ゲバラ夫人対決! 教条主義イルダ VS ファッション至上アレイダ

Executive Summary

チェ・ゲバラは2回結婚している。二人とも、回想記を書いている。

最初の奥さんイルダ・ガデアは、ずっと年上だがペルーで過激派の重鎮だったため追放され、ゲバラをグアテマラとメキシコで急進的なマルクス主義勢力と接触させた人物。完全にガチガチの左翼過激派で、回想記もその教条主義文書でしかない。(というより、ゲバラ側はまったく惚れておらず、都合のいい金とセックスの相手としか思っておらず、結婚もできちゃった婚ですぐに離婚するつもりだったというひどい話で、ロマンス部分は思いこみ=創作が多い模様)

キューバで結婚した奥さんアレイダ・マルチは、革命軍に参加するプロセスは実にありきたり。ゲバラとの出会いと愛情が深まるプロセスみたいなのはある。でもどこへいってもファッションをまっ先に気にする普通の女子だったことが露骨にわかるし、またずいぶん嫉妬深くてオフィスのかわいい秘書を追い払ったりしていて、ほほえましくはある。が、目新しい話がわかるわけではない。


チェ・ゲバラは2回結婚している。その二人ともがゲバラをめぐる回想記/伝記を書いているので、まあゴシップ的な興味から比べて見た。

イルダ・ガデア:共産主義前衛の教条主義的結婚

最初の奥さんはイルダ・ガデア。ペルー出身で、暴力革命を目指す人民同盟(アプラ党) の重鎮だったために追われてグアテマラに政治亡命して、そこで最初にゲバラに出会い、その後さらにグアテマラからも追放されてメキシコに逃げ、そこでゲバラに再会し、結婚に到っている。彼女の記録が次の本。

いまの説明でわかる通り、彼女はガチガチの左翼だ。この本も、最初から最後までその調子。人民のためにどうこうの、圧政がどうした、という話。だから、読み物として決しておもしろいものではない。ちなみに、彼女自身の経歴とか出自については何も書かれていない。(巻末に、彼女の弟が簡単な略歴を書いている)

さてゲバラはグアテマラでもメキシコでも彼女にしょっちゅう会いに行くんだけれど、それは彼女がまさに左翼だったため、それにあこがれていたゲバラが興味を持ったから。それで、ずっとマルクスとか社会主義とか、サルトル思想について議論をしている。また人脈はそれなりにあった。

で、ゲバラはあるとき彼女に、恋愛感情ぬきでいっしょに中国に行こうと言って、それからしばらくして、いきなり健康状態を尋ね、結婚しようと言い出す。

普通さあ、何かロマンチックなプロセスとか、いっしょに月を見たりとか、ほのめかしとかあるじゃん。そういうのほとんどなし。

……と思ったら、エルネストくん側の日記を読むと彼はぜんっぜんイルダなんかに興味はなく、「セフレならいいが本命はないよ」とか「束縛してきてウザイ」「形ばかり一発やってやった」「彼女はまだ国を出られないから、それを利用してすっぱり別れてしまおう。明日、告げたい人全員に別れを告げ、火曜にはメキシコへの大冒険が始まる」と、もうさすがにあまりにひどいことが平然と書かれていて唖然。たぶん本当にそういうロマンチックなプロセスはなく、イルダが必死でなんとかこじつけていただけなんだろうなあ。(2023/09/10)

で、そのときはお流れになって、でもその直後にまた結婚しようと言われ、女性にとって結婚とは何か、社会発展への貢献はとかいう話をして結婚。そのときくれた詩には、自分が求めているのは美しさだけでなく、仲間意識もだ、と書かれていたそうだ。

なるほどねー。明らかに青臭い左翼的な、人間の価値は外面的な美しさではなく革命意識なのだ、といったお題目から結婚してるね。年齢的にもイルダのほうが7歳だか9歳だか上。

