書斎のレム
ナイジェリア行きがキャンセルになって、いろいろ漁っているうちに見つけた、スタニスワフ・レム、最晩年2004年のインタビューの一つ。ポーランドの文芸アート雑誌のインタビューらしい。
ポーランド語で行われたものであり、おかげでポーランドの文壇その他について非常にざっくばらんな放談となっていて、外国語によるかしこまったインタビューとはぜんぜん雰囲気がちがう。他のインタビューだと、質問が羅列になって、その回答をさらに発展させるというプロセスがなかなかない。しかもその質問が「世界平和は実現するでしょうか」「人類知性の限界についてどうお考えですか」とか、インタビュアーが必死で考えたがためにつまんない公式質問もどきばっかになるうえ、「こういう回答が来たら当然つっこむだろ!」と思うのが深掘りされずにもどかしい。でもこれはやりとりがあって楽しい。レムの、それなりに文壇ゴシップも見てる俗っぽいところもうかがえる。
ポモ文学はただの軽佻浮薄な流行、ソダーバーグの『ソラリス』は最悪、ハリポタ (読んだんですか!)はひどい、等いろいろ楽しいし、ぜんぜん知らない人ばかりだがポーランド文壇ゴシップも楽しい。一時レムの英訳者としてがんばっていたマイケル・カンデルの話とか、コンピュータが怖いという話とかはまったく予想外。大喜びして遊ぶかと思っていた。あと、最後に唐突に出てくる死刑賛成というのが、なんだかわからないけどおもしろい。
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「コンピュータはおっかないんだ」:スタニスワフ・レム インタビュー (2004)
スタニスワフ・レム&パヴェウ・ドゥニン=ヴァソヴィチ
独訳オラフ・キュール、山形浩生+Grok日本語訳
雑誌「Lampa」2004年4/5合併号掲載 (原文はここ )
はじめに
内気なワルシャワ在住の書籍収集家であり、バンド「Meble」(家具)のギタリストであるパヴェウ・ドゥニン=ヴァソヴィチは、本人がどう否定しようと、現在、ポーランドで最も重要な出版人の一人だ。3年前、彼は若手作家ドロタ・マスウォフスカを発掘した。その小説『白赤旗の下でのポーランド=ロシア戦争』は今やポーランドの国境を越えて大きな話題となっている。雑誌「Lampa:文学・音楽・コミック」の創刊も、彼の鋭い嗅覚の賜物だ。ここでは芸術とポップカルチャーが自由闊達に扱われており、多様性に富んだポーランドの雑誌界に決定的な豊かさをもたらしている。SFの大家スタニスワフ・レムもまた、「Lampa」の常連読者である。パヴェウ・ドゥニン=ヴァソヴィチは、彼の大型プロジェクト「幻の図書館」と、いわゆる「想像力の欠如」についてレムに話を聞いた。
翻訳・執筆・物質転送機
スタニスワフ・レム: ……ジェシュフにドイツ文学の研究者がいるんだ――名前はトンチャ(虹という意味の美しい名前)――彼は私の作品のドイツ語訳、特に造語について論文を書いたんだよ。これは非常に良いネタでね。だって当時は二つのドイツがあっただろ――東ドイツと西ドイツ。だから、彼は東側の翻訳と西側の翻訳を比較したわけだ。すごく興味深い研究で、テュービンゲンでハードカバーとして出版されているはずだから、絶対に本になっているはず。原稿をプリントアウトして送ってくれ、後で本もくれた。
ロシア語訳がどうなったかも知っているけど、あれはスラヴ語族だからね。かの遠い大陸から唯一まともに翻訳してくれたのはマイケル・カンデルで、彼は私の『宇宙創世記ロボットの旅/ロボットの歌』をとても上手く訳してくれた。でもその後はやる気を失ってしまった。結局、経済的な動機がとても重要なんだよ。アメリカの作家にフィリップ・ロスがいる。彼が60年代にカンデルに言ったそうだ。「レムは数年以内にアメリカでベストセラーになるよ」とね。するとカンデルは、私のたとえで言えば「私の気球かごにぶら下がった」。私という気球と一緒に上昇するつもりだったんだ。でも実際には印刷部数は控えめで、売れ行きも鈍かった。だって私の書くものは典型的なアメリカSFとは全く相容れなかったからね。それでマイケル・カンデルは完全に手を引いてしまった。うんざりしたんだろう。でもわかってあげないとね、あいつにも家族がいたからね。
それとは別に、私は翻訳の方法や選択に一切影響力を持っていない。フランス人の女性が私の本について立派な論文を全部書いたが、出版社が見つからなかった。そういうことはよくある、まったく普通のことだ。結局、ナボコフが『ロリータ』を書いていなかったら、今頃誰も彼のことを知らないだろう?
