Denis Mack Smith, "Mussolini"

Mussolini (Paladin Books)

Mussolini (Paladin Books)

ムッソリーニの伝記としてそれなりに評価されている本。ただ全体に、とにかくムッソリーニはゴロツキで粗野で無教養で無能で暴力的でかっこつけの詐欺師で小手先の付け焼き刃と対人能力だけで世渡りしてきました、という本になっていて、チアン&ハリデイ『マオ』ほどではないけれど、それに近い感触。ムッソリーニが少しでも教養あるっぽいことを言うと「だがこんなことは百科事典の受け売りで言える」とか「しかしムッソリーニがかっこつけの名手だったことは忘れてはならない」とか。一応ジャーナリストとしても活躍したんだし、シェイクスピアくらい読んでてもいいんじゃないかなあ。ときどきうろおぼえで引用に失敗したからって、読んでないことにはならないと思うよ。

この本を読もうと思ったのは、当然ながらファレル『ムッソリーニ』との比較のため。同じできごとをどう描くかに興味があった。こちらの本は、ムッソリーニが子供時代にクラスメートをナイフで刺したとか近くの畑の作物を盗んだとかいうのを見て、ほらみろ子供時代から暴力的で殺人的でこそ泥で、という。ファレルは言わない。子供の頃はいろいろあるから、それだけで云々はできないよ、と。これはファレルの言う通りだと思う。また社会主義新聞『アヴァンティ!』で、イタリア参戦し時に転向し、その後独立して(資本家や英仏からお金をもらって)新新聞を作ったのは、マックスミスに言わせれば社会主義を裏切り、資本家から金をもらって転向する節操のなさと資本家のイヌぶりをあらわすエピソード。ファレルに言わせれば、当時まったく行動力がなく何もできなかった社会党に対し、当初の社会変革理念を貫こうとした信念の行動。どっちが正しいかは、当時のイタリア状況での社会党の存在意義をどう評価するかで大きく変わる。

全体として、ぼくはマックスミスの記述があまりに一面的だと感じる。各種ファシズムプロパガンダが、ムッソリーニを神格化しようとしていたので、それに対する反動はわかるんだが、世渡り能力だけでトップになれるというのは議論として苦しい……と思っていたが最近の日本の各種トップを見ると、必ずしもそうでもなさそうな気もするので、よくわからん。あと、かっこつけ激しいやつだったのは事実で、かれが自分の背を高く見せようとして常にのっていた台の写真とかも収録していておもしろい。



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