フアナ・カストロ『カストロ家の真実』:カストロ一家は悪くなかったというだけ

Executive Summary

フアナ・カストロカストロ家の真実』は、フィデル&ラウルの妹が書いた、カストロ一家の内側から見たカストロ兄弟と革命だ。著者は革命に幻滅してCIAに協力し、亡命するに到った人物として、視点は一応は批判的なものとなる。

しかしその動機は「家族の栄誉を守る」とのことで、一家の不倫疑惑とか詐欺犯罪疑惑をひたすら否定するばかり。家族のやった悪いことはすべて、周辺のふしだらな女やチェ・ゲバラなど共産主義者の入れ知恵だという弁明に終始。特に政治の内情については何も知らされておらず、CIAへの協力も全部バレバレだったという情けなさ。ゴシップ的な価値以上のものはない。


フアナ・カストロは、フィデルラウル・カストロの妹なんだけれど、途中で革命キューバの方向性にだんだん疑問を抱くようになり、一時CIAの手先として情報提供しつつ、最後にアメリカに亡命した。現キューバの政治体制にきわめて批判的な人物で、しかもカストロ一家となれば、他では絶対に出てこないエピソードがテンコ盛り、と期待するのが人情でしょう。

ところがねえ。全然ないの。

彼女はもともと、この本の元型を作家といっしょに仕上げたんだけれど、でもしばらくお蔵にしていた。ところが、それを数十年たって改訂し、公開に踏み切ったそうな。その理由が、一家の名誉を守るためだという。

でもそこでの「名誉」というのは、本当にどうでもいいことばかり、なのだ。

この人は敬虔なキリスト教徒で、その価値観というのは基本的に、昔の革命以前の古いキューバ中上流社会の気取った価値観。だから彼女が守りたいというのは、貞節とか家庭重視とか、そんな話ばかり。そしてそれを破壊した共産主義はすごく嫌っているんだけれど、でもそれをフィデル&ラウルがキューバに押しつけたことについては、もごもご口を濁すのだ。そして起こったあらゆることは一家の兄弟ではなく、他の人のせいにされてしまう。

まず、フィデルもラウルも彼女も、父親が家に来た14歳の女中にお手つきして生ませた子供だ。実質的に私生児なので、彼らは長いこと洗礼を受けられなかった。で、正妻はもちろん、それをひどく悲しみ、苦しんでいる。でも彼女は自分たちの母親がすばらしく、立派で、お手つきとかいう不道徳なことは一切なく、正妻とはとっくに切れていて云々、みたいな話を延々と続ける。それどころか、正妻のほうが何やら父親を理解しない女性で、みたいな話も匂わせる。

さらにその父親というのは、ちょっとしたチンピラ用心棒兼農場管理人みたいな立場からのしあがっていった人物なんだけれど、口より銃が先に出るとか、粗暴で荒っぽい手口でも知られていたというのが他の伝記では定説だけれど、この本ではそれは誹謗中傷であり、本当に立派で物静かで謙虚で気前のいい人物であり云々、ということになる。それはかなり苦しいんじゃないかなあ。

そしてその母親については、不倫の噂がある。ラウル・カストロは兄弟の中で全然風貌がちがい、アジアっぽい顔をしているので、革命勢力の中でも「赤い中国人」と呼ばれていたほど。だから彼は不義の子ではないか、という噂はずっとついてまわっている。彼女はもちろん、それをむきになって、母親は絶対そんな人ではありませんでした、と長々と説明する。

彼女が守りたいという「一家の名誉」なるものがどんなものなのか、これで少し見当がつくんじゃないだろうか。

冒頭には、母親が死んだときのエピソードが出ていて、ラウルは取り乱して大泣きしたけれど、フィデルはとっても冷酷で、さっさと葬式して死体を運び出せと言ったそうだ。彼女は、ラウルが非常に好きで、フィデルは利己的で冷たくて、という具合にあまり快く思っていない。それでも、フィデルが何かウソをついたりごまかしたり悪いことをしたり、ということは一切否定するか、あってもそれはまわりの別の人物のせいだった、ということにされる。

