Executive Summary
チェ・ゲバラのキューバ革命とそれ以降の成功と挫折は、上(カストロ) がお膳立てしたうえでのモーレツ営業係長的な成功と、そしてそれが勘違いしたまま部長になってしまい、お膳立てがなくなって思うように事態が進まなくなったときの困惑、シバキ主義とパワハラ化、一気に立て直そうとする焦り、かつての栄光を夢見ての挫折、といったプロセスで説明できるのではと思う。
そしてそこでは、その営業係長として売り込んでいた「革命」という商品の変化も効いてくる。20世紀社会主義革命は、機械化と量産による生産性向上と、その恩恵の平等な分配で万人にパンを与えるというパッケージ商品。だがもし機械化が成功しすぎてパンくらい無人でも平気で提供するようになると、そもそもの労働が不要になるために逆に合理化/機械化反対を余儀なくされ、イノベーションも否定することになり、一方で人民の「パン以外もよこせ」の要求に対応する生産調整もできなくなったはず。そう考えると、社会主義というのも外部条件のえらく微妙なバランスがないと成立しない、ずいぶんつらい仕組みなんだなあ。
モーレツ営業係長としてのチェ・ゲバラ、および商品としての革命
懸案のアンダーソン『チェ・ゲバラ伝』邦訳がついに出ました! すばらしい。いろいろおもしろいので、是非ともお読みください。上巻の見所は幼少期とキューバ革命武勇伝、そして最初の奥さんへのあまりにひどい扱いです。
下巻の見所は、硬直ぶり(革命で覚醒した人間は💩しない!)による革命キューバでの失政の連続、さらには同じ原因からくる国際舞台での失敗、コンゴでの挫折、ボリビアでのダメ押しの死。
それにしても、なぜみんなの大好きなチェ・ゲバラの決定版伝記がこれまで邦訳されなかったのか、と考えて見るに、やはりこの本がチェ・ゲバラ大絶賛になっていないことが大きな原因としてあるのだろう、とは思う。彼は当然ながら、特にキューバ革命成功後はまったくといっていいほど成功がない。そしてそれはすべて、かれ自身のせいだ。その青臭い頭でっかち、現実感覚の欠如、社会経験欠如、最初の成功からくる思い上がり。
そこらへん、本書の特に下巻を読むと痛々しいくらいにわかってしまうのがつらい/都合が悪い、ということなんだと思う。その都合の悪さはかなりのものらしく、別の本の後書きで、訳者の後藤政子が未訳の本書をわざわざ名指しで、しかもほとんど言いがかりに等しいまったくピントはずれなやり方でdisっている。
学者だからある程度の中立性はあらまほし、とは思うんだけれど、そうもいかないらしい。
でも、そのゲバラの後年の失敗と挫折の連続を見ているうちに、雑ながらそこそこわかりやすいアナロジーを思いついた。彼はね、革命/ゲリラ暴力革命という商品を売り込む、モーレツ営業マンなのだ。
モーレツ営業係長としてのチェ・ゲバラ
チェ・ゲバラ伝読むと、彼は目標と指針とリソースを適切にお膳立てしてくれる部長の下で、猪突猛進のすさまじい営業成績をあげるモーレツ (死語) 営業係長だが、部長にしたら、リソース管理できず、自分と同じ「頑張ればできるはず」「なぜできない」と言うだけのブラックパワハラ部長になるタイプ。
営業成績あがらないと、馴染みの大口取引先 (ソ連) について「こんないい商品買わないなんて客がバカだ」から「俺たちをもり立てるのが大口顧客の責務だろう!」とか公言しはじめ、客先からの苦情が殺到。みかねた元部長(現社長)が、「あー、チェくん少し新規開拓の現場 (コンゴ) に戻ってみては」と言ったらそこでも強引な押し売りやって自滅、そして「いや、前から温めていた腹案があるんです、そっちをやらせてくれ、満を持して!」とアルゼンチン革命の前段としてボリビアに出かけて、同じ押し売りで失敗して爆死という感じ。
