プーチン大統領と親しくお話をするエドワード・スノーデン (2014)

ご存じかもしれないけれど、ぼくはエドワード・スノーデンの自伝を訳した。

それなりにおもしろい伝記ではある。まあその後ちょっとあまり楽しくないできごともあったりして、がんばって宣伝しようという気持が萎えてしまった部分はある。しかし彼がそれなりの正義感を持ってNSAによる大量監視システムを暴露したのはまちがいないし、個人的にはそれが大変勇敢で立派なことだと思っている。

ただこの伝記の中で、彼はずっとロシアとの接触が一切なかったと述べている。ロシアに留まったのは、飛行機に乗っているときにパスポートをアメリカが取り消して、身動き取れなくなっただけだ。だからそれはまったくの偶然にすぎない。その行き場を失ったシェレメーチエヴォ国際空港でも、ロシアとは一切関わりを持たず、FSB接触してきたときもそれをかたくなに拒絶し……

だがそうでないという話もある。香港にいたときから彼はロシアと接触していたという話もある。さらに彼が、どこにも隠れ場所などない空港の乗り継ぎ待合室からかなり長期にわたって姿を消していて、透明人間と呼ばれた一件もある。実はFSBの保護を受けていて、この一連の流れも仕組まれていたのではないか、という説も一方では読んだ。

個人的には、スノーデンを信じたい気持はある。あるのだけれど……

 

さて昨日、全然ちがう目的でクレムリンのサイトを見ていて、2014年クリミア侵攻/併合についてちょっと調べていた。その中でちょっと重要な記録が以下のものだ。

en.kremlin.ru

これは毎年プーチンが開いている、だれでも電話をかけてプーチンに質問してよくて、プーチンもそれに精一杯答えるというイベントだ。いまやすでにほとんどが完全なヤラセと公式声明の発表会と化してはいるが、始まった当初は本当に即興で、かなり率直なやりとりが多く、またかなり後になっても公式声明に混じって、たまにストレートな質問や率直な見解が出てくるのが見所だ。

この2014年は、クリミア侵攻併合直後に行われていて、話の大半はクリミア関連だ。そして、プーチン様ありがとう、みんな感謝しています、西側氏ねという出来合のシナリオに混じって、「緑の男たちってだれだったの?」というSMSが入ってきた。するとプーチンがあっさり口を割ってしまう。それまでは、クリミアにはロシア軍は出ていない、その緑の男たちと呼ばれた、ロシア語をしゃべってロシアナンバーの軍用車に乗ってロシア軍の制服を着てすさまじく統制が取れた軍隊めいた連中は、ただの地元の自警団だ、制服はコスプレだ、という立場だったプーチンが、「いやあ、あれはやっぱウチの軍だけど、後方支援だけだし発砲もしてないぜ」とあっさりゲロっているのが見所ではある。

が、今回の話はそこではない。それを読んでいるうちに、突然どこかで見た名前が出てきた、なんとエドワード・スノーデンがこの電話質問会に出ていたのだ。

ちょっと目を疑ってしまったが、本当にスノーデンだ。その部分を以下に。

ビデオ通話センターからの質問です。アンナ、どうぞ。

アンナ・パブロワ:はいみなさん、ありがとうございます。ちょっと意外なビデオ通話です、センセーショナルと言ってもいいでしょう。これをかけているのは、世界中の何百万人もに影響する大量監視計画を暴いて、情報革命を引き起こした人物です。 大統領、元諜報エージェントのエドワード・スノーデンからの質問です。

ウラジーミル・プーチン:なんだと本当かい?

