プーチン本その3:『オリバー・ストーン オン プーチン』:ストーンが頼まれもしない反米提灯かつぎをする情けない本/映画

Executive Summary

 オリバー・ストーン オン プーチン』(文藝春秋、2018) は、同名のプーチン連続インタビューシリーズの文字版。2015-2017という、プーチンやロシアをめぐる各種の大きな事件が次々に起きた時代で、本当であればまたとない情報源となれたはず。ところが、オリバー・ストーンは自分がしゃしゃり出て、頼まれもしないのに反米妄想をふいて呆れられ、そしてそこにつけ込まれてなんでもアメリカの陰謀のせいにするプーチンの主張を全部鵜呑みにしてしまい、明らかに変なことを言われても何もつっこみを入れず、話も深まらない。おかげで、この貴重な機会が完全に無駄になり、プーチンの本当の腹がまったく見えないままで終わってしまう。映像版は、舞台となったクレムリンや大統領専用機、さらにプーチンの余裕の笑みは一見してもいいが、冗長。


 ダメなプーチン本は、もちろん日本だけに限られるわけではない。ただ通常、日本に入ってくるときには翻訳というプロセスがあり、その中であまりにまぬけなものは、あらかじめ選別されて落とされる。だから、そんなにひどいものはそもそも紹介されないことが多いというだけの話だ。

 が、もちろんそのフィルターをかいくぐって、ろくでもないものが来てしまうことは当然ある。特に、かつてはえらかった人が、高齢になってボケたか、勘違いしたか (この二つは結局同じことだけれど)で、まぬけなものを創ってしまった場合。昔取った杵柄でなんか紹介だけはされてしまうけれど……

 この『オリバー・ストーン オン プーチン』はまさにそんな代物だ。

中身は2015-2017年の9回にわたるプーチンインタビューだが……

 これは基本的に、彼のドキュメンタリーのインタビューだ。映像版は尺におさめるために、端折っているようだ。その意味ではこの本のほうが完全版なのかもしれない。確実ではない。後述する理由から、ぼくは映像版は本当に流してしか見ていないからだ。

 2015年から2017年にかけてこれだけまとまったインタビューを行えたというのは、それ自体としては大したものだ。2013年のスノーデン事件と、2014年クリミア侵略の直後。シリアでの虐殺加担があり、アメリカへの選挙介入が疑われた大統領選のロシアゲートもあった時期。それらについて、十回にわたりかなり長時間のインタビューをプーチンに行えたわけだ。プーチンに関する一次資料はとても少ないので、多くの面でプーチンについては各種インタビューがきわめて大きな情報源となる。だからオリバー・ストーンがきちんと仕事をしていれば、この一連のインタビューも得がたい情報源になっていただろう。

 オリバー・ストーンが、きちんと仕事をしていれば。

 が。

 しねーんだよ、こいつが!!! プーチンのインタビューではなく、プーチンにかこつけた、ご自分のあほな反米陰謀論の開陳の場にしちまってんの! プーチンの手玉に取られた、と言いたいところだけど、手玉に取られるまでもなく自分で勝手にゴロゴロして、むしろプーチンにたしなめられてんの!

ダメなところその1:対等なつもりでストーンがでしゃばる!

 名作『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の最後では、絶好調の旬だった時代のジュリエット・ルイスが「きみたちの姿を世に伝えるために私が必要なはずだ!」というバカ記者の命乞いをせせら笑い、「おまえは人間じゃない、メディアなんだよ」と言い放って殺す。かつてのストーンは、少しはメディア=自分の役割に自覚的だった。撮る側、撮られる側の区別もわかっていた。メディアは決して相手と対等なんかではないというのを知っていたはず。

 ところが『ストーン/プーチン』では、その自覚がまったくない。インタビューを受けてもらえたのが、自分の重要性を認めてもらえた証拠だと思って舞い上がり、何やら自分がプーチンと対等に話ができるつもりになっていて、ひたすらイタい。会ってすぐため口になれると思い込む、アメリカ人の悪いクセをしょっぱなからむき出しにして、延々と自説開陳を続け、あげくにプーチンに「それは質問じゃなくてあんたの意見を言っているだけだな」と何度かせせら笑われる始末。その時点でお話にならないでしょー。

ダメなところその2:反米妄想を即座に見透かされるまぬけさ!