彼自身は純粋で真剣で「頑張ればできる」「なぜできない」「サービス残業しろ」と言う時にはいじめてる意識はなく、本気でそう思っている。いるでしょう、「なんでできないかなあ」とかまったく悪意なく首を傾げて、なおさら部下を追い詰めてしまうタイプ。自分も深夜残業したり「オレも休日出勤つきあうよ!」と言って、部下もやらざるを得なくなり、本気で応えようとはするが……つぶれてしまう。手柄を横取りしたり、怒鳴って殴ったりするパワハラではないが、ある意味でなおさらたちが悪い。
当初は隣に、もっとおおらかで雑駁なカミロ・シエンフエゴス係長もいて「ぐわっはっは、おいチェ、無理すんなよ、飲みにいこうぜ」とガス抜きもしてやったが、部長と営業方針で対立し、うとましく思った部長が、社長になったとたんに彼を左遷(暗殺)しちまって、なおさらゲバラ係長は孤立。
シエンフエゴスは、ゲバラの最初のできちゃった婚奥さんにも、部長が孕ませた愛人にも気を遣ってあげる(比喩でなくホント)実に気の利くタイプで、彼が専務とかになってたらキューバもずいぶんちがったかも、とは思う。彼が(おそらく) カストロに殺されたのは、カストロがカミロの人望を恐れて/嫉妬してのこと。キューバ革命政府に共産党が急速に入り込むのに反対した友人マトスに共鳴していたので、カストロはマトス拘束にまさにそのカミロを遣わせるという嫌がらせをして、その帰りにカミロの飛行機を撃墜させている。カミロが残っていれば、共産化も少しはペースが下がり、ゲバラのスターリン型集産主義導入も少しは緩和され……が、実際に専務になったのはけんかっ早いだけのガリガリの赤、ラウル・カストロだったという……
フィデルも本当にはえぬき営業部長タイプで、社内の旧派閥に属する共産党こと生産部門や財務部門のことは何もわからずに、威勢のいいスローガンと宴会芸と社内政治でいきなり成り上がったが、部長の頃はむちゃくちゃなスタンドプレーやっても、他の部の部長がそれをある程度は抑えられていた。それとカストロは山の中にいたので、むちゃくちゃ言っても最終的にないものはないのだ、と我慢するしかなかった。
そして同時に、すべてを仕切る給湯室一般職お局様ともいうべき旧派閥のセリア・サンチェスと不倫関係になって、彼女が他の部長との交渉仕切りをなんでも手配してくれて、それだけで切り盛りできてたという感じ。ゲバラが動けたのも、カストロ部長のおかげというより、セリア・サンチェスの調達能力のおかげが大きい。
ところがカストロ部長は、社長になっても同じノリ。もう抑えのきく他の部長も物理的制約もないし、営業の大風呂敷が世界相手となると、セリア・サンチェスの社内調整だけではまわらなくなる。そのうち、社内の仕組みはこれまでカストロにヘコヘコしつつも様子をうかがっていたキューバ共産党に地道に抑えられてしまったけど、カストロは自分の地位さえ保てればよかったので、それを見すごして……
そのカストロは社長になったら、まずは社内政治にばかりかまけて粛清三昧。シエンフエゴス係長は出張させてなぜか事故死。国の切り盛りはすべて思いつきレベル。それでも、客先 (ソ連) をあれこれ言いくるめて援助 (and/or ミサイル) を分捕ってくるという、大事な仕事はこなし続けたので、会社はなんとか潰れずにはすんでいる。
そして実際の商品である「革命」の営業はパワハラのゲバラ係長にぶん投げている。それのみならず生産と財務部まで、こともあろうに何の経験も知識もないゲバラ係長に丸投げしてしまう。具体的には、ゲバラは対外ゲリラ革命輸出の人材育成 (つまり革命の「生産」)をやり、工業省で物資兵站の生産も担当し、さらには中央銀行総裁も引き受けて、財務担当までやっている。