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/60/Edward_Snowden-2.jpg By Laura Poitras / Praxis Films, CC BY 3.0, Link

エドワード・スノーデン:ズトラストヴィーチェ。オンライン通信の大量監視や、諜報機関および法執行機関による私的記録の大量収集について質問させてください。最近、アメリカでは、二つのホワイトハウスの独立調査と、連邦法廷が、いずれもこうした計画がテロ防止には役立たないという結論を出しました。またこうしたものが、一般市民——何ら違法行為や犯罪活動の嫌疑すら受けていない人々——の私生活に無用な侵入を行うものだと結論しています。さらには、こうした種類の計画はこのような捜査目的で各種機関が使う手法の中で、侵襲性が最も低いものとは言えないともされています。さて、私はロシア自身の大量監視政策への関与については、ほとんど公開議論を見たことがありません。そこでうかがいたいのですが、ロシアは何百万人もの個人の通信を何らかの形で傍受、保存、分析していますか、そして単に諜報や法執行捜査の効率性を高めるというだけで、社会——捜査対象の個人ではなく——を監視下に置くのが正当化できるとお考えですか? ありがとうございます。

キリル・クレイメノフ:大統領、質問の意味はおわかりになりましたか?

ウラジーミル・プーチン:ああ、おおよそは。

キリル・クレイメノフ:これはスノーデン氏からの専門的な質問です。サミット会議などでは外国指導者と自由にお話されているのは拝見していますが、観客のために質問を翻訳してみます。

ウラジーミル・プーチン:とはいえアメリカ英語はちょっとちがうなあ……

キリル・クレイメノフ:質問を書き留めようとしましたが、いま申し上げた通り専門的な部分があって……

ウラジーミル・プーチン:理解したところでは、ロシアが電子的監視を行っているか知りたいんだろ。

キリル・クレイメノフ:オンライン通信の大量監視と、利用者の私的記録収集について尋ねました。アメリカの連邦裁判所は、こうした計画がテロ防止に効果が無いと結論したそうです。これは重要な認知です。また一般市民の私生活への侵入についても何か言いました。スノーデン氏はまた、この問題についてロシアで公開の議論が行われているのを見たそうです。そして最後に、ロシアが何百万人もの個人の通信を何らかの形で傍受、保存、分析しているか尋ねました。そうした大量監視が正当化できるとお考えか知りたいとのことです。

ウラジーミル・プーチン:スノーデンさん、あなたは元諜報官で、私も諜報局で働いていた。だから専門家同士として話をしよう。まず、ロシアは公安部門による特殊機器の使用を厳格に制限する法律を持っている。これは私的会話の傍受やオンライン通信の監視も含まれる。こうした装置を使うには、個別事例ごとに法廷の令状を必要とするんだ。だから無差別な大量監視はロシア法の下では存在しないし、あり得ない。

犯罪者は、テロリストも含め、こうした近代的な通信システムを犯罪活動に使うから、公安部門はそれに応じた対応ができるべきだし、テロを含む犯罪に対処するために近代的な装置を使うべきだ。願わくば——本当に心から願うが——そんな形では決して行動したくないものだ。それにロシアはそんなアメリカみたいな技術能力も資金もないんだよ。だが主要な点としては、ありがたいことに、うちの公安部門は国や社会にしっかり統制されていて、その活動は法で厳密に制限されているということだ。

さて……スノーデンは2013年夏に香港で、NSAによる大量監視システムの暴露を行った。そしてその後、追われる身となったことで、ロシア経由でキューバに飛ぼうとして、途中のシェレメーチェボ空港についたときに、パスポートをアメリカに取り消され、先に進めなくなった、というのが自伝での話だ。

そして繰り返すがその間、彼はロシアのスパイ、ロシアの手先だという糾弾を避けるため、ロシア、特にその公安部門FSBとは一切接触しなかった、と彼は述べている。

そしてこの電話質問イベントの頃のスノーデンは、やっと臨時の滞在許可証を出してもらったばかりで、立場すらはっきりしない。その後も彼は、ロシアの公安には協力していないと主張している。彼がついにロシア国籍をもらえたのはごく最近だ。さらに彼は、当時はまだロシア語もしゃべれない。

 

そんな危うい立場の人間、まだ処遇も行き先も何もはっきりしない、ロシア語さえしゃべれない人間、ロシアへの公式の協力を避けていたはずの人間が、なぜかプーチンの、文句なしのプロパガンダイベントにビデオ電話をかけようなどといきなり思いついて、この非常に人気が高いとされるイベントでそれが採用されて、プーチンに、何のひねりもない「監視してます?」「してません」というやりとりをして、アメリカは邪悪な監視してるがロシアはしないよ、というアピールに貢献した?

