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イギリス社会学のピケティへの反応は……イマイチ。



The British Journal of Sociology:Special Issue Piketty Symposium 2014.12


イギリス社会学ジャーナルなる雑誌が、社会学としてピケティ『21世紀の資本』について2014年暮れにシンポジウムを開いたとか。ぼくはこの業界に詳しくないけど、イギリス社会学会のえらい雑誌みたいだ(ちがったら教えて)。その論文集が出ている。

ピケティは、自分の本が経済学と歴史学との間隙に成立したものたと主張している。そして経済学はいばりんぼうをやめて、他の社会科学との協力を進めなくてはいけない、と述べている。だから、こういうアプローチは大歓迎だろう。そして、分析として社会学的な知見が活かせそうな部分もいろいろありそうだ。というわけで見てみたんだが……

……なんか、あまり生産的な中身がないよ。冒頭のSavage論文は、それなりに明解で、ピケティがどんな示唆をもたらしたか、社会学にとっての意義などについてポジティブに書いている。前半の何本かも、それなりにおもしろい。途中に出てくるアトキンソンは、ピケティと共同研究とかをよくやっている人ね。どっちかといえば経済学者。この提案は、ピケティの本の「グローバル累進資本税しかない!」という論調に対するよい解毒剤になっていると思う。

でもあとのほうに行けばいくほど、論文のほとんどはあれがない、これがないの羅列で事たれりとしている。ちょっとがっかりだな。確かに、ピケティをネタにそこにジェンダー加えましたとか植民地を加えましたとかいう形で社会学としての枠内で研究を広げることはできるでしょう。でもピケティのように、自分の分野から少し踏みだそうという意欲がほとんど見られないのはどうしたもんか。せっかくピケティが手をさしのべているのに。

特に多くの論文は、ピケティの分析にこういう視点を加えるともっと豊かになるとか、もっと広がりが出る、というものよりはむしろ、ピケティの揚げ足取りとしてそういう自分の縄張りを使っている。ピケティはまちがっている、オレ/あたしのほうがよく知っている、というわけ。でもそれが非常に狭い話に終始して、井の中の蛙っぽい印象にしかなっていないとぼくは思う。もっと生産的なやり方はあるんじゃないかな。

あと、ナイーブだと笑わば笑え、ぼくは「フェミニスト経済学」なるものが大まじめに出てきたことにショックを覚えたよ。世銀とかの報告で、ジェンダーをメインストリーム化せよとかいう無理難題には悩んできたけれど……

Savage "Piketty's challenge for sociology"

 ピケティの本は、内容的には社会学の研究であってもおかしくないが、経済学者がそれをやったというのが話題になった大きな理由。文学作品を論拠にした手法は、現代経済学への嫌味になっている。またインタビューなどに頼らず公式文献データを使っているのが各種社会科学の最近の流行に対する反旗。また社会科学はすべて、因果関係や理由にばかり注目するが、ピケティは記述的。
 すべてをGDP比で見るピケティの手法は、すべてを相対化し、絶対的な富や所得から目をそらすという欠点があるが、それなりのメリットもある。また、人口問題への関心など、抽象化され得ない個人の戦略への注目も見られる。
 また、歴史的な観点と安定性の強調という点でもピケティは興味深い。社会科学はやたらにエポック主義に走りたがるが、ピケティは歴史的な安定性を強調する。社会学は、20世紀半ばについて産業資本主義の延長としか見ないが、ピケティはその時代の特殊性を指摘する。社会学者は、共産主義ファシズムや世界大戦を重視しないが、ピケティはそれがまちがいだと指摘する。国の役割もそんなに変わっていないという。
 また階級分析の面で、ピケティの所得上位10%、次の40%、残り50%という分類は、従来の社会学分析とは一線を画する。そしてこの階級というのは、目に見えるまとまりではないかもしれないし、階級的に組織されてもいない。社会学はそれぞれの階級の代表者とそれ以外の愚昧な構成員という見方をしたがるが、実はもっと創発的なもの。また社会階級を労働と職業で区切るのが通例だが、ピケティはそれをやらない。これにより、労働市場の男性ばかりに着目していた階級分析に、世帯という視点が再導入された。そして、所得トップ1%や0.1%といった高いところに注目するのが重要と示したのがピケティの特長。

Holmwood "Beyond capital? The challenge for sociology in Britain"

ピケティは各国の格差の現状が歴史的な経路によってかなりちがうことを示した。特にイギリスにとっての含意は興味深く、植民地主義とその戦後の解体が大きな役割を果たした。また高等教育で学資ローンが重いことが階級形成に影響している。ピケティの議論は、こうした社会学研究の基盤となる。

Atkinson "After Piketty?"