もちろんゲバラ係長は営業一筋なので、そんなものは一切知らない。ゲリラ山中でパン焼きとか靴づくりとかちょっとやった経験はあるくらい。だが真面目なので、財務部長になってから (前部長は追放されその部下もすべて逃げ出している) 日商簿記3級の勉強から徹夜して始めるが……そりゃゲバラも潰れるわ。
商品としての革命の価値提案
営業係長の比喩はあくまでお笑いではある。が、それをもう少し敷衍するなら、チェ・ゲバラについてはかならず「純粋」「信念の人」「理想に殉じ」みたいなことが言われる。これはつまり、彼がモーレツ営業係長として、自分の扱い商品の優秀性を本気で信じていたということ。そしてその信念が、彼の営業成績に大きく貢献したのはまちがいない。
当然ながら、そこでの扱い商品というのは「革命」だ。社会主義革命ではあったんだけれど、キューバ革命の過程では、それは前面に出してはいけないことになっていたので、単なる「革命」であり、一歩踏み込めば反米帝となる。
そしてフランス革命でもロシア革命でも中国革命でも、「パンがなければケーキ(実際はブリオシュだけど)を食べればいいじゃない」と言ってのほほんとしていた階級に対して「ふざけんな、こっちはパンも食えずに飢えて苦労してるんだ」という民衆の怒りが基本だった、というのが公式のストーリーではある。これはキューバ革命でも同じだった。
つまりその場合、革命としての価値提案というのは「みんなパンは食えるようにしますよ」という話。そして20世紀の科学的社会主義の革命において、それは集産農業や機械化に伴う合理化と量産を裏付けとした主張ではあった。
ここらへんはむずかしい話ではある。一方で、社会主義の一つの源泉は、産業革命でこれまでの繊維工業の労働者が機械化により買いたたかれ、失業してしまったことからくる、悲惨な暮らしに対するエンゲルスの怒りがある。だから、社会主義運動の根底にある種の反合理主義みたいなのがあるのは否定できない。
その一方で、全員を食わせられるようにするためには、機械化・合理化による生産性向上も必須だった。それはエイゼンシュテイン『全線』で主張されていることだ。富農のお情けにすがる必要はない。機械化で生産力をあげよう。コルホーズで大規模農業により効率化しよう。それをみんなに行き渡らせよう——それが「革命」の価値提案だ。
営業係長としてのゲバラは、この価値提案に自分も洗脳され、そしてそれを本気で純粋に信じていたので、それを積極的に他の人たちにも勧めた。そこで彼は「あんたらがパンも食えないのは米帝、およびその傀儡バティスタとかのインチキ搾取の下だからだ、それでは何も残らない。オレたちは生産性をあげて、みんなにパンを食わせるぜ!」と主張していた。ゲバラがこれを信じていたことは、革命政権樹立直後に、キューバの生産性はこれで爆上がりしてすぐに食料のほぼ完全自給自足を達成するぞと宣言していることからもわかる。そして彼はそれを実現すべく、工業省のトップとなる。
そのわずか七ヶ月後にそれが破綻するんだけど。
彼がいかにそれを盲信し、いかに現実感覚を欠いていたか示すエピソードがある。カストロは、キューバ経済を存続させるため、アメリカ (またはソ連) が市場より高い金額でキューバの砂糖をどんどん買え、と要求した。ところがゲバラは、それこそが米帝の搾取なのだと罵倒した。米帝が市場より高めの金額で砂糖を買って甘やかすから、キューバは砂糖にばかり依存した単一作物経済になってしまう、これは米帝の陰謀なのだ、と公然と主張し、カストロにさからった。それがなくなれば、キューバは砂糖依存から抜け出せて、豊かな工業国に発展できるのだ、というわけ。シバキ主義極まれり。もちろん、そんな都合のいい話はないんだけど。
