自分は地域の少数派にはなりたくない」という意識があるだけで、自然に人種分離が生じてしまう。創発だぁっ! 世の中の多くの創発本は、こういう事例を並べる。でもそれは、説明したい現象(秩序が自然にあらわれること)に勝手な名前(創発)をつけただけで、何の説明にもなっていない。コミュニティの人種分離のように、それ以上の説明はありえないのかもしれない。とにかく、やればそうなります、というところで止まるしかないのかもしれない。でも、創発だといって説明になるわけではない。

本書はそれをきちんと見て、生命は創発現象だという説明が往々にしてあまりちゃんとした説明になっていないことを指摘する。実際には生命っていう現象でぼくたちが知りたいのは、なぜ勝手に動くかとか、うまくホメオスタシスになってるかとか、そういう話で、そのように小分けにすれば、それはいずれ還元論的な説明が出るんじゃないの、という話。あるいは生命だって厳密にある/なしが定義されてるものじゃなくて、だんだん生命っぽい働きが生まれてくるプロセスがある。そのそれぞれは還元主義的に説明できるでしょ、という。えらいえらい。うわっついた創発論のはやりに流されず、還元論支持を取るのは立派。

科学哲学というと、とにかく科学の揚げ足を取ろうとするだけだという印象がぼくにはある。いやそうじゃないよ、あーでこーで、という能書きは知らないわけじゃない。でも実際に出てくるのは反科学的な妄言ばかりで、そのために怪しい相対主義と結託して科学の成果に下衆な勘ぐりをしている人たちばかりが目立つ。そうでない、真面目にやっている人もいるとは思うし、実際はそういう人のほうが多いんだろうけどね。で、そうでない浮ついた人々は、自己組織化とか創発とかアフォーダンスとか民俗科学とかホーリスティックとか、一昔前のユリイカエピステーメーで特集したがったような話にすぐとびつきたがるのだけれど、そういう安易さがなくて、読んでいてとっても嬉しい。

どう見ても一般向けの本ではない、というのはある。さらに、それが科学哲学の仕事とはいえ、ここまで細かく創発という概念の分析や区分の必要があるのかどうか。だまっていてもいろいろ知見がたまっていけばじわじわ外堀が埋まってきて、創発を持ち出す必要のある部分は自然に減るんじゃないか、と思ったりもする。が、一方でこういう本で、安易な創発の乱発も少しは押さえられるかなとは思うし、有意義。朝日の書評も残りが少ないので、残念ながらパスだけれど、よい本。あと、フランス語の文献ちゃんと紹介しようぜ、という訳者の心意気もすばらしい。ぜひもっとやってください。愚かしいポモ学者どもでフランス系はすっかり評判を落としてしまったと思うので。

付記:これもよい書評だと思う。



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