フィデルは正妻ミルタがいて、でも彼女をまったく顧みることなく、すぐに上流階級の医者の奥さんナティ・レブエルタと恋仲になり、革命闘争も彼女に資金面その他でいろいろ支援してもらっている。フアナ・カストロ的には、このナティが夫ある身でフィデルをたらし込んだふしだらな女で、ということになる。その正妻も、夫が子供を一切顧みないくせに、メキシコに逃げたりしたときも誘拐まがいに連れ去ったりするので激怒し、自ら取り返しにいって、それを止めようとした著者たちを罵る。するともう、彼女はすぐに悪役になり、自分たちの善意をふみにじる恩知らずになる。

さらにフィデルは異母姉のリディアにずっと革命運動中も頼りっぱなしで、息子をメキシコに拉致するのも、ナティ・レブエルタに生ませた子供のチェックを頼むのもこのリディアだった。フアナはこのお姉さんの暗躍がずいぶん気に食わなかったらしく、それを罵っている。母を苦しめた正妻の娘だから、というのもあるみたいねえ。同時にフィデルの同士というか秘書というか、とにかくありとあらゆる面倒を見てくれたセリア・サンチェスという女性がいて、もちろん愛人だという噂はつきまとい、それどころか女好きのフィデルの女衒役までやっていたという説もある女性だけれど、彼女についてもやたらに手厳しい。

そしてフィデル共産主義の道にひきずりこんだのは、チェ・ゲバラだという。彼はすでに共産主義オルグされていて、カストロをそれに引き込むのが仕事だったし、同時に単なる無鉄砲な冒険屋だからキューバ革命に飛び込んだだけで、別にキューバのことなんか何も考えていない、身勝手な嫌なやつだった、冷たく、魅力もなく、自分とちょっとでも考えがちがうと切り捨てるひどいヤツだったという。いやあ、ラウル・カストロは大学時代にすでに共産主義に入れ込んで、東欧にまでこっそりでかけてどうやらソ連の教練受けてるみたいだし、共産主義ゲバラにだけ押しつけるのは、無理ありすぎじゃないですかぁ? そしてチェ・ゲバラが確かに独善的ではあったし実務能力は疑問だけれど、きわめて魅力的な人物だったのはまちがいないようだ。彼女の記述は他とあまりにちがう。

カミロ・シエンフエゴスの謎の死をめぐる話でも、カストロ一家は常にカミロとはとても仲がよく意見の相違も反目もなく、絶対に謀殺なんかではない、という。でも謀殺はさておき、両者の意見がだんだん分かれていき、特に軍を握っていたラウル・カストロにとって、有能な軍人として非常に人気の高かったカミロ・シエンフエゴスは明らかに邪魔だったのはまちがいない。カストロ兄弟に粛清されたウベル・マトスについても、いい人だったけどあれこれと他人事みたいな書き方で、個人的なつきあいの話しかしない/できない。

結局彼女は、兄たちの革命の中核には入れておらず、うわっつらの交流しか見られておらず、気にしているのは昼のワイドショー的なゴシップと体面だけ、ということだ。

で、革命後の彼女はフィデルの妹だというのをかさにきて、傍若無人のふるまいをするのだけれど、もちろん当人にかかればそれは、己の品位と意志を通す立派な活動だ。そして人々の苦しみを見て政権に刃向かうようになり、というんだけれど、キリスト教の修道女様たちのことがいちばん心配だったみたい。

さらにCIAの手先として活動したのも当然ながら人々を救おうとした立派な活動で、真相を世界に伝えて迫害された人々をこっそり逃がす行為であり、スパイなんかじゃありません、ということになる。実は兄二人は妹のバカな活動なんか全部お見通しで完全に泳がされていた状態。たぶん彼女のせいでつかまった人もたくさんいたはず。そして最後は、今からでも遅くないからキューバ共産主義の呪縛から解いて正しい道に戻して、というラウルへの訴え。

そんなこんなで、あまりおもしろい本ではなかった。おばちゃんが「あの人たちはみんないい人だったんですよ! それをまわりがアレコレと」と言っているだけ。細かいエピソードとか、家族の中でどうでもいい人物(さらに下の妹とか) の紹介とかはたくさんあるんだけれど、カストロキューバ革命については何も新しいことはわからないし、信頼性もはっきりしない。