スタニスワフ・レム『わが文学観』(1977-1990): よい検閲とお抱え文芸制度待望論

正しい検閲をして国が文化を養え!(写真はイメージです。本文をは関係ありません)

「私の文学観」というから、スタニスワフ・レムがどういう文学をよいと考えるか、文学に何を求めるかという作品論の話かと思ったら、まったくちがった。むしろ創作環境についての論説というべきか。

もともと1981年、まだポーランドが社会主義だった時代にPolityka に書いた論説に、ポーランドが市場経済化した1990年にコメント(もとの文と同じくらいの長さ)をつけてTeksty Drugieに再掲されたもの。ポーランドの時事的な状況が説明なしで参照されるので、わかりにくい部分はあるが、同じテーマで社会主義時代と資本主義時代の両方の状況を考察しているので、レムの本心がよくわかるという意味ではなかなかおもしろい。

論点

1977年、1980年の部分では、文化の低俗化が指摘され、その一つの原因として検閲が挙げられている。ただしここで注意が必要なのは、レムは検閲そのものに反対しているのではない、ということ。正しい検閲が行われていない、というのがレムの問題意識だ。それが行き当たりばったりで、きちんとした世界観に基づく検閲になっていない、とレムは主張する。その結果として、レベルの高いものが検閲対象となり、それを埋めるために低俗な小説が大量に出回っていて嘆かわしい、とレムは言う。さらに検閲によって、公的に出せるものと地下出版に分断されるのがよくない、というのがレムの見方だ。レムは言論の自由なんてものは信じていないかどうでもいい。よい検閲により、ダメなものは排除して、統一的な世界観を推進せよ、というのがレムの主張なのだ

それでもこの1980年の論説では、検閲がどんどんダメになっているのが最大の問題ととらえられている。ここまでは検閲批判がメインであり、そこから境界なしに自由に書け、すべての本が平等に扱われる世界をレムは支持しているので、言論の自由を重視しているのかな、という読み方は可能だ。

しかし共産圏崩壊後の1990年に書いたものを見ると、その見方が必ずしも正しくないことがわかる。レムが真っ先に懸念するのは、文化の(政府による)パトロネージがなくなってしまった、ということだ。そして、それによりまともな作品が出なくなり、商業主義によって低俗文化が幅を利かせてしまうということだ。ポルノや扇情的な小説の洪水となり、まともな小説が埋もれてしまうという。

つまりレムは、言論の自由に耐えることができていない。

そしてその対策としてレムが主張するのは、低俗書籍への課税だ。それを使って高踏文化に補助金を出し、国が文化パトロンとなれという。彼は、言論の自由とか、すべての本が平等に扱われるとかいうのを実は信じてはいない。それどころか、それがよくないことだと思っている。1980年の論説を見ても、彼はダメな検閲に反対しているだけ、というのはすでに指摘した通り。むしろよい検閲は積極的に行えという立場なのだ。そしてそれは、ベルリンの壁崩壊後の市場経済でもむしろ強化される。つまり、かつてのソ連東欧におけるお抱え文芸アカデミーのようなものを是としているということだ。

ただし、その検閲を知的エリートがきちんとできるとは信じていない。彼はポーランド最後の10年ほどの文化的混乱、知識人の日和見主義などを恨みに思っている。そういう文化の裏切り者を糾弾して責任をとらせろと主張する。そして文化の基準は法律で細かく定めろ!

 

すげえ。

 

もちろん、公的な文化のパトロネージはどこにだってある。公共のオーケストラ、文楽への補助、伝統芸能や国宝など。でもレムが言っているのは、そういう国民の文化活動支援や絶滅危惧種の保護みたいな話ではない。文化のほぼすべてをカバーするパトロネージに、そこからはずれたもの(つまり低俗な扇情作品)すべてに対する課税だ。結局『対話』の解説で述べたように、レムの求めているのは「よい」社会主義であり、「よい」検閲なのだ。

レムがしばしば、ソ連やポーランド当局に一部の作品が検閲されたことを騒ぐので (『高い城』とか、『ソラリス』のロシア語訳とか)、しばしばレムは検閲反対であり、よって言論の自由の支持者だと思い込まれている (沼野充義はしばしば明らかにそう誘導するような解説を書く)。しかし、実際にはまったくちがう。それを示すものとして、なかなか興味深い文章ではある。

もちろんこれが、1990年というポーランド市場経済化直後に書かれたことには留意すべき。レムもまだ資本主義の仕組みについて十分に理解ができていないようだし、言論の自由とかすべての本を同じに扱うといったお題目についても理解が不十分ではある。が、その後彼が大きく考えを変えた様子はない。

要約 (AIにやらせてみたがダメなので全部書き直した)

文学の役割

文学は過去・現在・未来のすべてを扱う義務がある。 それは精神的生活の要石であり、民族的アイデンティティの保証であり、独自の認識の道具である。

1977年の診断:見識ない検閲が出版文化を破壊し低俗化に貢献!

文化状況は経済危機より深刻で、将来の見通しも悪い。インチキ文化と知的劣化が進むばかり。

  • 紙不足・検閲強化・出版規制により、良質な書籍・雑誌が激減。
  • 検閲が貧困化が「地下出版(samizdat)」を増やし、思想の分裂を招く。
  • 検閲が世界観を失い、代わりに「無害な」低俗作や偽情報(占星術など)が氾濫。
1980年の診断:検閲による文学の分裂は危険で自由を高めろ
  • 検閲下で文学は「公式」と「地下」に分裂した。これは文化全体の損失である。
  • 地下出版は抵抗として必要だったが、作品は限定的な読者しか得られず、普遍性を失う。
  • 正常な文学は作品そのもので評価されるべきで、作者の政治的勇気や犠牲で測られるべきではない。 そのための批評が重要だ。
1990年の追記(体制崩壊後):商業主義で愚作氾濫、正しい検閲と国の文化パトロン復活を!
  • 過去7年にわたり文化糾弾のお先棒を担ぎ、いまや民主主義者のふりをしている日和見主義者どもはきっちり糾弾すべき。
  • 社会主義の崩壊は文化に対する国家パトロン制を破壊した。
  • 市場原理(Balcerowicz改革)の導入はクズ作品の氾濫で文化をさらに脅かす。
  • 文化の基準を回復するため、仕組みが必要。ただし知的エリートは信用できないので評議会などはダメ。
  • 法律で文化の基準を細かく定め、低俗作に課税し、良書とその作者にふりむける仕組みを作るべき!

わが文学観 (MÓJ POGLĄD NA LITERATURĘ)

スタニスワフ・レム

(初出 Polityka 1981 nr.4 / Teksty Drugie 1990年・第2号(pp. 131–147))

 

わが文学観は単純に言い表せる。文学がまったく関心を持たないような事柄は、国家的なものであれ世界的なものであれ、存在しない。文学の義務は、過去、現在、未来に向かうことである。もちろん、いかなる人間も、したがっていかなる作家も、それを自分一人ですべてやることはできない。しかし、この到達不可能な目標が作家の目指すべきものなのだ。文学は精神生活の要石であり、民族的同一性を保つ保証人であり、特別な認識の道具である。それゆえ、その発展への脅威は、芸術潮流の進化が損なわれるにとどまらない深刻さを持つ。この脅威は、戦後のわが歴史において何度か繰り返された。すでに拙著ではこれについて大量に書いてきた。しかし今は、1977年12月2日に書いた書簡の断片を引用するにとどめる。

1977年

「ポーランド2000」予測研究委員会を代表して、ボグダン・スホドルスキ教授が、人民ポーランドにおける現代人の教育をテーマとする準備中の会議に向けて発言を求めてきた。これに対する私の長い書簡から抜粋しよう。私はまず、増大する経済・政治危機を拙劣に覆い隠そうとする虚偽の宣伝によって形成された教育的背景を描いた。文化の状況については次のように書いた。

私の見解では、この状況は経済よりも悪く、将来への見通しもより暗い。その社会学的分析には手を出すまい。それだけで論文一本が必要になってしまうからだ。ここでは文化的低迷の鍵となる標語を示すにとどめる。

最近、文化の危機を条件づける次の要因が重なった。

A)紙の不足、相当数の批評家・文学者・ジャーナリストに対する刊行禁止、検閲の規律の大幅な強化、同時にその世界観的指針の喪失(これについては別に述べる)、現代世界における知識と方位を広げる正常な教育を不可能にするような著作・作品・教科書の不足悪化。

B)創作環境(文学者)でかなり前から起きていること自体は、ここでのテーマを超える。しかしその事態に対する危機現象の影響は十分にその範疇に収まる。[…]公式の文化生活に見られるこの枯渇状況と、もはや等閑視できない「地下」活動の繁殖との間に正の相関がある、という印象を私は受けている。有望な若い批評家や詩人の名が新聞の紙面から消えるのに伴い、彼らは低部数の「サミズダート」型印刷物 [地下出版物] に登場するのだ。ここには次のような法則性がうかがえる。公式情報が説得力を欠き、検閲の介入が進めば、批判的・創造的思考が「検閲外の地下」へ「滑り落ちる」確率はそれだけ高まる。[…]文化政策は存在しない。むしろたとえば出版分野ではレッセフェールがある。不足している紙が浪費されている[…]。東ドイツでは、本の価格を一定水準に保つ補助金制度がいまだに実施されている。この情報が検閲を通るかさえ、私にはわからない。

C)まだ1973年、文化大臣S・ヴロンスキの主導で、1990年までのポーランド文化発展予測が作成された。当時、この予測をどう思うかと問われたので、あの論は一言で、空想的にすぎると答えた。これは私が思っていた以上に正しかったが、それで心が慰められるわけでもない。この予測によれば、1980年代頃には経済発展のすべてのボトルネックがすでに解消され、おかげでそれに続く年月は、文化創造の集中的発展と、それに応じた社会最大規模の文化普及としての外延的発展の時期になると想定していた。だがこの予測は実現しなかったし、いまも実現していない[…]。食料品の不足は社会にとって安価で価値ある本の不足より痛烈だが、本の不足は長期的にはあらゆる点で破滅的な結果を生む、と私は考える。人民ポーランドでは誰も肉体的には飢えていないが、獲得される知識の欠如はほとんど取り返しがつかない。選んだ職業を果たすのにギリギリ十分な準備しかなく、現代文明のより広い内容についての見識を欠いた、日和見主義が世界観に取って代わった無知な世代、つまり無学者の世代が育ちかねないのだ。[…]その領域では取り返しのつかない損害が生じてしいかねず、まさにそのような損害が15〜20年以内に起こるきわめて深刻な危険性がある。[…]一流の代わりに四流のジャーナリストばかりとなることで生じる政治的損害は大きいが、状況が改善すればこの損害は取り返しがつく。[…]むしろ私が恐れるのは、社会的に必要な専門家の教育成果の悪化だ。私の懸念の正当性についての問いに答える。社会の発展ダイナミクスの基盤である教育の質を乱すのは、次のような問題である:

  1. 社会政治的風土によって引き起こされた教育学の基準と手段の損傷。

  2. 学問および文化創造における「一手」の、すなわち知的能力の標準を定めるような、十全な情報への、財政面も含めた困難なアクセス。そのような標準が社会的に存在せず、公表されるべきことより、絶対に公表されてはならないことが重要になると、偽文学、偽科学、偽発明などとしての偽文化が発展する機会が生じる。一言で言えば、一定の外見が、ある時期まで文化と学問における真正な事実に取って代わる状況が生じる。そのような変質的ダイナミクスを私は最も恐れる。

  3. 独創性よりも日和見主義が優遇されること。

  4. 世界観的情報のかわりに、目先で有効とされる情報がはびこること。[…]検閲の行動戦術は世界観の維持を後押しする性格のものではない。典型的な非合理的態度だらけの欺瞞的情報(占星術、空飛ぶ円盤)や全くのたわごとが、高部数の新聞で流通を許されている。ラジオとテレビの番組は小市民的趣味に媚びる。同時に、テレビの若い「プレゼンター」新チームが示す無知に対して、激しい異議申し立てが起こることもない。したがって、大衆文化に広がる二次的文盲はすでに起こりはじめている。

私はこの書簡を、これらは日常生活で見逃せない自明の理であり、「これを黙殺するなら、PAN幹部会付属研究予測委員会が課した教育過程の診断という試みはすべて見せかけになる」という指摘で閉じた。このテーマの学術会議はヤブロンナで開かれた。私は参加しなかったので、あくまで推測でしかないが、この発言は当然ながら公表されなかっただろう。だがこの発言は、その委員会で学術的に述べられたあらゆる主張よりも大きな時事性を保っている。

1980年

われわれの文化で進行しつつある変質についての私の懸念は、本来なら現実化していたはずだが、今年の労働者階級の蜂起 [訳注:グダニスクの造船所における大規模蜂起で、レフ・ワレサ(ヴァウェンサ)の「連帯」成立のきっかけとなったもの] のおかげでそれが中断した。しかしそれでも、三年前に書いたことは、1980年のポーランドの精神的現実に対応する診断として外していない。

だがいくつか補わねばならない。1960年代後半と1970年代の文学生活の病理は似ているが、これは偶然ではない。文学はまさに食料品店と同じだった。棚からまず高カロリーで中身の濃い商品が消え、それが悲しげなキュウリの瓶の列に取って代わられ、その後、不在の美食のための調味料と中身の疑わしい段ボール箱が空虚を埋めたのだ。文学を地図のようなものとして考えてほしい。叙事に傾く散文の諸州、それに付随する批評、詩で構成される地図で、外周に向かうほど視野の広い写実的な本が減り、社会の周縁のテーマ、歴史的テーマが現れ、内容の不定性を保ちつつ形式の技巧を維持する抽象絵画に似た文学が現れる。これを考えると、なぜ読者大衆の眼前からまずブランディスやコンヴィツキが消え、ブチコフスキやパルニツキは消えなかったのかが容易に理解できる。検閲の活動をこの地図上で見ると、中心の白い染みがますます大きくなり、外周部ではそれがあまり強く広がらないことになる。おかげでとうとう、ド・サドの創作についてはまだ書けたが、ポーランド人にとってもっと重要なミウォシュについては書けなくなってしまった。同時に、真空はすべて埋められるという原則に従い、「イデオロギー的に無害な」駄作の氾濫が生じ、そこに人工的な異国情緒、時に代用品の愛国主義が詰め込まれた。そのため読者大衆が驚愕したことだが、書店の平積みコーナーはゴモリツキやパルニツキといっしょにそういう駄作を勧めたのだ。そのような作家に何か要求を突きつけるのは無意味だろう。彼らが引き続き刊行できたことは、彼らの罪でも功績でもなかった。単に粛清が彼らに及ばなかっただけだ。しかしこれらの慣行の結果は、テーマ、事柄、芸術的方向の階層の漸進的な歪曲であり、結局、あらかじめわが世界の真実に文字通り密着しない自らの世界を創り上げていた者だけが生き残れた。脅かされない領域を求めようとしない、あるいは求めることができない者は、宮廷奉仕に行くか、検閲外で活動する出版社に行った。この分類はもちろん粗い。しかし私は、這い寄る麻痺という現象が繰り返されることを示したいのだ。その再発は細かく見ればちがうところもある。なぜなら一部の著者は、私が「潜水」と呼ぶものを決意したからだ。社会の圧倒的多数には見えないところで刊行するのだから。ポーランドの文学活動を、公然の部分と隠れた部分に引き裂くのは、われわれ全員にとって損害であり、文化にとっての損害だ。強調するが、ここで語っているのは主に文学活動についてであり、ジャーナリズムではない。ジャーナリズムはまた別の問題である。

この状況を中立的な高みから見る権利を私が僭称しているという印象を与えないために――そんな場所はない――言っておくと、私も「潜水」で、ペンネームを使った時評を発表した。それは臆病なやり方だと思う人もいるだろうが、私の名前が微塵の重みも持たないという具体的な証拠があった。私は「ポーランド2000」委員会の一員として覚書を書き、検閲で没収される資料に委員会がアクセスできるようにせよと要求した。そうすればそこに社会の病が見られるだろうという主張しだった。検閲の有害な作用を阻止できないなら、少なくとも社会に伝えられないとされる内容を調べなさい、ということだ。その後、私は自分の主張の妥当性を確信した。没収された内容の一覧自体が、増大する危険を、めくらでもなければ見落としようがないほど明確に示していた。私は委員会にもポーランド科学アカデミー総裁にもこれを求めて手紙を書いた。最悪でも、せいぜいそのアクセスを拒否されるだけで、そのような申し立てをしたからといってアカデミーを解散させるような者はいない、と確信していたのだ。石油(1973年)と石炭についても意見書を送ったが、政府は委員会の資料にまったく関心がないことがわかっただけだった。この仕事全体が見せかけなのだ。文化発展予測が見せかけだったのと同じだった。スホドルスキ教授からのように返事が来ないか、きても儀礼的な丁寧さしかないもので、私が求めたことに一言も触れないものだった。したがってこれは全く効果がなかった。私は実効性を求めていたのであって、シャツを引き裂いて抗議して見せたタデウシュ・レイタンのような抗議する自分の姿を後世に伝えたかったのではないのだ。

しかし、これらはすべて論説や警告、一時的な警戒信号に過ぎなかった。文学は、こうした信号だけで構成されるものではないし、構成することもできない。警告、虚構の成功というプロパガンダへの反論、改革の提案などは、数多く提示されるべきであった。そして、もしそれがなされていなかったならば、現状はもっとひどくなっていたはずだ。そう断言する根拠は、『対話』第2版(WL, クラクフ 1972年, 276-301頁)に掲載した、予測要素を含む我々の病理の診断が、恐ろしいほどに的中したということだ。したがって、もし「潜水」の中で結晶化した、権力や御用業者たちが協定を結びうる相手としての労働組合の新しい概念がなかったならば、われわれは社会的影響の予測不能な激震に見舞われていただろう。なぜなら、この国はもはや何ものによっても覆せない経済的破局へと不可避にに向かっていたからだ。ゆえに迫りくる崩壊に関連して、検閲の外で書かれたこれらすべての肯定的かつ建設的な役割をあまり過大評価してはいけない。だがこれは余談だ。文学は二分されてしまった。沈黙するよりも、検閲の外で出版することを選んだ人々の振る舞いがたとえ称賛に値するものであったとしても、その先にあるのはよくない不吉な状態なのだ。

いったいなぜか。検閲外の作品はどのみちいつかポーランド文学の主流に流れ込む、という主張も見かける。ノルヴィトがいるではないか、と。彼の作品の多くは死後かなり経ってから刊行されたじゃないか、という。この主張は、国民文学が何であり、どのように生まれるかを全く理解していない。ごく少数の受け手のために書くことは、選ばれた読者しか覗けない、開いた引き出しに書くようなものだ。それが作品を保管所に預けるという話ならまだましだ。しかし作品は、土に埋めて何年後に変わらぬ輝きで掘り出せるダイヤモンドではない。作品はむしろ血球のようなもので、循環し、有機体全体と互いに影響を及ぼす。著者や検閲官の引き出しに留められ、国内の三百人のために存在する優れた作品は、事実上存在しないに等しい。多数の精神にも多数の作品にも作用できず、世界を見る新しい提案を創りだすこともなく、知的循環の不可欠な一滴にならず、さらに当面の政治的配慮がそれにふさわしい評価を歪める。何年後にそれが世に出れば、啓示となるかもしれないが、それでもその昔の時代の遺児にもなってしまう。

本は後世のための価値の預金口座ではない。同時代に生まれる本は同時代人に仕えるべきである。刊行できないなら、何とか救わねばならないが、それはかなり絶望的で例外的な出口であり、完全な喪失よりましなだけだと理解せねばならない。これは普通の刊行を意図して書かれた本にあてはまる。検閲外の作品は、そもそもの前提として反抗的な立場にあるが、これは概して不健全なものになってしまう。なぜならそれらは、何らかの理由で自分より強い相手との闘争というのが主眼になってしあうからだ。その理由自体がまったく正しいものであっても、そのような作品の論争的性格が重要なのだという事実はまったく変わらない。その相手が、作品の舞台と規則を定めてしまうからだ。そのような状況から普遍的次元を獲得するものを生み出すのは難しい。文学にそのような抵抗形態が必要だとしても、それは病気の侵入に対する有機体の反応のようなものだ。そのような防御反応は生命を救うが、それ以上の意味はないのだ。その病気から回復し、健康になっても、不屈の自分についての満足に限定されない有益なことをせねばならない。私が編集していた、スタニスワフ・バランチァクが訳した本が、訳者が問題視されたために刊行できなくなったとき、私は抗議して文学出版社への協力を打ち切った。二年続いた私の「不屈のストライキ」の結果は何だっただろうか? 私の本も出ず、バランチァクの訳書も出なかった、ということだ。自尊心は失わずにすんだが、読者を失った。それは当時の典型的な状況だった。異なる種類の損失の間でしか選べなかったからだ。