グアテマラでは同棲まではいったけれど、その後イルダがグアテマラから追われ、別々にメキシコに流れる。一時二人は疎遠になり(ゲバラが水着女性の写真を持っていたからだって)、そしてそこでカストロたちとであう。

二人が正式に結婚したのは、このメキシコでのことで、妊娠が判明してから。で、こんな一家ができあがった。

イルダ・ガデア&チェ・ゲバラが赤ん坊の娘を抱いて家の前の階段にすわっている白黒写真
イルダ・ガデア&チェ・ゲバラと娘

が、結婚そのものは本当にゲバラの本意ではなかった。そのときのゲバラの日記は、あまりに正直というかひどい。 「それは落ちつかない話だった。(中略) これは彼女にとって劇的な瞬間だが、私には重苦しい。結局彼女は思い通りにするだろう――私は短期間と考えているが、彼女はそれが生涯続くのを望んでいる」(2023/09/10)

ゲバラが投獄されたりで、グランマ号での出発までに紆余曲折あったけれど、なんとか見送って二人はわかれ、彼女はペルーに戻る。そして革命成功後にキューバにいったら、他に女がいるといわれて離婚。

ちなみにこのとき、カミロ・シエンフエゴスがものすごく気をつかってくれたとのことで、彼は本当にいいヤツだったんだなあ。

全体として左翼過激派の亡命生活と世界革命を目指す話で、ゲバラはその一エピソードでしかない感じ。心理的な葛藤とか、少しうかがわせるようなところもあるんだけれど、でも全部革命と解放のための戦いや思想的ナントカに回収してしまう。それはゲバラ側も同じ。最後に、ゲバラの書いた詩とか娘への手紙とかが収録されていて、そこらへんはイデオロギーに回収されない、ちょっといい感じなんだけれど、それも一瞬で終わる。まあ、グアテマラからメキシコ時代のゲバラについて興味があれば、という感じだけれど、まったく目新しい話というのは出ていない模様。

全体としてみると、思想的にそんなに急進的ではないようにも見える。グアテマラでは、むしろ社会民主派的な穏健派だったが、その後ゲバラの妻というアイデンティティを確立するために、この本では後付で暴力革命肯定の態度を捏造した可能性もある。一方で、ペルーにいられないくらいの急進派で、あちこちで投獄されているくらいの活動家ではあるのは事実。(2023/09/10)

アレイダ・マルチ:ファッション至上の普通の女子

アレイダ・マルチは、キューバ革命の中で出会って結婚した女性。本としてはとてもつまらない。彼女の生い立ちから反乱勢に加わって活動するまでの話は、別にねえ。普通に学生して、だんだんバティスタの圧政に疑問を感じて、というありがちな話。

まず、山の中のゲバラに届け物をしたときに初めて出会って、いっしょにピストル打ちに行こうとか誘われたりして、他の男のナンパを避けるためにもチェに接近しつつだんだんひかれ、奥さんがいると言われてショックを受けて、でも革命のためにその後も働いているうちに手を握られて、お互いの愛を確信した、とのこと。イルダ・ガデアのものよりは、彼女のほうの心の動きが少しはうかがえておもしろい。

そしてついに、チェ・ゲバラから奥さんと別れる決意を告げられて二人は結ばれました、というわけ。

でもイルダ・ガデアの話によると、キューバにきてみたら、他に女ができたという話をゲバラにされて、向こうは離婚に難色をしめしたけれど、イルダのほうが決然と三行半をつきつけた、という話になっている。どっちが本当なのかね。まあゴシップだけれど。

でも全体として、アレイダ・マルチの頭の悪さと浅はかさみたいなのが露骨に出ている本で、いささかゲンナリさせられる。彼女は、いろいろキューバの政権に殉じた話をしてみせるんだけれど、でも彼女がいちばん関心あるのは常にファッションであり、容姿なのね。

まずイルダ・ガデアがキューバにやってきたときのことを、アレイダ・マルチはどう書いているだろうか?