 実際には、オリバー・ストーンプーチンに完全に見透かされているだけ。彼は反アメリカが骨の髄まで染みついている。だから、アメリカの悪口でプーチンと盛り上がれるものと勝手に思い込んでいる。だから、「アメリカはこんなことしてる、こんなろくでもない、あんな悪辣な、ウォール街が、ディープステートが」と一方的にがなりたて、「あんたの意見はどうだ」「あんたもそう思うだろ?」とやたらに同意を求めている。いやあ、そんなアメリカの国内事情についてプーチンに聞いてどうすんのよ。

 その反米ぶりのあまりのひどさに、当のプーチンまでが「私を反アメリカ主義に引きずり込むのはやめてほしい」 (p.85) と釘を刺しているほど。そして「なんで僕チャンに同意してくれないの! あんたはアメリカがひどいとおもわないのか!」とダダをこねるストーンに対し「あんたはアメリカ国民だから、自国批判も好き勝手にできるけど、オレは別の国のトップなんだから、他国の国内事情や政策についてあれこれ論評する立場にないんだよ」と諭しているほど。

 ブッシュやオバマやトランプなど、個別の大統領についても、ストーンは「あいつらはこんなことして、不正直で、わかってなくて」とまくしたてる。それに対してプーチンは、それぞれの大統領個人についてはかなり高い評価をする。あいつらはわかっていた、あいつらは結構考えていた、きちんと話もした、と。当然だ。「いやあ、ブッシュは本当にアホな小者で世間知らずのボンボンでさあ」なんて言えるわけないじゃん。ストーンは何やらそれが不満らしいのだけれど、「いや悪いのはその大統領にいろいろ吹き込んで手足を縛る側近とその背後の利害関係者だよ」とプーチンが述べるとストーンはすぐに「おお、ディープステートだね」と嬉しそうに食いつき、またもプーチンに「いや呼び名はどうでもいいけど、産軍共同体みたいなのはどこの国にもあるからさー」と理性的に返されてしまう。

 そして、そういう相手だと見切ったプーチンは何をするか?

ダメなところその3:アメリカの悪口さえ出てきたら何も疑問視しない!

 もちろん反米妄想に巻き込むなと言っておいて、ひたすらアメリ陰謀論をぶつのだ。そうすれば相手が喜ぶから。そしてストーンのまぬけな反米妄想をたしなめた後なので、プーチンアメリ陰謀論は何やらえらく中立的で根拠のある、まともなものに聞こえてしまう。

 反米に巻き込むなと言ったその口で、プーチンはあらゆるものをアメリカの陰謀、CIAの工作に仕立て上げる。チェチェンの分離独立も、ダゲスタンの分離独立運動も、すべてCIAが工作した。NATO拡大もアメリカの工作。ソ連崩壊後のロシアの低迷もアメリカのせい。マイダン革命は、アメリカによるテロ工作。クリミアやドンバスは、アメリカによるテロ工作で生じた虐殺をロシアが救いにいっただけ。イラクもシリアもイスラム国もアメリカのせい。

 これに対してストーンは、一切つっこみを入れない。「そうだよなー、アメリカひどいよなー」「やっぱあいつらの仕業だったかー」みたいなことを言って、全部スルー。彼は、アメリカが悪いという話をききたかっただけで、それが出てきたらもう満足しちゃう。

ダメなところその4:反論つっこみ一切なしで不勉強!

 明らかに事実とちがう話をされたら、少しは反論したり問いただしたりしないのか? しないんだよ。ウクライナのマイダン革命で、当時のヤヌコーヴィッチ大統領がロシアに逃げたのに対し「いや逃げてなくて外交旅行だったのに、そのすきに国が乗っ取られてアメリカがフェイクニュースを〜」なんて話をされたら、普通は「いやそれはないだろー」と突っ込むはず。クリミア侵略に対して「いやだってコソボは〜」と言われたら、「ちょっと待て、話をすり換えないでくれ」と言うのが普通じゃない? そういうのまったくなし。マレーシア航空撃墜の話も、「いやあれはウクライナ軍がやった」と言われて何もきかないの? アメリカ大統領選での選挙工作だって、ロシア系のアカウントがいろいろデマながしたり工作したりしていた事実はかなりはっきりしている。それがどこまで影響したかは議論の余地はある。でも、「ロシアはまったく手出しをしていない」と言われて、はいそうですか、と引き下がるか、ふつう?