声を大にして言わせてもらうと、われわれの状況は異常であり、そのような意味で望ましくない。社会的な条件は、創造性を促進するか、あるいは少なくとも(西洋のように)それに対して中立であるべきだ。「作家」とは、個人の勇気や、自らの信念への忠誠のために犠牲を払う覚悟によってではなく、その著作そのものによって評価されるべきなのだ。作家が人格的・道徳的な模範となるのは、殉教的な人生や破滅的な姿勢によってではなく、自らの著作を通じてだ。それが実現したら、正常な条件下で働いているということになる。 まさにこのようなタイプの作家が我々の伝統に深く根ざしているのは、何世紀にもわたって我々が経験してきた、国民的な忍耐という歴史的な試練の結果である。このような人物を擁していることを誇りに思ってよいが、歴史に栄光をもたらし、作品を防壁として投じる石とするような行為において、彼らが不要となるようあらゆる可能な手を尽くすべきである。つまり、もはや防壁など存在せず、本がそのような石の役割を果たす必要がないようにすることである。 しかし、我々は在庫というあらゆる重荷を抱えた、この異常な状況を受け入れなければならない。「公式な」文学はゲットーのような状況に陥った。検閲の外へと踏み出すことで得られる自由の代替物は、世界中から見える、普遍的な文学、すなわちいかなる境界も持たない文学の息吹である、あの完全で高き自由ではない。もし社会の構成員の間に真実がなく、もし彼らが含み合いの体系で意思疎通することを学び、身近な人々の希望や思考は知っていても、社会のそれ以外のすべてが、不確かさは認識されつつも不透明なままの偽りに覆われ、彼らにとって未知であるならば、文学はこの歪曲と欺瞞の状態から事態を正すことはできても、それ自体で状況をより良い方向へ変えることはできない。 禁止の撤廃は扉を開くことである。だが、扉を開いたからといって、そこから傑作が世に出るとは限らない。言い換えれば、多くの具体的な条件を満たさなければならないが、それらは文学の急速な台頭を保証する十分な保証にはならない。当局に疎まれる作家たちに加えて、文学界からも疎まれる作家たちが存在することによる混乱や極端な姿勢、そして対立を私は危惧している。あらゆる作家の本は、等しく扱われるべきだ。

行政的な圧力が、環境的な圧力に取って代わるべきではない。現在、我々に最も必要なのは、文学における価値の階層の再生と正常化を実現するための、裁判所における実質的で公正かつ独立した批判である。執筆業績の価値を検証できるのは、それだけである。1977年に私が記したように、我々に必要なのは知的・芸術的な基準であり、それらは一朝一夕に作り上げられるものではない。もちろん、ゼロから始めるわけではない。そんな発想はナンセンスだ。 歴史学や文学理論の道に進み、見せかけのゲームに参加することを拒んだ批評家たちを、現代の舞台に呼び戻さなければならない。新人に課される要求水準を引き上げ、価値のない粗悪な作品――物語的に欺瞞に満ち、言語的にもずさんな、知的娯楽の文化的な地位を占めた作品――の制作をより困難にする必要がある。このアウギアスの厩舎は撤去されるべきである。それは我々に恥をもたらし、思慮なき無知を広めることが美徳とされていた時代の遺産だからだ。 文芸誌の編集者の選定において、ZLPの支部に発言権を与えるべきである。若手に注力すべきだ。才能を創り出すことはできないが、読書資料や手本を提供することで、その成熟を促すことはできる。書店には安売りされた印刷用紙が山積みになっており、現在はそれが非常に困難な状況にある。だからこそ、単に適切に書かれた本(H・ディトフルトのようなポピュラーサイエンス本など)が驚異的な人気を博しており、国民的な古典に辿り着くことは、もはや叶わぬ夢となっていることが多い。 この浪費的な混乱は、解消することができ、また解消されなければならない。出版社に対し、著作権切れで支払いが不要であるために刊行されているエキゾチックな香辛料や外国の古書の復刻版の代わりに、我々の文学界が提示できる価値ある書籍群を早急に市場に投入するよう、強く働きかけるべきである。こうした作品が豊富に存在すること自体が、社会的な視野から消え去ったそれらの作品の復権を後押しすることになるだろう。

われわれは、作家よりも本に対して厳しくあるべきだ。それは、すべてを忘却すべきだということではない。特定の人々の過去を記憶しておくべきなのは、復讐のためでも、ましてや彼らを糾弾するためでもなく、文学の未来の利益のためである。通常の状況下では、批評家も社会も、人格的な特性によって創作者を区別すべきではない。才能ある卑劣漢というのは稀な現象である。概して、惨めな魂は惨めな本しか書けない。不幸なことに、黄金の正義感に囚われた凡庸な才能の方がずっと多いのだ。時代が正常であれば、文学においては、作家の人間的な欠点を指摘せず、個人の正義感も尊重しない基準が適用される。なぜなら、重要なのは業績、すなわち作品だけだからである。しかしわれわれは、本の価値よりも人格の質を重視することを学んでしまった。この関係が決定的に逆転したとき、私たちは普通の社会の普通の文学を手にすることになるだろう。それが一日も早く実現することを願う。

1990年

『Teksti』編集部は、ほぼ十年前に『Polityka』に発表した上記の論文に、再録にあたってコメントをつけてほしいと要求した。わが文学の問題について、今はどう見ているかについての記述を期待しているのは間違いない。これを承諾したのは軽率だった。コメントなら簡潔なものであるべきだが、まともに述べるためには丸ごと1本の論文が必要となるからだ。しかし約束は約束だ。

1.

必要であれば、電報的じみた断定的な文体で表現することも厭わない。だがお求めのような簡潔な助言は無理だろう。というのも、私はかつての論説を執筆した世界とは異なる世界で書いているからだ。すなわち、政治的な刷新にとどまらず、政治的な激震が起きた世界である。その激震の後、「現実の社会主義」に残ったのは、すべてを解体しきれなかった残りかすや「体制」、その他多くの遺物のみであり、その筆頭として挙げるべきなのは、自らはもはや存在しないと宣言した政党――すなわち、かつての敵である社会民主主義へと変貌した政党だ。この政党のやり口は真正なものではあり得なかった。むしろ自衛的で保身のためのもので、いわば上辺を変えたに過ぎなかった。それはすぐにわかることだし、国の政治生活において無視できない意味を持つことだろう。とはいえ、簡潔に書くと約束した以上、この話はここで止めておく。

2.

20世紀において、我々は歴史の成り行きによって与えられた社会体制を、あらかじめ設計して変革しようとする、史上初の二つの巨大な実験を経験した。それらはヨーロッパ諸国の、そして世界のものでもあった。第一の実験は、ドイツの、ヒトラー的なものであり、「支配人種」に他の「劣等な」人種に対する権力を与えようとし、彼らをその文化ごと根絶するか、あるいは「ただ」奴隷状態に組み込むものであった。この企図は、力の不均衡(第三帝国とわずかな追随者対地球の残りのすべて)のために、そもそも実行不可能なものであったが、結果として数千万の死者を生み、ヨーロッパとアジアの一部を破壊し、ソ連に強いた努力によってこの国家を超大国へと変え、大陸をやがて敵対する二つのブロックに分割するに至った。

第二の実験は、それ以前の1917年に始められたもので、搾取から解放された諸民族の自由な連合を形成することによって、マルクスの仮説を実現しようとするものだ。我々は現在、その最終段階を観察している。出発点の仮説の原始性——そしてそれゆえの完全な不十分さは、共産主義の「建材」として、存在しないような特性を持つ人間を想定したことに還元される——が明らかになったのは、数十年を経てからのことであった。技術文明の停滞の時代であれば、マルクスの夢想が実現された全奴隷化の超大国が、いつまでも存続できたかもしれない。しかし、東西の競争と対抗の状況においては、全体主義モデルの崩壊は不可避であった。なぜなら、全体主義は、合法的にも非合法的にも、西側の加速する技術文明には追いつけず、西側は軍事分野においても革新を生み出し、奴隷化体制はそれに追随できなかったからである。この点はよく理解しておく必要がある。

数多くの欠点を抱えながらも、西側の体制は単にこの競争においてより効率的であることが証明された。一方、東側の体制は敗北する前に、自らの生活環境と人間生活の質を荒廃させ、あらゆる原料の巨大な備蓄を消耗し、海を砂漠へと変えてしまった。こうした集団的な破局に、「ペレストロイカ」はその成立を負っている。道徳的な抵抗による全体主義の反対者たちによるものではない。本論の主題に鑑み、ここではこれ以上述べるのは控える。

3.

『わが文学観』で列挙した私の懸念の多くが実現してしまった。「社会主義建設」の失敗が明らかになるにつれて、個々の社会の次元では、収縮と拡張、厳冬と雪解け、権力の苛酷な圧力と、多かれ少なかれ本物の自由化の時期とが交互に訪れる段階が繰り返された。その過程で、個々の人間や集団が全体主義の側から離脱していった。

そうした抗議や党からの脱退の年表は、それ自体が重要である。なぜなら、ポーランドにおける権力中枢での体制の最終的な清算が、ほとんどあらゆる「全体主義者」、その擁護者や同盟者を「真の民主主義者」へと変えてしまったからである。このような年表が存在することによって、民主主義的理想への真の徳と誠実さを測る尺度として、我々が持ち得るものは——ごく単純に——具体的な日付以外にはない。すなわち、誰がいつ、ついに破綻した体制に反対の立場を取ったのか、という日付である。

この破綻が公表され、PZPR(ポーランド統一労働者党)の自己清算をもって頂点に達した後になって、初めて民主主義の旗を振り始めた人間は多い。そのような「突然の転向者」はまったく信用できないと言わざるを得ない。

4.

こうして——ここからやっと本題だ——監獄は崩壊した。しかし、われわれ全員にとって致命的な驚きとなったのは、この廃墟とともに、文化に奉仕する物質的・財政的な力が破壊されてしまったことだ。

全体主義体制は、文化のパトロンだった。かなり残酷で、プロクルステス的であり、多くを要求し、その見返りに与えたものは、それほど途方もない栄光や富ではなかった。とはいえ、それと妥協を結ぶことは可能であった。より口語的な言い方をすれば、あまりに汚れることなく、「宮廷の創作者」たちとの追従競争に加わることなく、パトロンの恩恵を受けることさえできた。そのパトロンやその権力者たちを称賛せず、また特別に媚びへつらわなくとも、である。

この現象には、西側に一定の類似例がある。そこにはパトロン——たとえば出版社——が存在し、彼らは自らの懐から、まさに自分たちのような富裕なパトロンたちの清算を唱えるマニフェストの出版費用を負担している。しかもそれは、必ずしも階級としてだけでなく、特定個人に対する「吊るせ」という提案を適用するような形のものさえあるのだ! これが(自由主義の)広告のために容認されているのか、それとも他の理由によるのか——ここではそれを調べることはできない。

5.

ポーランドでは、このかなり絶望的な状況を「パトロン」しているのは、(例外を認めない経済改革において)「残酷な」バルツェロヴィチと、(この例外のなさに直面して)むしろ無力な文化大臣チヴィンスカ夫人である。

状況を深刻に悪化させているのは、作家・ジャーナリスト・芸術家の環境の一部、一言で言えば、国の知的エリートの一部——教育者、指導者、道徳的・知的権威の候補者たちを含めて——が、「ゼロ時」、すなわち1981年12月13日の戒厳令導入の時点で、われわれを裏切ったことだ。

この行為は、連帯(あの団体のことではなく一般的な連帯の話だ——編集部、出版社、学校、大学、クラブ、そして文化に関わるあらゆる機関一般において)を引き裂いた。戒厳令の崇拝者や宣伝者たちは、この行為に対して「裏切り」よりもはるかに高貴な多くの表現を見出した。しかし聖書が言うように、「その実によって彼らを知るであろう」。

作家たちからはその著作が奪われ、追放者リストが作成され、「反裏切り者」で監獄や収容所が埋め尽くされた。そして、広く知られている——ただしカタログ化されておらず、損失の範囲において実質的に収支が取られていない——諸現象を列挙することに、意味はないだろう。

しかしながら、我々は殉教と殉教史を偶像化しているため、この分野で会計に取り組むことは、ポーランド人の国民性にあまり合わないのである。

6.

はっきり言っておきたいが、戒厳令の導入と、数千人の即時隔離(収容)によって文化が被った損害は、最悪のものではなかった。最悪だったのは、文化と教育のあらゆる領域が進行的に荒廃し続けた七年の歳月であり、それはPRON、SRaKiその他といったポチョムキン村的な虚構の機関を創設することによってカモフラージュされていた。これらの機関は、文化において進行する荒廃を隠すものとなり、宣伝的機能を果たした——すなわち、実際の状況を偽っていたのである。

このゲッベルス流宣伝の達人たちには事欠かなかった。ウルバン、パッセント、ルリニスキその他といった面々である。

同時に私は確信している。もし中央において、体制の決定的危機が、近い時間的地平に浮かび上がる(しかも不可逆的な)敗北——軍拡競争と、敗北に転じつつあった政治的攻勢における敗北——として認識されていなかったならば、ポーランドで党の「改革者」たちによって始められた変化は起こらなかったであろう。ソ連でそれが起こらなかったのは、ソ連がごまかしようもなくMAD(相互確証破壊)の潜在力を持つ真の超大国であるか、あるいはそうでないか、のどちらかであり、第三の立場はあり得ないからだ。一方、ポーランドのような国家は、世界に対して同様の権力の真正性を示す必要はまったくない。

したがって、「ペレストロイカ」がなければ、ポーランドでは何も良いことは起こらなかった。勇気、名誉、祖国愛、自由などといったわれわれの徳が勝利したのだという幻想に浸っている余裕など、いまのわれわれにはまったくないのだ。

以上のことから、私は戒厳令の扇動者たちに、後に円卓会議で与えられたような善意がもともと用意されていたとは考えていない。それは予期せぬ贈り物であり、歴史によって「戦争」側に開かれた、凱旋的撤退の門であった。稀ではあるが、歴史がそのような贈り物をもたらすことは、時としてある。

7.

戒厳令の後、そして奴隷制の建物の崩壊の後、我々が受け継いだのは、破壊された創作者の団体、七年にわたる秘密警察・警察の支配によって、もともと息も絶え絶えだった経済がさらに弱体化したもの、そして最後に、バルツェロヴィチ改革の枠内での市場化療法だった。私個人の見解では、この改革は文化にとって、致命的であると同時にまったく無用の脅威をもたらしている。

悪い状況に拍車をかけているのは、キリスト教倫理によって動機づけられているとされる、マゾヴィエツキ政権を照らす一般的な規則——寛容、被害の責任追及をしないこと、報復を求めないこと、一言で言えば「汝の敵を愛せよ」という至上の命令との同意——である。まことに結構だ。

しかしながら、すべての政府の口々にある「魔女狩り」を行わないというスローガンは、ごく普通の虚偽であり、それを証明するのは非常に容易である。

罪の赦し——「我らが我らの負債者を赦すごとく」——やりたければどうぞ。しかしながら、ゲレメク教授のような中世史家である必要はなくとも、知っていることがある。「魔女」を告発し、拷問し、焼き、溺死させるのは、きわめて恥ずべき集団的な逸脱だった。なぜなら、実際に魔女とされただれ一人として、実際の魔術を行ってはいなかったのだから。魂を地獄に売り、悪魔と交わり、ハゲ山でのサバトの無数の描写には、一滴たりとも真実はなかった。つい最近、私はドイツの人類学者の著作を読んだ。彼は文献を掘り起こし、魔女のサバトの痕跡を一つでもいいから見つけようとしたが、何もなかった! 魔女狩りは悪魔の悪を狂信的に追及するという仮面を被った、集団的なサディズムの爆発にすぎなかった。

一方で、私はまだ、バチカン国家を含めて、普通の犯罪が追及されず、矯正機関の対象とならないキリスト教国について聞いたことがない!

あれやこれやは、ある種の「イデオロギー的狂信」によって「言い訳」できるかもしれない。たとえば、功績あるクラクフの作家たちから、彼らが創設した定期刊行物『ピスモ』を取り上げ、無能だが追従的に献身的な素人たちの一団に与えた者たちである。

しかしながら、「新しい」『ピスモ』の第二号は、ポルノグラフィックなテキストのアンソロジーであった。こうして、以前我々に「君たちは自分が生きている時代を理解していない」と言った党の高官の言葉が実現したのである。さて、この『ピスモ』を読んで、私は時代を理解し、家族とともに国を去り、「ゴルバチョフのもとで」戻ることになった。[訳注: レムは1989年頃にポーランドを離れて、オーストリアのフランツ・ロッテンシュタイナーの元に2年ほど身を寄せている。]

8.

上記の例は、「後期現実社会主義」の状態の優れた例証である。その時すでにポーランドには「本気で信じる」共産主義者は一人もおらず、コンクリートのように硬直した狡猾者、出世主義者、そしてあらゆる社会に存在する、名誉も信仰もない最悪の人間材料だけがいて、彼らが群れをなしてWRONの旗の下に駆け込んだのである。

私が文学についての見解の文脈でこれについて語るのは、次の理由による。我々はもはや、パトロン的機能を果たし得る出版社も、補助金も、あらゆる定期・不定期の印刷物の生産・流通・宣伝の領域における特別な税優遇措置も持っていない。すなわち、我々は何も持たず、(イメージを助けるための若干の誇張をもって言えば)裸で裸足である。しかし、国民文化が依拠する至上の価値の体系についての見解は、以前とまったく変わっていない。すなわち、10年、20年、30年、それ以上前と同じなのだ。

意見形成・文化形成の環境が決定的に分裂し、分断されたことを考えれば、文化の領域において「魔女狩りはしない」という規則(私が証明したように、実在しない魔女の糾弾に例えるというのは100%虚偽である)を適用することは、単に自殺的な行為であると私は考える。至上の価値には、真正に奉仕するか、あるいはまったく奉仕しないか、のどちらかである。第三の道は存在しない。

これは次のことを意味する。戒厳令の利点を『クルトゥーラ』誌で称賛し、今ではそれを忘れてしまった者、投獄された人々や暴力的に解体された組織に「帝国主義」や「外国諜報機関」、あるいは「シオニズム」などとの結びつきを帰属させた者が、当時打倒され、収容され、倒れていた者たち——彼が罵り、蹴りつけた者たち——と肩を並べて、バルツェロヴィチによって改良された共和国の、明るく市場化された彼方へと同じ歩調で進むことはできない。それは単にできないのである。

これは決して「狩り」や「嫌がらせ」への呼びかけを意味するものではない。ただ、持続的な境界設定と区分を求めるものである。なぜなら、彼らを吸収し、「三月」の助教授たちを真の科学者たちと同等の顕著な地位に置くことによって、我々はポーランド文化の破壊の仕事を継続しているにすぎないからである。それだけである。

9.

重度に障害を負った文化に対し、「連帯」からの支援を期待できるだろうか。直接的には、できない。「連帯」は、奴隷化された社会のあらゆる志向の結晶化と組織化の中心となった。それらの志向は、それ以外では表現を見出せなかったのだ。「連帯」が持つ力は、その統一性の中に、そして何よりも、それによって生じ、立ち、戦時を生き延びた象徴の統一性の中にある。そして「連帯」に起こり得る最悪のことは、せいぜいが希薄化や、敵意・野心・要求によって分断された諸集団への分裂でしかない。

近隣諸国は、この自己組織化の高揚を羨んだ。しかしポーランドとしては、東ドイツ、チェコスロヴァキア、ハンガリーでの動向を注意深く観察すべきである。ポーランドにとって特に重要な事例は東ドイツだ。なぜなら、西ドイツのすべての有力な金融家、銀行家、経済学者、政治家が、東ドイツを危機的な没落から引き上げるための戦術の検討に全注意を集中させたからである。

私のようにドイツの報道やメディアでそれらの協議、相談、提案を追っている者からすると、まず第一に、ドイツの大資本が東ドイツを「飛び入り」で助けようとしているのが目につく。そこではエルベ川の向こうの「兄弟姉妹」の利益よりも、自らの利益が重視されているのだ。そして第二に、最も冷静な西ドイツ(および東ドイツ)の政治家たち——有権者の票よりもドイツの利益を懸念する者たち——が、あらゆる卸売・小売の取引網を支配する強力な企業連合の群れを鎖から解き放つことに対して警告しているのを見る。なぜなら、西側企業が広い戦線で東ドイツに侵入すれば、東ドイツでやっと再生の芽を出しつつある中間層、地元の商業、新聞・書籍の出版社を粉砕するからである。これはすでに予備的な規模で起こっている。

なぜなら、近代的で、市場競争で鍛えられ、態度は丁寧だが行動は容赦ない資本が、すでに東ドイツに入り込み、補助金で維持されていた商業集積の活動を完全に廃止し、部分的には新聞や出版社の活動も廃止してしまったからである。それらは東ドイツで、指令・分配システムの中で依然として高い水準に維持された補助金によって強く支えられていた。

私はこれを自分自身の経験から知っている。私の同じ作品が両ドイツ国家で類似した装丁で刊行されたが、価格は1対12、さらには1対16の比率で東ドイツに有利に異なっていたからである。もちろん理解しなければならないのは、これらが全体主義の機能の、いわば肯定的な副作用だったということだ。全体主義は社会からすべてを奪い、あらゆる私的財産の形成を妨げながら、パトロン活動においては時として多くを許すことができる(同様に優遇されたもう一つの領域はスポーツであり、それによって小さな東ドイツは国際大会で金色のメダルをたくさん収穫した)。

ポーランドについて明確に言おう。東ドイツに待ち受けているような規模の外国資本の侵攻は、ポーランドにとっては脅威とならない。したがって、この点に関する(「国民財産の売却」についての)一部の同胞の希望も、他の同胞の懸念も、主として根拠がない。

一方で、間接的な脅威——文化的なものも含めて——がある。関税障壁、わずかな輸入力に対して支配者たちがまったく関心を示さないため、ポーランドは世界の先端を駆動する情報・産業の源泉から切り離されてしまうということだ。なぜなら、あまりに高価なトラクターの代わりに農村が馬力牽引に逆戻りするというのは、警告的な兆候だからだ。あまりに精緻な市場化構想が成功してしまうと、われわれはほぼ文字通り戦前のポーランドにひきもどされかねない。それは望ましくない!