ピケティの議論をもとに、格差を減らす提案をいくつか考えて見た。

  • まず、技術の状態は重要だし、技術の方向性は内生的なので、それを頑張ろう。政府は、人間雇用を増大するイノベーションを奨励しよう。
  • 消費者市場において労使間の交渉力のバランスを回復しよう。
  • 所得税はもっと累進的に、トップ1%は最高税率65%に。
  • 万人に生活できる賃金を政府が保証すべき。
  • 雇用者は倫理的な賃金を保障すべき。これは政府調達の要件にすべき。
  • 投資所得の税率を上げよう。稼いだ所得への課税を下げよう。
  • 年次資産税を検討しよう。
  • 相続税や贈与税への課税を強化しよう。
  • 政府は個人貯蓄への利率保証をしよう。
  • 貯蓄者や負債者の利益を代弁する制度にしよう
  • 万人に、成人になった段階で資本支払いを行おう。
  • EUは社会保護、特に子供のBIを導入しよう

Bear "Capital and time: uncertainty and qualitative measures of inequality"

ピケティとマルクスの資本と時間に対するアプローチを比べて見た。ここから、格差について定性的な見方も重要だということがわかった。ピケティのような定量的な見方だけでは不十分だ。

Soskice "Capital in the twenty-first century: a critique"

ピケティのモデルは新古典派的な想定に基づいていて、β(資本/GDP比率)が近年急上昇するものになっている。でも他の文献を見るとβはあまり変わっていない(不動産価格の上昇分がほとんどで、ピケティのいう事業資産の増分はわずか)のでピケティの議論は再考が必要。また、70年代以降の格差増大原因についての分析がほとんどなく、数学的な抽象論になっている。政治的な考察が必要。またβ以外にも原因はある(ピケティは最近の貧困の話を無視している)が、それについてはまだ不明瞭。

Perrons "Gendering inequality: a note on Piketty's Capital in the Twenty-First Century"

ピケティは、父権的資本家たちが報酬をお手盛りで決めるのが格差増大に貢献していることを示す。これはフェニミスト経済学の視点から重要であり、経済的な格差だけでなくジェンダー的な格差についても示唆をもたらすものである。
アブスト見ただけで中身読む気失せた。中身はもっとおもしろい可能性もあるけど知らん)

Hopkin "The politics of Piketty: what political science can learn from, and contribute to, the debate on Capital in the Twenty-First Century"

ピケティの本には明確な政治理論が書けている。政治や集合行動が経済や所得分配・資産分配をどう決定するかに注目すると、ピケティの議論をもっと豊かにできる。ピケティの論じる経済的な力の背後にある制度的な要因は、政治的な基盤を考えねば無意味。住宅政策や金融市場規制などを見ればそれがわかる。

Piachaud "Piketty's capital and social policy"

ピケティの累進資本税は、お金の話しかしないが、社会政策ジェンダーとか人種とか障害者とか性的嗜好とかに関する認知や再分配にも重要でピケティはこれを無視している。健康格差も見ていない。人的資本は重要なのにその議論がない。

Cowell "Piketty in the long run"

ピケティのモデルをもう少し精緻にしてみた。長期的には均衡点が出てくるんじゃないか。
(モデルを細かく追っていないので、これ以上は言えない。だれか見ておいて!)

Jones "Where's the capital? A geographical essay"

ピケティの本は、資本や金持ちがどう推移したかを見事に描くけれど、資本のない都市部の貧困がどんなものかを描いていない! 植民地主義や貧困者の苦しみの実態を描いていない。いくつかの小説に出てくるそういう記述を紹介するよ。

Piketty "Capital in the Twenty-First Century: a multidimensional approach to the history of capital and social classes"

政治的な力の重要性は言及はしてるんだけどね。制度的な面も言ってるけど、もちろん全部は書き切れないよ。不十分なのは確か。モデルでいろいろ単純化しているのは確かだが、モデルってそういうもんだしそこから得られる示唆次第では。格差や資本の多面性は何度も強調したつもりだけど。また階級の話は、労働所得と資本所得の区別の強調でも多面性を示したつもりなんだけど。それでも、ぼくの本がまだ始まりにすぎず、本当の資本の研究はこれから、というのはまちがいないところ。




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