プーチン本その4:下斗米『新危機の20年:プーチン政治史』構造がなく個別情報寄せ集めで日本語もむちゃくちゃなロシア擁護論

Executive Summary

 情報寄せ集めで、文章もまったく構築性がなくて構文レベルでむちゃくちゃで意味不明。そして中身は基本的にロシア擁護であり、ロシアが侵略を繰り返すのも、他国がプーチンに配慮しないからいけない、ウクライナがプーチンの言うことを聞いてあげないから悪い、と露骨なプーチン擁護を展開するばかり。


 プーチンの伝記っぽい本といいつつ、これはプーチンが大統領になる前夜から2020年までの話を書いた本。なんだが……

 ほとんど本としての体裁をなしていない。まったく整理されない断片情報の羅列。

 だれそれは何した、地方選挙で対立候補として何がきた、プリマコフがこういう発言をした、だれそれはこれについてこう言った。『エコノミスト』にこんな記事が出た。あーだこーだ。それがひたすら並べられるんだが、それが何を意味するのかという話が一切ない。Aという説があり、Bという説もあるが、プーチンのその後の反応からAのほうが妥当性が高い、といった情報の内容の評価と、それに基づいて何が言えるのか、という分析が一切無い。

 本書の書きぶりもそれに拍車をかける。例えば第1章のこんな段落。

 なによりもエリツィンにとって最大の破壊の対象となったのはソ連邦である。プーチンは2005年4月の大統領教書で「ソ連崩壊は20世紀最大のカタストロフィー」と言って西側の論者を驚かせた。もっともこの言葉はウクライナの政治家が言ったものであり、しかもプーチンはその後に「ソ連崩壊を理解しないのは頭がない」と付加することが通常だった。それ以上にこの演説の主眼はロシアがヨーロッパであるということであった。このソ連崩壊こそ、生活水準の低下に苦しむロシアの多くの市民にとって十分には理解されなかったのである。このことは、この時間の経過にもかかわらず、世論調査などではほぼ一貫している。(p.32)

 まず、ソ連崩壊が20世紀最大のカタストロフィーの一つって、そんな驚くような発言? それをプーチンが言った、ということが重要なの? でもその後に「もっとも」とあれこれつけているということは、実はこの発言はそんな重要ではない、と言いたいわけ? 「ロシアがヨーロッパであるということ」って、ここでいきなり出てくるけど何の話? ソ連崩壊をロシアの市民が理解しなかったってどういうこと? 「この時間の経過」って何のこと?

 出てくるあらゆる記述に、存在理由がまったくない。それが議論にどう貢献するのかさっぱりわからない。そして結局のところ、この段落に書かれたことというのは、この文脈では何の意味もない。エリツィンがソ連邦を解体した、という話だけ。

 おそらく、これだけ読んだ人は「いや、でもこの前後の文脈があってそれがつながるんでしょう?」と思うよね。ところが、まったくない。ここに出てくるすべては、前後とまったくつながらず、突然ここで出てくる。

 あるいはその後にこんな段落がある。

 ソ連の建設部門はいうまでもなく、計画経済の一部であり、時期とリソースが限定された部門であった。時間という要素は特に重要である。計画経済では、ノルマの期限内完遂は絶対の要請であるからだ。建設部門ではこの要請を満たすことは、調達の遅れなどで難しいだけに、時間の政治学はエリツィンにとっての強迫観念となった。(p.34)

 この段落の中身そのもののくだらなさは、さておこう。建設部門がそんな納期厳守なら、モンゴルでもキューバでオレも苦労しなかったよ、まったく。でもこんな記述があるということは、エリツィンがソ連の建設部門に長く所属していたとか、ボルガ=ドン運河の建設で叱責されてトラウマになっていたとか、そういう話がその前に当然あるものと思うでしょう。そうでないと、建設部門での納期へのこだわりがエリツィンの強迫観念となる理由がない。