パヴェウ・ドゥニン=ヴァソヴィチ: 彼にもたくさんの幻の本がありました。例えば『見てごらん(ハーレクイン)を!』。
レム: ナボコフは英語で書いていて、ロシア語で書けないと文句を言ってたよな。そして自分でロシア語に翻訳したが、かなり下手だった。亡命中にロシア語が硬くなってしまったんだ。でもこの機会に言っておくが、当時ロベルト・スティラーがポーランド語訳した『ロリータ』には本当に腹が立ったよ。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 『時計じかけのオレンジ』も訳してますよね……
レム: うん、それも素晴らしい訳だった。だが『ロリータ』の新しい翻訳を開くと「彼は彼女の節くれだった手首を掴んだ」と書いてある。少女の手首が「節くれだった」だって! スティラー版では「骨ばった」となっていて、若い少女にはそちらが自然だろう。もうホントにがっかりだよ。翻訳者というのは、一度翻訳したらその翻訳の著作権を持つらしい。出版社さえ見つかれば、何度でも翻訳し直せるんだ。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: ずっと避け続けている質問に戻りますが、なぜ小説の執筆をやめたのですか?
レム: SFってこと?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: いや、小説すべて。(テーブルのタイプ原稿を指して)これがあなたの最後の短編ですよね――泰平ヨンの最後の冒険……
レム: でも当然ながら、すごく出来が悪いだろ! どうやら私はもう才能を失ったようだ。この年齢では、それで説明になってるんじゃないか? 親しい友人が何人もアルツハイマーになっている……
ドゥニン=ヴァソヴィチ: ヤン・ブウォンスキのことですか?
レム: あいつだけじゃない。だがたとえばムロージェクもだ——脳出血を起こした。でもそれ以上に、彼はウィットやユーモア感覚を失ってしまった。もう天気の話しかできない。ああいう才能は消えてしまうものだ。「霊は思うところに吹く」(Spiritus flat ubi vult)というが、私の霊感も薄まってしまったのかもしれない。それに、書く意欲がなくなっちゃってね。昔は1945年から2002年まで、毎朝5時にタイプライターに向かって書きまくっていた。でも今はもう書きたくない。口述ってのは、向いてない……肘の神経が何かおかしくなって、この指(左手を指して)が言うことを聞かないんだ。アメリカの学校で学んだ息子が羨ましい。彼はキーボードを見ずに打てるし、何でもできる。
でも決定的なのは、私たちの生活の速度だよ。とうとう——一つ教えようか。最近、外国語雑誌の定期購読を減らして、英語では『New Scientist』だけにしている。最新号に、個別原子一個ずつの転送(量子もつれ?)が可能になったと書いてあった。するとすぐに「スタートレックみたいに人間をテレポーテーションで送れる!」と大騒ぎしていた。私はこれについて60年代初頭に書いた。『対話』だ。第一の対話で、パラドックスが描かれている――テレポーテーションで送られた人間は、元の人間と同じ人物なのか、それとも類似の人間なのか? 送り出した側は、複製の出現によって[訳注:オリジナルを破壊することになるから] 知らぬ間に殺人を犯すことになるのか、それとも本物を本当に送ったのか? これに明確な答えはない。ドイツの哲学者グレーフラートがこれについて4冊の本を書いたし、他の人も取り組んだが……明確な答えはないんだ。
もちろんこれは抽象的な問いだ。誰も何も知らない。私はこれは慣習の問題だと思う。誰かが「パパが星から帰ってくる、ただしその過程で死ぬ」と言ってもいい。でもパパの原子プロフィールを持っているので、それを機械に入れるわけだ。するとパラドックスめいてくる。パラドックスの地獄にはまる。まともな哲学者たちはこの問題に近づかない。客観的でいるのが難しいからだ。でもこれはすごく興味深い問いだ。君は月までテレポーテーションされたくないか?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: そんなことできるんですかねえ。
レム: 私はしたくない。ここで自分の椅子に座ったまま、最後までここにいたいんだ。
映画・コンピュータ
ドゥニン=ヴァソヴィチ: その話で思い出しましたが、デヴィッド・クローネンバーグの映画『ザ・フライ』。あのテレポーテーション装置の中に、ハエが一匹入り込んでしまって……
レム: 知ってる、知ってる。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: ……遺伝子が混ざってしまうってやつ。
レム: いやまあ、あれはハリウッドの大好きな子供騙しの類だよ。ソダーバーグが『ソラリス』を作っただろう——それがあのざまだ。タルコフスキーよりひどいものができるはずはないと思っていたんだが……
ドゥニン=ヴァソヴィチ: でも最初は、新作『ソラリス』を気に入ったような発言をされていましたよね!