なぜなら、今日ではかつてのポーランドをやたらに理想化したがる傾向があるが、実際のところそれは非常に後進的で弱いポーランドだったからだ。そしてそれは、国民性の欠陥——たとえばユゼフ・ピウスツキが苛立ったような、地方議会主義の伝統や自己中心的な細分化に由来するもの——だけのせいではなく、有力な(すなわち豊かな)世界において、ポーランドが半ファシスト国家だという評判を持っていたからでもある(部分的にはピウスツキのせいだ)。また部分的には、(いやむしろ特に)反ユダヤ主義的形態の民族主義的排外主義に汚染されているという評判をポーランドは持っており、それに燃料を供給したのは、西方での最初の特異な政治的発言以来のドモフスキだった。

したがって、イェジ・ギエドロイツが、ピウスツキとドモフスキの棺が依然として支配するポーランドに対して警告したのは、至極当然であった。しかしながら、これを徹底的に理解し、この診断から結論を引き出すためには、過去に対して反ノスタルジックに向き合う、冷静な理性が少しは必要である。そして理性はポーランドではほとんど常に、思慮や勇気よりも得難かったのである。

10.

我々は主権を回復した。その回復度合いが35%か70%かという論争には介入しない。また、文化芸術省の地下で、文化を救うための何らかの保護的措置が講じられたかどうかも、私は知らない。

生産性、効率性、社会への影響力で見た場合、戦間期の二十年間に戻ることは、精神的な文句なしの大惨事となるだろう。なぜなら『ヴィアドモシチ・リテラツキエ』級の雑誌が最盛期でも1万2千部にしかならず、数千部の書籍がポーランドのベストセラーだったのだから!

さまざまな形の救済が可能だった。書籍の分野では、たとえば私が数年前に西ドイツで提唱した構想の実現である——それは西側に向けたものであった——すなわち、読みやすく売れ行きの良いが文化的に貧弱または無価値なタイトル(ポルノ、センセーショナリズム)に課税し、それを私は「無価値税」と呼んだ。そうして得られた余剰を、さまざまな範囲で価値のある作品の刊行に充てる、というものである。

もちろん、この構想は冗談と見なされた。なぜなら、商業化が西側のあらゆる生産のあらゆる分野を覆い尽くしているからだ。しかし、ポーランドの未来への希望として、そんなものに本気で心酔してはならない。

ここでは芸術と科学の分野におけるさまざまな集団的・組織的救済の形態を提案する余地はない。私が指摘できるのは、大統領、首席司祭、王宮、あるいはさらに壮大な何かのミューズの神殿に評議会を設置しても、それは見せかけの活動の継続、すなわち救済の偽装でしかない、ということだけだ。なぜなら「ソロモンでも空から注ぐことはできない」からであり、いかに美しく編成されたポーランドの知的エリートたちであっても、文化が生成することも、連続性を得ることも、社会全体への拡張性を得ることもできないものを、生み出すことはできないからである。

すなわち必要とされるのは、専門化され、鋭く対象を定めた立法であり、それが知的・芸術的・科学的産物を、当該産物が具体的にそれに値する比例的な尺度で保護することである。生産、流通、配本、そしてそのような訓練と人材育成(たとえば書店員の)の組織化が必要であり、それは精神の領域(より控えめに言えば、情報領域)における、今日我々のもとであらゆる経済的苦痛への治療法として称賛されているもの——マネジメント——に相当するものだ。

そして最後に、資本、すなわち単に金が必要である。私はこれをはっきり述べる。なぜなら、私はここで論じられている全分野の客観的で公平な観察者であり得るからである。私の生活維持の財源は、国から流れてくるものではない。したがってこの提案が、私自身の懐の利益を代弁しているという疑念は成り立たない。

11.

まとめよう。すべてが失われたわけではないが、多くが脅かされている。萌芽を見せている自然発生的な市場は、文化にとって危険だ。小さな出版社たちの力——無から生じたかのように、ほとんど価値のない魅力的な一握りの書籍を、一般的で劣った読者の嗜好を狙って出版し、利益を持って逃げる——は、生産的持続性の萌芽ではなく、我々の商人・観光客たちと姻戚関係にある領域なのだ!

声を大にして言うが、国民は文化によって興隆し、没落する。それ以外のものは、人々が知的成果をどのように利用するかの総和にすぎない。

これはおそらく、決して最も独創的な指摘ではないだろう。しかし、ほぼ十年前のテキストへのこのコメントを、まさにそのような指摘で締めくくりたい。ホモ・サピエンス・サピエンスとは、リンネの分類表による我々の名称である。種としての理性を理性的に活用することこそ、現代世界における唯一の機会であり、文化なき理性は、翼なき鷲に等しいのである。

クラクフ、1990年3月10日

レム=ベンフォード論争 (1977ー78) のすべて

Executive Summary

1977年にスタニスワフ・レムは、Science Fiction Studies から一般向け宇宙論解説書の書評を依頼され、すでに古びていると評してから、SFというジャンルはそうした最先端の科学を作品に取り入れることもなくすべてをメロドラマにして理性が軽視されていると酷評。それに対しハードSFの大家で天文物理教授でもあるグレゴリー・ベンフォードが、レムの知見は決して最先端ではないし、その程度の知見なら使った小説もある、メロドラマするのは創作技法だし、ジャンル全体について乱暴な断言はよくないと批判。レムはそれに対し反論したが、自分の肩書きを誇示し枝葉の点にピント外れなコメントしかできなかった。そして後にインタビューで陰口をたたくだけに終わっている。

 レムの英米SF批判が、必ずしも妥当性を持たず、まともに反論されるとディフェンドできない程度のものでしかないことをはっきり示す一例となっている。

はじめに

"左側は眼鏡をかけた中年の男性スタニスワフ・レムがやや上を見上げているカラーのポートレート。薄くなった白髪、黒縁の眼鏡、濃いタートルネックを着用。右側は白黒のポートレートで、あごひげと口ひげを生やした男性グレゴリー・ベンフォードが正面を見つめている。やや長めの髪、濃いジャケットの下にストライプのシャツを着ている。2人の顔を左右に並べた合成画像。"
レムとベンフォード

1977-78年に、Science-Fiction Studies #12-14 で展開されたスタニスワフ・レムとグレゴリー・ベンフォードの論争の一次資料とその翻訳、およびコメント。「宇宙論とSF」はLem Microworlds (F. Rottensteiner編, HBJ, 1984) pp.200-209 に再録されたものを使用した。それ以外は初出の(というかたぶんそもそも転載されたことはないと思う) Science- Fiction Studies を参照した。

レム=ベンフォード論争 (1977ー78) 資料

議論要約

レム「宇宙論とSF」

John, Cosmology Now (1973)の書評、というか「もう古びて見るに堪えないね、おれのSETIなど最先端の宇宙論知識に比べればゴミね、いずれSFとしてなら読めるかもね」という嘲笑罵倒からはじまる。続けて「それにしてもSF作家どもは、そういう宇宙論を全然勉強しないし作品にも入れない。SETIで宇宙人がいないのが見えてきたのも反映してない、星間旅行の時代にやるのは古くさい征服と戦争ごっこ、なんでも生暖かい人間ドラマにしてしまう。もちろん最新宇宙論のブラックホールや中性子星は人間的な要素がないから小説にできないのはわかるけどな。新しい宇宙論をSFが自ら考え出さないと」と論じる。

ベンフォード「レム『宇宙論とSF』について」

それに対してベンフォードは「私、学者だけどレムのいう宇宙論は大して先端じゃないよ。特にSETIなんて別に天文物理に何ら影響していない。もうちょっと勉強しよう。宇宙文明の痕跡が見つからない話を扱ったSFも、宇宙文明のあり方を扱ったSFもある。宇宙を人間化して矮小化しがちなのは事実だが、それは小説の構築法として古典的で、いちがいに否定できない。中性子星やブラックホールに人間的な要素くらいあるでしょ、ニーヴン『中性子星』はどうよ。SFで理性が軽視されているというのもひどくない? わずかなサンプルで全SFを断罪するのはダメでしょ。そして科学の営為もそこに関わる科学者の思いも様々。科学の営為が持つ人間的な側面を描き出すのもSFの重要な意義では? SF作家がいい加減な宇宙論考えても仕方ないだろ」と述べる。レムの罵倒まみれの議論ほぼすべてに、穏やかながら厳しく反論している。

レム「ベンフォード教授に答える」

その反論としてレムは、「ベンフォードに素人扱いされた! だが自分はSETI学会に呼ばれたし寄稿もしたし講師もやったんだ! 循環宇宙否定は不正確だ! ウチュージンが見つかる可能性の低さはSETIで言われている! 例外があってもSFがダメなのは変わらない! そしてベンフォードは枝葉の話で本題を疑問視させるインチキをしている!」と述べる。ベンフォードの指摘にはほぼ反論できていない。

訳者印象

全体として、レムの最初の英米SF批判はあまりに偏狭。SFは「認識論的な価値を持つべき」=つまり事実に基づいた知見と考察の伝達に専念すべきというレムのきわめて狭いSF観を理解していないと(していても) そもそもの論拠すらよくわからない。また「SF」というとき、「欧米SF」だけが念頭にあるのも議論を混乱させている。さらにかつての鉄のカーテンのため仕方ないとはいえ、すべての(英米)SFがダメだという断言はあまりに乱暴。これはレムの(英米)SFに対する口汚い罵倒すべてに共通する欠点。

SFが新しい宇宙論を構想せよ、という最後の主張も極論。レム自身は「新しい宇宙創造説」などで実際にこれに近いことをやっているし、そういうSFの可能性もあるだろう。その一方で、それしか可能性がなく、あらゆるSF作家がそれを目指すべきという主張は偏り過ぎで、レムの特異なSF観を共有しない限り(そしてそれはまともに説明されない) 普通は理解し難い。

それに対するベンフォードの論難はどれもきわめてごもっとも。SFすべてを十把一絡げに断罪するにはもっと慎重であるべきだし、SFの役割についてもずっと妥当で穏健な立場で理解しやすい。また専門の宇宙論についても格の差を見せているし、同時に実にさりげなくレムの無知をチクリと指摘している部分も芸が細かい。ホーキングが引き合いに出されるのは、レムがホーキングのミニブラックホールを持ち出して得意がっているのに対して「あなただって、科学に詳しいと自称してるけど、新聞一面に出るような話しか知らないでしょ、ホーキングのいまの研究知ってますか」という揶揄だ。

レムの反論はこれに対してまったく答えられていない。全体としてレムは、SFをめぐる主張に対する反論には一切ふれず、科学知識が大したことないと言われたことにばかり反応し、どうでもいい細部の話が全体の9割を占める。ベンフォードが、細部にこだわることで全体の信用を落とす手口を使っていると批判するが、レムのこの反論こそまさにそれだ。

冒頭の長々しい肩書き誇示に、レムのコンプレックス、もとい権威主義が露呈しているのが、微笑ましいというべきか。ベンフォードは、レムがSETIについて無知だと言っているのではなく、SETIそのものがレムの思っているほど権威がないと言っているので、そのSETIでの肩書きを誇示したところで、この議論では意味がない。それにベンフォードは、ウチュージンが見つかりそうにないことについては別に反対していないから、「SETIでそう言っている」と繰り返したところで何の反論にもなっていない。例外はあっても、全体としては超光速とかタイムトラベルを使うSFが多いのは事実だろ、というが、例外がそれなりにあるならレムの断定は拙速だったということだ。つまりほぼすべての論点をレムは打ち返せずにいる。

その後の経緯

 この論争と並行して、スタニスワフ・レムがアメリカSF作家協会 (SFWA) の名誉会員を剥奪されるという、通称レム事件が起こっていた。ジェリー・パーネルがレムの口汚い英米SF罵倒を目にして、こいつを名誉会員にしておいていいのか、と問題視したのを発端に除名処分に到り、それについて多くの会員が論争をくり広げた。このベンフォードとの論争が出たScience Fiction Studiesにもそれをめぐる議論が掲載されている。その後、ゼブロウスキーやサージェントらによる検証が行われたが、そもそもレムに名誉会員になる資格があったか等のつまらない手続き論に終始して何ら生産的なものではなかった。

 それを受けて日本では沼野充義が次のような紹介をしている:

レム事件というのは、世に喧伝されているレムとアメリカSF界の大喧嘩などというものではなく、レムの痛烈な批判に腹を立てたアメリカのSF界が勝手に騒いで一人相撲を取り、外部からの批判に極度に敏感だという独善的性格を期せずしてさらけ出した不毛な出来事に過ぎなかった」(沼野充義「スタニスワフ・レムの世界」)

この文章自体はまちがいではない。SFWAのムーブはまったく大人げない見苦しいものではあった。その検証作業も含めてまったく不毛だった (こうして外野にゴシップねたをくれる以外は) というのは沼野の指摘の通り。だが、ここの「レムの痛烈な批判」という記述は、鋭く痛いところをついた正当な批判、というニュアンスに解釈されかねない。そして残念ながらこの沼野の文章に、レムの批判そのものの内容紹介は一切ない。

 だがこのベンフォードとの論争を見ると、実際の「レムの痛烈な批判」というのは、網羅性もないサンプルをもとに、自分では広いと思っているが限定的でしかない知識で、偏狭な基準に基づいた独善的な意見を口汚く投げつける、というだけのものでしかない。そしてこれは『SFと未来学』を筆頭に『闇の左手』をめぐる論争やディック論でも、レムのほぼあらゆる英米SF批判に共通だ 。

またレムはどうも作品をきちんと読めていないというのは以前に紹介した論争でも指摘したが、さらに批判もまともに読めていない。「電波傍受プロジェクトがすぐに成果をあげるなんて期待している人はいないし」というベンフォードの批判 (よってSETIが成果を挙げていないからといってウチュージンがいるとかいないとかの結論に飛びつく必要はない)に対し、レムは「私が電波計画(すなわち地球外知性の探査)で「即座の成功」を期待していた、というのも事実ではない。」と反論する。そうは言っていないし、さらにもしそうなら、SETIの成果なしを根拠に「だからウチュージンいない」と得意げに言うことはできないではないの。何でも自分への悪口と思いこみ脊髄反射で議論の整合性も考えずにタイプライターを叩いてしまう。ツイッタラー廃人みたい。

 

 さらにレム自身は、明らかに自分がベンフォードに論破されたのがわかっている。が、それを認める度量はないどころか、逆恨みして陰口をたたく。

しかし正直なところ、SFには精神の巨人はいません。まあ、優れた学者で、時にはSFも書く人なら何人かいるでしょう。一人知っていますよ、宇宙論を研究していて……あえて名前を出しませんが、「物理学者としては二流、作家としては三流」(!)とだけ言っておきましょう。 (ベレシ『レムかく語りき』(国書刊行会 2026) p.279)

ここで言及されているのは、明らかにベンフォードのこと。ずいぶんカッコ悪い。レムの「痛烈な批判」は本当に痛烈だったのだろうか?

 他でも同様の批判を受けると、レムは「いいよ、もう反論しないよ、だっておれはもう英米SFなんか読まないもんね、どうだ気が済んだか」と逆ギレを起こし (オーストラリアのSFファンジン SF Commentary #60 (1980) p.4)、まともな反省も自分の論の見直しも行わない。むしろかえって意固地になり、十年一日の同じ罵倒を続けるばかり。

 レムのSFはもちろんおもしろい。だがそれだからといって、レムを博覧強記のあらゆる分野に通じた天下の大賢人としてまつりあげる必要はない。自慢できるくらいに博識ではあるが、その知識はレム自身が自慢するほど最先端ではなく、あくまで通俗レベルだという点は認識すべき。まして常にレムが正しく立派な人だったなどと思う必要もない。むしろ、こうした独善的で性格の悪い部分がレムのSFの独創性に貢献しているのはまちがいないことだし、そういう部分をきちんと示すのも文学研究の重要な役割だと思う。

マリリン・マンソンのジレンマ

なんだかツイッターで、デヴィッド・リー・ロス・バンドからデヴィッド・リー・ロスがクビになったという話を聞いて、確かマリリン・マンソンも昔似たようなことなかったっけ、と思って久々に懐かしくMechhanical Animals とかを聴いたことでありますよ。

Mechanical Animals (Explicit Cover)

名作だよねー。

だけどその後、マリリン・マンソンは鳴かず飛ばずな感じになって、いまはもうどうなっているのかもあまり知らない、というか気にもしていない。なんでだっけ、と思ったが、そうそう、思い出した。やっぱり彼のポジションみたいなもののせいだろう、というようなことを昔考えたんだよね。名付けて、マリリン・マンソンのジレンマ。

 

話はとても簡単。こう、だれもおれを理解しない、おれは孤独だ、だれにも愛されていない、つまはじきだ、クスリに浸るしかねえぞ、自傷するしかないぞ、という楽曲がミリオンセラーになってしまったら……マリリン・マンソンはどうすればいいの?

たぶん世界で千枚くらいしか売れません、というような状態であれば、自己イメージと世間からの受容がそれなりに整合するし、小さな仲間意識でやっていけただろう。ライブにくる連中は、お互いに「フンッ、ニワカめ」と張り合いつつも倒錯した仲間意識に浸れた。でもそれが何百万枚も売れてしまいみんながTシャツ着るようになったらどうしよう?

それはつまり、やっぱりみんなあなたを愛していたので、これまでの楽曲は単なる誤解だったってこと? 実はマリリン・マンソンは愛されキャラだったってこと? それは何か変だ。

でもじゃあそのまま「みんなに愛され続けるように、おれはだれにも愛されていないと歌い続けます!」というのも言ってること自体が矛盾しているのは自分でもわかるだろう。

そうなっちゃうと、もうマリリン・マンソンとしてはどうしていいかわかんなくなるよねー。

これが昔考えた、マリリン・マンソンのジレンマだ。

 

もちろん「だれもおれを理解しない、だれにも愛されない、おれのアルバムを買うようなやつらはみんなそういうおれをあざ笑っているだけだ」といった金持ちの孤独みたいなものに走る手はあるだろう。「金では満たされぬおれの孤独」みたいな。マリリン・マンソンも、その後のアルバムで「今度のテーマは1920年代だ!」とか言っていた。それは、そういうフィッツジェラルドみたいな方向を目指してみたということだったのかもしれない。でもそれはまた話がちがう。マリリン・マンソンは、そういう村上春樹的な飽食の中の孤独や不満の人ではなかった。

ナイン・インチ・ネイルズ/トレント・レズナーは、似たような部分を持ちつつ、音楽性が強くてそっちに行って映画音楽とかで存在感保ちつつ、少しずつそういうサブカルのこの世への怨嗟みたいなものからは距離をおいていった。「子供にあんまりおれがfxxkとか歌ってるの聴かれたくないよな」と言っているのは、寂しいような気もするしつまらなくなったとは思うが、ポジショニングとしては成功しているとは思う。

それに対しいまマリリン・マンソンが何をしているのかよく知らない。最後に聞いた彼の曲はDisposable Teensかなんかだっけ。好奇心起こしていまウィキペディア見たら、うーん。あのピーク以降は個人スキャンダルと訴訟ばかりで何もないなあ。

ja.wikipedia.org

ある意味で、それは彼がなまじ頭がいいせいでもあるんだけれどね。若い反抗のまま売れても何も矛盾を感じずに脳天気にやってるミュージシャンやアーティストはたくさんいる。ジャミロクワイがインタビューで「金持ちは汚え」とか言っていて、インタビューアーに「でもあんたもフェラーリ山ほど持ってる大金持ちじゃん」と言われて、言葉に詰まって「おれは政治家みたいにウソのつきかた知らないけどそれはちがうんだ!」と逆ギレしていた。ビリー・アイリッシュもそうだわな。ハリウッドの役者どもも、そんなのばかり。よくまあ、自分の発言と自分の立場の乖離に耐えられるなあと思うんだが、何も考えてないんだろうね。知らぬがホトケ、ignorance is bliss.