 ところが、ないの。まったくないの。建設部門の話がどっから出てきたのか、まったくわからないの。

 すべてがこの調子。何の意味があるかわからない (ほとんどの場合はまったく意味が無い) 断片的な情報がひたすら羅列されるだけ。それが構築されて何かプーチン像なりロシア像なりを形成するということが一切ない。

 こんな具合なので、クリミア侵略についても「ああ言った人もいる」「こう言った人もいる」「これを疑問視する人もいる」「これをほめた記事もあった」の連続で、結局は現状追認ロシア容認になる。そしてその際に使う理屈は基本的に、「プーチンにもそれなりの事情があった」=プーチンのやったことは正当だった、という議論のすり替えになる。

 その後の展開をめぐっては、ロシアとウクライナ、そして欧米との解釈は異なっている。ロシア政府は欧米政府が「カラー革命」を仕掛け、ヤヌコビッチの正当政府を武力で追放したために、クリミア併合にいたったとみる。他方ウクライナなどではプーチンが最初からクリミア併合を周到に狙っていたとみがちである(中略) [オバマ大統領は] CNNインタビューで、ヤヌコビッチの逃亡などウクライナでの「権力移行」を米政府が「仲介した」ことを正式に認め、このことがプーチンをして「即興的に」、クリミア併合に至らせた理由だと率直に語った。(pp.211-12)

 別に欧米がウクライナのマイダン革命やカラー革命を支援したからといって、それでプーチンは危機感を感じたかもしれないけれど、でもクリミア併合をしてかまいません、という話になるわけではない。ところが、この本はその手の議論を平気でやる。プーチンにも事情があった、欧米がプーチンを刺激したのがよくない、というわけ。ちなみにプーチンがクリミアやドンバスにいろいろ工作して傀儡政権作らせて、といった事情についてはまったく触れない。さらにそしてクリミア併合後についてもこんな具合。

 プーチン政権とロシアも慎重ながらゼレンスキー政権との信頼醸成措置で応じた。これは19年12月のパリでの4ヶ国会談となったが、東ウクライナの自立を求め連邦制を志向するプーチン・ロシアと単一国家ウクライナにこだわるゼレンスキーとの間の溝はうまらなかった。ウクライナ国内では東西戦略引き離しに6割近い支持があるが民族右派が強力に抵抗したためである。(p.312)

 そもそもウクライナの国内統治について、ロシアがあれこれ口をはさみたがるのが変だから、両者を同列に扱うこと自体まず変だ。が、そんなことはおかまいなし。ゼレンスキーが頑固なのがよくない、ウクライナ国民の総意にすらさからう右派に牛耳られてしまっているウクライナ、というわけだ。で、本としての結論は、NATOの東方拡大がよくないという話だけなんだが、それがどっから出てくるのかも、わかりにくいことおびただしい。

 こんな本なので、読んでも何か参考になることはほとんどない。唯一、一瞬期待されつつすぐに傀儡でしかないことがバレたメドヴェージェフについてそれなりに詳しいのは、参考になるかな。その程度。

 本書の最後はこんな具合。

 この100年間に、革命的ロシア、独裁的ロシア、改革的ロシアと種々の相貌を持って現れたロシアは、21世紀のプーチンのもとではとくにクリミア紛争後、保守と安定を求める心性にこたえてきたが、そのような体制を支える条件やパラメーターはこれからもまたたえず変化していくといって本書を締めくくりたい。

 いやパラメータは当然変わるよ。学者って、それをどういう構造方程式に入れるか、というところ、そのパラメーターを元にどんな分析や見通しがたてられるのか、というところにい腕の見せ所があるんじゃないかとぼくは思うんだが。確かにこの本は、ひたすらパラメーターの変化をあれこれ追いかけるだけなんだ。で? それで? ここから今回のウクライナ侵略に到る何かが見えるだろうか? もちろんあれもこれもなんでもぶちこんであるから、後付で「あいつはこう言った」「こいつはこう言った」というのを拾うことはできるだろう。でも、それらの意義、重要性、位置づけ、そんなものは一切ないし、基本的な文章の構造レベルで変なので、読むだけでも一苦労。手を出さないほうがいいと思うよ。