お年玉:バージェス『ジョイスプリック』全訳

というわけで、あけましておめでとうございます。去年年末に突然思い立ったバージェス『ジョイスプリック』の全訳が、仕上がりました。

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お年玉です。もちろん完全な海賊訳。気にしない人は読みなさい。気にする人は読むな。

アントニイ・バージェス『ジョイスプリック:ジェイムズ・ジョイスのことば入門』

この本の何がおもしろいかは、解説で書いたけれど、かなり書き足りないので加筆するかも。それと、これからLaTeXの練習で索引つけるかもしれない。つけないかもしれない。本質的なところではない。

たいへんにいい本なんだけれど、なぜ訳されないかは、見ればわかると思う。話の重点が『ユリシーズ』に置かれている前半はまだいいけれど、『フィネガンズ・ウェイク』に力点が移る10章とか11章とか、ジョイスの原文を訳すわけにはいかない (柳瀬訳をもってきてもいいが、当然ながらそれだとバージェスの説明とまったくあわなくなる) ので、原文ずらずら並べるしかない。さらに、ジョイス、ひいてはバージェスが当然の前提知識としているいろいろな流行歌の話なども、説明しはじめるときりがない。だからあまり翻訳にならないのだ。それはこの訳者とて同じ。11章の最後に出てくる、流行歌の話とかでぼくが唯一知っているのは、バナナの歌だけだ。


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さらに、『フィネガンズ・ウェイク』は夢の言語なので、意味わかんないがなんとなく雰囲気は伝わる、みたいな部分が多々あり、バージェスの説明も、その雰囲気を多少なりとも理解可能にする、という部分が多い。が、日本人はその雰囲気がそもそもわかんない、というハンデがある。

が、それをいっしょうけんめいバージェスが説明しようとして、あれもあるよ、これもあるよ、ほら、こんな見方もあるんだよ、と次々に語ってくれるその語り口に、この本の醍醐味はあるとぼくは思っている。ジョイス読むのはたいへんだし、『ユリシーズ』(まして『フィネガンズ・ウェイク』)の訳を読んで「おおすばらしい文学」と悦に入ってる連中はたいがいインチキ、というとかわいそうだな、たいがい無理してるか、見栄張ってわかんないのに言ってるだけだと思うけれど、でもそれが評価されるポイントはどこにあるのか、特にそれを学者的な視点ではなく、異様に博識な読者として教えてくれるあたり、ジョイスを読む楽しさをこの本は伝えてくれる。それがとってもいいのだ、とぼくは思っている。

同時に、訳者あとがきにも書いたけれど、本書のいいのはジョイスがすべっているところ、必ずしも成功していないところについても正直に教えてくれるところ。『ユリシーズ』14章で、古い英語からだんだん新しい英語へと移行するのは、超絶技法ですげえ。ついでに、それをむりやり日本語化した丸谷才一らは同じくらいすげえ。が、じゃあその技法が小説として成功しているか、というとまた別の問題ではある。バージェスはそこで、それがジョイスのひとりよがり的な面があり、小説として読むにはちょっとねー、というのを言ってくれる。あれを前に「これに感心できないとブンガクわかんねーのかー」と萎縮していた人たちも、すごく安心できると思うんだ。学者ではなく、読者としての本だ、というのはそういうところ。

これが終わったので、バージェスの Here Comes EverybodyとかA Shorter Finnegans Wakeのあらすじ解説部分とかもやっちゃおうか、と思っているけれど、どんなもんだろうね。どっちも、上と同じ理由でぜったい翻訳されることはないと思うし。

が、それよりも仕掛かり中のアルフレッド・ベスターをまずはやっちゃいますかね。

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あるいは去年宣言していた、『一九八四』以外のもう一つのしかかり、バロウズ『爆発した切符』をしあげようか。てなわけで、今年もよろしくお願いいたします。