レム: 気に入ったなんて一言も書いていない。不満だとも書いていない。それは話が全然ちがう。善人の泥棒と、上手な泥棒とは違う*1 。明確な違いがある。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 本の話に戻りましょう。ソダーバーグ版『ソラリス』には、あなたの小説の物語が基盤にしていた、各種の架空の本が登場しません。代わりに伝統的な詩集ばかりが出てくる。本はそうなると思いますか? つまり実用書は形態を変える一方で、純文学は紙の本として残っていくと思いますか?
レム: それはねえ、こういうことだ。この書斎には、私の蔵書、約8500冊くらいがあるが、そのうち7-8割は完全に時代遅れだ。特に哲学書が多い。でもどうしても捨てられない。これは感情的なつながりの問題だねえ。私の教養は全部これらの本から得たんだから、捨てられやしないだろ? 古くなったというだけで? 非合理的な要素ではあるんだだ。理性的に考えれば、時代遅れの本は全部地下室にやって、今日もっと真実に近いとされる本に置き換えるべきなんだろうがね。個人的にデリダは全く好きじゃないが、彼のドイツ語版はここにある。それから第二に、イメージの時代――テレビやコンピューター――の話に入ると、私はコンピューターやスキャナー、そういうガジェットがおっかないんだ……
ドゥニン=ヴァソヴィチ: コンピューターが怖いのは、使い方がわからないからですか?
レム: その機械で書きたくないし、今となってはもう書けない。たとえ書きたくてもね……そのために秘書がいる。最近、韓国の版権契約書にサインしなければならなかったが、私の手に負えないので全部彼に任せた。彼がやってくれてそれで終わりだ。
最初の5〜6冊の翻訳を手にしたときは嬉しかったが、45冊もいろいろな版が出てくると、もうどうでもよくなってくる。ちなみにアメリカ人は、書籍だけでなく情報が多すぎると読者を混乱させると気づいたらしい。だから人々を過剰な宣伝で煩わせない方がいいと。幸い、うちのテレビは本の宣伝をほとんどしない。ほとんどゼロだ。ごくわずか。私はドイツのテレビは見るが、ポーランドのテレビは見ない。見たら卒倒しそうだからね。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: コンピューターで書かないし、怖いとおっしゃいますが、でもハイパーテキストは予見していましたよね。
レム: それは別問題だよ。頼むよ、コレラを予見しても、コレラを愛さなければならないわけじゃないだろう?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: あれは確かエク……あれ、パッと出てこないな(『虚数』をめくりながら)……エクステロペディアだ……
レム:
ほっほっほ、このエクステロペディアに何やら弱みをお持ちですかな。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: はい、そうですねえ。だって、あの本はあなたが嘲笑している未来予言的な部分を別にすれば、まさにアップデートできる本じゃないですか。たとえばインターネットの百科事典はすでにあります——wiem.onet.pl ——一週間前にヤツェク・クロニが他界したら、次の日にはもう彼の項目が更新されていました。
レム: 息子はネットに夢中で、食事のときに私が「こんなことがあった」と言うと、もう全部知っているんだ。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: そうですね。ぼくはもう新聞なんか買いません。『ガゼタ・ヴィボルチャ』のページをクリックすれば、知るべきことはわかっちゃいますから。
レム: 私は「ヘラルド」(International Herald Tribune )を読んでいる。あれが世界だ。ポーランド人はみんな自分のへそばかり見ていて、ポーランドのことしか興味がない。
架空の本・小説
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
架空の本の話に戻りますが——あなたの架空の本を本棚に並べるとしたら、どう並べますか? 確か200冊近くありますよね。
レム: 特に並べたいのは、君が「幻の図書館」で挙げていない本だな。『完全な真空』と『虚数』に載っているものだ。後ろから始めると、ちゃんとしたものがある——『新しい宇宙創造説』。これはノーベル賞受賞者の講義形式で、なぜ宇宙がこうなっていて、他の形ではないのかを考察したものだ。あれは本の要約ではなく、完全に架空でありながら一貫したテキストだ。他のものについては……
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
本棚に並べるとき、作中で単なる小道具として出てくる本と、本当に重要な本を混ぜて置きますか?
