アルセ『チェ・ゲバラ最後の真実』: ボリビアでのゲリラ戦を大量のインタビューで細かく追った良い本

Executive Summary

アルセ『チェ・ゲバラ最後の真実』: チェ・ゲバラの1967年のボリビア侵略とその敗北について、大量のインタビューで追った本。細かい移動、作戦行動、物資、その他いろいろな話を、生き残りや当時の軍人、地元住民などの大量のインタビューで裏付けている。手の切断、デスマスク、防腐処置の詳細まできわめて細かい。インタビューの実際の言葉をそのまま引用してくれているので、迫真性もある。巻末100ページほどは彼の伝記の簡単なおさらいになっており、特に目新しい部分はないものの、写真も豊富でこれもおもしろい。なかなかよい本。


アルセ『チェ・ゲバラ最後の真実』: ボリビアでのゲリラ戦を大量のインタビューで細かく追った良い本

そろそろまとまったゲバラ本もほとんどなくなった。

チェ・ゲバラの伝記ではなく、ボリビアにおける最後の逃走/戦いについてのルポ。一応、最後の1/4ほどでチェ・ゲバラの人生のおさらいは行われるが、かなりの駆け足ではある。

チェ・ゲバラが (当初の公式発表のように) 戦闘中に殺されたのではなく、捕らえられて射殺されたのだ、というのをいちはやく暴いた、というのが売り。だが、いまはすでにもう目新しさはない。原著が出た2008年でも、すでにそれは何度も明らかにされていたので、その部分はあまりありがたみはなかっただろうし、いまやなおさらありがたさはない。

が、本書のいいところは、チェがボリビアのジャングルに入ってからの話を、かなり徹底したインタビューで明らかにしているところ。ヒアリングを要約するのではなく、相手が語ったことを(おそらく)そのまま引用して載せてくれているのは、かなりありがたい。そしてどんな作戦行動が行われたか、物資はどこに置かれたか、だれがいつどんなふうに殺されたか、というのを克明に描き出してくれるのは、非常におもしろい。

また、手をどうやって切り取ったか (ゲバラが殺されたとき、本物かどうか疑念が起こらないように、両手を切り取ったのだ)、デスマスクをどうやってとったか、死体の防腐処置の詳細についても、実際にやった人たちの話が細かく出ていておもしろい。一方で、デスマスクは石膏ではなくロウソクで作ったというんだが、チェ・ゲバラの死体が発見されたとき、ポケットに石膏がついていて、デスマスクをとったときのものだというのがアンダーソンの伝記には書かれてるんだよなー。細かいところでいろいろ齟齬がある。そして死体の処分については、どうもまったく触れていない。この時点で

その一方で、関係者の証言をどこまで真に受けるか、というのはむずかしいところ。この本によると、チェ・ゲバラは捕まったときに、かなり悠長なやりとりをしている。

(p.241)

うーん、「こちらは天下に隠れもなきチェ・ゲバラ殿であるぞ、控えおろう」ですかー。「私を殴るような真似をしてはならない」っておまえ、ここでの自分の立場わかってんのかよ。相手にえらそうに指図できる立場かよ。これを信じるかどうかは人による。好意的に見るなら、捕まえて連行するプロセスがずっとあって、その間にいろいろやりとりもあっただろうから、その中でこれに類する会話もあったのかもしれない。あと命乞いした説もあることは以前書いた。

cruel.hatenablog.com

関係者がいろいろ尾ひれはヒレをつけるのは、仕方ないことだろうね。確認しようがないから。アンダーソンが伝記初版での命乞い説を削除したのも、いろいろ証言が錯綜しているから、ということかもしれない。

あと、pp.124-125 で、チェ・ゲバラのゲリラ勢がサマイパタ村を襲って、その薬局でチェ用のぜん息薬を手に入れようとした部分がある。そのときの描写は、薬の名称がやたらにくわしく、やりとりが本当に絵に描いたように描写されているんだが、これは証言なのかそれとも著者 (医学の心得がある) が話を作っているのかわからない (詳しすぎるので作っているのではないかと思う。ゲバラの日記にもそんな細かい話は載っていない)。そういうところが混じっていると、ちょっと信用は下がってしまう。

ヒアリングをたくさんやったり、関係者の証言をたくさん集め、それをそのまま載せてくれるのは伝記部分でもありがたい。彼はキューバでいきなり中央銀行総裁になったりして、付け焼き刃で経済学や数学の勉強をしたというんだが、何を勉強したかはよくわからなかった。本書によると、数学では微分方程式までやって、そこから線形計画法の勉強に進んだそうな(日本にも同行したビラセカ博士の証言、p.462)。経済学は、アダム・スミス、リカード、ケインズ、ハンセンを見ていたとのこと (イルダ・ガデア証言、p.458)。ハンセンってことは、つまり一般理論をがんばって理解しようとしていたわけですな。彼がボリビア行きのためにまったく別人の変装をして、自分の子どもたちに会うところでも、娘アレイダによるそのときの状況のかなり詳しい証言インタビューが、6ページにわたりそのまま転載されている。

あといろいろ写真も豊富。ただ、ホントかなと思うようなものもある。ゲバラやカストロが、グランマ号でメキシコからキューバに上陸した瞬間の写真、なるものがあるんだが、そんな悠長に写真撮ってる余裕があった上陸ではなかったはずだがなあ。本当かなあ。それにこんな写真があるなら、到るところで使われると思うんだが、見たことないんだよね。

書きぶりは全体に、チェ・ゲバラに心酔している感じではあるが(特に最後の伝記部分)、ヒアリングの引用が多いために、それで変なロマン主義に陥るような部分は少ない。ゲバラの最期の様子を克明にたどりたい人には決して悪くない。地図とかを広げながらたどっていくとおもしろいはず。まったく期待していなかったけれど、なかなかよい本だと思う。