Executive Summary
宮本『カストロ』(中公新書、1996) は、内容的に公式発表の情報を年表にそってまとめただけ。目新しい視点も分析もないし、キューバ大使だったくせに、カストロ兄弟と直接の接触がまったくなかった模様。しかも記述は1990年代止まり。現代的な意義はない。
コルトマンの話で、カストロの生涯を普通に書くだけなら、新書で十分では、と述べた。というわけで、新書です。
1996年に出た本。四半世紀前、つまりソ連崩壊でキューバ経済が未曾有の危機に陥り、一時は存続も危ぶまれた頃のところまで。新書としてもとても薄く、カストロの生涯を本当に駆け足でたどるだけ。そして、あらゆる部分に「なぜ」といった検討はほぼない。
カストロは大学で学生運動に深入りして、革命の道を歩む。当時1945年、ハバナ大の大学は政治運動が盛んだったそうな。でも、まずそれまで政治に関心なかったのに、なんでそんなのに深入りしたの? なぜ急進化したの? わからん。
その後10ページで武闘派過激勢力になり、投獄されてからメキシコに逃げ、グランマ号で戻ってくる。そしてその後5ページほどで革命成功。なんでその革命は成功したの? 強みは? なぜ支持を集めたの? まったく説明なし。こうなりました、という話がひたすら書かれているだけ。
ずっとその調子で、事実は羅列されるんだけれど、それ以上の深掘りはほとんどない。他の人との関係もあまり描かれない。チェ・ゲバラも、「だんだん政府の周辺に追いやられ、コンゴにいってボリビアに行って死んだ」でおしまい。なぜ周辺に追いやられたの? カストロとの関係は? まったくなし。カミロ・シエンフエゴスは名前が一度くらいしか出てこない。当然、キューバ内部での勢力争い、粛清といった話もまったく出てこない。
古い本なので仕方ないんだけど、キューバミサイル危機についても、実はあれが米ソ間においてはトルコへのアメリカのミサイル配備とのバーター取引だった、というようなその後わかってきた話も出てこない。ラ米カリブ海の米ソ確執の枠内でしか記述が進まない。
カストロ絶賛、という本ではなく、彼の持つ非現実的な理想主義、経済的な無知、極端に走りやすい性格、気まぐれ、自己顕示欲がいろいろマイナスに働く話はするんだけれど、それを実際のエピソードで裏付けるわけではなく、ただそのまま言うだけ。
で、最後は、キューバは経済危機で政権も苦境だけれど、経済改革進めていて少しは効果あるみたいだし、交替できる勢力もいないしカストロ政権は安泰なんじゃないの、と書いておしまい。まあその通りではあったわけだけれど、でも当時ですら大した知見ではなかったと思う。
革命に到る経緯もないも同然、カストロの人物像もはっきりしないし、記述も20世紀止まりで、大きな位置づけが描かれるわけでもなく、年表を文章化したにとどまる水準の本。副題に「民族主義と社会主義の狭間で」とあるけれど、民族主義の話なんてあったっけ? 話のほとんどは米ソ関係だ。
ということで、読まなくていいのでは? 著者は外交官でキューバ大使をやったそうだけれど、何かキューバやカストロについて明確な視点があるわけでもないし、まとめ方としても要領がいいわけでもなく、独自取材があるわけでもないし。コルトマンはイギリスの在キューバ大使で、直接の親交もあり、それがときに記述に深みを与えていたけれど、この本は著者が直接カストロと接触した感覚が一切なくて、二次資料とそこらの新聞論説を適当につないだだけな感じ。こういう伝記を読むときにみんなが思う「カストロってどんな人物なの? どこを評価すべきなの?」というのをまったく与えてくれないのだ。