レム: 逸話を一つ話そう。『完全な真空』に出てくる『親衛隊少将ルイ17世』[訳注:正しくは16世] を、ベルリンにいたポーランド人の監督が映画にしたいと言ってきた。脚本作りに苦労して、結局何もできなかった。一つ目は金がない、二つ目は脚本がない、三つ目はプロデューサーがいない……という具合だ。しかし、あの本は役に分けて展開できる構造を持っていることはわかった。つまり、一部の架空の本は、実際に本を書くための「レシピ」や「雛形」として使える。他のものは無理だ。例えば、読者をただ罵倒したり唾を吐きかけたりするだけの本は、到底映画や本にはできない。
私自身はそんなことはどうでもいいんだ。架空の本から実際に小冊子を作って本棚に並べられるかどうかなんて、心底興味がないし、肝心でもない。むしろ異様なこととして、君たちが作ったこの素晴らしいもの(レムは「幻の図書館2004」*2 を指して)——これはまちがいなく君たちが誇るべきものだよ。君自身が言ってたが、なぜわずか10部しか刷らなかったんだ?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: あなたに直接お渡ししたかったからです。
レム: でも価値があると思わなかったのか?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: ただの下書きですから。
レム: もし出版社が来て「1万部で出版したい」と言ったら?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: そしたら半年かけて手持ちの追加資料を整理し、次に索引をきちんと整える人を雇ってくれと頼むでしょう。
レム: でもそういう大量出版には徹底抗戦しないのか?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 初版はすでに1000部刷りましたよ! 最初の「幻の図書館」はぼくの虚栄心の産物でした。「これだけの本を読んだぞ」と自慢したくて、何冊か追加して見せびらかしたんですよ。でも今では、あの本はむしろぼくの読書歴の大きな穴を露呈していると思うんです。それから、存在しない本を「読む」のが楽しくなってきた。特にあまり知られていない本から取ったものが好きなんです。
レム: あまり知られていない本といえば、少年時代に『オルキシュのテレビ装置』(Telewizor Orkisza)を読んだことがある [Lampa Nr. 2, s. 91参照] 。今でもあの印象は鮮明だ。当時12歳だった。
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
クラクフで一日で2冊も見つけたときは驚きました。
レム:
そうだね、驚くべきことだ。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: スムシュキェヴィチとニェヴィアドフスキの辞典はその本に言及さえしていないのに。
レム: ドイツ人とソ連人がすべてを破壊した。図書館も焼き払われた。ワルシャワの図書館はすべて灰になった……残ったものなど、ほとんど価値がない。もちろん他にもあったが、あの本たちの運命——ウェルズの本でさえ——が教えてくれるのは、非技術的な未来を予測するのは無意味だということだ。技術的な未来は予測できるが、政治は予測不能だ。なぜなら政治は非合理的で誤った決定の連鎖に過ぎないからだ。第一次世界大戦の宣戦布告は間違いだった。ツァーリは乗り気ではなかったが、強制された。第二次世界大戦は狂ったヒトラーのせいで、百年戦争、三十年戦争——どれも筋が通っていない。最近バチカンが「魔女の火刑の数は大げさに言われすぎていた」と発表した。だが焼かれたのが1000人であれ100人であれ、何のちがいがある? 火刑に処された事実は変わらなだろう。さらに一人のドイツ人学者が「禿げ山でのサバトの痕跡」を探したが、どの文献にも一切出てこないんだ! 邪悪な魔術とかサタンと野合しているとか言われて火あぶりになったあの女たちは皆、無実だったんだ。少し頭がおかしかったのかもしれないが、罪はなかった。
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
『完全な真空』と『虚数』が出た後、多くの批評家があれを「文学の可能性は尽きた」という宣言や風刺と解釈しましたが、それでも10年以上にわたって小説を書き続けたのはなぜですか? それがあなたの天職だったからですか?