"白い文字で「IGNORANCE IS BLISS」と大きく書かれたミーム画像。画面左側ではフォークに赤いレアの肉が刺さっており、暗い背景にぼんやりとした緑の光が浮かんでいる。画面右側には、坊主頭で口ひげとあごひげをたくわえた男性がそのフォークの先の肉を見て、考え深げな表情を浮かべ何か言おうとしている。映画『マトリックス』の有名なシーン。"
実はこの役者さん、レア肉がすごい苦手でこの撮影は拷問だったそうな。

それはまた、多くのサブカルから左翼ツイッタラーになってる人や学者、知識人の抱える問題でもあるんだけれど、彼らがそこで口を閉じられないのは、彼らがマリリン・マンソンほどは真剣でもないし頭がよくもないという部分もあるんだろう、とは思う。

でもこのマリリン・マンソンみたいな、不幸の中でしか幸せになれない、幸せの中では不幸にしかなれないというのを抱えた人々、そういうポジションしか取れない人はいて、どうすればいいやら。小説でもそういうのはある。昔だれかが、カート・ヴォネガットは村上龍の借金を肩代わりしてやればいい、ということを言っていた。ヴォネガットは貧乏作家で『タイタンの妖女』とか書いていた頃がいちばんよくて、なまじ売れてからはつまらんものしか書かなくなった。村上龍は女にはまって映画で借金こさえて*1、愚作を量産せざるを得なくなり、才能を浪費してしまっていた。ヴォネガットの財産を減らして貧乏作家に戻し、村上龍が借金苦から逃れて落ち着いて創作できるようになれば、これぞWin-Winってやつだ、というわけ。

愛と幻想のファシズム上/村上龍

これはあくまで冗談だけれど一抹の真理がこもってはいる。そういう、財産と創作との最適バランス理論みたいなのが作れそうにも思うが、まあそれはわからん。

*1:ハル・ハートリーのその後の凋落ぶりを見ても、まれに見るさげマンなのか泥沼女なのか……

タンザニアの変な為替レート

いま仕事でタンザニアにきている。この前にいたナイジェリアに比べると、まあ外出規制とか必ず警察のエスコートつけろとかいう規制がないというだけでホッとする感じではある。

で、到着したのは日曜夜。現地通貨に両替しとくかと思ってレートを一応ググって調べたら、なんだか知らないが土曜から急にレートが悪くなってる。あー、ちくしょうソンした、なんかあったのかなと思ってそのときは放置したが、その後少し長めのFX変動を見たら……何これ。

タンザニアシリングの対ドルレート。土曜だけTZSが上がる

毎週土曜日だけ、どかんとタンザニアシリングが上がる(つまり同じ外貨で受け取れるTZSが減る) 。必ず。

平日は通常は仕事なのでオフィスや現場を離れられないので、スーパーやコンビニが町中にたくさんないと、両替とか買い物は土日に主にやることになる。するとこんど土曜に換金すれば……と思ったが、それ以上にこんなはっきりパターンがあれば、アービトラージして儲けられそうだ! なんてぼくが思うくらいだからだれでも思いつくはずで (飯田さんはすぐにそうレスしてた)、つまりそうなっていないのは何か理由があるってことだ。

ありがちなのは、週末に何かTZSでの決済需要があって(たとえば週払いの賃金を土曜に現金で支払うのが地元の習慣だとか)、それでTZSが高くなる、というようなもの。カンボジアとか、経済が完全にドル化してしまっているのだけれど (これははるか昔、明石代表のPKOのせいです)、公務員の給料と納税はリエル建てで、毎月給料日にはみんながいっせいにリエルをドルに変えるからレートが下がる。そんなことかなあ、と思った。

でも現地の人にきくと、土曜は中央銀行の通貨レート統制がおやすみなんだ、という。あと、土曜は買い物デーで現金ほしい人が増えるから、とのこと。うーんそうなのか? でもそれだと日曜日はどうよ。日曜も休みだろうに。

思い余ってAI/Aniちゃんに尋ねたところ、かなり明快な答えが帰ってきた。

土曜には中央銀行/インターバンク市場がお休みなので、外為のデータは普通の銀行のものがない。一部の銀行と両替商は営業しているので、そっちからのデータだけになる。だから急にTZSが上がってるんだ、とのこと。

なるほど!

でも、それじゃあ日曜はどうなんだよ、日曜だってインターバンク休みだろ、と思って尋ねると、日曜日はその土曜にやってた銀行や両替商も閉まる。だからまったくデータがないので、多くのデータ供給源は、金曜締めのデータをそのまま載せるのだそうだ。だから金曜と同じ水準になるんだ、とのこと。えー、ホントかよ。

つまり土曜日はデータの取り方が知らないうちに変わっているので、変なスパイクが生じるというわけか。

これがAIのハルシネーションである可能性はなきにしもあらず。だけど、中央銀行/インターバンクがお休み、という根本的な理由は現地の人と同じだから、たぶん大筋ははずしていないんだろう。

そういえば、前回きたときにATMでクレカでキャッシングしようとしたらほとんどはねられてたんだけれど、あれも土日でインターバンク動いてないからってことなのか? ちょっと平日にこんどやってみよう。しかし店のカード決済は通るんだよな。うーん。

あと、「これなら土曜に町の両替商で替えればお得なのか!」とも思ったけれど、どうせ手数料でその分はもってかれるんだよな。

追記:

これ、もしタンザニアがこんなのなら、他の国も似たようなことが起きてるのかと思って周辺国をはじめいろいろ見てみたが、うーん、こんなパターンは見つからない。すると、タンザニアだけデータの取り方がちがうということなのか。こんなの調べて通貨の奇妙なパターンを見つけてAIに聞くだけで、大学の卒論くらいは書けそうだ。

またインタビューのついでにタンザニアの銀行屋に聞いたところ、AI/Aniちゃんが正しいとのこと。

信じなさい!

アントニー・バージェス「ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』あらすじ」

Executive Summary

あのアントニー・バージェスによる、かのジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』のあらすじと重要ポイントの解説。

アントニー・バージェスは、ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』が少しでも実際に読まれるようにと、1965年にその短縮版を作った。それに際して、同書のあらすじと重要テーマやモチーフについての解説を序文に加えた。あるパブのオヤジの夢であり、その中で世界の歴史の循環がこめられ、そしてその夢の登場人物として家族、および周辺の人々、歴史上や聖書の人物が頭文字や語呂合わせを通じて登場する。真剣で壮大な作品ながら、その庶民の伝承や言葉遊びなどにより、これは愉快で笑うべき作品でもある、という。

『フィネガンズ・ウェイク』は、いろいろこむずかしい能書きはあちこちにあるけれど、結局これってどんな話なのよ、という基本的なことを、「夢の言語」だの「循環する人類史」だのといった短いキャッチフレーズを超えた形できっちり説明してくれる文章にはなかなかお目にかかれない。みんな自分の気がついた細部をあれこれ述べるだけ。「あらすじ」なんかない、無秩序な断片の集まりだろうと思うのが普通。それをアントニー・バージェスは、大胆/無謀/まがりなりにもこの全貌を教えてくれたうえ、わかる/わかんない以上に楽しめるから読んで見よう、と発破をかける。

(とはいえ、このあらすじを知っていれば『フィネガンズ・ウェイク』がスラスラわかるようになるわけではないので念のため)

序文

20世紀の散文作品のうち、21世紀まで生き残る可能性が最も高い小説を20本挙げろと言われたら、多くの教養ある書物愛好家は、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』と『フィネガンズ・ウェイク』を入れないわけにはいかないと感じるだろう。「入れないわけにはいかない」とあえて言うのは、これら二作の選択が、たとえばプルーストの傑作やD.H.ロレンス、トーマス・マンの小説を選ぶときのように、自らすすんで名前を挙げるようなものではないからだ。『ユリシーズ』も『フィネガンズ・ウェイク』も極めて独特で「難解」な本であり、賞賛はされるがあまり読まれず、読まれても最後まで読み通されることは稀で、読み通されても完全に、あるいは部分的にでも理解されることはなおさら珍しい。これは特に『フィネガンズ・ウェイク』に当てはまる。それでも、これらの本を深く理解していると主張し、シェイクスピアやジェイン・オースティン、ディケンズに匹敵するほどの強い愛情を表明する人々がいる。そうした人々は、他の人にもこの深い文学的喜びを味わってほしいと願うので、擁護者となるしかない。本書は『フィネガンズ・ウェイク』を通常の小説の長さに短縮し、序文と逐次注釈を添えたものであり、刊行から25年を経てもなお十分な読者を獲得できていないこの偉大な傑作を、より多くの読者に届けるための、私なりの試みだ。

本書を元の長さの3分の1強に縮めるのは、苦痛で困難な作業だった。『フィネガンズ・ウェイク』は、切り詰めに全面的に抵抗する、世界でも稀な本の一つだ。分量は多いが一語たりとも余分な言葉はなく、一本の糸を抜けば布の全体がほつれてしまいかねない。この短縮版は、ジョイスが17年間、眼病と断続的な貧困に苦しみながら書き上げた原作の代わりにはならない。ほとんどのベストセラーはリーダーズ・ダイジェスト風の処理に耐えるが、『フィネガンズ・ウェイク』は遅かれ早かれ完全な形で読むしかなくなる。多くの人にとっては、早かれよりは遅かれとなるに決まっているが、とりあえずこでは本の要約と、ジョイスが何を目指したかの簡単な説明、そしてテキストの茂みから突き出た、いやがうえにも目立つ道標を提示しよう。これでまずは第一歩だ。

ジョイス研究はアメリカの一部大学では一大産業となっているが、英国にはまだほとんどないも同然だ。したがって、この短縮版の準備にあたっての感謝は、ほぼ完全にアメリカの学者たち、特にジョセフ・キャンベルとヘンリー・モートン・ロビンソンに捧げられる。彼らの著書『フィネガンズ・ウェイクのスケルトン・キー』は、主要な物語の筋を抽出する困難な作業における最初の大きな突破口であり、20年経った今も、独自の背景研究を行う時間や資料を持たないジョイス読者にとって不可欠な案内書となっている。アデライン・グラシーン『フィネガンズ・ウェイクの国勢調査』は、私のジョイス案内書の棚で二番目に読み込まれた本だ。また、ハリー・レヴィン『ジェームズ・ジョイス』、そして国際的な協力によるシンポジウム『我々のワーク・イン・プログレスに関する誇張的検証』(『フィネガンズ・ウェイク』完成前に出版されたが、ジョイス自身の後援と監修を受けたという利点があった)にも言及しなければならない。これらの本はすべてフェイバー&フェイバー社から出版されており、最後に同社に対して多様な支援と励ましに感謝する。

重要な点が二つある。ジョイスは一般読者がどこで苦労するか最初から予見していた。だから、知的な優位性を持った作家が意図的に難解にした作品なのだと思ってはいけない。複雑な主題に対して妥協を拒んだ正直な作家だと考えるべきだ。だが――これがもう一つの重要な点だ――彼は同時に偉大な喜劇本も書きたいと思っていた。眉をひそめるより笑いを誘うような本だ。読み始める前に、厳粛さの仮面を外し、楽しむ準備をすべきだ。これはこれまで書かれた中で最も楽しい本の一つなのだ。

 

A.B.

ロンドン、1965年

 

注:作業の底本は1964年フェイバー&フェイバー版『フィネガンズ・ウェイク』(これまでに指摘された全誤植が訂正済み)。

これってどういうお話?

大きな設定

ダブリンから西へ車を走らせ、フェニックス・パークの南側を進むとチャペリゾッドという村に出る。村の名は「イゾルデの礼拝堂」という意味だ。アイルランドではイソイルデ (Isoilde)、ドイツではイゾルデ (Isolde) ---ワーグナーの悲劇のヒロインになる。今のチャペリゾッドにロマンチックなものは何もない。少しでも興奮を求めるならパブへ行くしかない。その中でも最も興味深いパブは完全に架空の「ブリストル」だ。ある人はこれを「デッド・マン」と呼ぶ---酔客がそこから転がり出て路面電車に轢かれたからだ。このパブが重要である理由は、その店主こそが『フィネガンズ・ウェイク』の主人公だからだ。彼は中年のスカンジナビア系プロテスタントで、妻にはロシアの血が少し混じっているらしい。名前は、おそらくミスター・ポーター---ギネスの瓶を地下室から運び上げる男にふさわしい---で、ケヴィンとジェリーという双子の息子と、可愛い娘イゾベルがいる。

本のほとんどの場面でポーター一家は眠っている。土曜の夜のパブは大繁盛で、日曜の朝の静けさまで眠りが続く。ポーターは深く夢を見る。そして我々はその夢に立ち会う。夢の中では彼のさまざまな執着が幻想的に膨らむが、最も大きなものは、老いを感じ始めた男に当然の複雑な執着だ---自分の時代は過ぎ、新しい時代は息子たち、特に愛息ケヴィンのものだ。妻にはもはや惹かれず、最後の情事、あるいは性欲の再燃を若い女に求める。その欲望が偶然にも自分の娘に向けられている。「近親相姦」という言葉は恐ろしいが、家族内に性を留めたいという忠誠心にすぎない。それでも夢は「incest」を「insect」と言い換えることでしか受け入れられない。眠る彼は罪ある人間と獣と這う虫が混じり合い、夢にふさわしい新しい名---ハンフリー・チンプデン・アーウィッカー(HCE)---を得る。背負った性的罪のこぶ、猿の暗示、そして耳(イア)ウィグ(ハサミムシ)に近い)---フランス語perce-oreilleを経てアイルランド風に「パーシ・オライリー」にもなる。彼のもう一つの執着はアイルランド人に受け入れられ、指導者や政治家として認められたいという願いだが、夢の名が示すように「異邦人」である意識は消えず、「パーシ・オライリー」は嘲笑や罵倒の対象でしかない。

夢の中でHCE (とこれからは呼ぼう) は、自分の罪を歴史全体に呑み込ませようとする。イニシャルは罪深き人類全体を表し、「Here Comes Everybody(みんながやって来る)」「Haveth Childers Everywhere(子を成す者どこにでも)」といったスローガンに拡張される。結局、性的罪悪感は創造・生殖の活力あってこそ生まれ、勃起できる者だけが転落するのだ。不滅の活力は「われらが人間ウナギ(our Human Conger Eel)として、『リア王』のウナギパイ屋の「おさまれ、いたずら者ども、さあ下がれ!」[訳注: パイの練り粉に入れたウナギが頭をもたげるのを棒で叩いている場面]にも負けず現れる。巨大な構造物を建てる者としては「Howth Castle and Environs(ハウス城とその周辺)」に姿を変える。しかし最終的な夢想者(作者自身)にとって、HCEは構造上の役割を持つ。化学式(H2CE3)としても、発音(hec, ech, hecech)としても、それは夢を主人公にモノグラムのように縫い付ける---HCE:彼の夢だ。だが眠りがあまりに深いため、HCEは人類全体の集団的罪を再演する集団的存在にまで沈み込む。人類は堕ち、再び立ち上がり、また堕ちる---終末の日までその繰り返しだ。偉人たちの生涯や、彼らが作り、壊し、作り直す体系に表れたその記録こそが、我々が歴史と呼ぶものである。

つまりジョイスは、主人公に一夜の眠りの中で人類の全歴史を再体験させている。その歴史は学校で習うような、王や宰相や戦争や革命の年代を追った連続ではない。それは歴史についての特別な見方だ---歴史的事実の羅列というより、そうした事実を説明しようとするパターンなのだ。そのパターンはイタリアの哲学者ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィーコ(1668-1744)の重要な本『新しい学』からゆるやかに借りている。ヴィーコは歴史を直線ではなく循環する再帰過程と見た。『フィネガンズ・ウェイク』がヴィーコに「基づいている」と言うのは正しいにはちがいないが、それは『ユリシーズ』がホメロスの『オデュッセイア』に基づいていると言うのと同じ意味でしかない。どちらもまず小説であり、ヴィーコもホメロスも物語の足場にすぎない。『フィネガンズ・ウェイク』はヴィーコを解釈したものではないし、ヴィーコを読んでも『フィネガンズ・ウェイク』の難解さを読み解く鍵にはほとんどならない。ジョイスがヴィーコに見出したのは、長編小説を書くときに誰でも必要とする---足場、背骨---だったのだ。

『フィネガンズ・ウェイク』の骨格は簡単に抜き出せる。 歴史は四つの弧に分かれた循環であり、その四つの弧が本の四部構成となる。各弧、すなわち歴史の各段階は、それぞれちがう統治形態によって特徴づけられる。

  1. 人類の最も初期の段階では、神々への崇拝が中心だ。神話的太古では神々が雷鳴や神託で語り、神の種が地上に降りて巨人や英雄を生む。実際の(しかし原始的な)歴史では、神の言葉は族長や預言者を通じて伝えられる。これが人類史の神権段階である。

  2. 次に貴族段階が来る。共同体の父たる偉人たちが、神の承認を必ずしも求めず、自らの判断で支配する。

  3. 第三段階は民主段階。ここではある種の堕落が見られる。民衆扇動家たちは貴族の薄っぺらいパロディであり、神々には到底及ばない。ここでイェイツの言葉通り「万物は崩れ、中央は保てない」――無政府状態に陥り、混沌でもがく。

  4. そしてヴィーコが言う「リコルソ(回帰)」の時がやってくる。雷鳴とともに神が語り、我々は我に返り、再び神々を崇拝し始める。神権段階に戻り、循環が再開。

"ケルズの書(Book of Kells)フォリオ124rの装飾ページ。大きな頭文字「T」が動物や複雑な絡み模様で彩られ、「TUNC CRUCIFIXERANT XPI CUM EO DUOS LATRONES」(それから彼らはキリストと共に二人の盗賊を十字架につけた)というラテン語テキストが、交差するデザインと鮮やかな枠で構成された中世アイルランドの装飾写本。"

この歴史観をジョイスは、チャペリゾッドのパブ店主の夢に無理やり押し込む。読者は即座に「そんなはずはない」と抗議したくなる。HCEの夢が原型的な深みに触れるとしても、ヴィーコや循環説を裏付ける神話・歴史データがそこに登場するはずがないじゃないか。彼はごく平凡なパブ店主なんだから。だがジョイスは、ちゃんとわかってやっているのだ。彼自身がそのために催眠状態に落ち、主人公の夢を包み込む巧妙な夢を見ることで、寝息を立てる無学な男に作者自身の博識を与えるのだ。いろいろな言語を操る能力(これは普遍史なのだから多言語になる)や、カバラの解説、ケルズの書「Tunc」ページの解読といった小技まで授ける。

ジョイスはさらに進める。双子の片方が泣いて夫婦が目を覚まし、子をあやした後に性交しようとする場面では、ジョイスが夢見をすべて引き受ける。この本の「眠りの質」が失われてはならないからだ。夢は途切れてはならない。目覚めた意識や言葉を混ぜたらこのシステムへの耐えがたい衝撃となるし、二つの現実の階層を混ぜるのは芸術的な罪悪となってしまう。

HCEを支える多くの助演

たとえユリウス・カエサルから故ケネディ大統領までの直線的歴史観を捨てたとしても、夢の歴史書とはいえ大量の登場人物なしには成り立たない。作者の助けを借りてHCEは、眠りの中で無数の人物を自分の世界に住まわせなければならない。それら全員が、ヴィーコの循環を動かす「堕落-上昇-堕落(あるいは上昇-堕落-上昇)」の原理を体現する。同時に、これは芸術作品なので、実歴史が無視する「人物の経済性」の法則を守らなければならない。

そこでHCEが眠りながら、家族を素人劇団に変えた。家人たちは客、掃除婦、パブの用務員などの助けを借りつつ、神話・文学(大衆雑誌、巡業メロドラマ、怪しい街頭バラッドを含む)および歴史書から出てくる膨大な存在を、ぎこちなくても演じ分ける。夢の中では架空の人物と歴史上の人物が同じ現実の場に立ち、時代を混ぜて超時間的な層で共存しても、何の違和感もない。ジョンソン博士とフォルスタッフと隣の奥さんがチャリング・クロス駅で一緒に待っていても、夢見る者にとってはまったく自然なことなのだ。

