実測データ収集へのこだわりで、被曝水準の低さが裏付けられる

デニス・ノーミル(Dennis Normile)

原文:Insistence on Gathering Real Data Confirms Low Radiation Exposures (Science 10 May 2013:
Vol. 340 no. 6133 pp. 678-679)

(翻訳 山形浩生

 

東京: 2011年3月、福島第 1 原子力発電所での惨事が展開する中で、早野龍五は放射性物質の放出についてツイッター投稿を始めた。この東京大学素粒子物理学者は、次第に地域住民の被曝をめぐる論争にますます深く引きずり込まれるようになっていったのだった。当局がきちんとした事実を提供していないことに失望した早野は、学校給食の放射性セシウム検査を始めた。これは福島周辺の環境で最も量の多い放射性核種だ。そして、汚染食物を食べることで地元住民がどれだけ放射性核種を吸収しているか計測しようとしたのだった。先月、早野らは最近検査された子供では放射性セシウムが検出できず、大人でもきわめて少量しか検出されなかったと報告した。これは食糧供給を安全に保とうという努力が機能していることを示唆している。

(右図のキャプション:きちんとした数字東京大学の物理学者早野龍五(写真)は、セシウム分布のプロット図に基づく推計ではなく、実際の内部被曝を測定するプロジェクトを率いた。出所:文科省および D. NORMILE/SCIENCE(肖像))

この結果に対しては、毀誉褒貶様々だ。2011 年半ばから昨年秋まで政府の原子力事故復興担当の大臣を務めていた政治家の細野豪志は、「論文の執筆、ありがとうございました」とツイートし、チームの客観性を賞賛した*1。懐疑派はあまり評価していない。「(ホールボディカウンターの)検出限界が高いせいで体内のセシウム水準を見落としているし、体内のセシウムがどのように健康に影響するかはわかっていない」と Atsuhito Ennyu は語る。かれは全国で福島からの放射性物質をモニターしようという市民活動で活発な地球化学者だ。

早野は賞賛も文句も意に介さない。「自分でも、『なんでこんなことやってるんだろう』と何度も自問しましたよ」と彼は笑う。その質問には、他の人々が喜んで答えてくれる。「政府やこの分野の専門家は、事故の後での対応がおざなりで人々の信頼を失いました」と、東京医療保健大学放射線防護を専門とする伴信彦は語る。これに対して「早野は偏りのない良心的な科学者だという評判を獲得しました」と伴。また福島発電所近くの病院で働く東京大学の医師坪倉正治は「早野は、住民たちが自分で状況を理解できるよう、個人の線量を計測するのが重要だということを認識したんです」と語る。

早野は意外な英雄だ。1997年から、彼は CERN(ヨーロッパの素粒子物理学研究所)で ASACUSA 反物質実験を率いている。2008 年には反陽子ヘリウム原子の研究の研究で、日本最高の物理学賞である仁科記念賞を受賞した。放射線研究の専門家になるなど予想もしていなかった。福島で次々とプロジェクトを立ち上げた早野は「ずっとだれかもっと専門性のある人が出てきて引き継いでくれると思っていたんですがね」と言う。


日本政府が 2011 年 3 月 11 日の地震の五時間ほど後に原子力緊急事態宣言を出したとき、早野は福島発電所近くのモニタから流れてくるオンラインの放射線データに注目しはじめた。3 月 12 日、水素爆発で原子炉建て屋が吹き飛んだ。翌日早朝、早野は爆発のときに放射線が跳ね上がったことを示す簡単なグラフをツイートした。そして、ツイッターのフォロワーたちを啓蒙するクイズを投稿し始めた。「なぜセシウムガンマ線を放出するのでしょうか?」「内部被曝はどうやって測りますか?」など。そして正解を示してさらにちょっと説明を加える。一週間もたたないうちに、早野のフォロワー数は 3,000 から 150,000 に急増した。

教育プロセスは双方向に機能した。フォロワーたちから早野は学校給食の汚染に関する懸念を拾い上げた。政府は、市場に出回る食物の放射線はすべて 100 Bq/kg 以下(これはほとんどの国の基準よりも低い)と保証していたが、それでも懸念が出ていたのだ。問題の発電所の避難区域にまたがる南相馬市の協力を得て、早野は 2012 年 1 月以来、小学校と幼稚園 (訳注:これ、保育園のほう? 両方?)の給食をまるごとミキサーにぶちこんで、きわめて敏感な検出器にかけたが、1Bq/kg を越える試料はほとんど見つからなかった。当初、早野はこの試験の費用を自腹で出し、3ヶ月でおよそ 3,000 ドルを費やしたが、そこで政府の補助金が得られた。そしてツイッターのフォロワーたちも、最大 1,000 ドルもの寄付を送るようになり、早野は「これで福島で私がやっていることすべての費用を出して」いる。

学校給食プロジェクト以前ですら、早野のツイートは福島周辺の医師に注目されていた。事故以来、坪倉は週に二回、南相馬市総合病院でボランティアを務めた。同病院は医師や看護師が地域から逃げたために人手不足となっていたのだ。2011 年夏、二人は心配する住民たちの放射線計測を開始した。だが坪倉によれば、結果はおかしなものだった。早野の助けにより、病院で使っているホールボディカウンターは背景放射線から遮蔽されていないことをつきとめた。