私たち二人は紹介されませんでした。彼女の脇を通ったときに様子を探ってみました。それまで私が想像していたイルダのイメージはすべて崩れ落ち、私のエゴが強まりました。この人はまったくライバルになりえないと確信したのです。(p.137)

こっそり見たらブスだったから、あたしが勝ったと確信したわけね。これを正直に書くというのがすごいよな。ふつうはこう、なんかもっとあたりさわりなく、立派な女性でチェの人生の一つの道標だったと感じられたとか、勝利を確信したならなおさらもっと余裕かましてほしいなあ。だって、外見では勝負にならないことくらい、高らかに宣言するまでもないじゃん。

アレイダ・マルチ&チェ・ゲバラ、結婚式の白黒写真
アレイダ・マルチとチェ・ゲバラ

で、その後にゲバラが農民をすべて政府配下に置くためにつくったINRAの事務所でのエピソード。

初めて事務所に行ったとき、それまでのチェの話とは違い、素敵な、当時の流行のスタイルをした若い女性に遭遇しました。驚きました。(中略) 当時のINRA長官ヌニェス・ヒメネスの奥さんのルーバが秘書として連れてきたのです。すぐさま彼女を追い出そうとしました。チェの秘書は私だけだからです。同志たちはみな、この秘密を守り、私はその決定には関係ないというふりをしてくれました。(p. 156)

この事件はアレイダ・マルチが嫉妬深いというふうに、チェ・ゲバラ当人を含むあらゆる人に理解された。いや、いま読んでも明らかにそうだわ。まっ先に気にしているのは彼女のファッションと年齢だもの。ところが彼女はそれがたいへんにご不満だった模様。その後、タンザニアに行ったときにまでその件についてチェ・ゲバラに弁解し、その子の能力不足のせいだったと納得してもらったというんだけど、ウプププ。そんなの会った瞬間にわかるわけないじゃん。

ハバナに入ったときも、まっ先にやったのは服をあつらえて美容院にでかけてハバナのファッション視察。別に悪いことではないけれど、それが記述の冒頭にくるというところに、彼女の優先順位ははっきり出ている。

中国にいったときも、みんな同じ服きていていやだと思った。プラハも、ゲバラは売春婦がいるのを非常に嫌がっていたけれど、アレイダはみんながすごく素敵なファッションだというのがまっ先にくる。ゲバラは、出張時に指輪とか宝石を買ってきてくれるようなことを言っていたけれど、毎回「国のお金を私欲のためには使えない」といって先送りにしていた。それがアレイダ的にはずいぶん不満だったみたい。

本当に、それがいけないわけではない。キューバ革命の重鎮の奥さんという役割を担わされて、いっしょうけんめいそういうことを言っては見るものの、彼女はとてもふつうの女の子、ではあったわけだ。ひょっとしたら、ゲバラもそういうところに惹かれたということなのかもね。それと、彼女の容姿と。

そうしたプライベート以外の部分は、まあ彼女が公式プロパガンダ以上のことを自由に書かせてもらえる立場かどうかも、当然考えつつ読む必要はあるよね。

ということで、どっちも読む必要はまったくない。あと、アレイダ・マルチの娘が来日してキューバのプロパガンダをしまくったのを記録した本があるけれど、これはホント、積極的に読まないほうがいいくらいの代物。

付記

ちなみに、アレイダ・マルチで検索すると、この写真がいっぱいでてくる。

「チェ 28歳の革命」でアレイダ・マルチを演じているカタリーナ・サンディーノ・モレーノ、ドアの前で軍服で自動小銃を持った写真を白黒に変えてあるもの
アレイダ・マルチ、を演じたカタリーナ・サンディーノ・モレーノ
おお、尋常ではない美女だなあ、と思っていたが、よく調べたらこれ、ベニチオ・デル・トロ主演のチェゲバラ伝記映画で、カタリーナ・サンディーノ・モレーノがアレイダを演じているだけなんですねー。