が、営業係長/営業部長なら、そういう勢いだけの宣言だけでよかったかもしれない。それで売上がたったら、あとは彼らの知ったことではない……んだが、困ったことに彼らはもはや営業だけをやっていたわけではなかった。生産部門も財務部門も彼らがいまや握っているので、自分の勢いとノリだけの営業トークの責任を負わなくてはならなくなった。
そして革命して農地や工場や機械を接収すれば、それだけで自分たちも以前と同じ生産が維持できると思っていたら、そんなオイシイ話はなかった。トラクターがあれば生産性が上がるわけではない。トラクターをどう使うの? 農地があれば自然に作物ができるわけではない。施肥はどうするの? 石油精製プラントがあれば自然にガソリンができるわけじゃない。
が、そういう知恵を持っている人を、彼らは殺すか追放するかしちゃったんだよねー。そして小学校出たくらいの知識しかない人々に生産現場を任せ……何もかもが破綻した。
そしてその結果として導入されたのは、配給制となる。写真は今も続くキューバの配給所だ。ベーシックインカムならぬ、ベーシックヒューマンニーズ保証というわけ。
そういえばある意味で、ベーシックインカムの提案というのは、配給制復活の提案ではあるんだなあ。
ちなみに配給制がどんな位置づけかは、こんなあたりを参照。
さてこれで、革命営業の約束は果たされた……はずなんだが、これですらカツカツで、大口顧客さんのお情けでなんとか存続できていたようなもの。
でもその一方で、ゲバラその機械化による社会主義に成功していたら?
これまた社会主義が直面した大きな問題だった。効率が上がりすぎて、みんなにパンが行き渡る程度の生産力は一瞬で実現できてしまうはずだから。
もともと、エイゼンシュテインが描いたような機械化のイメージでは、そんなに生産性があがるはずではなかった。みんな頑張って労働して、たまにビールが飲めるくらいには豊かになりましたねー、という程度の話のはずだった。従来の生産方法なら、完全雇用でも生産が不足してみんなヒイヒイ言ってるのが、機械化で生産量が二割アップくらいにして、ちょっと余裕ができるくらいの印象。みんな、生き生きとゆとりをもってやりがいを感じながら働ける、そんな状況になるはずだった。
ちなみに、技術による自動化はいくない、とか言うアセモグルのようなラッダイト経済学者も、そういう状況を理想としている。
ところが、もちろんそんな生ぬるいことではすまなかっただろう。ソ連も、馬鹿なルイセンコとかやらずにまともに科学的な農法をやって緑の革命の成果も入れて、というのをやっていたら、そしてそれがキューバに入っていたら、そして農機もちゃんと使えて保守管理もできていたら (そして輸送もまともになって低温保存もできてあれやこれや……そうやっていろいろ考えると、これがソ連やキューバにできたはずはないから、これはすべて妄想ではあるんだなあ)、キューバの食料自給くらいはかんたんにできるようになり、そうするとゲバラ部長はこんどはあまりに生産力が改善しすぎて過剰な労働力問題に直面するようになったはず。
さらにパンが食えるようになったら、みんな「パンがあっても、ケーキもたまには食いたいよ」と言い出す。パンストもほしい。チョコレートもほしい。すると、過剰な労働力をケーキ部門にまわしていろいろな生産の調整を行わねばならなくなり……
ゲバラは(そしてキューバは) ずっと生産力低迷の中で活動していきたので、こんな悩みには対応せずにすんだ。これまた、もともとはないはずの悩みで……
……なんかこの下書きでは、ここから政変を期待して経済制裁するのがいいのか、という話につなげるはずだったことになっているんだが、どんな理屈でつなげようとしたのか覚えていないや。思い出したら続きを書こう。