コックス&フォーショー「なぜE=mc2なのか?」:範囲が予想外に広くてわかりやすくていい本。

なぜE=mc^2なのか?

なぜE=mc^2なのか?

題名見て、アインシュタインの特殊相対論を詳しく説明するのかと思ったら、その先もどんどん話が進んでヒッグス粒子まで軽く話が及ぶのでちょっとびっくり。説明は落ち着いていて危なげない。ただちょうどグリーン『隠れていた宇宙』に取組中で、グリーンのほうが shock value を前面に出してくるので、その後だとずいぶんおとなしく見えてしまう。

本書の数式なしの記述で本当に「わかった」といえるのかはアレですわな。でもそれはあらゆる概説書に言えること。悪い本じゃない。読者を馬鹿にしないし、その後の展開まで書いてあってよい感じ。でもグリーンと同時期に出たのが不運。

……とはいえそうでなくても、ことさら紹介すべきすごい本ではなくて、たくさんある相対論解説書としては中の上くらいの感じだと思う。書評するんならもう一ひねりほしい感じ。たとえば最近読んだ相対論がらみの本では、こんなのがある:

相対性理論の式を導いてみよう、そして、人に話そう

相対性理論の式を導いてみよう、そして、人に話そう

これは朝日新聞の書評対象ではないんだけど(かどうかは知らない。ぼくが就任する前の一月に出たので、書評候補にあがったかわからないんだよね)、最近読んだ本ではおもしろかった。山本義隆が、高校の受験数学で相対論まで話を進めたのは有名なエピソードだけれど、この本はそれを実地にやろうと言う。そして、自分で導くだけじゃなくて、人に話して説明してみようという。そうすることで理解が深まるから、と。相対論の話としても、そして人の勉強のあり方の提案としても、とてもよい本だと思う。



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土橋正「文具の流儀」:ユーザーとしての哲学がないためにただのウンチク本になっている。

文具の流儀: ロングセラーとなりえた哲学

文具の流儀: ロングセラーとなりえた哲学

ロングセラーの文房具について、メーカーにヒアリングしてその歴史と開発エピソードをまとめた本。

でも著者のほうには哲学があるわけではないので、単にいろんな話をきいて集めただけに終わっている。その哲学のなさというのは、冒頭でボタンダウンのシャツはブルックスブラザースのものしか買わないという話にあらわれている。

それはなぜかというと、ブルックスブラザースというメーカーが、昔も今もボタンダウンのシャツを作り続けているからです。

つまり、その分野の専門メーカーであるということです。

永年ボタンダウンシャツを作り続けているがゆえに、このメーカーはその道をきわめているのではないか、と思うのです。

つまりこの人は、自分が利用者としてブルックスブラザースのどこを評価しているのか、という視点がない。単に長く作ってるからなんかいいんじゃないか、というだけ。ちなみに上の引用で「専門メーカー」ってぼくの知ってる意味とはちがうなあ。

したがって、それぞれの商品紹介も、単に話をきいただけ。ユースケース皆無。ちなみに、この人は文具紹介サイトも持っているけれど、印象感想文以上のものは書かれていない。

いくつか懐かしい文具も紹介されているのはうれしい気もするけど、本としてはまったく紹介したいとは思わない。あ、それとこの人、文具云々と言っているくせに烏口ってどんなものか知らないんだね (p.350)。つけペンと勘違いしている。あと最後のロットリングの使用記とか、やってはいけないことばかり悦にいってやっていて、製図実習で苦労した身としては読んでいて吐き気がした。ダメー。こんなのとりあげません。



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