HCE版歴史で意味を持つ唯一の年号は紀元1132年だが、これは実際に何かがあった年ではなく、完全に象徴的な意味しかない。11は回帰・復権・回復・再開を示す(10まで指で数えたらまた1からやり直すことになる)。32フィート/秒2はあらゆる落下物の加速度であり[訳注: 重力加速度です]、アダム、ハンプティ・ダンプティ、ナポレオン、パーネル、そしてHCE自身の堕落を想起させる。彼らはみなHCEの生まれ変わりなのだ。

この簡単な象徴の知識が『フィネガンズ・ウェイク』理解には不可欠であり、数の重要性を認識することも同じだ。ブリストルの壁に掛かっているカレンダーから数を抜き出せば、脇役の配役が組める。

  • 太陰月は4週間で構成される。これで四人の老人(マシュー・グレゴリー、マーク・ライオンズ、ルーク・ターピー、ジョニー・マクドゥーガル)が登場する。みんなやたらにしゃべりたがるが、その言いたがることのほとんどは、ろくな意味を持たない。四福音記者であり、アイルランド四州であり、四方位・四大元素・四古典時代などにもなる。いつも一緒にロバを連れており、名前を縮めてMa, Ma, Lu, Joとし、押し潰してMamalujoとする。夢の終わりには四本のベッドの柱になる。

  • 1年は12か月なので、ここから12人の常連(サリヴァンおよびドイル)が出てくる。これは12使徒であり12人の陪審員であり、常に「-ation」で終わる重々しい判決を下す。この人たちの名前は変わり続けるが、それよりこの数が大事だ。新しい名前の羅列が出てきたら深呼吸して数えれば、だいたい同じ12人だとわかる。

  • 2月(作者の誕生月)は28日だったり29日だったりする。この数字からジョイスは聖ブリジット学院(=アイルランドそのもの)の娘たち+特別な一人(たいていHCEの娘イゾベル)を引っ張り出す。28 ÷ 4=7となり、これは虹の7色だ---ノアの洪水の後の、神様の契約を示すものだから二時は重要なエンブレムだ。その神の契約は、つまり罪の後の復権の希望、32の後の11になる。

『フィネガンズ・ウェイク』の面白いところは、数字だけは溶けて幻想化することを拒むという点だ。普通の夢なら皿に12個あったケーキから2個取ったら7個しか残っていないということが起こるが、この夢ではそんなことはない。妻が111人の子に贈り物をする時、正確に111個(ちゃんと数えて確かめた)。それ以上でも以下でもない。雷鳴(人類の堕落や神の怒り)はぴったり100文字の言葉で表される。1が2になることはあるが、それは細胞分裂の自然な過程──父が二人の息子を生み、二人が合わさって父体になる。このため、娘イゾベルは鏡像だけを愛する分裂人格の二人の誘惑少女になる。しかし重要な数を勝手に変形することはない。簡単な算術こそがこの夢の呼吸なのだ。

4、12、28/29は歴史の外に立ち解説する役割であることが多い。繰り返される人類の堕落と復活の物語に実際に参加するという重労働は、HCEと妻・家族、そして掃除婦ケイトの肩にかかる。物語を最もよく体現する人物も、かなり狭い範囲から選ばれる──主にアイルランド史からで、HCE自身の罪を最もよく表す「堕落」をした者たち、つまり不倫---それも自分よりはるかに若い娘と---を犯した(あるいは考えただけでも)人物だ。またちょっとした近親相姦の罪もなくてはならない。一般的な堕落モチーフ(アダム、ハンプティ・ダンプティ)のあとは、具体的な人物との一体化が続く。HCEはチャールズ・スチュアート・パーネル役を演じる。彼はキティ・オシェアへの愛のために失脚した。罪の象徴が、パーネルを陥れるためのキャンペーンの一環として、アイルランドのジャーナリストであるピゴットが偽造した手紙から採られている。ピゴットはhesitancyを「hesitency」にするという綴りまちがいをしており、パーネル調査委員会に証拠として提出したときにも、同じまちがいをしていた。おかげで証人台はほとんど総崩れとなり、その直後にピゴットはその罪を私的に自白する。『フィネガンズ・ウェイク』全編を通じてこのまちがいに基づく変化が繰り返されるし、この単語そのものがHCEにはふさわしい。なぜならHCEの罪悪感は、発言のためらいや吃音と結びついているからだ。

ジョナサン・スウィフトは少女二人---エスター・ジョンソンとエスター・ヴァナミリーとはっきりしない関係を持っていた---この二人はステラとヴァネッサという名前で知られる。神の父(スウィフトはもちろん、ダブリンの聖パトリック寺院の主席司祭だった)は霊的な娘たちのうち二人に、いささか父親にふさわしからぬ関心を示し、この少女二人が『フィネガンズ・ウェイク』では合体してHCEの娘イゾベルとなる。一つの名前を共通して持つ少女二人、一つの誘惑を表す少女二人---夢の中のイゾベルがいとも簡単に二つの人格に分裂するのも当然だ。ちなみにここにも、歴史からの罪のパターンが見られる。さっきの「hesitancy-hesintency」と同様に、それは一つの単語を示唆する。イソベルの愛称「ppt」やその変形版はスウィフトの『ステラへの日記』の「小言語」から直輸入されたものだ。

アイルランドとのつながりの強い別の伝説が、この夢の中でイゾベルの名前そのものから引っ張り出される。イゾベルは、イゾルデ・ラ・ベル(美しいイゾルデ)であり、チャペリゾッドは彼女の俗世の聖地だ。リヨンのトリストラムはアイルランドにやってきて、選ばれた花嫁イスールトを叔父であるコーンウォールのマーク王の下に届けることになっていた。だがトリストラムとイスールトは恋に落ち、一連のごまかし、罪悪感、不忠が続いた。HCEのこだわりが両方ともここで強力に表現されている---老いたマーク王が、もう愛には高齢過ぎることになり、若い男に取って代わられる構図、禁断の関係の苦い甘さ。だがもっと話を進められる。サー・アーモリー・トリスタン(アルモリカ、すなわちブルターニュのトリスタン)は、ダブリンのホウスにセント・ローレンス家を興し、ホウス城を築いた。二人のトリスタンが夢の中で同一視されるのは避けがたい。そればかりか、イゾルデも二人いる。二人のエスターと同様、二人のイゾルデも同じ伝説に属する---マーク王の花嫁と、リオネスのトリスタンがついには娶った「白い手のイゾルデ」だ。これらは当然ながら、ともにイゾベルのうちに含まれており、彼女のアイデンティティ分裂をさらに正当づける根拠となる。パーネルとスウィフトには言語上のライトモチーフがある。トリスタンにもそれがあり、ジョイスはそれをワグナー版の伝説---楽劇『トリスタンとイゾルデ』---から取っている。殺されたトリスタンの遺体のうえでのイゾルデのアリアの冒頭句は "Mild und leise"(「柔らかく、静かに」)である。これが『フィネガンズ・ウェイク』では、グロテスクなあだ名「Mildew Lisa」(ミルデュー・リサ、カビのリサ)へと歪められる。

これ以外にも、アイルランドの伝説と歴史との一体化が見出せる。そのうちいくつかは「転落」の主題から離れ、HCEを誇り高く罪なき指導者---ブライアン・ボル、フィン・マックール、ラオギレ(またはリアリー)王---の役へと高める。だが、夢の前景はダブリンであるにせよ、HCEは普遍的な父なる形象であり、彼がノア、ジュリアス・シーザー、ロシア将軍、サクソン人ハロルド、ノルウェーの船長などといった役を演じても驚くには及ばない。とはいえ、HCEは北欧系の出身だから、スカンジナビア的な役は特に似つかわしい。そして、最もふさわしい一体化は歴史的というより文学的である。ジョイスが若い頃に文学上の神としたのはイプセンであり、その戯曲『棟梁ソルネス』は、おそらく罪ある父の形象のうち最も強力なものを提供する---ハルヴァール・ソルネスである。彼は愛する若い女の求めに応じて自ら建てた塔に登り、自らが挑み、比喩的に張り合う神に打たれて、そこから墜ちて死ぬのだ。『フィネガンズ・ウェイク』の本質的な教訓---これほど非教訓的な作品について「教訓」の話ができればだが---は、罪と創造がともにあるということ、そして32を補う11は、立ち上がること (rising) だけでなく、打ち立てること (raising) をも意味する、ということである。HCEはあらゆる人間同様に罪を犯した。だがその罪は彼をエデンの園から追い出しただけではない。園の代用品---都市と文明---を創り出す衝動を彼のうちに植えつけたのである。転落は、逆説的にも、幸せなものだ。聖アウグスティヌスは言った。「おお、幸いなる咎よ(O felix culpa)」。ジョイスはHCEの罪をフェニックス講演に植えて、「O Phoenix culprit」とダジャレを飛ばす。

大づかみに言えば、こうしてHCEは父にして創造者たる人間、すなわちバイグマイスター(棟梁)を演じる。究極的には、彼は自分が創るもの---都市そのもの---と同一視される。だが創造者には、霊感であり伴侶でもある自然が必要であり、都市は川のうえに築かれる。ここでHCEの妻アンの夢における機能が現れる。彼女の夢の中の名はアナ・リヴィア・プルーラベル (Anna Livia Plurabcllc) ---ダブリンが臨むアナ・リフィー(ヨーロッパで唯一の女性名詞の川)である。「プルーラベル」は彼女の美と複数(プルーラル)性(彼女はすべての女を含む)を示す。ALPは自然の威厳を伝える(彼女はバイグマイスターが建てられるどんな塔よりも大きい)。山のほぼ三角形の姿は、彼女を永遠の幾何学の一片にする---彼女は我々の「geomater」、すなわち大地母神だ。三角形のALPは、その三位一体的な形を示唆する。彼女は妻であり、寡婦でもあるが、娘でもある。イゾベルは彼女のうちに含まれ、過ぎ去った時を称える掃除女ケイトもそこにいる。だがHCEの夢は、彼女に主として生きた母かつ妻の役、子供たちと、罵られ中傷される夫の名誉とを守る者の役を割り当てる。彼女は流れるが、不変の象徴である。一方、彼女の主は、すべての男と同様、多くの形を取りうる。彼女の神秘は、すべての川の神秘である---泉は海に開く河口とは異なるが、どちらも同じ水であり、川が海に到達して死ぬことから、丘における新たな誕生(海岸から内陸へ吹き寄せられる再生の雨雲)の実在が、永遠に導き出される。

双子の息子たちについて言えば、彼らは一種の悲喜劇的弁証法を示す。それはイタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノ(1548–1600)---ノーラ出身の異端者で、『若き芸術家の肖像』のスティーヴン・ディーダラスの言葉によれば「ひどく焼かれた(火あぶりになった)」人物---に負うところが大きい。ノーラのブルーノは、対立する原理は、地上においてでなくとも天においては、ついには和解すると教えた。『フィネガンズ・ウェイク』の多くは、無意識のうちに一つになろうとし、自分たちの対立する本性を生んだ統一する父のもとへ流れ戻ろうとする二人の兄弟の衝突を扱っている。ジョイスはノーラのブルーノを「ブラウンとノーラン」とアイルランド化する。これは彼の最初の習作を出版したダブリンの印刷業者の名であり、彼はブルーノ理論を暗示する他の洒落た言い回しも工夫する---「Father San Browne ... Padre Don Bruno」「Bruno Nowlan」「B. Rohan ... N. Ohlan」「brownesberrow in nolandsland」「Bruin and Noselong」。

HCEの二人の息子の悲劇は、それぞれ単独では父たる男の半分にすぎないという事実にある。どちらも、共同体を統治するという仕事において父に取って代わる資格がない。彼らは通常、ペンマンのシェムと郵便配達のショーンとして現れる。前者は言葉を書き、後者はそれを---たいてい歪められ、堕落した形で---届ける。シェムは芸術家であり、その最も典型的な顕現はジェイムズ・ジョイス自身だ(「シェム」は「ジェイムズ」のアイルランド形)---死者に語らせることはできても、生者とはまったく折り合いをつけられず、行動から切り離された亡命者だ。ショーン(ジェイムズ・ジョイスの弟スタニスラウが少しモデルになっている)は生まれながらのデマゴーグであり宣教師、一種の偽キリストであり、行動の世界には安住しているが、統治の機関を動かすのに必要な創造の火花が自分には欠けていることを知っている。彼らは互いに憎み合うが、その闘いは、実際には統治の重荷を負いうる全体へと総合されようとする空しい試みである。一方が行うことは、他方の行為によって帳消しになりがちだ。ショーンが父の罪を告発されると、シェムは彼に不利な偽証をし、四人の裁判官はブルーノのテーゼを思い出して「Nolans Brumans」の評決を返す---被告は無罪放免となる。シェムとショーンの争いは、ルシファーと大天使ミカエルとの戦争(「ミック対ニック」)のうちに永遠の原型を見出すが、正統性の圧力にもかかわらず、我々は一方に与す気にはならない。どちらも憎々しく、どちらも哀れだ。彼らの不協和が響くのは、われわれの耳が父の斉唱を渇望するようになるためだけでしかない。象徴植物学的に見れば、シェムにはわずかな生があるかもしれない。彼はときに「茎(stem)」として示されるからだ。だがそれは、HCEとALPから生い出る巨大な世界樹には比べようもない。ショーンに至っては、生きてすらいない---川岸のただの石だ。ショーンにおいては、父の権威は化石化した金言集に堕落するが、母に引かれるシェムは、彼女の流れる生をわずかに飲み込む。どちらかを選ばねばならないなら、シェムを選ぶべきだ。なにしろ、この本を書いたのはシェムなのだから。

これらが、すなわち『フィネガンズ・ウェイク』の主要な登場人物だ。HCEがこの劇に名を与え、配役は自動的に決まる。もし彼、すなわち主役の重鎮がアダムであるなら、ショーンはアベル、シェムはカイン、ALPは母イヴということになる。もしHCEがリアリー王であるなら、ショーンは宣教師聖パトリック、シェムはその敵対者たる大ドルイド、イゾベルは聖ブリジットということだ。すべての登場人物が同時に用いられる必要はない。HCEは本の大部分で一座から外れており、そのとき彼の罪も権威も、完全に息子たちへと移転できる。ショーンはパーネル、シェムはピゴット、イザベルはキティ・オシェイになれる。総じて、ALPには演技する時間がほとんどない。川であることはほとんどフルタイムの仕事だからだ。しかし今や、俳優たちを紹介したので、彼らが多くの小さな劇を包み込む巨大な単一の劇にどんな具合にはまるのかを見なければならない。ヴィコの円形劇場に入らねばならないのだ。

舞台と物語

これまでフィネガン以外の全員について触れてきた。だが本書の題名になっているのは彼の通夜だ。そこで語らねばならないのは『フィネガンズ・ウェイク』ではなく、「フィネガンの通夜 (ウェイク)」---同じ音に聞こえるが、まったく別の作品だ。「フィンネガンの通夜」はニューヨークのアイルランド民謡で、ティム・フィネガンという建築労働者の死を語る。酒好きの彼は、あまりにも高い梯子から酔って落ちる。妻と家族と友人たちが、安置された遺体のまわりで嘆き、酒を飲むが、やがて喧嘩が始まる。

ミッキー・マロニーが頭を上げたとき、

一ガロンのウイスキーが彼に飛んできた。

それは外れ、ベッドに落ち、

酒がティムの上に散った。

「おや、生き返った! ごらん、起き上がるぞ!」

そしてティモシーはベッドから飛び起きて言う、

「酒をめちゃくちゃに回せ---

魂を悪魔にくれてやれ! 俺が死んだとでも思ったか?」

この民謡は民衆的な復活神話とみなせる。深遠な核心が普通の人々の言葉に包まれているので、ジョイスがこれに強く惹かれたのも納得だ。彼の本はこの物語から始まるが、ティム・フィネガンは神的な大建築者、コーマック王のもとでフェニアンを率いた巨人フィン・マックールとほとんど区別できない、伝説的な先史の英雄の地位にまで高められる。倒れた彼の頭はホウス岬、身体はダブリン市の下に横たわり、足はチャペリゾッド付近に位置づけられる。夢の劇では彼を演じるのは一人しかおらず、それはもちろんHCEだが、この段階ではこの上演と、その両者の一体化を混同してはならない。フィネガンは死に、通夜が営まれ、通夜のあいだにその神話的世界の概観が与えられるが、同時に彼のあとに来る真の歴史の新しい世界も示される。言い換えれば、フィネガンはヴィーコ循環の第一段階、神々と英雄たちの支配を表すが、雷鳴のような転落と死とともに、純粋に人間的な支配の時代の到来を見据えねばならない---ハンフリー・チンプデン・イアーウィッカーのような、非英雄的な家族持ちの到来が起こる。伝説が成就されるようウイスキーがこぼれてフィネガンが目を覚ますと、彼は再び横になるよう告げられる。ヴィーコ循環の第二段階の手配はすでに済んでおり、フィネガンはそのパターンを乱すだけだからだ。だから彼を眠らせておこう。輪が完全に一巡りし、雷のティンパニが神政支配の回帰を打ち鳴らすまで。

"ダブリン市の紋章。青い盾に炎を上げる3つの灰色の城が描かれ、左右を剣を持つ女性と天秤を持つ女性が支え、下部に花と「OBEDIENTIA CIVIUM URBIS FELICITAS」(市民の従順は都市の幸福)のモットーが記された彩色紋章。"

こうしてHCEは自分自身を演じながら海外から到来し、彼の転落についての漠然と入り混じった物語が語られる。三人の兵士がフェニックス公園で彼を見かけ、どうやら二人の無垢なアイルランド娘(二重の姿のイザベルで、ダブリン市の紋章の二人の娘と混ざっている)に対して露出したらしい。マグラスという名らしい、パイプをふかす下劣な男が、大きく歪め拡大されたHCEの不行跡の話を妻に伝え、妻はさらに拡大して司祭に話し、やがてダブリン中に広まり、ホスティという吟遊詩人が哀れなHCE---いまやパース・オライリーと名付けられた---についての中傷的なバラッドを作る。彼は暦にあるあらゆる罪で告発され、ついには裁判にかけられる。牢に閉じ込められ、訪問してきたアメリカ人に罵られ(新旧両世界の恥となるよう)、やがて棺に押し込められ、ネア湖 (Lough Neagh) の深くに埋められる。

これらはすべてほのめかしと噂で語られる。HCEの転落はアダムのそれと同じく古い。噂のひとつに、HCEの妻ALPが書いた手紙(彼女は「A Laughable Party」と署名した)があり、そこには彼の弁護が長々と述べられる。敵がいたんです、罪状はあまりに誇張されております、彼は良い夫であり父でもありました、と。一方、パーネルやアーサー王、フィン・マックール自身と同様、HCEは本当には死んでおらず、どれほど深く水の多い墓であってもその不屈の精神は収めきれない、というささやきが外で広まる。彼はエネルギーの芽を突き上げる。喧嘩が起き、戦争が勃発する。対立する兄弟の主題がここで初めて本格的に現れる。HCEの罪は再び生者たちの間で問題となり、その罪状がこんどはどうやらショーン(いまやあいまいな理由でフェスティ・キングと呼ばれる)に引き継がれるらしい。しかしそのショーンの裁判はHCEのものほど大規模ではなく、証人としてのシェムの登場---信用できず、論破される---によって問題全体が尻すぼみになる。しばらく兄弟のことは忘れ、ALPの手紙に集中するよう読者は求められる。つまり、大きなHCE伝説に引き続き関心を寄せよ、ということだ。

そのALPの手紙はベリンダという名の雌鶏によってゴミの山から掻き出され、インチキ学問の対象となる。そこには何やら人物たちと場所が言及されており、それらについての十二の質問からなるクイズに一章が充てられる。ショーンはいまや、雄弁な学校教師にすぐに変身できる賢いクイズ小僧として登場する。彼は兄弟の対立という主題について長い講義を行い、いくつかの寓話でそれを説明する。最初の寓話では、ショーン自身が教皇ハドリアヌス四世---唯一のイギリス人教皇で、ヘンリー二世のアイルランド併合を承認した人物---に変装して現れる。それによって古いアイルランド教会がローマの翼下に入るからだ。シェムは古い信仰を表し、イングランド征服時のダブリン司教、聖ローレンス・オトゥールに体現される。つまりここにはキリスト教信仰の二つの形態があり、ショーンの支配的精神はこの両者の平和な並存を許さない。一方が他方を克服せねばならない。より家庭的な寓話はブルスとカセウス(バターとチーズ)に関するもので、どちらも同じ物質、すなわち父の乳の産物であり、マーガリーンの愛を争うライバルである。結論は、兄弟の和解は不可能であり、ショーンにとってシェムは呪われ、愛されず、庇護なき存在でなければならない、ということである。

