プーチン本その2:プーチンご自身『プーチン、自らを語る』:基本文献。ストレートで明解なインタビュー集

Executive Summary

 プーチン他『プーチン、自らを語る』(扶桑社、2000) は、突然ロシア大統領になってどこの馬の骨ともわからなかったプーチンが、生い立ちから大統領としての問題意識までを率直に語ったインタビュー集。幼少期の記述などはこれがほとんど唯一の文献で、他の本はこれに対する註釈でしかない。また、まだ隠蔽すべき悪事などがないので、かなり率直かつ正直に語られているし、全部が本当ではないとはいえ、一言半句に勘ぐりを入れる必要もなく、ストレートに読める。家族のインタビューも交え、プーチンの全体像をしっかりまとめているし、またチェチェンへの高圧的な態度、反体制ジャーナリストへの冷淡さなどもはっきり出ている。なお英語からの重訳だが、英語版のほうが追加のインタビューを加え、ロシア語版で削除された部分も含んでいることもあり、重訳のデメリットよりはメリットのほうがずっと高いので、懸念には及ばない。


 悪口シリーズ続けるつもりが、図書館で順番がまわってきてこの本が読めました! 英語では読んでいたけれど、日本語のほうが楽なので助かります。

 この本は、題名通り、プーチンが就任直後にロングインタビュー受けたのをまとめた本。

 プーチンに関する基本資料といっていいもの。プーチンの子供時代から大統領になるまでの経歴をまとめた文書といえば、基本これしかない。他の本はすべて、ここの記述をベースに、検証したり疑問視したり、その後の話を追加したりするものになっている。

 プーチン自身が公式に大統領就任直後に行ったインタビューで、世界的に「プーチンってだれ?」状態のときに、それに答えるべく出た本。当時は、エリツィンがほとんど気まぐれに首相の首を次々にすげ替えていた頃で、プーチンもそうした短命なツナギの存在としか思われていなかった。だからそれが大統領になったときにも「マジかよ」「またツナギじゃないの?」みたいな感じではあった。

 後からの検証で、ここのところはウソだった、とかいうのはだんだん明かされている。完全に額面通りに受け取っていい本ではない。が、それを言うならプーチンがらみで額面通りに受け取れる本はなかなかない。そして本書は、就任直後の本ということもあって、プロパガンダ的な配慮がそれほど周到ではない。いろんな質問にストレートに答えてくれるし、隠蔽も何やらウソをでっちあげるのではなく、答えたくないという形で対応するので、とってもストレート。

 さらにもちろん、その後の大統領就任後の悪事 (クリミア併合したりとか) 以前だから、各種行動をレトリックでごまかす必要もない。この時点のプーチンの見解として、かなり正直。そしてそれがために、通読していても「こいつ、何が言いたいの?」的な曖昧な発言が少ない。実際の行動を隠蔽する必要がないので、それなりに正直な意見を出しているし、基本的な考え方の表明になっていて明解。

 最後に載っている、「新千年紀に向けたロシアの道」というプーチン論説は、軍事力ではなく経済力やイノベーションによる国力増強を訴える一方で、愛国心、国力、強国、国家主義といった基本的な方向性を打ち出しているのは、その後の動きを考えるにあたり重要なポイントになるのは言わずもがな (英語のキンドル版は、なぜかこれを本に含めず出版社サイトに置いている——そしてリンク切れ)。そして本書で明言されている「チェチェン絶対独立なんかさせない! それ認めたら連鎖反応が起きるし他の国が口はさむようになるし、山の中まで悪党共を追い詰めてぶっつぶす!」という明解なメッセージは、その後の活動にあたっても基盤となる発想なのは明らか。

 聴く方も、おっかないプーチン像を無理に造り出そうとはせず、手持ちの情報の中で、これはどういう人物なのかを素直に尋ねており、相手を罠にかけようとか、失言を引き出そうといった工作もない。また手放しの翼賛個人崇拝インタビューでもなく、結構きつい突っ込みもしている一方で、奥さんや娘たちへのインタビューも交え、それなりにプーチンの全体像を2000年という時点でうまく描き出せていると思う。

 あと、本書は英語からの重訳。前にレビューした朝日新聞『プーチンの実像』は、この本をさんざん参照しておきながら、英語からの重訳だとかケチをつけている。でも文学作品ではないので、重訳であることに大したデメリットはない。朝日新聞も、重訳によってどんな部分に支障があるかについてはまったく指摘できておらず、ぼくはこれはかなり陰湿な印象操作だと思う。

 (ちなみにあの本は、この『プーチン、自らを語る』のインタビューを行ったゲヴォルキアンへのインタビューにかなりページを割いている。その意味で、あの本は本書の注釈書みたいな位置づけではある)

 一方で、本書の解説によれば、英語版は単なる翻訳ではなく、新聞インタビューも加えて内容が拡充されている。さらにロシア語版と英語版を比べると、チェチェン紛争についての質問や、拿捕された反体制ジャーナリストに対するかなり辛辣な発言などロシア語版では削除されている部分があるそうな。該当部分を観ると、かなり重要な部分だと思う。英語版をもとにするほうが、その意味では情報量豊かなので、重訳だからダメ、というものではない。

 ホント、いい本なので扶桑社は再刊してくれないかなー。Kindleでもオンデマンドでもいいから。