お金がすべてではないけれど、お金もある程度は効く。



ビヨルン・ロンボルグが言及していたので知った報告書。

Legatum Institute, Commission on Wellbeing and Policy Wellbeing and Economy (pdf)

まだ読みかけだけれど、なかなかおもしろいわー。作った委員はアンガス・ディートンからレイヤードなど、えらい人いっぱいで、非常にきちんとしたもの。

で、この中で出てくるのが冒頭に挙げたグラフ。職業別に見た、平均年収と人生満足度。これを「幸福」と解釈すべきかどうかは議論のわかれるところ。「幸せ」「人生の満足度」「福祉」といったことばの選択で、この手の調査の結果がごろごろ変わるのは有名だから。でも、まあ幸福みたいなもんですな。

明らかに全体的な傾向としては、満足度と年収とには相関があって、しかも収穫逓減が効いてるらしい。だけれど、職業別の差は非常に大きい。酒場のオヤジ (publicans) や建設業者は低賃金で低満足度。神職や会社の秘書や農民は、低所得でも満足度高し。

あと、いちばん左に出てるSchool Crossing Patrol って、緑のおばさん、ですか。ずいぶん満足度高いんだなあ。Playworkerって、芸能界の人のことかと思ったら、子供の遊技場の設計整備する人なのか!

さらに Quantity Surveyor というのは、建設の積算者なんだって。なんかマイナーなくくりだな。それぞれのデータポイントの重みがかなりちがうような気がする。まあそのくらいは考慮してあるんだろうけど。

これを見ると、全体的な傾向としては所得が高いほうが満足度は高い(つまりおおむね幸せ)だけれど、でもその一方で人生お金だけじゃないというのもよくわかる。同じ所得でも、他の条件が幸福にはきわめて大きく効いてくるし、その影響はお金よりも大きい。

これは「お金がすべてではない」というあたりまえの話なんだけれど、お金と幸福、という話になるとすぐに忘れられがちなこと。しばしばありがちなのは、「お金がすべてではない」というのを「お金はまったく幸福に影響しない」というふうに脳内変換してしまって、だから経済成長が不要だ現代社会を見直すべきだ心を重視すべきだ、という腐った議論につなげる人々。その一方で、これを全然逆にもってくる人もいる。お金がすべてではないから貧困対策とかしなくていいんだ、もっと人々はお金以外の幸せを探せばいいんだ、といったシバキ議論。こういうのは避けたいところ。

その一方で、お金だけでは不十分というのは理解すべきところだというのもわかる。もちろん、それをどこまで政策的に左右できるか、というのはまた次の問題ではあるけれど。そこらへん、この報告書の政策提言にも出ているようなので楽しみなところ。



でも見ているといろいろ不思議。フィットネスのインストラクターが低賃金でも満足度が高いのは(いやそれ以外でもすべてそうだけど)そういう資質の人がそういう職業につくのか、それともそういう職業だからそういう満足度になるのか、というのが知りたいところですねー。あと、建設関係者はそんなに不満なら、なぜそんな低賃金に甘んじているのかとか。

あと、これを裏返すといろいろよじれた話ができる。建設関係者は満足度が低く給料も低い。これは2013年の調査結果をもとにしたものだそうなんだけれど、建設部門が好況になって所得が上がったら、かれらの満足度は変わるだろうか?

もしそうでないとしたら、給料が低く、しかも満足度も低い状態になぜかれらは甘んじているのか? ひょっとすると、お金でも人生の満足度でもない別のアレがあるのかもしれない。スタージョンの名作『コスミック・レイプ』の最初と最後に出てくる浮浪者は、自分が不幸であることに満足を感じていた。なんかそういうひねくれた幸福とか満足度とかの指標もあったりするのかも、とか考え始めると、わやくちゃになるけどちょっとおもしろい。





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