次いでシェムの全貌が示され、同時に物語で重要な役割を果たす大きな食物の主題が導入される。フィネガンの通夜では、食われる肉は死んだ英雄のものであった。そして『フィネガンズ・ウェイク』では、兄弟の到来に伴って新しい支配者を養わねばならないのは父HCEの身体なのだ。シェムはすべて誤った食物を食べる。たとえばフィン・マックールのアイルランドの鮭は取らず、缶から出た外国の汚物を好む。シェムは卑しく、非アイルランド的で、下劣な本の著者だが、生命の杖を振り、死者を語らせる。彼は生きた慈悲を表し、ショーンはすべて死んだ正義だ。読者がALP、生きた母に近づけるのはシェムを通してである。手紙を作ったのは彼女だが、それを書いたのはシェムだ。こうして第一部の最終章へと進み、アナ・リヴィア・プルーラベルの恋物語が語られ、彼女は主君の名声を破壊した戦いの戦利品を、百十一人の子供たちへの贈り物として分配し、記憶を甘いものにして、彼の罪の残滓を鎮める。

本書の第二部は主にHCEとALPの子供たちについてのもので、彼らは遊びと勉強のうちにこれから来る大事業の準備をする。ショーンはいまチャフ、シェムはグラッグと呼ばれる。チャフは天使、グラッグは悪魔で、29人の少女たち(みなチャフを愛しグラッグを憎む)が見守るなか、激しく戦い、少女たちは踊り、歌い、答えられない謎でグラッグをからかう。遊びのあとに授業の時間があり、一章全体が少年たちの授業テキスト、脚注と欄外注釈を収めるよう構成される。授業の内容は包括的で、カバラの秘教とともに中世の三学四科の科目を覆う。すべてが終わると、子供たちは新世界へと飛び去り、そこから、自分たちが取って代わった古く腐りゆく世界へ挨拶の手紙を送る。

ところが意外にも、非常に長い一章で、再びHCEにお目にかかることになる。今度は宿屋の主人としての彼に会うのだ。客たち---特に目立つのが十二人組みと四人組---は人間共同体全体を表し、その目的はあらゆるインチキな手口でHCEの信用を落とすことだ。彼が漠然と登場する物語を通して、テレビ番組を通して、帝国主義戦争の記述を通してそれが試みられる。フェニックス公園でのいわゆる罪すら、くすくす笑いながらほのめかされ、HCEはすべての人間が罪人であると指摘して自らを弁護せざるをえない。しかし彼は罵られ引き裂かれ、ホスティが脅すラン[訳注:アイルランドの詩連]を歌いながら私刑にやって来る群衆の音が聞こえるので、彼は酒場を片付け戸を閉ざす。だがすべては陰気な幻覚---夢の中の夢---でしかないとわかり、HCEは影に潜む四人の老人以外は酒場にひとり残り、捨てられた壺やグラスの残り酒を飲み干し、昏睡して床に崩れ落ちる。彼はマーク王として自らを夢見る。運命の花嫁をトリストラムに奪われた、息子に未来を譲らねばならない老い果てた男として。

次の部はすべてショーンについてのものだ。第一章で彼は民衆の前に姿を現す---ずるく、扇動的で、まったく信頼できず、弟への憎悪に取り憑かれ、敵意を形象化する別の寓話を用意している。「オントとグレイスホーパー」と呼ばれる魅力的な物語で、彼自身は勤勉な昆虫、シェムは無責任な芸術家で、日向ぼっこで時間を無駄にする。しかしショーンはいまや、自分の外向的哲学では不十分であり、「グレイスホーパー」の生にも見るべき点があることを、自分で認める用意ができている。ショーンは空間を支配できるが、芸術家のように「時を打ち負かす」ことはできない。遅かれ早かれ、ショーンの支配が崩れるとき、父へと戻らざるをえず、その父において両次元が出会い、一体性を持つ世界をなす。ショーンは樽の形で転がり去る。彼は父である食物で自らを満たしたが、それは彼に滋養を与えなかった。彼は大きく膨れ上がった空虚になりつつある。

しかし名をジャウンと変えて、彼は聖ブライドの29人の少女たちの前に、いかにもうさんくさいキリストのような姿で現れようとしている。疑わしい説教を彼らに捲し立て、ついには---出発の時が遠くないことを感じて---聖霊(シェム)を呼び、自分の配偶者である教会、すなわちもちろんイソベルの代理花婿を務めさせる。アイルランドの娘たちは、死せる神オシリスに対するように彼の上に泣く。第三章では彼は痛ましい残骸として示される。巨大で膨らみ、丘の上に仰向けに横たわり、その丘は正しくヤウン (ヨーン、つまりあくび) と改名される。四人の老人が彼に問いかけるが、彼らは彼自身の本質には関心がなく、彼が由来するあの偉大な根源的本質だけに関心がある。彼らはHCEとその古代の罪、彼が行った仕事、彼が築いた世界について尋ねる。しかしヤウンははぐらかし、尋問の任務は大西洋を越えた四人の聡明な若いブレーントラストに渡される。ついには、霊媒を通じ、雑音がパチパチするなか、HCEの真正の声が届く。彼は罪を告白するが、配偶者ALPへの不死の愛を断言する。彼はそのために彼女を都市で飾ったのだ。こうして夢は終わるように見える。あるいはむしろ、パブの上の寝室の中の夢が溶け、作者の夢見る目を通して、読者はショーンの支配がもたらした頽廃の時代を、夫婦の性の不毛な儀式のうちに見る。ポーター夫妻は交わり、ブラインドに映る影がその行為を世界にちらつかせるが、それは新たな豊穣のメッセージをもたらさない。これらは悪い時代なのだ。われわれ読者はその時代に生きている。いまこそリコルソの時、神の雷の一撃がわれわれを跪かせ、神政の回帰を観想させる時なのだ。

最終部は一章のみだ。日曜の朝が来て、われわれは東に目を向け、異質な知恵の秩序に希望を求める。宿屋の主人は再び眠り、神政の代理人、神の言葉をもたらす者としての息子ショーンを夢見る。少年ケヴィンは聖ケヴィンとして現れ、読者はこの年代記全体で唯一の真正な歴史的年---西暦四三二年、聖パトリック到来の年---へと連れ戻される。彼は大ドルイド(同時にバークリー司教でもある)の混乱した観念論を論駁し、キリスト教のメッセージを主としての声で語る。しかし最後の言葉は神のものでも人のものでもない。それは女のものだ。ついにALPの手紙の全文が与えられ、彼女自身、いまやすべて川となって、父である海への死と成就を夢見る。彼女の日は終わった。かつては丘から来た若い花嫁であり、その役は娘に受け継がれた。いま、男の都市の汚れを背に負い、彼女は消滅を通して更新を求めねばならない。やがて海から吹き寄せる雨雲のうちに、源へと帰るだろう。世界にとっても川にとっても、再生の希望はただちに成就される。本の最後の文は未完である。それを完成させるには、再び冒頭へ戻らねばならない。そして読者は、もう一度あの偉大な循環を追うよう導かれる。罪人であり創造者である人間の、終わることのない歴史を。

『フィネガンズ・ウェイク』の言葉

以上が『フィネガンズ・ウェイク』の物語だが、この物語はジョイスがそれを語る言語から切り離せない。困難を生むのは主題ではなく言語であり、その困難は意図的なものだ。夢の目的は真理を隠すことであって、明らかにすることではない。現実は幻想の暗雲から稲妻のように閃くが、作者が記録する義務を負っているのは幻想のほうとなる。ジョイスが提示しているのは夢であり、フロイト的あるいはユング的な夢解釈ではない。解釈はわれわれに委ねられる。彼が作るのは謎であって答えではない。しかしジョイスの多くの場合と同様、言語への鍵は大衆文学のうちに待っている。言語技法はルイス・キャロルから直接拝借したものだ。HCEはあの偉大な転落者ハンプティ・ダンプティと同一視され、「ジャバウォッキー」の夢言語を説明するのもハンプティ・ダンプティだ。ハンプティ・ダンプティが「かばん語」と呼ぶもの---「slithy (スライジー/ぬらやか)」のように、「狡猾な」「しなやかな」「ぬるぬるした」「滑りやすい」を同時に意味するもの---は、夢の性質を反映したきわめて正当な仕掛けだ。夢では同一性は移ろい、結合するので、言葉もそれを映すべきなのだ。目覚めの生は、埋められた身体から新しい生命が芽生えると教えるが、われわれは生と死の循環を論理的命題の形で解き明かす習慣を持つ。『フィネガンズ・ウェイク』の言語は、そうした観念を表す近道を取り、「クロプス」(cropse)という語は一音節で復活の説教全体を要約する。目覚めの言語は時間と空間から、一方を占める実体と他方を占める出来事のあいだの隙間から作られる。夢には隙間がない。

『フィネガンズ・ウェイク』の技法は、一種の駄洒落の賛美を表している。笑いの爆発や畏敬の頷きのうちに、根本的だが通常は無視される同一視を見せる曖昧さである。題名そのものが複雑な駄洒落なのだが、それを理解しない印刷工や編集者は、ジョイスが意図的に省いたアポストロフィを復元してしまう。第一の意味はアポストロフィ付きの「フィネガンの通夜(wake)」だが、本を読むうちに第二の意味が意味複合のうちでますます大きな部分を占めるようになる。「フィネガンたち目覚める(wake)、循環は更新される」。その名前自体が完成と更新という対立する観念を含む。「fin」あるいは「fine」(フランス語、イタリア語)と「again」。いったんこの題名を理解すれば、すでにこの本を理解し始めている。

ジョイスの駄洒落はルイス・キャロルのものより複雑で、一種の漸進的変形へ向かう傾向があるのだが、それは当惑させつつも夢らしい仕方でまったく論理的であることが示される。本の最初の頁で「タウフタウフ」という表現に出会う。ドイツ語で「洗礼する」は「taufen」である。聖パトリックの師は聖ゲルマニクスであり、アイルランドの守護聖人がドイツ語を用いて、キリスト教宣教の連続性とともに超国家的本質を指し示すのは、夢としてはふさわしい。しかし後に「tauftauf」は名前---「トッフィー・ラフ」---となり、ついに(洗礼にふさわしく)「ドゥーシュ・ドゥーシュ」に変わる。原形はほとんど残らず、表層の意味と重複だけが、これがそもそも駄洒落であることを示す。ちなみにドイツ語の使用は、駄洒落は受け入れても英語のものしか知らない読者をどうしても動揺させてしまう。ジョイスは偉大な言語学者で、ヨーロッパのほとんどの言語に通じ、その言葉遊びは多言語的で、アース語[アイルランド高地のゲール語]からサンスクリットに及ぶが、それより東へ行くことはまずない。『フィネガンズ・ウェイク』の言語は適切にも「ユーリッシュ」と呼ばれてきた---アイルランド英語を基盤とし、アーリア系借用語を上部構造とするものだ。これは単なる気まぐれではない。夢はいわばコーカサス的な夢であり、英雄HCEは西へ移動する征服者すべての原型なのだ。すべての川がアナ・リヴィア・プルーラベルに流れ込むように、すべてのアーリア語族が彼女の夫の血を豊かにする。彼の夢の言語はそれを示さねばならない。

ジョイスは駄洒落でなければパロディをする(「バスの止まるところで私は店を出すWhere the bus stops there shop I」)、どちらもしないところでもなお、言語に意味の別の次元を与えようとする。彼が用いる装置の多くは、本の冒頭、物語が始まれば力強く展開される主題で詰まった一種の序曲のうちに示される。こうして「川走り、イヴとアダムのそばを過ぎて[訳注: 柳瀬訳では「川走(せんそう)、イブとアダム礼盃亭(れいはいてい)を過ぎ]」は、ある水準では純粋な地誌である(川はリフィー、アダムとイヴはその岸の教会)が、別の水準では人間史の始まり、人間の転落と両性の極性の最初の暗示である。「サー・トリストラム、ヴィオレル・ダモーレス」[訳注: 柳瀬訳では「サー・トリストラム、かの恋の伶人」]」は、アーサー伝説のトリストラムであると同時に、セント・ローレンス家を創設しホウス城を築いたサー・アルメリック・トリストラムでもある。彼はヴィオラ・ダモーレで恋歌を奏で、イゾルデと自らの名誉の両方を犯す(violate)。「ウィールダーファイト」は「再び戦え」(ドイツ語のwiederは「再び」)であり、同時に「激しい戦いで武器を振るう」でもある。「ペニソレート戦争」は孤立したペンの戦争(亡命の芸術家シェム)、ペニスの突きを伴う性の戦争、そして(ウェリントンとナポレオンの)半島(ペニンシュラ) 戦争であり、相互憎悪に閉じ込められた兄弟の闘争の型である。ジョージア州ローレンス郡のオコニー川の「ダブリン」への言及は正確な地理情報である。その流れとその郡にダブリンという町があり、ジョイスは歴史の出来事が時間だけでなく空間でも繰り返されることをほのめかそうとする。旧世界で起こることは新世界でも起こる。(ジプシー語の「ゴージョ」は「若者」を意味し、アメリカのダブリンはアイルランドのダブリンの子供であり、新しい世界の創設者ショーンがHCEの子供であるように、と含意する。)「ミシェ・ミシェ」はアース語で「我は在り、我は在り」---アイルランドの母としての聖ブリジットが自らの不死を断言する[訳注: 柳瀬訳では「吾(われ)め割れ目」]」。「スアートピートリック」は「汝はパトリックなり」であり、「汝はペテロなり」を響かせ、同時にアイルランドの父なる聖人を土地そのものの「泥炭の山」と同一視する[訳注: 柳瀬訳では「汝パトリックの泥誕(でいたん)」]。「まだではなかった、しかしヴェニスーンのあと、キッドスキャドが温厚な老アイザックを突き倒していた」は意味の層で詰まっている。アイザック・バットはパーネルによってアイルランド国民党の指導から追い出された(輪は回る。一人の指導者が別の者に取って代わられる)。末子、あるいは弟ヤコブは、より毛深いエサウとして子山羊の皮をまとい、盲目の父アイザックを欺き、欺瞞の的にする。「ヴェニスーン」は「すぐあと」であるが「鹿肉(ヴェニソン)」でもあり(山羊と燔祭という聖書的文脈にふさわしい)、和声をスウィフトとステラとヴァネッサへと転調させる。「まだではなかった、しかしヴァネシーでは何でもあり、ソシー・セスターズはトゥウォン・ネイサンジョックに憤っていた。」最後の語はスウィフトの洗礼名ジョナサンのアナグラムで、彼をネイサン(賢明)とヨセフ(誘惑されない)として、二つにして一つ(「トゥウォン」)に提示する。スザンナ、エステル、ルツは「ソシー・セスターズ・ロス」---みな聖書にあり、みな老人の情欲に噛みつかれる若い娘たちだが、また(「イン・ヴァネシー」は「インヴァネス」)誘惑し魅了する三姉妹であり、三人の魔女がマクベスを誘惑し魅了したように。二人の娘が三人でも一人でもありうるように(すべてはHCEの娘に要約される)、ハム、シェム、ヤフェトはジェムとシェンとなり、ノアの息子たちは「アークライト」(虹の光、arc-en-ciel あるいは Regenbogen)のもとで、ノアを酔わせ彼らの前で裸に(無防備に)する酒を醸す。

意味の地層をこんなに遠くまで掘る必要があるのだろうか? そうしたい人だけそうすればいい話だ。『フィネガンズ・ウェイク』はパズルであり、それは夢がパズルなのと同じだが、パズル要素は物語の推進力と登場人物の影のような威厳ほど重要ではない。いくつかのキーワードと全体の流れがあれば十分やっていける。目が奇妙な語根と信じがたい複合語に戸惑うなら、そのときは耳を開こう。意味の驚くほど多くの部分は、音楽を通して伝えられるのだ。視力の衰えたジョイスの技芸は、ミルトンのそれのように、主に聴覚的なのだ。だがそれでも、ネヴィル・シュートやイアン・フレミングが信奉する明瞭さの法則を破る本としてこいつを呪いたくなるなら、夢についての本がすべてを白日のように明らかにしたら、それこそ自らを偽ることになるのだと思い出そう。目覚めて合理的になれば、それはもはや『フィネガンズ・ウェイク』ではない。混ざり合い、過度に流動的で、狂気じみて複雑で、象徴で縫い目が裂けそうだ、と苦情を言うことは、それが夢に似ていると言うに等しい---それは軽蔑ではなく賛辞なのだ。夢を欲するかどうかは別問題だが、人間は夢を欲しているようだ。だって人生の三分の一を喜んで睡眠に費やすのだから。

* * * *

『フィネガンズ・ウェイク』に真剣に取り組んできたし、書くのに17年かかった作品に対しては真剣さを保つべきだ。しかしヘミングウェイの言うろくでもないフクロウのように、生真面目になることは戒めよう。これは『ユリシーズ』と同様、偉大な喜劇的ヴィジョンであり、ほとんど毎頁で声を出して笑わせることのできる、世界に数少ない本の一つなのだ。そのユーモアは伝統的な種類のもので、ラブレーに生き、スターンになお脈打ち、道化から崇高へ、機知から哀切へと容易に転調する---われわれの残酷で感傷的で軽薄な時代にはあまり見られないユーモアであり、それゆえ大いに必要なユーモアである。それは人々を、ダンテのそれと同じく現実的で、同じくらい楽観的な人間観の受容へと誘う。『フィネガンズ・ウェイク』はハルマゲドンの前夜に現れ、人類全体にとって事態が最も黒く見えたときに現れた。すべての弾丸に32が浮き彫りされているようだったし、11は終極の火で焼かれた二本の棒のように見えた。しかし人間は再び立ち上がった。ジョイスにおいては殲滅は「アブニヒリゼーション」となる---無からの、無の卵からの新しい生命の創造。人種が存在する限り、『フィネガンズ・ウェイク』はその大きな関連する写本の一つであり続けるだろう。死体はcorpseならぬ「cropse」、作物を含んでいるのだ。あるいはエリオットの借用を借りれば、「罪は必要であるが、すべてはよく、あらゆる仕方ですべてはよくなるであろう」。これは空虚なリベラル扇動者ショーンの哲学ではなく、HCE---「Here Comes Everybody」---苦しむ人間そのものである人物の信念なのだ。

 

A.B.

おまけ

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バージェスによる『フィネガンズ・ウェイク』解説番組。途中の、フィネガンズ・ウェイク音読の部分は是非。そう、フィネガンズ・ウェイクって、訛りの強い酔っ払いがクダまいてるように聞こえるんだよね。これは翻訳ではどうしても出せない部分ではある。

また知らなかったけれど、ジョイス自身による朗読もあるんだ!

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あと、これでジョイスに少し興味を持ったら、こっちも見てみてくださいな。

cruel.hatenablog.com

レムのSF & ディック論? 『SF: 絶望的な事例——例外あり』(1972) と歪んだ基準

Executive Summary

1972年、オーストリアの名ファンジンQuarber Merkur にレムが、英米SFを酷評しつつディックだけは救いがあると論じる論説を投稿。翌年その英訳がオーストラリアの名ファンジンSF Commentaryに掲載された。すばらしい文学の上層世界では、作家は尊重され商業主義に追われることもなく自由に創作に専念できて、優れた批評家による選別と品質維持ができている、それに比べ下層のSFは商業主義ばかりで批評も不在で底辺によどんだままだ、とのこと。でもディック『ユービック』はすばらしいが、そのディックも評価されず、『ユービック』のような傑作と『アンドロ羊』のような愚作をきちんと区別する批評もないのでミソもクソもいっしょくた、とのこと。

これに対して、文学上層部だってそんな理想郷ではないしディックはちゃんとヒューゴ賞やネビュラ賞の常連だとの批判がつくと、まずレムは、文学上層部のついての記述は単なる自分の理想でしかないと答え、自分の批判の前提をひっくり返してしまう。さらに『アンドロ羊』批判はその主題すら読み違えているし、『ユービック』評価もその設定に現実性があるというピントはずれなものであることもわかる。レムは小説の設定にしか目がいかないのだ。つまりレムの英米SF批判が、実はかなり妥当性を欠くものであることをよく示した文章&論争となっている。

"白黒の線画イラスト。沼地の岸で、メガネをかけたハゲ頭の男性がワイシャツにネクタイ姿で、長い棒を両手で力いっぱい引っ張っている。対岸の泥水に半分沈んだ長い髪と髭の男性が、助けを求めて片手を大きく伸ばし、口を開けて叫んでいる。周囲にはヨシやガマの穂が生い茂り、背景に木々と雲が見える。Grok Image作成"
SFの泥沼からディックを救うぜ!