 でも、ストーンは、あっさり引き下がる。プーチンの言うことはすべてそのまま額面通りに受け取る。いやはや。軍事費の話で、アメリカの軍事費の絶対額はロシアの10倍だ、と言われると、普通はそこで「いやでもアメリカのほうが国がでかいんだからさあ、GDP比ではロシアのほうが高いぜ」くらいの反論はほしいところだけど、ストーンは「アメリカの産軍共同体のディープステートが〜」の話に流れて平気だ。

 ストーンはさらに、信じられないほど勉強不足。彼はなぜか、ビン・ラディンアルカイダがロシアの手先だと思っている。だからプーチンに、なんでビン・ラディンの居場所を教えなかったとか言う。それに対してプーチンは、「そんなの知らん、あいつらを育てたのはアメリカだ、オレたちは関係ないしコネもないぞ」と言う。そして、それはその通りなのだ。ストーンがこういうオウンゴールをやるおかげで(つーかこのシリーズすべてが壮大なオウンゴールではあるが)、プーチンの主張がなおさらご立派に聞こえてしまうという……

スノーデン(字幕版)

スノーデン(字幕版)

  • ジョセフ・ゴードン=レヴィット
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 このインタビューは映画『スノーデン』を撮るついでに実現したものだという。だからスノーデンの話が結構たくさん出てくるのは、まあ当然なんだけれど、そのスノーデンがらみの質問もしょうもないものばかり。また、キューブリック博士の異常な愛情』にやたらにこだわって見せて、挙げ句の果てにそのDVDをいっしょに見たりする。なんで? 何のために? それってあまりに壮大な時間の無駄じゃないですこと? いまのアメリカもこれと同じだ、とか言うんだが、どのへんを問題にしたいんだろうか? 忙しいプーチンの時間を割いてこれをわざわざ見せる必要が本当にあったの? そういうポイントもなく、プーチンがあれを気に入ったと言ったことに満足して (いや社交辞令ってもんがありましてですね) それでおしまいにしてしまう。

 さらにロシアの民主制について尋ねるにあたり、大統領の独裁が強くて議会が弱く、メディアが統制され、LGBTの権利がないがどうする、と尋ねる。(pp.161-2) LGBT??? まったく粒度のちがう話じゃないの? なんでそれが同列に出てくるわけ? そしてプーチンに、そこを突っ込まれる。アメリカの一部の州だって、同性愛を刑事犯罪にしてるじゃないか、ロシアにはそんな法律はないぞ、と切り替えされたら、もうそれっきり。レベルのちがう話をごっちゃにして、そこを突っ込まれて大事な民主主義の話はもうそっちのけ。情けない。

 結局、何か言ったらプーチンに一蹴されるか、あるいは反米の宣伝をとうとうと語られてそのまま納得してしまうので、これを見るとプーチンがすべてに対して見事に隠し事もなく誠実に答えているように見えてしまう。インタビューなら、相手を多少は怒らせるくらいの質問ができなくてどうすんのよ。あまりにプーチンの言い分しか聞かず、つっこみもないので「おまえ、これを公開したら殴られるぞ」とプーチンに心配されるありさま。

いやあ最初のうちは「いやこれはおだてて反米言質を引き出すための高度なブラックウィドー的策略かもしれない」と無理に思おうとしたけど、ストーンのほうがひたすら雄弁で、むしろ引き出されている感じ。まったく、なにしに出かけたんだよ、オリバー・ストーンくん。

映像版は、舞台やプーチンのご尊顔を見るにはいいが、冗長。

 最初に述べた通り、基本はドキュメンタリー用のインタビューだ。だから、これを読まなくても、ドキュメンタリーのほうを倍速で流して見る手はある。また、実際のプーチンの受け答え、インタビューの舞台となったクレムリンや自家用飛行機の中やその他様々な場所、ストーン相手の余裕のかましかたなどは、見ておいて損はない。Amazonプライムで無料だし。

 その一方で、一応はえらい映画監督であるオリバー・ストーンが (高校生のときに見た『ミッドナイト・エクスプレス』は衝撃だったよなー) 、撮る側と撮られる側の境界をだらしなく忘れ去り、プーチンと親しくお話している自分に酔いしれ、手玉に取られるまでもなく次々に自爆し、プーチンへのインタビューというまたとない機会を、己のくだらない反米陰謀論開陳に無駄遣いしている様子を見せられるのは、結構苦痛ではある。映像的に各種の時代のニュース映像を混ぜているが、それがあまり効果的でもなく、冗長。