レム: まずスープを食べ、次に肉料理を食べ、それからデザート、場合によってはコンポートを食べる。なぜデザートだけに絞らなきゃいかんのだ? 一本道を走る理由など全くない。私は幸い比較的自由な人間だ。「ティゴドニク・ポフシェフニ」、つまりではキリスト教的価値観に縛られるが、以前はマルクス主義的価値観が神聖不可侵だった。だからイソップ的な手法を使って自分の考えを表現してきたんだ。
ある人は私の作品の8割は共産主義からの逃避、宇宙への逃避だと言うが、どうなのかねえ。意識的に逃げたつもりはないし、そんなつもりもなかったんだから。
そしてなぜ『完全な真空』がもっと大著にならなかったのか? アイデアがあったんだよ。「速度の問題」という本の物語を書きたかった。歴史の加速に伴って、社会体制の寿命も加速するという話だ。舞台は精神病院で、体制が次々と入れ替わる——左が右になり、右が左になる……。当時はそのアイデアを捨てたんだが、今考えると、当時に比べてそれがばかげているとは思わない。でもあのときは気に入らなかった。ハーバートが言うように、好みの問題かもしれない。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: あなたのウェブサイトに、ヤン・ゴンドヴィチとの対談の記録がありましたが、そこでは「私は想像力ではなく言語で作業をする」と言っていますね。
レム: 視覚化はしない、それは本当だ。例えばソダーバーグが映画を作ってから、ようやく各種の異国情緒が見えるようになった(笑)。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 『ソラリス』はヴォイチェフ・ハスが撮るべきだったと思います。
レム: どんなもんかねえ。
結局、私は「儲かるからOKしろ」と言われたわけじゃなくて、「ハリウッドの特殊効果のすごさを知らないだろう」と言われてそれを信じたからOKを出したんだ。あの馬鹿野郎……もとい監督が、あれを恋愛物語に仕立て上げるとは思わなかった。あれにはすっごい腹が立った。宇宙での恋愛なんか、なーんも興味ないよ 。あれはただ、至高の愛の背景にされちゃったんだ。
それに、私は育ちが良いから、ソダーバーグに派手に噛みついたりはしなかった。そんなことをしても意味がない。ここにアメリカの映画評の山を持っているが、みんな控えめに書いていた。ソダーバーグが有名だったし、主演俳優も超有名だったから、誰も本気で叩けなかったのだろう。アメリカの大学の成績でいうAマイナス、Bというところだ。それに作者があれこれ文句を言うのも、礼儀正しくないからね。
私は『ブッデンブローク家の人々』の映画を見たが、ひどい出来だった。トーマス・マン原作は基本的に良い小説なのにね。作者にとって映画化は運次第だ。良い映画化はめったにない。
想像力・好き嫌い・ポーランド文壇
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
「想像力」についてお尋ねしたのは、ちょうど雑誌「Opcje」の最新号に、キングァ・ドゥニンとスタニスワフ・ベレザが6年前にヘンリク・ベレザと行った対談が載っていたからです。ベレザはこう言っています——
「レムは私にとって作家ではない。卓越した知識人だ。彼のキャリアは完全に値するものだが、芸術的な執筆において想像力がどのような役割を果たすのか、彼は全く理解していない。」
レム:
ああ、もちろんあいつがそう言う権利はあるよ……。私はここに英語版の本が何冊もある。表紙には書いてないが、『技術大全』や『偶然の哲学』などだ。ドイツ人も私を哲学者扱いして、哲学的に薄めた本を手すさびで書く作家だと見なしている。そういうのは止めようがないやね……
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
想像力については? あなたはイメージで考えますか、それとも言葉で、言語で考えますか?