はじめに

これはスタニスワフ・レム『SF: 絶望的な事例——例外あり』(1972) の全訳に、SF Commentary で受けた批判に対してレムが書いた反論、というか逆ギレの手紙を加えたものの全訳をお届けする。

スタニスワフ・レム『SF: 絶望的な事例——例外あり』(1972) +論争

原文は Science-fiction: Ein hoffnungsloser Fall mit Ausnahmen: Essays. Band 3 (suhrkamp taschenbuch 1439) Suhrkamp, 1987, pp.44-86 所収のものを使用。また英訳 “Science Fiction: A Hopeless Case --- With Exceptions” (SF Commentary 35-37合併号 1973, pp.7-36, Werner Koopmann英訳) も参照した。付録は (文中で言及されているのに) 単行本のドイツ語テキストに含まれていないので、英訳を元にした [実はこの付録、ドイツ語版UBIKの解説として使用されており、別の題名で切り離されて Essays Band 1 に収録されていることが判明。]。また「おまけ:レム、批判にキレる」はSF Commentary 41-42合併号 1975, pp.90-92を使用。なお章題は訳者が読者の便宜をはかってつけたもの。原著は番号のみ。またレムの反論書簡ももちろんタイトルなどはなく、これも訳者がつけたもの。

1. 概要

長い論説だし、レムの書きぶりも無用に晦渋なので、なかなか読む気にならない人も多いだろう(そして途中でうんざりする人も多いだろう)。だが、実際に言っていることは実に単純きわまりない。以下に簡単に概要を。

前半は、英米SF界の罵倒だ。主流文学では著者は商業的圧力など気にせず書けるし、立派な批評が作品を選別してよい作品が評価され、きちんと残る。それに比べSFは商業主義にとらわれ、よい作家や作品を選別する批評がまったく機能していない。読者もバカばかりなのでクズがはびこる、という。

そして後半はいきなり、ディック論となる。タイトルの「例外」はディックだ。英米クズSFの中でディックはすばらしい。彼はクズから傑作をつくり出す。特に『ユービック』は存在論的な問いを見事に作品化している。だがディックはSF界でまともな評価や批評を受けていない。そしてすべてが傑作ではなく、『ユービック』はいいが『アンドロ羊』はダメなのに、その選別を批評が行わないから作家も成長しない。よってSFはダメなんだ、と論じる。

これだけ読むと、まあそういう見方もあるかもね、と思うだろう。SFは大衆小説でもあるし、そんなレベルの高いものばかりではない。読み捨ての娯楽作品も多いし、気張って評論するようなものにはなっていない。これはディッシュなどもよく言うことだ。もう少しレベルの高いところを目指すべきだと思う人もいて当然だ。そしてディックは確かにむらがあるけれどもおもしろい。だからそれをほめるレムの鑑識眼はなかなか高いね、と思ってしまう。

だがレムが主張している内容と論理展開を具体的に見てやると、実はこの文章の議論はかなり怪しい。そして批判に対するレムの反論では、そもそもの話の前提からひっくり返ってしまうのだ。

2. 前半:文芸パラダイスの純文学と下層の卑しい「日雇い」SF?

前半でレムは、SFはダメだという話をする。純文学の上層世界とSFの下層世界を比べて見ろ、と彼は言う。純文学の世界は作品が尊重され作家が自分のペースで書いて営業上のプレッシャーなど一切なく一作書くのに14年かかってもオッケーでという作家の極楽だ。そこでは一流文芸誌が立派な評論家によるフェアで客観的で高度な論説をのせて選別が行われることで、質の高いものだけが残るのだという。

SFがひどいというのは、その文芸パラダイスの純文学の世界に比べて、ということだ。下層のゲットーの奴隷根性まみれのSFは売れ行きだけに支配され、作品は編集者の気まぐれでぶった切られ、批評がなくて読者もバカでみんなSF大会とかでなれあってるから作品の選別がなく、ゴミクズまみれが永遠に続く。

が……

純文学って、そんなご立派な世界でしたっけ?

少しでも文芸出版の世界を知っている人なら、レムの描く純文学世界がデタラメなのはすぐわかる。そんな作家に都合のいい世界がどこにあるね。寝言は村上春樹になってから言え。純文学の世界だって売れ行きに追われ、作品は出版社都合でぶった切られるどころか、そもそも出してもらうだけでも一苦労。さらに批評なんて内輪の狭い世界だ。ボルヘスやダレルや石川淳なら、何年かかってどんな愚作を書こうと出してもらえるかもしれない。だが純文学業界全体としてみれば、そんなうまい話はない。もちろん、この論説が書かれた1970年代初頭は、日本でも文学全集全盛だし、たぶんずっと状況はよかっただろう。それでも、レムの描くほどのお花畑世界だったわけがない。

そしてこれが掲載された「SFコメンタリー」にも、同様の指摘でレムを嘲笑する読者の手紙が殺到した。SF業界にも多少は純文学業界と接点のある読者も作者もいるのだ。

ところがそれに対するレムの返事は信じられないものだった。要約すると「いや純文学もひどいのは知ってる。でもSFのダメさを示すためにそれを理想化したんだ」。つまりここに描かれた上層なんて単なる理想化された妄想で、実在しないのだ、と自分でも認めちゃったんですか。じゃあそもそもこの上層/下層という対比自体成り立たないじゃないの。だったらSFがダメだというこの論説の主張すべてが崩れ去るでしょう。いやそれでも純文学のほうがマシに見える、というけれど、もしそう言いたいなら、その現実に根差した比較をしないと、何の意味もないでしょう。

さらにレムは、「おまえらの言ってるのは例外だ、例外があっても全体評価は変わらない」と反論する。それも明らかにウソだ。そんなパラダイス状態を享受できる純文学作家こそ、ごく少数の例外だ。それを理想としてまつりあげるのは悪質きわまる。

そしてこの点が崩れると、この長ったらしい論説で残った議論は何もない。何一つ。そしてそれを指摘されると逆ギレして「おまえら、クズが好きなら勝手にしろ」と捨て台詞に終始するレムはひたすら見苦しいばかりだ。

ついでながら、そのレムが妄想したお花畑の「上層」純文学世界は、きわめて権威主義的な世界だ。「文化の頂点」と認知された少数の高踏的な評論家や文芸誌が、業界のご意見番として高い道徳性をもって品質の維持と選別を行い、下々の者は「重要な誰かが何か言うべきことを持っているということをあらかじめ認識していなければならない」(p.11 注4)。その人たちの信頼性はどうやって担保された/されるのか? 説明はまったくない。えらいからえらい。下々は、そいつらがえらいというのを盲目的に受け入れねばならない。その上層では、えらい作家様は偉大な作品を書くのに何年かかってもよくて、その間ずっと喰わせてもらえるらしい。その金はだれがどこから出すの?これ、ソ連とか共産圏のお抱え文芸作家協会とか芸術アカデミーの発想だよねえ。確かに、ユーリー・ノルシュテインは数年に一本アニメを作ればよかったとされる。うらやましい。でもそれ以外の連中は? これは『対話』に描かれた社会主義2.0の世界と同じだ。少数の上層エリートが計画をたてて、下々はそれを黙ってこなす。これは選別でも階級でもなく、「適材適所」なんだそうだ。文学の世界も上意下達であるべきだ、とレムは述べているわけだ。

ちなみにこの前半は、レムの長編SF論『SFと未来学』の「SFの社会学」の章を先鋭化させたものだ、と脚注にある(p.2 注2)。これも必ずしも正しくはない。同書には確かに該当する章はある。だがこの論はむしろ、それを穏健にしたとすら言える。『SFと未来学』の該当章の罵倒ぶりは前に説明した。それに比べると、この論説はまだおとなしいほうだとも言える。それでも、確かに主張としては同じだ。そしてSFファンやSF作家を下層民呼ばわりし、奴隷だの売春宿あがりだの日雇いだのと明らかに貶めようとしている点も同じ。屈折した愛情表現、にしてはあまりにひどい。愛の鞭ともとうてい言えない。具体的に改善に向けた提言があるわけでもない。単純に、おまえらはバカだ、鑑識眼のある権威 (明示はしないがレム自身はもちろん自分こそ鑑識眼のご意見番と思っている) にひれふして言うことをきけ、と高圧的に言うだけ。

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レムが英米SFをクソミソに罵倒するのは、これに限ったことではない。だがレムの批判がまったくの虚構を基準にしているというのが、ファンジンのお便り欄ごときであらわにされてしまうと、レムのそうした批判すべての妥当性に、かなりのミソがつくのは当然だろう。

3.後半: 歪んだディック論

では、後半のディック論はどうだろうか?

こちらも、首を傾げる前提がある。ディックはSF界でまったく評価されていない、という主張だ。ナイトが評論でちょっと触れただけだ、とレムは言う。でも実際には、そもそも粗造濫造とはいえ長編を継続的に出版できること自体が、作家としての評価の高さを示すものでもある。それなりに売れるということなんだから。それがまさにレムの忌み嫌う商業主義ということだ。

さらにディックは1963年に『高い城の男』でヒューゴー賞を受賞している。ヒューゴー賞は読者の人気投票だが、ちゃんと高い評価を得ているのだ。さらに、SF作家協会、つまりは専門家によるネビュラ賞では、1965年に「ブラッドマネー博士」と「パーマー・エルドリッチ」、1968年には『アンドロ羊』、1974年には『流れよ我が涙』と、ほとんど常連だ。たぶん1972年にはみんなそのくらい知っていただろう。だからディックがSF界で評価されていないという主張にそもそもみんな首を傾げる。

ディックはゴミを使ってすごいものを作る、というのはその通り。ジュディス・メリルもそれを指摘する。また『ユービック』はすごい、存在論的な問題を見事に小説化している、というのもおっしゃる通り。この分析はなかなか鋭い。

だがそこで、レムは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』をディスりはじめる。そしてこれが、まったくピントはずれ。まずレムはそもそも、なぜアンドロイドが狩られるのか、という設定が十分に理解できていない。その誤解に基づいて、レムは設定のくだらない不整合をあげつらう。アンドロイドの迫害はナチスによるユダヤ人狩りの隠喩か、などというトンチンカンきわまる考察。彼が問題にするのは、その設定部分だけなのだ。そしてその挙げ句、『アンドロ羊』は警官とアンドロイドの追いかけっこが中心主題だ、と言ってのける。

その追いかけっこの中で出てくる、人間とアンドロイド、何が本物で何がにせものか、人間を人間たらしめるのは何か、といった主題こそがあの小説の核心テーマで、アンドロイド狩りなんてのは、単にストーリーを進めるための設定だと思うんだが、レムはそれには一切触れない。

つまりレムは『アンドロ羊』がまったく読めていない。彼は小説の設定にしか目がいかない。「付録:SFとしての『ユービック』」でも、彼が『ユービック』を評価しているのは、その設定が冷凍睡眠やVR的な仕掛けで実現可能性があるからだ、ということがわかる。ここでも彼は設定しか見ていない。そしてその偏狭な見方とトンチンカンな解釈に基づいてレムは「『ユービック』が金貨であり『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』がインチキ硬貨だ」(p.27) と断言する。『アンドロ羊』は単なる愚作よりひどいのだ、とまで言う。そして批評家がそれを区別できない、きちんと仕分けしていないと言って罵倒するのだ。

むろん、レムがそういう読み方をしたいなら、それは勝手だ。でもこれを読んでしまうと、レムのディックに対する評価そのものが、ずいぶん怪しげなもので信用できないと訳者は思ってしまう。ましてそんなヘンテコな読み方に従わないからといって罵倒されたら、さすがにSF批評がかわいそうだ。

ちなみに、レムはF&SF誌を購読していた。そこにはジュディス・メリルの書評がずっと載っていて、レムのお気に召しそうな批評が出ているのだが、一切触れていないのはとても不思議ではある。

4. 設定にしか目がいかないレム

確かにSFはときに、設定だけの小説と呼ばれる。どんな小説でも背景の書き割りを変えるだけでSFになってしまうのだ、と。『嵐が丘』の舞台をガニメデに移したらSFになる。鴨長明が宇宙船にこもって『方丈記』を書けばSFになる。そういう安易な部分は確実にある。

ただし、そこで小説の出来として重要なのは、その背景となる設定が、前景となるドラマとうまく絡み合っているか、その設定がドラマで重要なシチュエーションを生み出すのに貢献しているか、ということだろう。別に、小説の設定だけに注目する読み方だってあっていいだろう。最近、SF未来予測みたいなインチキが流行っていて、それはそれでかまわない。が、それはその小説としての評価とはまた別の話だ。

だがそれを無視して、設定だけに注目し、さらにはその設定すら読み違えるとなると、小説の評価としてまともなものとは言えまい。なぜ『アンドロ羊』はダメなの? それはですね、重要なテーマを扱っているのに、それをレプリカントと警官の追跡ドラマの添え物にしてしまっているから——そう言われて目が点になるのは、訳者だけではあるまい。そういうストーリーを背景として様々なシチュエーションをつくり出すことで、人間とは何か、アンドロイドとのちがいはどこにあるのか、というテーマが様々な形で登場するのがあの作品じゃなかったっけ?

 もちろん、ディック自身がどういうつもりで書いたのかはわからない。なんか警官のレプリカント追跡劇を書くぞ、と思っているうちに、いろいろ足していまの形になったのかもしれない。でも読者としては、あれがメインの話とは思っていない。映画しか見ていない人はさておき、小説を読んだ人は、レプリカントの非人間性、それに対して、インチキでもマーサー教を信じ、偽のヒキガエルでも大切にしようという人間の決意のラストを印象に残すんじゃないの? それがメインテーマではないの?

これは、アーシュラ・K・ル=グイン『闇の左手』に対するレムの難癖と同じだ。そちらでは、惑星<冬>/ゲセンが宇宙連合に加盟するか、というのが物語の中心であり、主人公たちの性を伴う関係性の深まりはその添え物にすぎない、というとんでもない解釈が提示されていた。レムはそれに基づき、最終的にゲセンが連合に加盟するからこれはハッピーエンドと論じ、それが幼稚な読者に迎合しているとル=グインを批判する。

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いやあ、そんな異常な読み方をするのは、世界広しといえどレム一人じゃなかろうか。それに対して当のル=グインは、そんな単細胞でまぬけな読み方をする人とは思わなかった、とやんわり嫌味をお手紙で述べている。あの小説も、そうした「ハッピーエンド」後の主人公の虚脱、そんなものよりもエストラーベンとの性的なものも含めた関係のほうが重要だということが、かなりページを割いて描かれている。

だがレムは、そうした部分がまったく読めない。彼は、単なるマクガフィン——話を進めるためのあまり本質的でない設定や小道具——のほうにしか注意がいかない。

『ソラリス』の映画化に対するレムの罵倒でも同じだ。彼はタルコフスキーやソダバーグの映画を、口をきわめて罵る。それは彼らが『ソラリス』を人間ドラマにしてしまったからだ。でも……なんでそれが罵倒されなきゃいけないの?

小説では結局、ソラリスの海が何を考えていたのか、どういう存在なのかはさっぱりわからない。人間の各種研究もすべて無駄に終わり、ソラリスへの関心も次第に薄れる。でもそのジリ貧の中でもケルヴィンはステーションに残ることを決意する。その理由は明確ではない。レム自身は『ソラリスを』を「開かれた」と表現する(というか、ブリッシュによるそうした評を肯定する)。普通の人は、ソラリスの海も謎が解けるわけではないし、それに対するケルヴィンの行動理由もその行く末もはっきりしないんだよね、と思う。

ところがレムにとっては「開かれた」というのはそういう意味ではない。『ソラリス』は、ソラリスをめぐるいろんな理屈こそが主題であり、人間ドラマなんて添え物だ。「開かれている」のはソラリスの海をめぐる様々な解釈だけであり、ケルヴィンが最後に残る決意をするのは「ソラリスって不思議でもっと調べようぜ」と思ったからに決まっている。人間ドラマの可能性に注目するのは、レムにとって許せないトンチンカンな誤読なのだ。

さて一般的な読者にとって、『ソラリス』というのは、ソラリスの謎を背景に人間ドラマが展開する物語なのか、それとも人間ドラマを口実にしてソラリスの謎をきわだたせる小説なのか——常識的には、どっちもある。その両方が相乗効果を発揮することで、あの小説としての深みが生まれている。

だが、レムは後者の解釈しか認めない。つまりはそういうことだ。ここでもレムにとってSFで重要なのは、その設定だけなのだ。レムは、ロシア語訳で (つまりはそれをもとにしたかつての飯田訳でも) 晦渋なソラリス学のうんちく開陳が削除されたのが許しがたいそうだ。多くの人にとっては、それはあくまで背景説明の一部で、そんなに重要ではない。だがレムにとってはそれこそが『ソラリス』のキモだったわけだ。

また、この論説でも「SFとしての『ユービック』」という章でレムがやるのは、『ユービック』の設定が科学的に妥当性を持つか、という検討だけだ。

さて、ほとんどの人は『ユービック』が科学的に正確か、なんてことを心配したりはしない。するだけ無駄だからだ。ディックなんて基本は書き殴り、ご都合主義の成り行きまかせだ。つじつまなんて、最低限でしかあわせておらず、さらに面倒になると幻覚とかでごまかしてしまう。が……レムはそれをやる。彼にとってSFというのは、その設定の妥当性こそが核心だからだ。その最後で、別に科学的な細部は問題じゃないのだ、と逃げは打つけれど……それなら何ページも使ってそれを分析した意味もないでしょうに。

まとめ

 するとこの「絶望的な事例」を読む意味は? 訳者は、レムの視点がいささか偏狭で歪んでいることは承知していたけれど、それでも何か英米SFについて、あるいは少なくともディックについてくらい、啓発的な視点が一つや二つは得られるだろうと期待はしていた……が、その予想はいささか裏切られた。だがその一方で、レムがSF罵倒で依拠している基準がいかに歪んだ虚構であるかが、ここまで明確に出るとも思わなかった。レムがここまでひどい純文学コンプレックスを抱いていて、ソ連式の権威主義的な文芸アカデミー方式盲信だということも初めて知った。ファンジンのお便り欄ですら、やはり議論を通じて見えてくるものがあるのだ。議論、大切。

 そしてレムの小説の読み方や評価そのものが持つ偏りも、きわめてわかりやすく明確な形で出ているのも収穫といえよう。レムのディック論として邦訳もある『フィリップ・K・ディック——にせ者に囲まれた幻視者』は、ずいぶんと珍重されている。こちらは『ユービック』だけに注目しているので前向き (相対的には) だし、レムの晦渋な表現のおかげで何か立派なことが書かれているものとみんな思いこみ、ありがたがる。だが本論を読んだあとでそっちも読み直してみると、かなりその評価も変わってくるのではないか。その作業は、読者のみなさんにお任せしよう。

2026年9月17日

山形浩生 hiyori13@alum.mit.edu

『闇の左手』をめぐって:レムとル=グィン

左側は眼鏡をかけた笑顔の男性レムが、本棚に囲まれた室内で金属製のロケットと発射台模型らしきものを前にして肘をついた白黒ポートレート。右側は短い白髪の高齢女性ル=グィンが幾何学模様のブランケットを羽織り、屋外の緑を背景にカメラを見つめている白黒ポートレート。
レムとル=グイン

コメント

SF Commentary誌上で1971〜72年に展開された、スタニスワフ・レムとアーシュラ・K・ル=グィンの『闇の左手』をめぐる応酬。

スタニスワフ・レムは書評で、「闇の左手」を高く評価しつつけなす。が、その評価はいささか不思議と言わざるを得ない。

まずレムは冒頭でいきなり、惑星<冬>の宇宙連合加盟が『闇の左手』メインストーリーであり、ゲセン人たちの性的な特性はそのお飾りになっている、と批判する。これはあまりに奇妙な物言い。普通の理解ではまったくその逆で、銀河連合云々はまったくのマクガフィンであり、レムが問題にしている性的な特性、それがもたらしたエストラーベン (ゲセン人)とゲンリー・アイ(地球人) との関係性のほうが『闇の左手』の主題では?

