オリバー・ストーン『コマンダンテ』:きみ、何しに行ったの? 少しは事前調査とか仕事したら?

Executive Summary

 2002年あたりに、3日にわたってオリバー・ストーンがフィデル・カストロに密着したインタビュー映画。

 だがストーンは脈絡なく抽象的な質問をするだけ。相手が怒ったり口ごもったりするような質問は一切ない。また質問の答を受けてさらに質問して話を深めることも一切ない。実際にいっしょに町中を移動して、その状況をもとにキューバの現状について質問することもない。このため抽象的な質問にどうでもいい一般論が帰ってくるだけの、ほとんど意味のない個人崇拝ドキュメンタリーとでも言うべきものになってしまっている。


 プーチンがらみの話の行き掛けの駄賃で、あると知ってしまったので、まあ見ないわけにはいかない。カストロ関係の伝記っぽいのは一通りチェックすることにしてるもんでね。一応、中古とはいえ買ったんだぜ。

 オリバー・ストーンが三日にわたってフィデル・カストロにつきまとい、愚にもつかない質問を投げかけて深遠なつもりでいるまぬけな映画、というのが一言での感想。

 具体的にこのインタビューがどう進行したのかはよくわからない。でも実際の映画はストーンが「宇宙に真理はあると思うか」とか「好きな女優はだれだった?」とか「宗教はアヘンだと思うか」とか「ヘミングウェイは勝者だと思うか」とか、愚にもつかない質問をまったく脈絡なく投げては、どうでもいい答をもらうというだけの代物になっている。「ヘミングウェイは自殺したがどう思うか」ってカストロに聞いてどうすんのよ。カストロも最初のうち、そんなことを尋ねられて面食らっているが、「まあ個人の事情もあったんだろう」と答えて (他に答えようがないよなあ)、だんだんこのuseful idiotの扱いがうまくなり、しゃべりまくるようになる。

 2003年の映画。2003年のキューバといえば、1990年代にソ連に見捨てられて経済的にも政治的にもどん底に陥っていたのから、なんとか脱却して少し改善の兆候が見えていた頃。その意味で、少しキューバとしては気を良くしていた面もあるのかな。あと、最後にリンクしたWikipediaの記述にもあるように、生カストロが見られる機会というのは比較的少ない (と言いつつ、ニュースやプロパガンダ映画には山ほど出てるので、実際にはそんなに珍しくないんだけど)。

 それでも、最初の方の商店の映像とかで、店頭の商品のなさ、建物のボロボロ加減、悪いところはいろいろある。「国民、貧しいよね」とか、「あなたのところ一国だけでやっていけないよね」とか、移動しながらだって目についてすぐに聞ける話はいっぱいあると思うんだけどなあ。

 「若者はみんなあなたを支持している、国民の支持率80%と聞いているが、なぜか」って、そう答えないわけにいかないから、だったりするし、「なぜキューバに選挙はないんだ?」とバカな質問をして「いや議員とか地方代表とか全部選挙だよ、もっと調べてこいよ」とバカにされる始末。カストロにJFK暗殺の話を聞いたので、お、マリータ・ローレンツのオズワルドつながりとかの話が出るのかと思ったら、カストロが射撃うんちくを開陳するだけで拍子抜け。

 革命の話も、「なぜ勝てたんですか」とかほんとうにレベルの低いくだらない質問しかしない。「キューバ危機はどうでしたか」と尋ねて、公式通りの回答。何しに行ったの? 少しでも調べて、少しでもつっこんで、少しはだれも聞いたことない話を聞き出せないの? 質問の答がきたら、それを元にさらにつっこんだ質問をしたりとか、できないの? できないみたい。

 最後の、ゲバラがボリビアで死んだ話は、ゲバラ自身が焦ってて革命したがったので、仕方ないからアンゴラ コンゴに送って、それからボリビアに行かせたんだ、と言っていたのは、まあ本当だろう。「あいつはソ連の悪口言ったりしてヤバかったし、頑固で教条主義的でつきあいづらいヤツだった」と言っていたのは本当だろう。唯一、その五分ほどのゲバラについての意見が出てきたところだけが見所かもしれない。

 あと、人生の女性はどうだった、みたいな話で、奥さんより先に浮気相手のナティ・レブエルタが出てくるところとか突っ込めたはずなのに。カストロの女衒とまで言われたセリア・サンチェスの話題とか、なんかカストロがしゃべりたそうな雰囲気出してるのになー。つっこめなかったのかなー。でも、名前を「セシリア」サンチェスにまちがえていたのを突っつかれ、あまり深入りせずに終わってしまう。

 残りは、つまらない質問にどうでもいい答え、うわっつらであまりに大くくりな問いに、公式見解と一般論がかえってきて、そこにキューバの公式プロパガンダ映画の映像がモンタージュされるだけ。キューバの公式見解映画と見なされてもしょうがないわー。

ja.wikipedia.org

 「あなたはここが包囲されたら自決するか」とか「人生は二度あるべきだと思うか」とか、「『グラディエーター』は見ましたか」とか、次から次へと、よくまあこんなどうでもいい質問思いつくな、というのが連続で出てくるばかり。見る価値ほとんどありません。倍速でも見ないでいいよ。『プーチン』とまったく同じで、またとない機会を本当に無駄にしてしまっている。腹立たしい、腹立たしい。

 これ見たら、プーチンも「ああ、こいつ御しやすいバカで面倒な質問もしないヤツだ」と判断するわな。

cruel.hatenablog.com

 映像の作りとして、目とか手のドアップを多用しているのは、その質問に答えるときのカストロの心の動揺が〜、とかいうつもりだったのかもしれない。でも、質問が全然そういう水準に達しておらず、なごやかな談笑レベル以上にならない。そういう思わせぶりな映像づくりも、空振りに終わっている。

 しかしこの12年ほどの間のオリバー・ストーンの老け方はすごいなあ。が、『プーチン』でのまぬけぶりは決して老いボケのせいではなく、もとからそうだったのだ、というのはよくわかる (とはいえ、それが老いで悪化しているのはまちがいない。カストロ相手では、あそこまで自分語りする出しゃばりぶりは見せていない)。

 あと、Amazonのレビューを見ると絶賛ばかりなのは、まさにこれが、個人崇拝ドキュメンタリーだからではある。