レム:
面白い話がある。最近、ロスナーが他界した親友ヤン・ユゼフ・シュチェパンスキの本を持ってきてくれたんだ。『ろうそくの光での食事』という本。見てないかい? 短編集で、とてもできがいいしそれを読むと、彼が「ポストモダニズムなどというものは全く存在しない、あれは上っ面であり、一時的な流行に過ぎない」と言っていたのが100パーセント正しかったことがわかる。彼は目に見える現実の世界に正義を果たしている。それは非常にコンラッド的だ。彼はそれに深く没頭していたが、私はどうか? 変な話だよ。彼は私の最も親しい友人だったのに、私の本の中では『高い城』——つまり私の幼年時代を描いたもの——を一番気に入っていた。SFというやつは好きじゃないというんだ。私も例えばほうれん草が嫌いだ。うちの家族は「なぜアスパラガスが嫌いなの?」と不思議がるが、嫌いなんだよ、あの白い奴が。結局、好みの問題だ。
はっきり言おう。私には約2900万人の読者がいる。そのうち「絶対に読めない」と言った人はごく少数派に過ぎない。私の作品は子供向けの本にも入っている。『世界はかくして救われた』はすべての教科書にある。だからそんなにひどいはずもない。だが、「自分はそんなものは書かない、なぜなら興味がないからだ」と言う人がいるのはわかるよ。
要するにだね、個人の恋愛のもつれ、互いに多少なりとも恋に落ちて、ついにセックスに至るかなんて話は、私には全く興味がない! 昔から興味がなかった! 完全に冷めている。むしろゾウや恐竜の交尾の方が興味を引くよ。あれは大きくて動きがあるからね。でも人間? お断りだ。
文明の歴史、社会体制の歴史、なぜある集団が他を襲うのか……マルクス主義は狂った理論だった。なぜスウェーデン人は一時期、肉食魚のように、鮫のように暴れ回ってポーランドを食い尽くしたのか(シエンキェヴィチの三部作に書いてある)——そして突然それをやめたのか? なぜある世代のドイツ人はヨーロッパを襲い、多数のポーランド人とユダヤ人を殺したのか? ところが今や、ドイツの大臣が「テロリストが死を望むなら、与えてやればいい」と言ったら、ドイツのメディアは大騒ぎだ。「我々ドイツ人は誰の髪の毛一本傷つけたこともないのに!」……どうしようもない。社会の運命の方が、個人の運命よりよほど私には面白い。誰かが幸せに恋をして、または不幸に恋をして、2階から飛び降りたか喉を掻き切ったか、それが楽しかったかどうか——私の知ったことかね?
さっきベレザの話を引用したね? あいつはベレザと話したのかな? ベレザはすでに無数の人間に「作家の叙任」を与えたという噂だ……(「Opcje」から抜粋を苦々しく読み上げる)「レムなどという人間はいない。レムは存在しない。あのアメリカのSF作家——もう死んでいるが——ディックが書いたように、レムは存在せず、KGBも皆がレムの名前を使って活動している」……だとさ。
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
それでも、あなたとディックのテーマにはいくつか重なる部分があります。例えば『泰平ヨンの未来学会議』での現実が化学的な幻覚であるというモチーフと、ディックの『われらの父たちの信仰』……
レム:
ああ、確かに。
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
あるいは『完全な真空』の中の「ビーイング株式会社」——すべてが課金される世界——と『ユービック』での似たような有料化のモチーフなど。
レム: うん、あれだってSFだろうに。別の名前を付けてもいいがね。私は批判なんか一切意に介さない。唯一意味のある批判は、本が翻訳され、よく売れるかどうかだけだ。詩人は別問題だ。詩は翻訳で失われる。翻訳は詩にとって致命的だ。数日前、ここに若いロシア人女性が二人来た。彼女たちは私が作家じゃないとは思ってなかったよ。ベレザほど情報通ではなかったらしいな。翻訳の話をしたんだ。私はプーシキンを引用した——「Я помню чудное мгновенье」(素晴らしい瞬間の記憶)と(笑)。翻訳は字義通りに正確だが、詩はその過程で消えてしまう。彼女たちが理解しているか確かめるために——片方はソ連時代を全く覚えていなかった——「Люблю грозу в начале мая」(五月初めの雷雨を愛す)という句の出典を知っているかと聞いた。すると彼女たちは喜んで「チューチェフ!(もちろん)」と言った。当然。チューチェフ。私はロシアの抒情詩をよく知っているので、その瞬間、相手がどんな人物かわかった。
私はインタビューに来てくれる人を歓迎するが——こんなことを言うのを許してほしいが——しかし馬鹿は怖い。馬鹿と話しても、何も新しいことを学べないし、向こうも賢い質問ができない。これはとてもデリケートな問題だ。
ベレザはといえば、あいつはヤルジェブスキがかつて「苔頭」と呼んだ男だ——あいつには特徴がある。あいつは何十年も同じ意見を変えないんだ。脱帽するよ。全く変わらないんだから。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 「Opcje」に載った対談も同じです。聴き手は彼に自分の意見を浴びせかけるんですが、戦車のように跳ね返される。
レム: 「Odra」誌に「Lampa」について書いたとき、フヴィン (Stefan Chwin) を少し疑問視したんだ。プシェムィスワフ・チャプリンスキと同じように——彼はもっと慎重に表現したが——フヴィンは自分の知識を振り回す虚栄心の強い教養ブルジョワだと思う。それはまだいい。しかし悪いのは、彼が点数をつけ、ランキングを作る点だ。「この作家は二流だ」と。例えばヘルリング=グルジンスキを。フヴィン本人が「自分は二流の作家だ」と認めれば話は別だが。あいつが何を書いた? どこに彼の至高の作品がある?