 この完全な読み違えのせいで、「闇の左手」がハッピーエンドだというとんでもない解釈も生じている。最後に惑星<冬>が宇宙連合に加入することになったから、これはハッピーエンドだ、というわけだ。それに先立つエストラーベンの死、その後のゲンリー・アイの虚脱感、最後にエストラーベンの父親の元に赴く喪失感などを、レムは一顧だにしない。そして、ハッピーエンドにしたのはSFのステレオタイプへの迎合で読者をバカにしていると批判。

 さらに性別がコロコロ入れ替わったらみんな困るだろ、という指摘はかの『ソラリス』著者とも思えない。いまの人間がそういう状況に置かれたら、確かに混乱するだろう。が、ゲセン人は人間ではないし、長い文化発展の中で別の規範を形成するだけの話では? そしてゲセン人(蛇足ながら、レムは一度もゲセン人とは言わず、カルハイド人と言う。カルハイドは惑星<冬>/ゲセンの一王国でしかないので、この文脈では適切ではない)は男にしか思えない、服装もすべて男だと論難。それでも、これはレムの英米SF書評としては最高度のポジティブな書評だ。

 

これを受けて、ル=グィンは礼儀正しく返答しつつも、主張のほぼすべてをはねかえす。おまえが『闇の右手』でも書けばいいじゃんと言いつつ、レムが突っ込んだような仕組みについては、かなり考えてあるのだと指摘。男にしか思えないとか、服装がとかは、すべてピントはずれだし、ハッピーエンドって何のことですか、とあらゆる論点を打ち返す。レムの書評の中で、妥当性をもって残っている論点はほぼない。それでもル=グィンが怒った様子を見せないのは、ル=グィンが大人なのと、一応はレムの書評が誉めてはいるから、ということなのだろう。が、よく読めばチクチクと嫌味はかなりきつい。

 

この二人のやりとりは、それ自体としておもしろい。さらにそこから離れて、これを含めレムの英米SF批判がどこまで妥当なものだったのか、という疑念を抱かせるには十分だろう。彼は作品全体のレベルの高さは感じ取ってはいるが、その読み方はかなり偏った恣意的なものにとどまらず、まるっきりまちがっていて、『闇の左手』の主題すら理解しそこねている。これを惑星連合加入テーマの小説だと読んだ人は、空前絶後だと思う。また様々な細部の読み方も粗雑なのは明らか。ちなみにこの書評とほぼ同じものが『SFと未来学』の第2版(の独訳版)には含められている。

しかし1971年時点では、ル=グィンのような有名作家ですら、ファンジンに住所が掲載されても全然オッケーだった、というのはちょっと驚き。

(山形浩生)

スタニスワフ・レム「失われた機会:ル=グィン『闇の左手』書評」

SF Commentary #24 (1971) pp.22-25

[この書評はオーストリアのファンジンQuarber Merkur #25号 (1971) に初出、ドイツ語からフランツ・ロッテンシュタイナーが英訳したもの。SFCへの掲載時には、M・K・ジョーゼフ『虚無の孔』書評とセットになっていたが、両者は独立している。]

偉大な文学の基準を本気で適用できるSF小説を見つけるというのは、実に珍しい現象だ。『闇の左手』は読み終えた瞬間から忘れがたい。読者に考えさせる――それはSFでは素晴らしいことだ。ル=グィン夫人が偉大なクローバーの娘だということはすぐわかる。異文明の描写は着想に富み、手際も確かだ。この小説に注がれた人類学的知識と想像力は第一級だ。ひょっとして彼女は、あの稀なる代物、つまり偉大な文学に属するSF小説を書いてしまったのか?

しかし、もしあるSF作品がゲットーの壁を破って文学の世界に加わるなら、それは世界文学の頂点に属さねばならない。なぜならSFが扱う問題の射程は、宇宙的・存在論的な次元にまで広がるのが常だからだ。SFにおける巨大な問題は誤って立てられ、誤って解かれるのが通例だ。残念ながら、『闇の左手』は「偉大な文学」の範疇には収まらない。重要なメッセージを持ってはいるが、そのメッセージを展開しきれていない。息が続かず、筋の力点が誤ったところに置かれている。

小説の最大の問題は、惑星<冬>の宇宙連合への加入をめぐる闘いだ。一方、カルハイド人の奇妙な両性性は、その(興味深い)背景の一部にすぎない。存在論的な深みを帯びそうだと思える要素はいろいろある。だが結局、それらの要素は豊かな異星のできごとの断片にとどまっている。なんとも惜しいことだ!

ル=グィン夫人は、逆の道を進むべきだった。筋を進めるにつれて、「もう一つの人類」の銀河同盟への受け入れをめぐる物語は背景へと退かせ、その代わりに、カルハイド人の運命の奇妙な性質が、われわれ自身の運命について何を教えるかを示すべきだった。なぜか。惑星<冬>が銀河連邦に加入を認められるかどうかという問題は、カルハイド人のその後の生に本質的な差異をもたらさないからである。加入するか、しないか。どちらに決しようと、その解決は人々の本質的な性質を変えない。そしてまさにその性質こそが、われわれ自身の運命について多くを示すのである。

SFにおいては、最終的に人間へと戻ってこない道筋は、銀河の見世物の豊かさしか与えてくれない。遺憾ながら、ル=グィン夫人の小説には大きな穴が残る。人類学的理解は非常に優れているが、心理的洞察は十分とは言えず、時には不十分ですらある。ル=グィン夫人は、生物学的にはあり得るし、フィクションとしては価値ある創造物を発明する。周期的に性的存在となるだけの「他の人間」(それだけなら両性具有も含め、SFには見られる)ではなく、「ケメル」(性の周期)のあいだに周期的に男または女になる者たちを発明する。そればかりか、次にどの性となるか、あらかじめわからないのだ。

作者は、こうした仕組みにおける個人の運命の残酷で苛烈な厳しさを創造しようとせず、創造できず、あるいは創造の仕方を知らなかった。論述的に展開された章のなかでいくつかの示唆は与えられるが、この人類学的素材を個人の生の形へと変容させてはいない。

しかし、この小説の人々の立場に自分を置いてみよう。基本的な存在にかかわる二つの問いが、否応なく心に迫ってくる。

  1. 次の「ケメル」(性の周期)に、自分は男になるのか、女になるのか? ありきたりの見解が何と言おうと、みんなおなじみの人生の不確実性は、この性的な非決定性によって痛ましいほど拡大されてしまう。来月、孕ませる側になるのか孕まされる側になるのかという瑣末な問題を心配するだけでは済まない。性の両極で待ち受ける役割をめぐる、まったく新しい種類の心理的問題に直面することになる。

  2. 目下はまったく無関心な人々の輪のなかから、次の「ケメル」に誰に対してエロティックに惹かれることになるだろうか?その時点では、他の者も同じく中性であり、したがって生物学的未来は決して予見できない。性的関係のパターン変化は、既知の環境のなかで、つねに新しく、つねに得体の知れない変化をもって人々を不意打ちすることになる。カルハイド人の立場に身を置けば、この種族の性の制度がいかにとんでもない不確実性と難題をもたらし、弱者を麻痺させ、強者をこの種の生物学的モイラ (運命) に対する無力な闘争へと駆り立てるかはわかるだろう。この惑星では、人々は決して「あの男」あるいは「あの女」のままではいられず、性腺の奴隷として、予測不能な変容に服さねばならないからだ。

そのような状況のもとで、愛――性的引力そのものではなく、その昇華――に居場所はあるのか? ケメル期が終わると同時に愛することをやめてしまうのか? だがそんなことは絶対あり得ない。人間の心のエロティックな機制についての知識を見れば、こんな主張はすぐに否定できる。歴史を見れば、女性に狂おしく恋した去勢者たちがいる。愛は、男性あるいは女性の更年期の始まりとともに終わるだろうか? 普通、愛は老年まで続く。愛に必要なのは、「点火」されることだけだ。それはケメル期に起こらねばならない。だが性的引力が消えたのちも、心の炎は燃え続ける。すべてではないにしても、そのような事態はかなり頻繁に起こるはずだ。

しかし、運命の残酷な皮肉を考えてほしい。ある者がケメル期に男として、相手を女として愛したとしよう。数か月後、両者がそれぞれ「女」および「男」になったとする。そのとき両者は、単に生物学的に適合する(異性愛的な)相手を探しに行くだけだと信じられるだろうか。この問いに「はい」と答えるなら、それはナンセンスであるばかりか、明白な嘘でもある。文化的・心理的条件づけの力が、生物学的本能に抗していかに内面を形づくるかを、われわれはより明確に知っているからである。

したがって惑星<冬>の人々は、多くの不幸と悲嘆を、また多くの「倒錯」を経験せざるをえない。「かつての」男たちは、腺の命令によっていま女の役割を演じる用意のある人々よりも、「かつての」女の相手――いまは中性かもしれないし男かもしれない――に、より強く引かれ続ける。作者がここに見出しうる残酷で奇異な、地獄的とさえいえる可能性はどれほどか。それらの可能性のうちには、露骨に地獄的で意図的に見える悪意の根が潜んでおり、人類はこの状況から自らの文明の核を形成せねばならないだろう。地球の全歴史が示すように、人間は盲目的な統計的力を、生死を支配する唯一の原理として不可避のものとして受け入れることを、決して望まなかった。人類は宗教と神話としての文化を発明し、盲目的統計の残酷な無関心を、意味ある超越へと転じた。そしてカルハイド人が直面する挑戦は、地球のホモ・サピエンスがかつて直面したいかなる挑戦よりもはるかに困難であるから、彼らの文明はこの挑戦の刻印を帯びるだろう。人間は単にケメル期の受動的な奴隷になることはできず、不可避なものに抗して闘い、おそらくこの非合理こそが彼/彼女を真に人間たらしめるのである。

しかし、ル=グィン夫人が書かなかったこのもう一つの小説を私は描き出せないので、むしろ「書物に含まれているもの」を扱うことにする。裏表紙でテッド・ホワイトは『闇の左手』をハーバートの『デューン』になぞらえる。だが政治的陰謀を見ても私はしらけるだけだ。この点でこそ本書は『デューン』と共通している。つまりSFの皮相なステレオタイプとクリシェを共有しているのだ。

 私はこの小説から、私(すなわちすべての人間)についての真理を取り出す。われわれの性生活がどれほど苦痛に満ちていようと、性の一義性という制約は呪いではなく祝福である、と。もちろんカルハイド人は地球人類とはまったく異なる考えを抱き、われわれを異常と見なすのはまちがいない。ル=グィン夫人が正しく示すように、われわれは自らの自民族中心主義に基づいてしか判断し、評価し、反応できないからである。カルハイド人はわれわれが欠くものをいくらか持っている(たとえば戦争を知らない)が、他のものをはるかに多く欠いている。

そして、少々滑稽に聞こえるかもしれないが、ル=グィン夫人の小説は私に次のことを証明する。進化の過程が形成したわれわれの身体は、宇宙における発達物として決して悪いものではない、と。われわれは人類発生の過程における最終的な敗者では決してない。だが抽象的にはそういうことが言えるにしても、私には具体的な証明が必要だった――『闇の左手』のようなものが。それは、われわれを待ち受けていたかもしれず、しかし起こらなかったものを理解する助けとなった。したがってこの本は、私自身の人間的運命の、存在論的であるがゆえに究極的な性質について教えてくれた。テクストそのものはこの存在論的な運命の観念を体現せず、示唆するにとどまるにもかかわらず。この本に感謝する。SFにおいてそのような経験を私は貴ぶからである。

さて小説そのものに戻る。文体的には非常によく書かれている。異文明の風習と慣習の豊かさと多様性も含んでいる。ただし完全に一貫しているわけではない。作者が何を語ろうとしようと、彼女が書いたのは、女のいない惑星だ。性的な意味ではなく社会的な意味で、男しかいない惑星なのだ。カルハイド人の衣服、話し方、風習、振る舞いが男性的だからである。社会の領域では、男性的要素が女性的要素に勝利したままなのだ。

さらにル=グィン夫人は、正統的なSFの構造を脱ぎ捨てたくなかったらしい。地球からの使節は、ただの勘違いで最良の友を敵だと思う。ル=グィン夫人が描くカリカチュアは、官僚的中央集権国家と封建的国民についてかなり弱いものでしかない。投獄、解放、英雄主義、犠牲を書き、最後に宇宙船が惑星に降り立つというハッピーエンドを書く。これらすべてが必要だったのだろうか? 再び問わねばならないが、この新しい政治状況は、カルハイド人のもっとも親密な実存的問題の領域を、どう変えるというのだろうか? われわれはハッピーエンドで慰められねばならないようなお子さまなのだろうか? 作者は、『デューン』との類似というSFとの煩わしい関係を許して、彼女が実現しなかった、存在論的で深く心を動かす可能性をすべて壊す必要があったのだろうか。もっとも輝かしい着想でさえ、そのなかで萎れ、かくも速やかに消えてゆくように運命づけられているとは、SFにはいったい何の呪いがかけられているのだろうか?

 

——スタニスワフ・レム 1971年3月

アーシュラ・K・ル=グィン「書評ありがとう、でもね……」

SF Commentary #26 (1972) pp.90-93

3321 North West Thurman, Portland, Oregon 97210, USA

(『SFC』24号所載「失われた機会」について) 知的に厳しい、しかも情熱をもって感じられた美的基準にしたがって自分の作品が批評されることは稀な経験であり、胸を躍らせます。私はそれを大切に思っています。遠くにいて敬愛する同輩との、こうして初めて得られた細やかな接触もまた、大切なものと思っています。

スタニスワフ・レムの構想する小説――『闇の右手』とでもいうべきものでしょうか――は魅力的で、ボルヘスの物語のための暗示のように人を焦がします。レムがそれを書いてくださったらと思います。私には書けません。ひとつには、「私の」ゲセン人の生理が、レムの読み取ったものとはちがうからです。レムが求める悲劇は、「分化」の機構によって妨げられます。ケメルに入った一対のうち、後から、あるいはより遅く入ったほうが、先に、あるいはより早く入ったほうとつねに反対の性を発達させる、という機構です(エース版90ページをご参照ください)。これはついでながら、「ケメルの誓い」、すなわちゲセン人の婚姻の主要な生理学的基盤、あるいはそれを可能にする要因でもあります。悲劇の入り口はむしろ、長期にわたる恋人同士が、いわば同期からずれていく強い可能性だと私は考えます。ソメル=ケメルの周期の長さが数時間違うだけで、一年のうちにそうなりえます。この困難を私は恥じることなくすっとばし、ゲセン人に洗練された薬学と高度に洗練された身体統制の技法だけを与え、そうした潜在的な災難への何らかの解決があるのだと想像できるようにしました。

ゲセン人が全員、あるいは九割が男性だと責めたのは、レムが最初ではありません。すでに女性解放運動組織からも、その話でしばかれています。生涯にわたるフェミニストとして、私は口をつぐみ、姉妹たちには言いたい放題言わせておきました。しかしレムはポーランド人であり紳士ですから、私は喜んでその挑戦を受けます。レム、あるいは他のどなたかでも、エストラーベンが、男にしかできない、あるいは男にしか言わないことをし、あるいは言う箇所や台詞を、ひとつでもいいから指摘していただけますか。

エストラーベンなどのゲセン人を男だと人々が主張しがちなのは、陰謀をめぐらす首相や、氷原を橇で渡る曳き手などを女として想像することを、ほとんどの人が望まない、あるいはできないからではないでしょうか。

男性代名詞の使用が、読者の想像力に、おそらく決定的な影響を与えることは承知しています。女性解放論者には、「she」を使うべきだったと言われます。しかし卑小な一芸術家として、私は媒体を、それを通して伝えうるいかなるメッセージよりも高く尊重します。倫理的な論点のためであっても、英語を言語の肌理に逆らって歪めたくはありません。中性の存在(たとえば神、あるいは遠く霞む人物)を「she」と呼べば、男性形よりもなお決定的に「性化」してしまいます(94ページ参照)。アレクセイ・パンシンなどは、中性代名詞を造りあげろと要求しました。私も慎重に検討した結果、それを採用しないことにしました。その実験はリンゼイの『アルクトゥールスへの旅』で試みられましたが、私の耳には失敗であり、いらいらさせる衒いに聞こえます。それを三百ページ続けるのは耐えがたいでしょう。媒体の頑なさは、結局のところ、その喜びでもあります。英語では、どんな芸術家でも幸運にも話せたどの言語よりも多くのことができます。それでも、好きなことを何でもできるわけではありません。

とはいえ、その効果を試したい方のために、またエストラーベンのいわゆる男性性を検証する手段としても、ランダムな箇所をいくつか、se(主格)、sem(目的格)、sen(所有格)、somself(再帰)で示しましょう。

(193ページ)セはブレッド・アップルを噛みながら立ち上がると、センのヒエブと外套を着て長靴をはきテントの自在戸をあけてかわうそのような敏捷さで外へ抜けだした。そしてセは外からテントにセンの首をつっこむとこう言った。「遅くなるかもしれない。一晩帰らないかもしれない。ひとりで大丈夫だろうか?」

「ええ」

「では」

 そう言ってセは出ていった。エストラーベンのように状況の変化にこれほど完璧かつ人族に即応していく人物を私は知らない。私の体は恢復し私はよろこんで行くと言い、セはサンゲン期を脱した。こうしてすべての障害がとりのぞかれた瞬間、セは出発した。セは決してせいたりあせったりせず、ただひたすらに用意周到なのだ。これこそ、セが私のために放擲した並々ならぬ政治的キャリアの秘密にちがいない。これはまた私によせる信頼と私の使命によせる献身の深さをも示すものだ。私がこの惑星に来たとき、セにはすでに受け入れ体勢ができていた。惑星<冬>ではそんな人間はセ一人だ。

 にもかかわらずセは自分をグズな人間だと、緊急の場合に役立たずだと思い込んでいる。(邦訳pp.235-236)

(258ページ)火影に照らされた部屋の暗がりに、村長がくれた毛皮の半ズボンをはいただけ、素足で立っていたセの姿を憶いだす。個室あるいは、セムがあたたかいと感ずる屋内では、カルハイド人はしばしば上半身裸になるか素裸になる。この旅でエストラーベンは、ゲセン人の体格を特徴づける引き締まったつややかな肉づきをすっかり失ってしまった。セの瘦せおとろえた体は傷だらけで、センの顔は火に焙られたように雪灼けがしていた。その姿は黒く、厳しく、せわしなくゆらめく灯影を浴びてセはどこかとらえどころがなかった。(邦訳pp. 315-316)

この最後の箇所で連想されるのが、抗議しておきたいちょっとした不当な物言いです。レムさん、この二人にミニスカートでも着せろと言うんですか? あなたは彼らの服装を男性的だとおっしゃいます。でも本当に寒い気候の人々は何を着るでしょうか。私はエスキモーを手本にしました。彼ら――男も女も――もちろんチュニックとズボンを着ます。レムさん自身は、氷点下十度の風のなか、深い雪のなかで、スカート――長かろうと短かろうと――を着てみたことがあるんでしょうか?

しかし男性性・女性性についてのこうしたことはすべて、おそらくより大きく、そして私にはより妥当と思われる、レムの批評の一部です。この本で興味深いのは両性性である。ではなぜそれが筋の中心ではないのか。なぜすべては裏切り、寒さ、疎外など「について」なのか、と。

おそらくは作者の深い心理的特異によるのでしょう。本当に重要なものすべてに、横から、しかも闇のなかで近づかざるをえないという特異性です(私がSFを書く理由も、それで説明できるかもしれません)。

私は語り手として「普通の」、しかも男性の地球人観察者を望みました。人々がゲセン人に感情的に同一化するのは難しいだろうと思ったからです。実際、多くの人、とくに男たちは、彼らを嫌悪するだろうと思いました。それは誤りで、私はもっと勇気を持つべきでした。それでもなお、単にメッセージを届けるのでないかぎり、間接的に伝えるほうがもっと多くを伝えられるのだと、私はいまも信じています。私は小説家であって電報局ではなく、空想作家であって科学者ではありません。ゲセン人について私が言いたかったことは、読者自身の想像力を呼び覚ますためのものであり、彼の(センの?)知性に情報を与えるためのものではありませんでした。それゆえ私は間接的な表現を採用した。そしてそれゆえ、レムが望む悲劇的な恋愛物語は、じつはそこにあります。ただしそれは過去にあり、ほのめかされ、言及され、伝説であるかのように語られます。それは氷山であり、十分の七は沈んでいます。しかしすべての行為は、見える氷山の先端で起こります。それがあの本すべての地盤であり基盤です。

それでも、レムの批評の正しさは残ります。私はただ、読者や編集者の最大公約数に迎合しようとするいかなる欲望も、SFの読者を子供っぽい、あるいは教養の低いものと受け入れるいかなる態度も、この本の執筆に影響しなかったと、はっきり否定することで、それを和らげるにとどめます。私は望むとおりに書きました。私の欠点は、SFの性質が投げかける萎凋の呪いの結果ではなく、まったく私自身のものです。

最後に、レムが異議を唱える「ハッピーエンド」について。私は目まいがするほど困惑したままです。船が着陸したから、それが幸福な結末だというのですか。レムご自身、筋の「宇宙船」の部分は機械的だと指摘し、それを憤り、斥けておられます。そしてそのうえで、それが本にハッピーエンドを与えるほどの強さと効力を持つとほのめかされます。あれほど鋭い読者、驚くほど微妙で複雑な芸術家仲間であり、ご自身の作品も決して皮肉と曖昧さに欠けるわけではない方が、少なくともこの私自身より単細胞ではないと期待したかったところです。これがハッピーエンドなら、『ハムレット』もそうなのでしょうか――だってフォーティンブラスはエルシノアで健在なのですから。

これらの議論を、それが本来であるところのもの、つまり一種の感謝としてレムが受け止めてくださることを祈ります。作家として、喜びを与えた読者からの称賛に匹敵するほど貴重なものは一つしかありません。それは、共通の技芸を同じ真剣さで受け止め、構想にも実行にもいかなる欠点をも許さない同僚作家との対話です。称賛が酒なら、真の批評はパンです。二つの海と三つの言語を越えて、そのパンを分けてくださったレム氏に感謝します。 (1971年12月27日)*