 

そしてこれでもスノーデンは、自分は (少なくとも当初は) ロシアとは関係ない、接触していない、利用されないと主張するわけ? いや、ぼくはにわかには信じがたいのだけれど。そしてこれは、どう見ても喜んですすんで協力しているように見えてしまうのだけれど。

でもこれはぼくの心が濁って穢れてしまっているせいなのかもしれないね。それでも、スノーデンはロシアとは協力してなかったんだよね。いやはや。

まったく、何が「何だと、ほんとうかい?」だ。何が「ズトラストヴィーチェ」だ。

これは別に、彼がロシアの差し金でNSAの暴露をしたということではない。彼がロシアと接触した (可能性がある) のは、香港で逃げ場を探す中でのことらしい。が、それでもね。そういえば、そんな怪しい立場の人間がどうやって住むところを見つけたんだとか (ずいぶんいいところに住んでるんだ、その後のいろんなアレを見ると)、結構疑問は湧いてくる面はある。

以下の没解説にも書いたけれど、スノーデンの言うことを百パーセント真に受ける必要はない。あらゆる業務を三日ですべてスクリプト自動化してしまいましたとか、あるいは現在のクラウドシステムの元型を作ったのは自分だとか、NSAの傍受保存システムはすべてオレの書いたソフトが元になっているとか、だれも確認しようがないし、いささか眉ツバの大風呂敷に思える部分はそこそこある。

cruel.hatenablog.com

ただこのプーチンとのアレは、ロシアとは関係ありません、接触ありません、という主張を個人的にはかなり疑問視させるもので、残念というか何と言うか。それも、下っ端と会ってましたとかいうレベルではない、非常にでかいところで積極的に利用されてるじゃないか!

付記

これ自体がどこまで深刻か、というのは議論がわかれる。モスクワの空港で行き場がなくてかなり往生していたところへ、ロシア政府/プーチンが住宅その他いろいろ便宜をはかって助け船を出してあげて恩を売り「でもかわりにイベントに協力してよね」というくらいのことだった可能性はある。スノーデンは、プーチンオバマに嫌がらせをするための手駒として便利だったし。

その一方で、ロシアと協力してますよね、というのは否定できなくなっている。それならば、他にどんな協力をしているのか、というのは当然疑問に思うし、彼がロシアについてから欧米監視社会批判をツイッターなどでときどき述べるのは、どこまでロシアの意向を受けたものなのか、というのも、勘ぐられても仕方ない。

もちろん黙って泳がせても勝手に欧米批判してくれるから、ロシアは別に入れ知恵や命令はしていないのかもしれない。でも、ロシアの道具として使われる存在だというのは、まちがいないことになってしまった。

 

あと念のために書いておくけれど、ロシアでは個人のプライバシーと人権がしっかり守られ、電話が盗聴されることもなく、そうした活動はすべてきちんとした独立司法の手続きを経て行われているのです、というプーチン様の御発言を疑問視したりするヤツは、もちろんいないよな! (たぶんあらゆる通話について監視するほどの設備と能力がない、というのは、特にこの当時は本当だったと思うが)

 

また、はてなブックマークこんなコメントがあった

このコメントのリンク先は、なんと「オリバー・ストーン オン プーチン」の中でプーチンがスノーデンについて語っている発言 (を、ロシアのプロパガンダアカウントが言っているツイート)。そうね。プーチンが「スノーデンからは何も情報を得ていない」と言っているんだから、山形のこの記事は「協力」とかいってスノーデンにミソをつけようという悪質なデマ記事なんですね!!

……なんか、情報リテラシーとかいう以前のものを見ちまって唖然。親ロシアなのはもちろんわかるが、それでもある程度の理性はあって論理とか整合性とかに多少の敬意はあると信じたいじゃないか。まさにその当事者の言うことが本当かどうかを問題にしてるんじゃん! 何かを検討したいときに、その検討したいことそのものを前提にできるわけないじゃん! むしろこれ、口裏あわせてる感を高めるものじゃん!

オリバー・ストーン オン プーチン」については以下参照。

cruel.hatenablog.com