訳者あとがきと解説がトホホ。

 これが発表されたらアメリカでは罵倒の嵐で、プーチンに甘すぎ、突っ込みなさすぎ、飼い犬でも人質に取られていたのか、と叩かれたとのこと。訳者の土方奈美は、こうした批判が不当なものであり、アメリカで意見が単一の方向に流されている証拠なのだ、と訳者あとがきで述べている。へー。突っ込みの甘さを指摘すると、意見が一方的ですかあ。つまり土方奈美としては、本書におけるストーンの勉強不足、つっこみ欠如その他は問題ではなく、本書で提示されているプーチンの姿が適切なものである、と判断しているわけですね。

 なお、彼女の主張は以下にある。営業の一環とは言えプーチンの主張を一理あるものとしてほめ、その旗をふったストーンもほめているのは、どんなによくても軽率のそしりは免れ得ないとは思う。

gendai.ismedia.jp

 さらには本の解説は、鈴木宗男プーチンに初めて会ったのはオレっちだ、本書を読めばプーチンが独裁者じゃないとわかるはず云々かんぬん。いやまあ、いまやだれも何も期待しないと思うけど。

 

まとめ:別に批判しなくてもいいが、つっこみがないので資料的価値が皆無なのがあまりに残念。

 ここで言いたいのは、プーチンに甘いからけしからんとか、プーチンに批判的であるべきだとか、そういうことではない。ただ一応、ジャーナリスト的な体裁で行ったインタビューである以上、相手の話をどう聞き出すかとか、相手が変なことを言ったらそれなりに突っ込みを入れるとか、政策面で予習をしていくとか、そういう基本的な部分をやってから臨んで欲しかった、というそれだけのことなのだ。

 本当に、これはすごく惜しいチャンスを逃してしまっている。こうした各種のアメリカ陰謀説、プーチンは本当にそれを信じていたのだろうか? それとも方便? その中間? これは今のウクライナ侵攻に到るプーチンの考え方を分析する上で、貴重な情報になっていたはず。でも、このインタビューだと、彼が本当にそう思っているのか、それともストーンのバカさ加減を見て「こいつ、反米的なことを言っておけば手玉にとれるな」と思ってエサを投げているだけなのか、全然わからない。映像でのプーチンの余裕の笑みを見ていると、ストーンを適当にあしらって楽しんでいるだけに見えなくもない。が、いまのウクライナ侵攻とそれにまつわる各種の主張を見ると、なんか実は、あのとき言っていた話はかなり本気だったのかもしれない、という気もかなりしてくる。そこらへんを見極めるだけの情報でもあればねえ。でも、ストーンの反米妄想のおかげで、それは一切見えないのだ。本当にもったいない。

 

 柳下毅一郎や町山智洋なら「いやオリバー・ストーンは『JFK』あたりからずっとそんな感じだよ」とか教えてくれるとは思う。あるいは『アメリカ史』とかなんとかあたりから (ぼくは鬱陶しくて長かったから、ナチュラル・ボーン・キラーズ以降は見てないんだよね) 。彼らなら、このプーチンインタビューを見て、別の発見があるのかもしれない。「実はストーンはアレでもかなりカマかけて頑張ってるんだよー」とか。とはいえ、それで話が変わるわけではないけれど。

 実は、そのストーン、キューバカストロと何度も会って、長時間インタビューをしている。キューバの仕事はしばらくなさそうだけれど、カストロ伝を一通り読んだ行きがかり上、それも見ておくべきなのかもしれない。

 が、このプーチンの扱いを見ると、こっちも期待できないなー。たぶんプーチンはこいつを見て「あ、このバカは使えるな」と思ってインタビュー企画に応じたんだろうと思うし……

付記:

 オリバー・ストーンによる、ウクライナ情勢をめぐる (最悪な) ドキュメンタリーがあるそうで

Ukraine on Fire - YouTube

 プーチンの主張垂れ流しだそうです。物好きな人はどうぞ。

 あと、カストロを相手にした『コマンダンテ』も見た。突っ込みナシの相手の言い分垂れ流しはまったく同じ。でも、変なでしゃばりはご自分の意見開陳はない分、まだこのプーチンよりはしっかりしているとは思う。

cruel.hatenablog.com