検査プログラムをまともなものにしてから、早野と協力者たちは福島住民 32,000 人以上の内部被曝データを集めた。その報告は 4 月 11 日に日本学士院の Proceedings of the Japan Academy, Series B に刊行され、2012 年 5-11 月に最先端の遮蔽つきカウンターを持つ病院で計測された、15 歳以下の児童 10,200 人のうち、検出可能な放射性セシウムが体内にある子供は一人もいなかったことが示された(この検査は半減期 30 年のセシウム-137 を調べている。福島原子炉から放出された別の同位体セシウム-134の半減期は 2 年ほどだ)。年間被曝量として懸念される水準の大人はたった四人。研究者たちは、この大人四人の放射性セシウムが、野生キノコや野生イノシシ肉からのものだということをつきとめた。これは彼ら自身が採ったもので、市場で販売される食物に義務づけられた検査を受けていないものだった。

「これは決して意外な結果ではありません」と伴は語る。たとえば福島県当局が集めた内部被曝データも、放射性セシウムの摂取は低いことを示唆していたが、これは個人の摂取量をベクレルで示すことはなく、検出限界以下の被験者数も示していない。「早野論文のデータは体内セシウム量として示されており、これはもっとストレートだし厳密に解釈できるものです」と伴。またドイツ Forschungszentrum Jülich の放射線医療専門家ピーター・ヒルは、早野の検査が「実際の状況に関する情報を与えてくれる」と付け加え、それがモデルや被曝量推計の検査にも役立つという。実際、それは今月末に刊行予定の、原子放射線の影響に関する国連科学委員会による福島に関するドラフト報告にも影響するかもしれない。早野の結果が「必須の初期データを与えてくれたおかげで、公衆の内部被曝に関する評価が行えました」とロシアのザンクトペテルスブルグにある放射線衛生研究所における放射線防護専門家ミハイル・バロノフは語る。

早野の勇気づけられる結果は、政府指導者たちには歓迎されるかもしれないが、早野はいまだに事故の後における政府の対応については批判的だ。福島住民のほとんど全員が、いまや個人線量計を身につけており、環境放射線への外部被曝を測定している。だが内部被曝外部被曝のデータを組み合わせて、個人の総線量を計測することは行われていない。これはデータベースに互換性がなくプライバシーの問題があるせいだ、と早野は言う。データ集合をマージすれば、個人の被曝についてもっと総合的な状況がわかるだけでなく、被曝リスクを研究して将来の事故に備える国際コミュニティにとっても有益だ、と早野は語る。


早野はまた、被曝データを使って除染作業の優先順位付けをしてほしいと思っている。いま当局は、避難した住民たちが家に帰ることを認めようとしているからだ。ここでも早野はお手本を示した。早野と相馬市の職員たち*2は、個人線量計データをもとに外部被曝量の最も高い児童 100 人を同定した。そして、その子たちの家に、コンセントに差し込むカスタムメイドの放射線モニタを設置した。データは携帯電話回線で中央ステーションに送信される。また太陽光利用のモニタリングステーションを通学路沿いに設置した。放射線調査が設置できたので、建物の洗浄、樹木剪定、表土除去といった除染作業の有効性が計測できる。高い線量を受けている個人をつきとめ、その人の家や周辺環境を除染することで、コミュニティ全体の被曝量削減に一歩ずつ近づくはずだ。東京で先月行われた講演で、早野は現在の的を絞らない除染アプローチを「馬鹿げている」と述べ、聴衆の中にいた小野日子 deputy chief cabinet secretary に向けて「これは政府がやらなければならないことです」と告げた。小野は後に、この問題を安倍晋三首相に上げると語った。

(右図キャプション:路上。太陽光によるモニタが相馬市の学校近くの放射線を追跡する。 出所:早野龍五)

一方、早野はその創意工夫を使って別のデータ不足を埋めようとしている。携帯電話会社の追跡データを使い、彼は避難が実施される以前に放射性プルームにあった地域の人々に対する急速被曝線量を推計しているのだ。そして、乳児用スキャナを設計するチームもまとめた――これは親御さんを安心させるためだと彼は語る。だが早野は、そろそろ自分の関与を終わりにして、再び反物質物理学に専念したいとも思っている。ベビースキャナーが終わったら「私はもう十分やったと言えるでしょう」とのことだ。

訳者コメント

この記事だけでも頭が下がるけれど、実際には単に給食を測りましたとか、ホールボディカウンター (WBC) の遮蔽がまずいのを見つけました、という単純なものではなかったことも念頭におくべき。給食を測ること自体に対して、「もし検出されてしまったら説明できない、みんながパニックになる」といった反対論が続出したのを辛抱強く抑え、正確なデータが(悪いものでも)あるほうが逆に不安は鎮まることを説得し、WBC も、まずそのデータがおかしいという指摘自体を納得させるための長いプロセスがあり(それまで気がつかずに測定してきたところは自分の間違いを認めたがらず、また被曝が高いはずと確信している活動家には、被害を矮小化する陰謀だと中傷され)、この記事の一段落ごとに実はすごい戦いがあったことは、ぼくたちみんな肝に銘ずるべき。そして本記事で名前の挙がっている他の人々や、なかなか名前は出ないがたぶん己のキャリアまで賭けて早野活動に応えた志ある自治体職員の奮闘にも感謝しなければ。