私たちは時間がいかにすばやく過ぎ去るかを自覚していない。スタシュークはもう年配の紳士だ。オルガ・トカルチュクも40過ぎだ。これからが散文作家が本格的に生産的になる時期だ。トカルチュクはとても良い作家だが、ポーランドの未来について書くよう頼まれたとき、彼女はパテル・バジリ神父について書いたんだ。あんな人物が何の関係がある? そんなことをしても、笑い鳩は決してナイチンゲールにはならない。
忘却・ハリポタ・死刑
ドゥニン=ヴァソヴィチ: これで「架空の本」についての用意した質問はほぼ終わりです。前半は録音できませんでしが、大事な部分は再現できます。例えば、あなたは原稿を捨ててしまうということなど。
レム:
その通りだ。捨てなければ、この部屋は床から2メートルまで紙で埋もれるだろう。トゥロヴィチが亡くなったとき、フィアウコフスキが後始末をしたが、部屋の中は新聞の切り抜きの山の間の細い道しかなかったという。私たちはそういう生き物だ……何か見つけたときは人生の幸運な瞬間だよ。
ちなみにあのベレザという男は、私ととても好意的な対談をしたが、その後「Puls」に中傷記事を書いた——『スタニスワフ・レムの社会主義リアリズム的(偶然の)出来事』というタイトルだった。私は彼に手紙を書いて、事実誤認だと指摘した。彼は「モスクワが命じた社会主義リアリズムがレムに大きな影響を与えた」と書いていた。私は答えた——それがモスクワで強制されたとき、私は7歳だったんだよ、と。レンベルクのブルジョワの医師の息子だった私は、モスクワで何が起きているかなどほとんど興味がなかった。私たちは完全に遮断されていた。そんな具合だ。彼はそのときは折れた。しかし後でオーストラリアでポーランド語の私の作品論集が出たとき、この忌々しいベレザは「Puls」の全文を、事実訂正を一切せずに載せてしまった。私は彼に手紙を書いて、不快だと伝え、今後私の名前を彼の名前と一緒に扱わないでほしい、真理に対する敬意がないからだと伝えた。彼は了承し、この一件は終了した。
言っておくが、こんなに多くの言語に翻訳されている作家なのに、手紙はあまり来ない。この退役したポーランド人民軍の中佐を除いて。彼は私がピウスドスキ派を公言したことに腹を立てて怒鳴ってきた。一度だけ、バルト海から来た狂人の手紙で、「どうしてヨハネ・パウロ二世が猿人間なの、よくもカトリック紙に書けるものだ」と非難された。そんな手紙ばかりだ。
ところで、ベレザはあの哀れなマレク・スウィクも重要な作家だと思っているのかね?
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
それはぼくにもわかりませんよ。ぼくはスウィクというと、スープをテーマにした三部作を連想するだけですが……まあ、きっとそう思っているでしょう。
レム: あと、別の世代の作家にシューベルトというのがいて、『Trenta tre』を書いた……
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
……それと『パンナ・リリアンカ』ですね。
レム:
かつてシュチェパンスキと『ティゴドニク』で彼について議論したことがある。私はあの作品を独創的だと思った。彼はポズナン方言に対する絶対的な耳を持っていた。私たちには好みでなかったかもしれないが、それでも価値はある。聞いたところでは、今のシューベルトは野菜の行商をしているらしい。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 今の50歳前後の作家たちは、ぼくの世代とは全く違うので、全然知りませんよ。『Trenta tre』は読みましたが、『パンナ・リリアンカ』は噂で聞いただけです。スウィクの三部作は古本屋で買ったが、途中までしか読めなかった。
レム: 退屈だった。私は文学は面白くなければならないという、素朴な考えを持っているんだよ。トーマス・マンの『フェリックス・クルル』は非常に上手く書かれている。あの中に、詩人の女性とリフトボーイがベッドに入る大きなエロティックな場面があるが、ポルノの欠片もない、完全に非性的だ。あれは本物だ、残る文学だ。どうしてそうなるのか、誰もわからない。ジグニェフ・ウニウォフスキも大好きだ。ゴンブロヴィチは自分が彼を殺したと言っていた——故意ではないが、風邪を引いて見舞いに行き、感染させて肺炎で死なせてしまったと。ゴンブロヴィチは好きかね?
ドゥニン=ヴァソヴィチ:
あまり好きではありません。でもウニウォフスキのブラジル報告記を読んで素晴らしいと思った。タイトルは『Gold in...』
レム: うんうん、……ああ、私もタイトルを忘れてしまった。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: あの作品には、彼のガイド役の人物が巧みに描かれています。気取った在外ポーランド人で、やっと最後になって作者が「これは複数の実在の人物を合成した架空の人物である」と明かす。あれはヴァウコヴィチがやっているのと全く同じタイプの「事実文学」ですね。
レム: だが君の発言からしと、やはり本を読むのがお好きなんだな。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: あなたは「レムの法則」——誰も本を読まなくなり、読んでもすぐに忘れてしまう——を提唱していますが、あなた自身は何を本当に忘れてしまったのですか? 『完全な虚無』の序文では、あらゆる百科事典を貪り読んだ人物として自分を描いていますが、主に何を忘れたのですか?
レム:
私はベレザとの対談を読み返し始めて、自分が彼に話した内容をほとんど覚えていないことに気づいた。あのときはできるだけ記憶に留めようとしていたのに。人間の記憶というのは非常に頼りなく、腐食しやすいものだ。都合よく脚色されたり美化されたりする。人は一般に美化したがるし、特に恥ずかしいことは抑圧したがる。だが私は自分の恥ずべき行いなんか記憶にないから、知っている限り正直に答えたつもりだ。君が尋ねているのは、私が自分の本について忘れたことか、それとも一般的に忘れたことかい?
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 主にご自分の本についてです。
レム:
『マゼラン雲』に書いたことを忘れようとしたが、うまくいったかどうか。あれはひどい本だ。あの「セサム」は全く駄目で [訳注:『火星からの来訪者』かな?] 、『金星応答なし』も最悪だった。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: でも覚えてはいらっしゃるんですね。
レム: 大筋はぼんやりと覚えている。徹底的に忘れさせてくれる薬があるらしいが、まだ飲んでいない。私はごく些細なことを忘れる——作家の名前などが多い。『ポーランド文学辞典』が20万部も刷られたが……
ドゥニン=ヴァソヴィチ: あの赤い二巻本ですか?
レム: そうだ……あれは死体愛好だ。ぞっとするよ。作家は棺の蓋が閉まったら終わりだ。君の作家たちに忠告しておきたまえ——ヴィスカ*3 、つまりシンボルスカを「高齢のノーベル賞受賞者」などと呼んではいけない。「老人」と呼んでいいのは私だけだ。老人になるのは驚くほど簡単だよ! 30〜40年生きれば、もう老人だ。若者はもちろん自分の場所を勝ち取らなければならない。それは当然だ。70年前に良い本を書いた人は、今ではもう忘れられている。私は長い間、シュチェパンスキ再版のために戦ってきたんだ。結局ロスナーが了承してくれた。今はフィリポヴィチが出ているが、あいつは良い作家だった、長編だ。
こないだ片付けをしていたら、7年前の『シュピーゲル』特集号が出てきた。あの頃「傑作」と呼ばれた本が、今では誰も知らない。そして今や『ハリー・ポッター』旋風——読んでみたが、読めたもんじゃない。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: 『ハリー・ポッター』の話が出たついでに、あの小説には非常に多くの架空の本が小道具として出てきます。そして驚くべきことに、J.K.ローリングは後になって、その中のひとつ(ニュート・スキャマンダー『幻の動物とその生息地』)を実際に書いてしまいました。そして2年前にポーランド語訳が出ました。最初は幻の本だったものが、現実になったわけです。
レム: やればできるってことだな。
ドゥニン=ヴァソヴィチ: それに、小説に出てくるお菓子も実際に売られているんですよ。フィクションの現実への侵入です。
レム:
それはよくわかる。私も尖った魔法の帽子をかぶった子供たちが走り回るのを見たよ。私の時代のカール・マイの『ウィンネトゥ』——赤肌の紳士——と同じだ。当時はどのショーウィンドーや露店にも羽根飾りとカール・マイの本があった。今ではマイを読む人なんかいるかね?
あれは流行だ。いずれ消える。パンタ・レイ(万物は流転する)だよ。Mundus vult decipi, ergo decipiatur(世は欺かれたいと望む、ゆえに欺かれる)。
そして最後に書いておいてくれ——レムは死刑の熱心な支持者である、と。拷問はまだだが、死刑は支持している。